第3話


 オレは、幼少期から青年期まで「明るいキャラ」で、思春期にいろいろと蹉跌?があって閉じこもっていて、最近ジャコウネズミが冬眠から覚めたみたいになんだかいろいろと他人とも会話できるようになった? そういう人生軌跡です。


  武者小路実篤さんという作家いて、「この道より吾を生かす道なし。この道を歩く。」という色紙が有名。


 オレも同じ感慨というか、小説を書いたり俳句を作っていないと、最近どうも居心地が悪い感じで、そういうブンガクに没頭していると?なんとなく居場所がやっと確保できる感じ。


 今は職業と言える仕事をしてないから、そうならざるを得ないのかも…生計を立てうる職業に従事しているかいないかどうかくらいはオトナには一目瞭然…そのへんのところで社会や他人を見くびっていたような?」傲慢な言い回しですがそうも思う。


 詩人を頑是ない子供に例えるのはそういうところかもしれず、サルトルは「嘔吐」で、行きずりの他人について、一瞥して実に詳細な観察やら認識、察知しうる過去やら現在のその人物に関する情報?を逐一記録してみるという実験?をしている。


 それは普通の、鋭敏なタイプの「大人」だろうが俳句やらポエムはそれ以前の夢やら幻想、幼稚でファンタジックな牧歌的な世界を表現するほうが正当で、王道とも思う。


 漱石の「虞美人草」は、そういうリアルなことがポエムなことに敗北するケースを描いているという風にオレは受け取ったが、一読しただけで曖昧。 また読み直したい。


 世間のことを知る…世渡り? そういう面は結局例えば自動車の運転でもできる人できない人がいるようなことで? 訓練しなくては世渡りもむつかしいというだけとは思う。 人によって固有の条件はあって、ハンディキャップもいろいろだが、要するに適応できていれば通用するというような?あまり気に病むことではない。と思う。


 視点は無限にあって、発想も無限で、アカンのは固定観念で頑迷固陋になるところで、自由自在、融通無碍に精神を解放させるのが肝腎。


 そのための健康がやはり大事かとか思います。

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