何があっても書くけどな

亜咲加奈

何があっても書くけどな

 あたしはノーパソに向かう前に夕ご飯をこしらえる。宅配サービスで届いた料理の材料や。兼業主婦はお母ちゃんも妻も社員も作家もこなさにゃならん。作家いうても小説投稿サイトにせっせと脳内からひり出した小説発表してるアマチュアやけど。せやから時短は重要や。今日の夕ご飯はトンカツの野菜たっぷり卵とじやねん。トンカツをレンジでチンしてあたしと娘と息子に切り分ける。切ったキャベツとニンジンとタマネギはすでにパック詰めされてんねんけど、ちょうど冷蔵庫にキャベツ四分の三個とタマネギ二個あるからざくざく切って野菜増量や。なにせうちの娘と息子はよう食べるから食物繊維は重要や。知らんけど。夫はどうせ今夜も残業で帰りが午後九時すぎや。先に夫の分とりわけとこ。「ごはんあるで」って送っとこ。

 娘は液タブで真剣に絵ぇ描いとる。親バカかもしらんけど娘は高校二年生にしてすでに「絵師」や。何の絵描いてんのか知らんけど、髪の毛一本一本はまるで生きてる人のそれみたいに光り輝いて、ほっぺたの影のつけ方、瞳の憂いや唇の微妙な開き具合、服の皺やふくらみ全てがほんまもんや。背景もこれまた木漏れ日が写真みたいに再現されとる。

 リビングにある食卓にトンカツの野菜たっぷり卵とじをフライパンごと置いたままあたしは娘の手元から目が離せなくなった。

「お母ちゃん、お箸持ってこよか」

 小学六年生の息子が台所へ歩いてく。あたしは液タブを見たまま言った。

「お願いするわ」

 娘が顔を上げた。液タブをテーブルの下に隠す。

「見んといて。恥ずかしねんから」

 絵、うまいなぁ。

 そんなありきたりの句読点含む八字しかあたしの頭には浮かばん。それで片付けてしまえるような出来やない。小説と違って絵は見ればすぐに分かる。見ていたいか見ていたくないか。気に入るか気に入らないか。小説はそうやない。ページ開いて読んでみて初めて、好みに合うか合わないかがわかる。

「あんたはほんま、すごい絵描くなぁ」

 口から出たのはそれだけやった。

 娘は液タブを戸棚に置く。

「ありがと。そういえばお母ちゃんの小説、どないなっとんねん。読まれてるんか」

「まあ、ぼちぼちってとこやな」

「絵は見れば分かるねんけど、小説はいちいち文字追って読んでかんとならんからなぁ。絵なんか見るのは一瞬で済むけど、小説は一分以上かかるやろ。せやからみんな五重丸ついた小説ばっか読むのんちゃうん」

「それな。けどさ」

 あたしの頭の中に真っ黒い雲が充満する。

「あのサイトの丸なんかあてにならないねん。仲良しが多いやつほど丸がつくねんから。五重丸でも読んだ時間返せアホってなる小説ばっかやねん」


 あたしが登録してる小説投稿サイトは評価の互助会だ。サイトの一番目立つ所にのっかるのは、暇つぶしとして消費される小説だけ。あとは運営側が「カネになる」って決めた小説だけ。それ以外の有象無象があたしたちだ。そんな有象無象の中にも成金はいる。稼ぐのはカネじゃなくて丸だけど。フォロワーがようけおればヘタクソだろうがろくに推敲してへん駄文だろうがフォロワーから最高の五重丸がもらえんねん。リアルでご近所さんから七年間無視され続けたり、中高生の頃だってクラスでヘドロみたいな女の子同士の意地の張り合い縄張り争いを見てきて関わらないように必死で存在を抹消してきたあたしはフォロワーさんもあえてもたずに交流を最低限にしている。だからたまに読んでくれる人がいると過剰に喜びを表現してしまう。そのせいで言葉はどんどんすっかすかの綿あめみたいになって、リピーターさんも減っていって、こりゃやばい、読んでもらわなきゃ、目立たなきゃってキャッチコピーを尖らせたりタグを工夫する。だけど「俺は有名作家や。従わないやつとは口をきかん」とかいうアホとか、つきあいはやたらといいけど「こいつ絶対流し読みしてんねんやろ」っていうやつとかとからんだりする。もらう言葉によってはガチで体温を奪われる。一回職場でこっそり確認したサイトに心ない言葉が書かれていた。同僚から声をかけられ、あたしは初めて自分が真っ白な顔色してたことに気が付いたくらいだ。おそろし。言葉が時に鋭利な刃物になって相手の存在をグサリ引き裂くってこと、あの脳内の糞尿垂れ流し王国の住民らは忘れてんのかいな。それとも、わざと考えないようにしてんのかな。おのれが正しい、おのれが一番って、悪気なく無邪気に信じてるアホばっかやからな、あそこ。


 何を言われてもあたしは書くけど。


 またアホコメントきよった。登場人物の名前まちがえとるやん! ハア? 怒りの顔文字をリアルにあたしは顔に再現する。眉を上げて目をおっぴろげて口角を斜め四十五度にひねくる。

 なに寝言こいてんねん。絶対おまえ流し読みしてるやん。ばれてんねんで。だからあたしもわざと「www」小文字の半角つきで正確な漢字を書いてやる。草の三連星や。ま、どうせ次のフォロワーの小説読んでる頃やろうけどな。あたしが撃った三連星なんて、あいつに一ミリの傷もつけへんねんのやろな。


 こいつを天気にたとえたらまじで能天気やわ。最高気温四十度超えてるんちゃうん。こいつの脳ミソ絶対カンカン照りで干上がっとんねんで。言葉なんか蒸発しちゃったんちがう。こいつ何年生存してるんやったっけ。確かあたしのおとんかおかんくらいやったはずや。半世紀生きとってわずか二千字足らずでしかもキャラ三人しか出とらんのに名前覚えてへんとか悪い冗談やめてや。ほんまにこの「小説王国」、小説やなくて言葉貧乏の王国やろ。だっさ。死ぬ。


 だっさ。死ぬ。お行儀のいい言葉に言い換えてみよかと思うけど何回脳ミソこねくり回してもこの句読点含む七文字しか浮かばへん。なんでこんなけったいな王国であたしもサーフィンしてんやんねな。それはなんかあたしの心の琴線がいい音立てそうな言葉に出会いたいからや。刺激が何でもええから欲しいからや。刺激があればあたしの脳ミソから指令が出て指が動いて言葉を生み出すからや。そうキーボードに打ち込むあたしの指はクラブのDJみたいにキレッキレの動きしてる。でも首の左側、肩のつけねは痛いままだ。ふと目を上げて壁を見る。デスクライトが光ってる。そういえばこの馬鹿どもが今日も頭ん中のすっかすかの言葉を排泄してる糞尿まみれの王国で、作品を評価するのにつけるのは丸だ。その丸、百円玉やったらええのにな。最高で五重丸までつけられるんやけど、それが五百円玉もらえるのやったら、皆もっと気合入れて書くと思うんにな。サイトの運営もそれに気づかんのやからほんと頭ん中真っ白にぴっかー光る太陽が何もかも吸い上げて水蒸気にして飛ばしてるんやろ。あたしなんか付き合いわるいもんやから五重丸どころか三重丸もらえれば御の字やのに、投稿したら秒で五重丸が何十個ももらえるヤカラもおんねんで。

 ずるいやん。


 なんであたしがこんな糞尿垂れ流しの王国で肩に乳酸ため込んでまでノーパソに向かってキーボードピアノみたいにめった打ちしてるかっていったら、そりゃあ吐き出したいからや。日々たまってくねんで。自治体のごみ収集みたいに、たまった言葉を必ず拾ってくれる人なんか現実にはおらんやん。せやからあたしは書くんや。何を言われても書くんや。現実まんま書いたらばれるねんけど、少しだけ嘘混ぜて書くんや。インスタやティックトックやXなんか使てみ? 秒でママ友のえじきになるねんで。せやからいろいろ小説投稿サイトを漁ったんや。「小説書こう」なんてコメントが日照りでひび割れたどっかの地面みたいに炎上しとるから絶対無理や。他もなんかワークスペース書きづらいから却下や。そうや、この文章にタイトルつけとらんかったわ。あたしは肩の痛みをやり過ごすべく上を向いて首を左右に動かす。ディスプレイ下で時刻を確認。二十二時四十一分。やば。はよ寝んと。明日もまた子供ら七時に起こしてごはん作らんとや。兼業主婦やりながら小説書いて、しかもその小説が実話ベースの現代ドラマで情念どろどろ排泄自傷系やもん、けっこう刺さる人には刺さるみたいで三重丸でもあたしは満足やねんで。だってそれ以上に読み専さんからも読んでもらえてるみたいやもん。そっかタイトルやっけ。何にしよかな。肩痛いわ。キーボードの上をブレイクダンスしてた指を左肩に持って行ってわしづかみにする。ぐいぐいツボを押す。筋肉はコンクリみたいに固くあたしの指先に抵抗してはね返す。タイトルか。そんなんどうでもええわ。まずは一万字上限まで字数稼がんとやろ。


 アホコメントのエピソードなんか売るほどあるわ。あたしの小説頼んでもないのに勝手に読みに来て、「イキっとんのかおまえは。自分が傑作書いたなんて思てへんやろな? たいがいにせえバカたれが」なんて言うくせにあたし以外のおとなしそうな女性作家にはガトーショコラかってくらい甘ったるい吐き気がするような文句でほめちぎってきたヘタレがいたっけ。あたしはコメントで「ふざけんなバーカ。〇にさらせ」って書いてやろうと思って心臓が肺に食い込むくらいばっくばっく収縮して呼吸困難でまじAED持ってきてや叫ぼうとしたくらいやけど、この王国はほんまクソで、コメントには相手が喜ぶことしか書けんルール作られとる。せやからあたしはそいつにあなたの言うてること誹謗中傷ですから通報しますよって丁寧に返したら「好きにせえ」って速攻ブロックされた。あたしゃまじで心臓止まるくらい怖い思たわ。あたしが何したっていうの。なんで怒られなあかんねん。しかもブロックされつつもそいつ観察しとったら、他の人にもあたしとおんなじ態度とってた。微妙にマウントとって。何様や思てんねん。じゃあなんで交流のあるこのサイトおんねん。

 本気で怒ると逆に頭がきーんと氷点下まで冷えるんやな。結局通報したったわ。やってること無茶苦茶やもん。どうせ何もないだろうけど。使った時間もったいないわ。返せ。あほらし。


 ここまで打ってもまだ短編の上限一万字まで遠いわ。どうなっとんねやろ。あたしの筆力焼き切れたか。肩のコンクリなんか全然軽くならへんわ。このコンクリでアホ連中の頭かち割ってやれたら気が済むのにな。言葉でぶん殴るくらいなら犯罪にはならん。外はマイナス一度。窓ガラリ開けたら間違いなく秒で凍るわ、あたしが。昼間だってダウンジャケットが存在価値なかった。冷たい風が服も貼るカイロの熱も素通りしてあたしの素肌に侵攻してきたわ。迎え撃つ体温なんかたったの三十六度やもん、勝てるわけないわな。あほくさ。あたしがこうしてディスプレイの前で呼吸もまばたきも膝をゲームチェアの上で折り曲げてる姿勢をとってることすら忘れて必死になって頭ん中にわさーっとゲリラ豪雨みたいに降ってくる文章をキーボード上に置いた指を飛ばしながら打ち込んでる時に、空の星も月も運行してく。ほんま、あほくさ。


 首をひねってコンクリと化した左肩をほぐそうとする。左斜め上を見上げる。筋肉のねじれが左肩のコンクリを少しだけ刺激し、ねじ曲げた。ようやく息を吐けた。短く吸って、もう一度吐く。ふすまの向こうから子供らの寝息が聞こえる。もう少しで打つのを切り上げてあたしもそっちへ行ってあったかい布団と毛布をかぶって眠りにつこう。暖房はまだついている。ああまた呼吸止めてた。コンクリの塊が少しだけやわらぐ。ちょっと意識を向ければ、柔らかくてあったかい物たちはたくさんあるのに、王国の住人になってる間だけは意識から弾き飛ばされる。あたしは一人で王国で戦ってる。読んでくれた人には耳当たりならぬ目当たりのいい言葉を並べてお礼を過剰に文字で積み上げる。その代わり小説では、ごみ出しの日守ってくださいよって言ったあたしをその後七年間も無視し続けるご近所さんをモデルにしたキャラに夜道でナイフを突き刺したりしてる。こいつほんまわけわからん。あの「イキっとんのか」野郎と一緒やわ。きっと自分の意見だけが通ればそれで満足やねんな。従わない奴はもうどっかの番組やあらへんけど「映す価値なし」にカテゴライズされんねやな。せやからあたしなんかご近所さんからしてみたら人間なんかじゃなかった。モブですらなかった。まああたしは、目の前にあたしという肉体があんねんのによく「存在してなかったことにできるな」なんて一周回って感心したったけどな。


 交流して丸を稼ぐ作家もどきたちなんて、あたしらがふんばってひり出した小説なんて他人事の暇つぶしとしてしか見てない。こいつらは他人が書いた小説を暇つぶしにしか読んでない。そのくせ五重丸の基準ががばがばだから誰にでも五重丸つけまくる。要は楽しくやりたいんや。いじめがあるのに「俺の学級王国はいつも平和で明るい」って信じ込んでるバカ教師みたいや。そういうヤカラが一定数現実世界にも糞尿垂れ流し王国にも存在してまう。あたしが自分の心臓にわざわざぶっとい注射針ぶっ刺して吸い上げた言葉を粘土板に楔形文字彫るみたいにして刻んでも、ただの記号でしかないんだ。みんな、自分の話をしたいだけ。対話したいわけじゃない。マウントをとっていたいだけ。七年間あたしを無視したご近所さんと同類項。対話じゃなくて意見の一方通行。すれ違うしかない。すれ違いもしない。


 だからといってあたしが書く小説が傑作なんてことはない。

 あたしだって同類項なのだ。

 毎日内臓に血管に神経に脂肪のようにこびりつき降り積もるあきらめ、悪意、がっかり、悲しみ、やるせなさ、違和感、痛み、ねたみ、怒り、喜び、ほうっておくと動脈硬化を起こしそうになる。だから生理の血のように垂れ流す。頭の中で文字が感情が飛び交うのをジャンプして手を伸ばしてつかまえてキーボードに下ろすんだ。


 二十三時十分。シンデレラには五十分も早いけど、もうそろそろ作家から主婦に戻らなあかん。生活があんねん。あたしはAIやのうて血の通うヒトやもの。寝たり食べたりせんと力が出えへん。せやからみんなAIに命令して小説作らせるんやろな。AIには体がないねんもん。糞尿も出さへんし米も食わへんし水も飲まん。しかも感情も持たへんからこっちの鏡みたいにでもこっちを絶対傷つけへんようなことしかよう言わん。あたしには生活がある。ごはん食べて歯みがきして会社行く。小説書くことにだけ逃げてられへん。あたしをムカつかせる連中が何考えてるかなんて、連中の小説読んでもさっぱりわからんかった。


 一万字いかへんくてもええ思てきた。小説ってなんなんやろ。あたしやって、ああ、頭がぽわーんとしとる。反射で指動かしとる。なんも考えられへん。


 まだまだや。


 寝て起きて家族四人で食卓を囲む。ほんで夫、息子、娘、あたしの順番で出かける。

 会社はまじで息抜きや。家事も嫌いやあれへんけど、小説書くんが一番苦痛や。書きたいこと書いてる? んなわけないやん。自分の生きてきた時間からネタになりそうなもんを引っ張り出してくるんやで。わっさー入ったごちゃまぜの引き出しの中から「ない、ない」言うて心臓きゅーってなりながら焦ってうまく動かん手で漁るんやで。そんな簡単に見つかるわけないやん。

 見つかれば見つかったで、さてそれをあたしをよう知らん読者さんへ何て言えば伝わるやろかって考える。そんなすぐに思い浮かぶわけあれへん。こう言ったらええかな、いやそれは他の小説でも見たで、なんて自分に自分でツッコミ入れる。

 ほんでうまい言い方が見つからんと、他の作家が書いた小説を読み漁る。ログインはしない。刺さる小説なんかあらへんもん。下手に足跡残して評価せんと、あとから「なんで一話一話の滞在時間が短いねや! ちゃんと読んだんか? それなのに丸一個しかつけへんとはどういうことや! 他の人は五重丸つけてくれてんねんで? おまえのそんな神経を疑うわ! ネットに晒すで!」なんて脅かされたことあったからな。あー怖。立派な脅迫罪になるんちゃうん? めんどくさいやっちゃな。この糞尿垂れ流し王国が丸の評価に余分な重たい価値与えてるからそういうヤカラがわいて出るんやろ。ほんまアホやな。承認欲求なんて漢字ドリルにも出てこない四文字熟語が大手を振って大通りのっしのっし歩いてんねんけど、みんなその四文字に脳ミソのど真ん中までやられてんねやろ。あほくさ。「みんな! 私を褒めて症候群」とかの名前やったらちょっとは可愛げがあるねんけどな。頭がいいと思ってる連中はあたしみたいなアホにも分かりやすく書いてあげよなんて一ミクロンも思わないんやろ。無慈悲やなあ。その無慈悲さがあたしらをマイナス一度の朝の車のフロントガラスみたいにかっちかちに凍らせるねんで。

 たぶん言葉をうわー浴びて、自分の中にストック作ろうとしてるんや。そんなんする暇あったら少しでも自分の小説の続き書けばええって思うやん? 違うねん。何て言えばええのんかわからへんから書けへんのや。見つからないんやって、「これーっ!」って納得いく言い方が。

 逆に思いついたままワークスペースに字ぃ打ち込んで勢いで「投稿」ボタンクリックできる人が信じられへんわ。あたしなんか一万字まで書くんがほんましんどくて、まだ五千字や、まだ六千字や、これ以上何書けばええのんか、なんて泣きそうになりながら呼吸も忘れてキーボード指で叩きながら画面に表示される文字これでええのんかって確認しながら休み休み入力してる。

 一千字書くんがこんなにもひじから下が痛くなるんやって初めて実感したわ。ほんま、小説書くって、体力勝負やわ。洗濯物も干さんと。早く布団に入らんと。小説だけ書いてればええご身分とはわけが違うねん。ああしんど。

 指の動きが鈍くなる。重い。指先が、重い。左上のバッテンクリックして編集画面閉じる。

 あれ。

 「コメントがあります」って赤文字出とる。

 反応するんがおっくうで、自分の境界線から土足で踏み込まれたくなくて、あたしはコメントもろた時だけ通知来るようにしとる。

 アホコメントも来るから、登録したての時は嬉しかった赤文字が、いまじゃえらくおっかない。

 何言われるんやろって首肩背中にいらん力が入る。

 また呼吸が止まりかける。生存の危機や。あたしという生身のヒトを追い詰めるなんて、画面の向こうの無慈悲連中は考えもしない。

 鼻の穴思い切り広げて息吸って、吐いて、あたしは赤文字をクリックする。

 検尿の窓より小さいウインドウが開いて、表示された文字、いや文章を読む。

 あたしは目をかっぴらいた。

 あたしが連載しとるたった一つの長編小説の、最新話についたコメントや。

「コメント失礼します。

 私は読み専です。めったにコメントしません。でも、この小説で、おばはんをナイフで刺したちゃんねーの」

 ちゃんねーって「ねーちゃん」つまりあたしの小説の主人公の若い女や。

 続けて読む。

「ちゃんねーの気持ちが想像つきました。ここまで犯罪を犯す人の心理に踏み込んだ描写読んだのは初めてです。」

 ほんでほんで? あたしは自然と背中をディスプレイに寄せてた。

「応援してます。頑張ってください。」

 ゲームチェアに正座してた膝下が座面のクッションを知覚する。膝下に乗ったお尻の重みを感じる。やっと体の感覚が戻ってきた。こんなん初めてや。

 ちゃんと読んでくれたんや。

 読み専さんや。

 めったにコメントせえへんのに、勇気出して打ってくれたんや。

 これまでに見た文字の中で、闇夜の懐中電灯みたいにピカア光っとる。

 過去の認識が書き換えられる。別の視点から光を当てることができるようになる。

 きっとあの「イキっとんのか」野郎も「丸つけろ」野郎もみんな、守りたいもんがあんねやろ。守るために言葉鋭く磨いてびしり言うんや。そうするのが正しい時もある。けど、正しいが正義やないねん。それを忘れてるか学習してないかのどっちかやろ。きついこと言われたら耐えられるヒトと耐えられんヒトがいるねん。相手を傷つけるやつは自分が傷ついてきたやつや。間違いない。けど、正しいからって相手を正論でぶった斬るのは違う。まあ、どうせ、ぶった斬らんと自分を守られへんて学習しちまったんやろ。生きていくんがしんどなるタイプやな。そんくらいやったらキャラの名前覚えてへんやつのほうがまだ可愛げがあるわ。どっちもたいがいやけどな。

 そういう連中に比べたら、なんて透き通った言葉やろうか。

 体を血が巡り始める。いや、始めから巡ってたんやろうけど、あたしが気づかなかっただけや。あったかい。寒い夜にくるまる毛布みたいに無条件にあたしをあっためてくれる。

 読み専さんからのコメントもあたしをあっためた。

 あたしを「作家」にしてくれた。

 あたしがひり出した精神と人生から成った糞尿みたいな、いや糞尿なんて例えはちょっと違うな。読み専さんに失礼やわ。小説が読み専さんの精神にお邪魔します言うて上がらせてもろたんや。ほんで座布団とあったかいお茶出してもろたんや。そうや、お客さんになれたんや。お客さんになれて、読み専さんの精神の片隅におらしてもらえたんや。

 尊いわ。

 気づいたらあたしは丁寧に言葉を紡ぎ出していた。

「コメントありがとうございます。分かってもらえて嬉しいです。これからもよろしくお願いします。」

 限りなく飾り気もなくてベタやけど、素直に心臓から流れ出た感謝が腕、指と伝わってキーボードを優しく打つ。

「返信」をクリックする。

 このサイトがもしサーバーダウンとかしてなくなったとする。当然、あたしたちが投稿した小説はネットの海からは消滅する。この小説を保存したノーパソが壊れたとする。印刷してなければ小説のデータも消える。

 けど、消えないもんがある。

 画面の向こうにいる誰かに、物語を届けたという事実や。物語が届いたという事実や。あたしと誰かがつながったという事実や。

 せやからあたしは書く。えげつないあり得ない一言をぶつけられても書く。流し読みされても書く。



(了)


【三題噺 #127】「国」「年」「天気」

お題フェス11「天気」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何があっても書くけどな 亜咲加奈 @zhulushu0318

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画