13 奥底の記憶

 カイは、リナとミレナと同じ部屋で一夜を過ごすことになった。カイとリナは他に行き場がなかったので、その意味では非常に助かった。


 リナとミレナは出会ってすぐに意気投合をしたようで(同じ「ナ」で姉妹みたいと喜んでいた。)、最後は2人で談笑をし、やがて疲れ果てたのか、ベッドで寄り添い合って寝てしまった。


 カイは、それを見た後、ベッドから少し離れた冷たい床で寝ることにした。カイは、薄い布団をかぶりながら、リナとミレナから聞いた話を整理する。


 ミレナからは、この旧都ノクシアについて話を聞くことができた。リナは、昔のノクシアなら知ってはいたものの、現在の状況が様変わりしているようで、興味深そうに聞いてた。


 旧都ノクシアは文字通り、昔の首都である。リナが知っているノクシアが栄えていた頃のことで、それ以降のことはほとんど知らなかった。ミレナは生まれも育ちもノクシアだったため、ノクシアの栄枯盛衰を見てきていた。


 当初、ノクシアは、炎諏佐で一番栄えた貿易の町であった。ノクシアは、炎諏佐の国の中で、一番、天照の国に近かったため、天照の国との貿易が盛んだった。天照の国からは食料を、炎諏佐の国からは遺物を取引していたとのことである。


「遺物?」とカイが尋ねた。

「昔は、炎諏佐の国では、よく遺物が眠っていたんです。洞窟の奥とかに遺物が置かれていました。遺物の研究をしていた人もいましたが、なぜそれがそこにあるのかはよくわからなかったみたいです。あっ、ほら、カイさんにも一度話をしましたが、冷蔵庫とか電子レンジとかは遺物由来なんですよ」とリナは答えた。


 話をよく聞くと、いわゆる家電製品だけではなく、遺物にも色々種類があるらしく、過去には車や発電機もあったようだ。「なんで名前を知っているんだ?」とカイが尋ねると、「知っているってどういう意味?」とミレナが不思議そうに答えた。


――遺物の名前が表の世界と一緒なんて考えにくい。やはり表の世界と裏の世界は繋がっているのか。


 ただ、遺物自体は、最近は全く出てこなくなったらしい。炎諏佐の国の衰退が始まったのは、この遺物の出土と関係している。遺物が出てこないことは、天照の国としては取引をする理由がなくなることを意味する。そうなると、作物が育たない炎諏佐の国では、たちまち食糧難に陥ることになった。そのような危機的状況が続いていた中で、オシオが王になった。


 オシオは各地に眠っていた食料をすべてきれいに自身のもとに集め、それをすべて今の王都フレメリナに運ばせた。王都フレメリナは火山の火口付近に建設され、人の出入りが容易にはできなかったので、オシオにとっては好都合だった。そこからは、王都フレメリナが炎諏佐の国の中心となり、それによりノクシアは旧都とされ、衰退の一途を辿っている。

 

「この間、反乱とかは起こらなかったのか?」

「もちろん、何度も起こっているわ。でも、オシオは常に一枚上手なのよ。この町もすでに懐柔済み。最後に残っているのはウラルフの人達ぐらいね」と言い、ミレナは肩を落とした。


 詳しく話を聞くと、ウラルフの人達は、いくつかの反乱勢力が合わさり、追い詰められた最後の反乱勢力とのことである。名を「フラガルド」というそうだ。

 その勢力のトップであるタツの姉のタイガは、なかなかの戦略家のようで、逃げるだけではなく、一矢を報いるような戦いを続けており、炎諏佐の兵士達と一進一退の攻防を続けているとのことだ。特に、炎諏佐の国の焔鱗族えんりんぞくは元々戦闘民族で、腕っぷしは国でも一番の実力を持っていた。

 

 炎諏佐の国の人々は、心の中ではタイガのことを応援しながらも、それを表だってすることは叶わず、表向きは、ウラルフの人達を恨み、オシオ王万歳というスタンスを取っている。


「それで、本題に入るけど、ミレナのおばあちゃんが時織ときおりで、王立図書館に行けば何かわかるかもしれないって話だったな? 王立図書館はどこにあるんだ?」


「王立図書館は星環砦せいかんとりでの中にあるわ。ノクシアにいる炎諏佐軍の本拠地の中よ。おばあちゃんはそこで働いていたわ。ただ、おばあちゃんは幽閉されているのに近かったから、ほとんど帰ってくることはなかった。ただ、その分、食料を多く分けてもらえていたから、私のために我慢して働いていたのよ」


「おばあちゃんが時織だってことは、炎諏佐の国も知っていたの?」とリナはミレナに心配そうに質問をした。

「いいえ、それは知らなかったはずよ。そもそも、おばあちゃんが時織だって知っていたのは私ぐらいで、他の人は知らなかったし。それに、おばあちゃんからはよく言われていたの。私が時織だと皆が知ると大変なことになるから、言ってはいけないって」


「そこまで言われていたのに、なんで俺達には話をしたんだ?」


 ミレナはカイの質問に対する回答に困ったのか、一瞬の間があった。

「......それは、ミレナちゃんの直感よ。あなたなら大丈夫ってね」ミレナは舌を出して、おどけて見せる。「ただ、星環砦に入るのは簡単ではないわ。少し考える時間をもらうわね」


「わかったわ。私達も何か考えてみる」

 リナが答えて、布が掛かった大きなものに寄りかかろうとしたとき、ミレナが急に慌て出した。


「リナちゃん、ごめん。それには寄りかからないでね。それ、おばあちゃんの最後の遺品みたいな物で大事に置いてあるのよ」

 リナがごめんと言って、それから少し距離を置くと、ミレナが近づいていき、布を撫でるようにした。


「それは何なんだ?」カイは言った。

「カイは、ミレナちゃんに興味津々ね。女子の秘密を見たいの?」ミレナは、小悪魔がキューピットの矢を手に入れたかのような笑みを浮かべた。

「女子の秘密!? そんなカイさん、はしたないですわ!」と言い、リナの顔から湯気が出ていた。


「あー、そうゆう意味じゃないだろう......。ミレナちゃん、リナはそうゆうのに弱いんだ。からかわないであげてくれ」

「からかってないわ。ミレナちゃんはいつも本気よ。まあ、ただ、隠すようなものではないから見せてあげるわ」

 

 ミレナはそう言うと、布をバサッと取った。


――これは……。


「これはなんですか?」リナは覆い隠した両手の隙間から覗いていた。まだ女子の秘密があるのだと思っているらしい。


 カイは、それを見た瞬間、何なのかすぐにわかった。学校でも見ていたし、昔は自宅にも置いてあった。


 それはグランドピアノだった。この狭い部屋には決して似つかわしくない大きさの。


「これはピアノか……?」


「何、カイは知っているのね。そう、これはピアノよ。遺物の1つで、おばあちゃんが生涯大事にしていたものよ。数少ないおばあちゃんが帰って来ていた日には、よくおばあちゃんが弾いてくれていたの。私は、この音を聞きながら寝るのが好きだった。おばあちゃんはとても軽やかに、とてもゆっくりしたメロディーを奏でるの。私も少し教わったけど、おばあちゃんみたいには弾けなかったわ」


 カイはゆっくりとピアノに近づいて行った。すると、カイの頭の中に、色々な記憶が蘇る。


 キレイな旋律を奏でる楽譜

 楽譜がめくられる音

 整えられた黒と白の鍵盤

 鍵盤を押し込む感触

 そして、母の手と笑顔

 

 カイは気が付くと、ピアノの椅子に座っていた。そして、丁寧に鍵盤の蓋を開き、波一つない湖に下ろすように、両手の指をゆっくりと鍵盤に乗せた。頭の中で手を動かす。動きは覚えている。


 カイは人差し指で鍵盤を押し込むと、ピアノから音が鳴る。しかし......。


――ずれている。


 カイは一通り鍵盤を押して、音を確認したが、鳴るべき音が鳴らない。そう、調律がずれているのだ。


「弾けるの?」

 ミレナが問いかけた。


「……ああ。少しだけね。昔、教えてもらったことがあるんだ。ただ、このピアノは音がずれている。音を合わせないといけないんだけど、この世界ではそんな人いないから、仕方がないよな」


「この世界?」リナは不思議そうな顔をしていた。


「ああ、こっちの話。気にしないでいいから。とりあえず、調律は俺ではできないんだ。ただ、このピアノ、おばあちゃんのだったら大事にしないとな」カイは鍵盤の蓋を閉じた。


「さすが、私の婚約者ね。今度、ピアノ教えてもらうわ」

「婚約者!? はしたない!」リナはまた顔を隠した。

「いやいや、婚約者は別に、はしたなくないだろう......。てか、婚約者じゃないわ!」


 その後、しばらくお互いの趣味や好きな食べ物といった他愛のない話をして、皆寝ることになった。


――まだこの世界について知らな過ぎる。

――なんで、遺物なんて物があるんだ。

――それに久しぶりに母のことを思い出してしまった。


 カイは母のことを忘れていたわけではない。ただ、思い出すと、胸が締め付けられるのでなるべく考えないようにしていた。そうすると、そのうち思い出すことがなくなっていたのだ。

 ただ、記憶は、物や出来事、色、音、匂いといった日常的な些細なものに付着している。その欠片に振れた瞬間、記憶は頭の中で蘇る。忘れていたわけではない。寝室の押し入れの奥の奥にぐっと押し込んで、しまっていたに過ぎない。


 カイは懐かしさと悲しさを混ぜ合わせながら、布団を頭ま

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