14 ボクスちゃん商店

「それで、本気で星環砦せいかんとりでに入るつもりなのか?」


 ボクスは丸太のごとく太い腕を組み、カイたちに怪訝そうな顔を向けている。

 

 朝起きると、カイとリナは、ミレナに連れられてこのボクスがいる場所にきた。ミレナ曰く、まずは信頼できる情報屋に行くとのことで、この町一番の情報屋はボクスだという。


「ここはボクスちゃん商店だよ」ミレナはボクスの店を紹介をした。ボクスの店には剣や盾などの武器や防具が壁一面に並べられていた。


 ボクスは、ミレナには甘いのか、店に入ってきたミレナを見るなり、まるで動物園でミーアキャットを見つけた時のような声を上げた。ただ、それはミレナに対してだけで、後から入ってきたカイやリナに対しては、渋い声で「いらっしゃい」と言うだけで、カイとリナを観察する目は警戒をしているようにも見えた。


 ボクスは始原族で、髭を蓄え、顔も傷だらけで、いかにも武器屋の店主を思わせる風貌であった。話を聞くと、どうやら元炎諏佐の兵士だったらしい。


 ボクスは、炎諏佐の兵士としては10年ほど戦地の最前線にいた。ボクスの前に立つ者は誰も生きては帰れなかったと、兵士の間では一目置かれるような存在だったとのことだ。ボクスは、戦えば戦うほど国が豊かになると信じて戦い続けてきたが、一向に炎諏佐の国は好転せず、むしろ、悪化の一途をたどることに炎諏佐の兵士として疑問を感じていた。


 そんな思いを感じながら戦地に出たある日、ボクスは、民間人をかばい、飛んできた砲台の玉が左足に当たった。すぐに病院に搬送されたが、結局、左足は切除することになり、長年続けてきた兵士としての生き方はあっけない形で終わりを告げることになった。

 今は左足に義足を付けているのだろうか。動くたびに、機械音が聞こえた。


 その後は、兵士時代に築いた情報網を駆使して、情報屋を営んでいる。ただし、表向きとしては、武器屋になっており、ミレナのような一部の信頼できる人に対してのみ情報を提供しているそうだ。


「それで、本気なんだな?」

 ボクスは再度問いかけてきた。それも話をしたミレナではなく、カイに対してだ。明らかにカイの方を見ている。


「はい」

 カイは、蛇に睨まれたカエルが振り絞ったように声を上げた。


「......まあ、いい。どっにちしろ、ミレナちゃんの頼みだ。断れるわけない。ただ、後で、事情は話をしてもらう。ここでの情報を与える対価は情報のみだ」

「まあ、ボクスちゃん、そう怖い顔しないで。それじゃあ、星環砦せいかんとりでの情報はあるのね?」ミレナはボクスに対して頭をなでるようなそぶりをすると、ボクスの顔が見るからに緩んでいた。


「もちろんだ。星環砦せいかんとりでの情報はある。まずはこれを見ろ」ボクスはカウンターの引き出しに鍵を差し込み、そこから一冊の大きな地図を取り出した。「これは星環砦せいかんとりでの図面だ」


 星環砦せいかんとりでは、文字通りの星の形をしていた。星の周りには水が張り巡らされており、それが侵入者を阻んでいるとのことだ。そして、各星の頂点には見張り台が存在しており、水面が不自然に揺らぐと炎諏佐の兵士が駆け寄ってくる。まさに鉄壁の砦となっていた。

 

「出入り口はここだ」

 ボクスは星環砦せいかんとりでの中心から伸びる橋を指さしていた。星環砦せいかんとりでの出入り口はここだけとのことである。それもこの橋には検問が設置されており、出入りする人や物はすべてチェックされる。


「これじゃあ、入るのは難しそうだな......」カイは頭を抱えていた。

「ああ、普通に入ることは不可能だ。深夜であろうが、朝一であろうが、兵士が常に巡回しており、水面からも、橋からも、一度足を踏み入れれば必ず見つかる。オシオはそれぐらい徹底しているんだ」ボクスは苦虫を嚙み潰したような顔をしている。「それにもう一つ悪いニュースがある」


「悪いニュース?」リナが言った。


「ヴァースが今この星環砦せいかんとりでに向かっている。王都にいたはずだが、昨日の深夜からノクシアに向かって移動をしているとの情報があった」


「すいません。ヴァースっていうのは誰ですか?」


 ボクスはカイの質問に少し驚いた顔をした。「何も知らないんだな。炎諏佐の国は、3つの軍で構成されている。暁焔軍ぎょうえんぐん輪守軍りんしゅぐん暦永軍れきえいぐんの3つだ。暁焔軍は進攻・制圧を、輪守軍は都市の防衛・治安維持を、暦永軍は諜報、暗殺等を担っている。それぞれ、内、外、影といった三つの役割に分かれているんだ。今回こちらに向かっているヴァースは輪守軍、すなわち、内の防衛の隊長のことだ」


「そのヴァースがこっちにいるとまずいんですか?」


「ああ.....。ヴァースはもちろん一人で来ているわけではなく、輪守軍の軍隊を引き連れてきている。そうすると、星環砦の軍備が格段に引きあがる。それに、ヴァースは都市を守るためなら何でもする。この前は道にゴミが落ちていることが旧都ノクシアにはふさわしくないと言い出し、生活に困窮している民数十人を処刑していた」


 ミレナはその時のことを知っているのか、顔を横にそむけていた。それだけひどい状態だったのだろう。


「しかも、それだけではない。奴はこの星環砦で、を飼っているんだ」

「あれ?」ミレナも何も知らない様子だった。


「ああ......時限竜だ」


「ドラゴンがまだいるんですか?」リナは驚いていた。


「見たことはないか。まあ、そうだろうな。ドラゴンがいたのはだいぶ昔で、俺だって直接見たことはない。昔はよくいたらしいんだが、ある日、忽然と消えてしまった。ただ、今もドラゴンの生き残りはいて、どこかで息を潜めているらしい。ヴァースはそんなドラゴンの子どもを見つけて、それをこの星環砦で飼育しているんだ。俺も昔一度大量の餌を運ばされたことがあるからな。直接見たことはないが」


――ドラゴン? そんなものが本当にいるのか。たしかに、タツを始めとする焔鱗族はどことなく、竜を思わせる顔立ちをしている。トカゲにも見えるが。ただ、2足歩行をしており、顔以外の見た目は普通の人間と変わらない。それに、焔鱗族はウラルフにはよくいたが、今いる旧都ノクシアに来てからは焔鱗族はほとんど見ていない。むしろ、始原族ばかりだったから、ここが異世界であることをふと忘れてしまっていた。


――こっちの世界のことがわかる本でもあればいいんだが。


 カイは言った。

「すいません、知らないことばかりで......。なんかこの世界の歴史とか地理とかそんなことが書かれた本とかでもないですか」

「あいにく本はすべて検閲対象でな。普通の民は持っていない。ただ、お前たち、星環砦に行きたいんだろう? そこの中にある王立図書館に行けばいい。そこにはこの国中の本が保管されている」

 

 ボクスは一通り説明をして疲れたのか、カウンターに置かれた椅子に座った。「いずれにせよ、今は状況が最悪だ。星環砦に入るんだったら、せめてヴァースが去ってからにしろ」


「いや、逆よ。ヴァースがこのノクシアに到着するまでまだ数日はあるはずよ。それまでに入りましょう」ミレナはなぜか確信を持った顔つきで答えていた。


「ミレナちゃん、何をそんな急いでんだ。君らしくないな」ボクスは困った顔をしていた。

「ヴァースが来たら、次いつここを離れるかわからないわ。それに大事なことをまだ聞けてないわ。星環砦に入る手段はあるの?」


「......1つだけある」ボクスは渋々答えていた。

「ボクスちゃん、それじゃあ、決まりね。それをミレナちゃんに説明してちょうだい」

 ボクスは肩を下ろして、下を向いていた。ボクスはミレナには何も言い返せないらしい。


(おい、聞こえるか)

 レオンの声が聞こえた。カイは突然の声に驚き、ボクスたちからは距離を取り、壁にかかった武器や防具を見るふりをした。


――今、出てくるな。


(星環砦に行くんだろう? 一つ教えておきたいことがある)


――はあ? そんな暇はないんだ。


(ふん、冷たい野郎だな。聞いて損はないぞ)


――わかったよ、聞いてやるよ。聞いたらすぐに消えてくれよ。


(一時期、俺も星環砦に出入りしていたことがある。傭兵だったからな。月宵つきよいの国以外だったら、金さえ払ってくれればどこでもよかったんだ。さっき図面も見せてもらったが、あれ、当時の内部とかなり変わっている)


――何が言いたいんだ。


(おいおい、察しろよ。あの図面、大分古そうだっただろう? 俺の記憶の方が正しい可能性がある。だから、あの図面だけを信じるなよ)


――騙そうとしてないか? なんでそんなことを急に言うんだ? 


(ほんと信じられてないな。まあ、そうだろうけど、星環砦はそんな単純な場所じゃないんだ。困ったら連絡しろよ)


――連絡って、どうやって......。

 そう頭の中で言いかける頃にはレオンは姿を消していた。


「おい」ボクスが突然、カイに話しかけてきた。そして、ボクスは後ろに置いてあった短剣を手に取り、カイの方に突き出してきた。


「これは?」

「お前、二刀流だろ。それなのに、なんで短剣一つしか持っていないんだ?」

「なんで、それが?」

「見ればわかる。お前、意外と剣の腕がたつようだな。この短剣は、ミレナちゃんをきっちり守ってもらうために渡しておく。お代はいらない。とりあえず、鞘から抜いてみろ」


 カイは短剣を受け取り、鞘から抜いた。

 刃は夜空のような漆黒に染まり、光の確度によって何か文字のようなものが浮かび上がっていた。鍔はらせん状になっており、不思議と手によくなじむ。


 ボクスは言った。

「それは短剣リヴェルナだ。この店においてある短剣の中で一番の上物だ。かつて伝説の傭兵がいてな。それがこの町に置いていった一本だ」


――伝説の傭兵?


「ありがとうございます。大事に使います」

「ミレナちゃんに何かあったらタダではおかないから、覚悟しておけ」


 カイはボクスの顔が本気であることを察して、少し身震いがして、救いを求めてレナの方を見たが、レナは「ん?」と言って笑顔を浮かべていた。


――藁にもすがる思いで、時織を探しにこの町に来た。ただ、時織はもう亡くなっていたが、星環砦に手掛かりがあるかもしれないことがわかった。こんな流れがずっと続いている。しかもどんどん危険な方向に向かっている気がする。ただ、今は星環

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