第3話 東京、真夜中の守護者

『昨夜2時過ぎ、東京都港区の店舗裏の路上で、成人とみられる男性が心肺停止の状態で発見されました。通報から30分後、病院に搬送されましたが死亡が確認されたとのことです。男性は腹部に拳銃のようなもので複数回撃たれた痕跡が見受けられたことから、警察関係者は何かしらの事件に巻き込まれた可能性があると……』



少女は朝のニュースを消した。


そのままマーガリンを塗ったトーストを食べきり、コップの野菜ジュースを流し込む。



歯を磨き、高校のスカートと半袖のブラウスに着替え、ブラウンレザーのショルダーホルスターを背負うように装着した。


そして机の引き出しを開けて、一丁の拳銃を取り出す。

“コルト380オート”。ブラックとシルバーのツートーンモデル。ブラックのスライドに、磨き上げられたニッケルシルバーのフレーム。グリップは杢目の美しいウォルナット製。


一度マガジンを取り出し弾丸を確認してから再装着する。スライドを引き初弾をチャンバーに装填し、セイフティを掛けてそっと左脇の下に仕舞い込んだ。


その上から薄手でややオーバーサイズの黒いニットを羽織る。完全にコルトは隠れて見えない。


鞄を開け、教科書類の端にある内ポケットを確認する。小型サプレッサーと予備マガジン3つ。


鞄を閉めて、部屋の入り口にあったスポーツバッグを肩にかけて玄関に向かう。



玄関から出て2箇所の鍵に施錠し、最後に家に向かって「何人なんぴとも入らん」と唱えた。


少女の1日が始まった。



***



少女は学校では常に1人だった。

彼女は周りとの関わり合いをわざと避けていた。昨日の放課後のような襲撃は初めてではなかったし、同時に複数に襲われることもあった。


今は、“幽世かくりよの魔術”を自らにかけることによって、なるべく周囲の興味を遠ざけるようにしている。そのミステリアスな風貌に対して声をかける無粋な人間はいない。彼女は今日も1人、ぼうっと外を眺めて時々手元の古いハードカバーを見て過ごしていた。



***



そして放課後、彼女はいつもの帰り道と違う、駅の方面に向かって歩き出した。


最寄り駅である目黒駅に着いた。駅入り口で一度立ち止まる。人ごみは苦手だった。深呼吸して周囲の目を確認してから券売機まで歩く。そして、慣れない手付きで切符を買う。行き先は港区の浜松町。



***



電車を降り駅を出て、できるだけ高いビルを探して歩く。そしてテナントや居酒屋が入っているビルを見つけた。裏手に回ると外階段。監視カメラは鉄柵に覆われた外階段入り口の上方5m付近に固定設置されている。中途半端に設置された角度のため、通過する位置によっては死角が多い。


そのビルの周辺をを確認したあと、暗くなるまで駅前の珈琲チェーン店で時間を潰す。



PM22:00。


明るいうちに確認したビルの周りは、酔っぱらいや帰宅中のサラリーマンでごった返していた。目当てのビルの2つ隣のビルとビルの間から、ごみ箱を避けて真っ暗な路地裏の奥へと進む。突き当たりを左に曲がり、ビルの裏伝いにゆっくりと進む。真っすぐいけば目的のビルは目と鼻の先だ。



高い位置に赤い点滅する小さいランプが見えた。明るいうちに確認した監視カメラだ。


まずはコルトにサプレッサーを取り付け、3mほど離れたところから外階段入り口の南京錠を撃った。『キンッ』という小さな金属音とともに南京錠が弾け飛ぶ。


暫くその場でじっと周囲の様子を伺う。

10分ほど待ったが、セキュリティ会社もビルの警備員も来る気配は無い。


彼女はそのまま監視カメラの死角になる真下に走った。そして先ほど壊した入り口の扉をそっと開け、鉄柵に囲まれた外階段を慎重に登り始めた。



***



外階段は、非常階段と言うよりは設備点検用の簡易階段だった。そのため幅は80cmほどと狭い。

手すりは冷たく所々塗装が剥げ落ちて錆が浮いている。

1階から2階への折り返し地点で一度止まり、膝をついて耳を澄まして辺りを伺う。


換気扇の低い唸り声と、遠くに小さな人々の喧騒。道を走り抜けるトラックの排気音だけ。近くに人の気配は全くない。



彼女は再び歩き出した。


金属製の薄っぺらい階段は、一歩進む度に『カン、カン』と音が鳴る。彼女はわざと歩調を乱し、一定のリズムを刻まないようにした。

不規則に、時々1段飛ばして、1呼吸置いて……

そのまま5階まで進む。


風が強くなってきた。

風に彼女の長い黒髪が舞う。


東京湾からの湿った夜風が階段の隙間を抜けて、ヒュウヒュウと音を立てる。



15階。

ビルの中へ続く金属製のドアから人の足音が聞こえた。ドアから死角となる1つ下の踊り場で身を潜める。ドアの中から、風の音に紛れてかすかに警備員と思われる無線で話す声が聞こえた。『15階、C階段出口に異常なし』


30秒。40秒。気配が遠ざかるのを待つ。

やがて、ドアから離れていく足音が聞こえ、再び風以外の静寂が戻った。


25階。ここからはもう街の灯りも遠い。

浜松町駅のネオンも、道行く車のライトの灯りも、ただのぼんやりした点にしか見えない。

風は容赦なく吹き付け、鉄製の階段がカタカタと小さな音を立て揺れる。彼女は手すりを強く握りながら、慎重に1段ずつ登っていった。



そして最後の踊り場。屋上へ続く最後の鉄柵の扉の前に立った。


南京錠とチェーンがかけられているが、チェーンは何年も交換されていないようで、潮風でボロボロに錆びている。

彼女はチェーンの最も脆そうな場所を握り、小さく呟いた。「時よ進め。朽ち果てよ」。


暗闇の中で状態は見えない。が、パキパキと金属の状態が変化していく感触を彼女は感じていた。



彼女は両手でチェーンを掴み、ぐっと左右に引っ張ると簡単に引き千切れた。


そして錠が解けた扉をそっと押す。



油切れの蝶番が「ギィ……」と小さく悲鳴を上げたが、すぐに風の音にかき消された。屋上では遮るものが何もない。強烈な風が全身を叩く。


彼女は一瞬だけよろめいたが、すぐに姿勢を低くして近くにあった空調ダクトの陰に身を隠した。そしてゆっくりとフェンス越しにビルの縁まで移動する。



時刻はPM23:30。


眼下には東京の夜景が広がっている。


東京タワー、貿易センタービル、芝公園の暗い森、そして遠くに光るレインボーブリッジ。彼女はゆっくりと息を吐き、脇に置いたスポーツバッグのジッパーを開ける。


中から、黒光りしたボディと木製ハンドガードの旧式の小型アサルトライフル、“AKS74U”を取り出した。そしてスポーツタオルで巻いて保護していたスコープを取り付ける。



「……さて」小さく呟いた。

誰にも聞こえない声で。


「よろしく、相棒」



***



『おはようございます。今朝のニュースは、一昨日発生した東京都港区の殺人現場付近で、昨夜新たな男性の遺体が発見されました。男性は暴力団関係者と見られ、警察は一昨日深夜に発生した事件との関連性を調べ……』



少女は朝のニュースを消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る