ep 残すもの
からんからんと入口の扉が開き、軽やかな歓迎の音が鳴る。
「ごめんください」
そういって杖をつきコツコツと音を響かせながらやってきたお客様。
白さの目立つ髪の毛を手作りらしき毛糸の帽子に詰め、杖を持つ手は明るく彩られている。
おしゃれな方だな、という印象を受けた。
「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へおかけください」
「あら、ご丁寧にありがとうございます」
ソファ席へとかけるご婦人を見て、ふとイメージが湧いたのでバイトくんにカップの用意を任せて茶葉玉を取りにバックヤードへ。
「ええと、このケースの中に…」
少し前にバイトくんが整頓してくれたのでずいぶんと見やすくなった在庫の棚を漁り、目当てのものを探し出す。
ケースの中の包みからひとつ取り出し、表に戻る。
カウンターの中でもうカップが温められ、提供の用意もほとんど整えられていた。
「ありがとうございます、バイトくん。おかげで助かりました。いろいろと」
「良かったです!そう言ってもらえるなら半日かけて整理した甲斐がありますよう!あ、せっかくなので提供用のお茶菓子にどうかなって思って、コレ用意したんですけどぉ」
そういって取り出したのは小さな巾着袋。バイトくんの私物であるそのおやつ入れから平べったい缶がひとつ。
棚から豆皿を取り、3粒ほどの小さな白い塊をのせる。
「おや、バイトくんの好物じゃないですか。よろしいのですか?」
「もちろんです!白砂糖(はくざとう)ならこのお茶の甘味ともケンカしないと思うので!」
「ではありがたく。ふふ、バイトくんのセンスは信用していますから」
「えへ、やった!」
ほんのりと甘く、すぐに溶けてしまう白砂糖はその繊細さから量産の難しい人気のお菓子。バイトくんも個人的に仕入れているほどで、楽しみにとっておいたもののはず。
たしかに今回の茶葉玉は前回いただいた薔薇よりもすっきりした風味で甘さも控えめなものを選んだので、白砂糖との相性は良いでしょう。
流石はバイトくん。ハーブティーのレシピといい、組み合わせることに関してはもう一流ですねえ。
「では、せっかくですしご提供もバイトくんにおまかせしましょうか」
「!…かしこまりました!」
白砂糖ののった豆皿とは別に用意した豆皿に茶葉玉を添え、ポットやカップの乗ったトレイをそっと差し出す。
まず驚き、つぎに嬉しそうに笑い、最後にくっと表情を引き締める。そうしてトレイを受け取ったバイトくんがしっかりとした足取りでご婦人の元へ。
「お客様、失礼いたします」
「あら」
「おまたせいたしました。本日のお飲み物、菊の花咲茶でございます。こちらの茶葉玉をカップにお入れいただき、上からこちらのポットのお湯を注ぐことで完成する、見た目も華やかなお茶でございます」
「まあ、素敵ねえ」
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
そっとお客様の視界に入り、お声がけ。
お客様の意識がこちらに向いたところで一歩距離を詰めてテーブルにトレイを置き、お茶のセッティングと説明を行う。
そのうえでカップに茶葉玉を入れお湯を注ぐ。
ふむ。
接客の仕方はとても良いですね。普段から意識して、接客時にどう動いているのかを見て覚えたのでしょう。
緊張気味にお湯が注がれると、文字通り花が咲き、やわらかな湯気と共に香気が立ち上る。
お客様のほころぶような笑顔に、少しホッとしたのかバイトくんの表情も柔らかくなる。
「…まあ!とっても綺麗だわあ」
「ありがとうございます!」
「それにとってもいい香り」
花咲茶のウリである淹れた瞬間からの美しさをまず目で味わい、そして香りを味わい、最後に舌で味わっていただく。
作法は文句なし、満点です。
「この花は唇に触れるととけてまた味わいを変化させてくれます!そのままお召し上がりください!」
「うふふ。お花までいただけちゃうなんて、贅沢ねえ」
「あと、こちらの豆皿に乗っているのは白砂糖(はくざとう)というお菓子でございます!花と同じく口の中で淡く溶ける美味しいお茶菓子です!よろしければこちらもお召し上がりください!」
「ありがとう」
「いいえ!では、ごゆっくりどうぞ…!」
すっと一歩下がって一礼、穏やかな足取りで帰ってくる。
そのままカウンターを通り過ぎてバックヤードへ消えていくバイトくんに、苦笑しつつ覗き込むように顔を出す。
案の定、というべきか。バックヤードの入口で座るようにしゃがみこんでいる。
「ふふ、お疲れ様です。バイトくん」
「うう…、マスターぁ…!」
耳を赤く染めたかたい声色のバイトくん。
あわあわと今になって緊張や照れが押し寄せているのか宙を掻くように手が動かされ、その混乱っぷりがうかがえる。
そんな可愛らしい姿に思わず笑みがこぼれる。
「とても良い接客でした。わたくしのやり方を見て学んでくださっているのがよくわかります。お客様も喜んでいらしたでしょう?」
「…そ、そうですかあ?…そうですよねえ…。……はいっ!ありがとうございますぅ!」
「おっと」
賛辞の言葉にすばやく立ち上がったバイトくんの勢いに押されつつ、まあ持ち直したのならいいかと思いなおす。
数秒前とは打って変わっていつも通りに元気を取り戻した姿に安堵しつつ、ともに表へ。
そっと視線を向けると、お客様は微笑みを浮かべつつお茶を飲んでいた。
シルバーグレーのカップに鮮やかなイエローのマニキュアが目を惹く。
「…あのお客様、笑顔もですけどファッションも素敵ですねえ…!わたしもいくつになってもああしてわたしらしくいたいなあ!」
「バイトくんもそんな風に考えることがあるんですねえ」
「むむむ?それはプラスに捉えていいんですよねえ…?」
「もちろんです」
「ならよし!」
「ははは…」
迂闊な物言いでヒヤリとしつつ、あとの為にコーヒーをセットしておく。
コーヒーが落ち切る前に金属製のバットとお砂糖、ゼラチンを用意。淹れたての熱さに気を付けつつ、コーヒーゼリーを作っていく。
バットに流し込んだら粗熱を取る為に覆いを被せてキッチンの端に寄せ、使った器具を洗っておく。
そうこうしていると時間も経ち、あとの片づけをバイトくんにお願いして手を空ける。
そろそろかとカップのお茶がなくなり一息くであろうことを見越してカウンターを出る。
「あのう、あら」
ふっとこちらに意識を移したご婦人が気づく。
「お味はいかがでしょう」
「とっても美味しかったです。お花のお茶なんて、なんだか特別なものを出していただいて…」
「ご満足いただけたなら幸いです」
満足げな微笑みに微笑みを返す。
そこでふっと視線を落として話が切り出される。
「それでそのう。ええ、このお店の入口に書いてあったことなのですけれど…」
「はい。記憶の買い取り、でございますね?」
「ええ。わたしのようなおばあちゃんでもいいのかしら…?もうずいぶんと物忘れも多くなってしまったのだけれど」
不安げな女性に微笑んで返す。
「もちろんでございます。このまほろば異境喫茶店での記憶の買い取りというのは加齢による記憶の引き出し云々とはまた異なりますので。たとえお客様が思い出せなくとも、お客様の中には記憶がしっかりと根付いております。わたくしはそれを契約によって対価と交換させていただくのです」
「そう、なのね」
そこしトーンの落ちた声が、ぽつりとこぼれる。
けれどすぐに顔を上げ、しっかりとした声と真剣なまなざしで、たしかな意志のもとに契約を宣言された。
「では、問題ありません。どうかよろしくお願いします」
「かしこまりました。…差し支えなければどういった理由でどの程度の買い取りを希望されていらっしゃるかお伺いしても?」
「あ、あらあ。わたしったらなにも言っていませんでしたね。失礼しました」
そうして語られたのは、言ってしまえばありきたりな、よくある理由ではあった。
その姿からも想像に難くなく、けれど遺す者への思いやりという自己満足。
「わたし、ここではこうしてしっかり歩いてお話もお食事も出来ていますけど、本当はもう、もっとずっとおばあちゃんなんです」
「おや、そうなのですね」
「お父さんが先に亡くなってしまって、わたしは家で1人で住んでいたんです。幸い娘が近くに住んでいましたから助けてもらったりもして」
「仲がよろしいんですね」
「うふふ。娘がもっと若いころなんかはしょっちゅう口喧嘩をしてお父さんに宥められていましたっけ…。懐かしいわあ」
「おやおや」
「けれど今年に入って家で転んでしまって、足を悪くして入院してから…。なんだか上手く生活も出来なくなってぼんやりすることも増えて」
「なるほど」
典型的、といえば典型的な流れだ。
入院によって身の回りのことをしなくなると、今まで出来ていたはずのことが急にできなくなってしまう。
本人はもちろん、ご家族はきっと変化に戸惑われたことでしょう。
「すっかり自分で生活できなくなって、そうしたら体も弱ってしまうのねえ。ひと月くらい前からかしら、入院が決まってベッドから動けなくなっちゃって。そうしたらふと、わたしがいなくなったあと娘や孫に何を残してあげられるのかって心配になってしまって」
「心中、ご察しします」
「情けない話だけれど、特にお金になるようなものも持っていなくって。家と土地はあるけれど、田舎だし二束三文でしょう?いまさらどうにもできないって気づいて、ふて寝したらこのお店に来られたの」
「さようでございましたか」
「入り口の案内を見た時、ああこれしかないって思ったのよ。こんなおばあちゃんでも、記憶は少しくらいあるはずだもの。それがお金に換えられるなら、そんなにいいことはないって」
悩みなんて何もないというような晴れやかな笑顔。
失意や落胆を希望に替えられたなら、この仕事も甲斐があるというものでしょう。
…内容の是非なんて、本来考えるべくもない話だけれど。
「お話、ありがとうございました」
「こんな話でごめんなさいね」
「いいえ。…それでは契約と参りましょう。お客様が記憶を、わたくしは金銭を。ここに対価を持って結びます」
いつも通り、大きな革の装丁本を取り出す。
重さで落としてしまわないように、膝上に置くように抱え、両手でしっかりと持ってもらう。
「さあ、開いて」
『Anoixis』
◇
花の香りと線香のにおい。
独特な雰囲気漂う空間で、静かなお別れが行われている。
「おばあちゃん…」
まだ小さな娘が、わたしの手を軽く握った。
「なあに?どうしたの?」
「あのね」
「うん」
祖母の通夜と葬儀を終えて、告別式の途中。出棺を待つ間、まだよく事情の分からない娘は不思議そうにしていて、そっと屈んで耳を澄ませる。
「どうして、みんな悲しそうなの?」
「それはね、ひいおばあちゃんにもう会えなくなっちゃうからよ」
「なんで?」
「うーん、そうね…」
まだ死や永遠のお別れといったことが遠い年頃だから、どう答えるべきか迷ってしまった。
そこへ母が来て、そっと娘の頭を撫でる。
「今は難しいわね。でもきっとわかる日が来るから、おばあちゃんと一緒にひいおばあちゃんにバイバイしましょうね」
「うん」
にっこり笑った母の目の優しさが、最後に見た祖母に重なった。
病院で見た祖母は小さくて出来ることも少なくなってしまっていたけれど、目じりを下げたその優しい目は変わらず、最後までわたしの大好きなおばあちゃんだった。
「…おばあちゃん、またね」
いつかわたしもひいおばあちゃんのように、還るときが来るだろう。
母に抱き上げられた娘の不思議そうな目を見て、微笑んだ。
◇
最後のかがり火を燃やし切ったのを遠くで感じながら、パフェグラスに砕いたコーヒーゼリーを3すくい。甘さを控えたチーズクリームやアイスを重ねて、ミントの葉を添える。
「めでたしめでたし、としましょう。残されたものが幸せなら」
どこか遠くの星で、亡くなった祖母の家から古い刀が見つかったことが騒ぎになった。亡くなる前にはもうほとんど認知が進んでしまっており、こんな遺産があるとは誰も知らなかったという。
焼失したと言われていた名刀は歴史的価値もさることながら古美術品としての価値も高く、熱心なコレクターが高値で買いとったとか。その後はしかるべき機関の手を経て美術館に貸出所蔵となったというが、さて。
「わ、マスター、それってもしかして…!」
「ああ、バイトくん。お疲れ様です」
「お疲れ様ですぅ。じゃなくてえ!」
キラキラした目で完成したばかりのコーヒーゼリーパフェを見つめる姿にぷっと吹き出しながら、そうっとグラスを滑らせる。
「どうぞ。コーヒーゼリーパフェ、の試作品です。バイトくんの舌は確かですから、ぜひ感想を聞かせてください」
「やったあ!…おいし~ぃ!」
「それは良かった」
さっそくスプーンを取り出してぱくつくバイトくんの幸せそうな顔。
労働の対価にはスイーツを、ですね。
本日もまほろば異境喫茶店は営業中。
美味しいドリンクに甘いスイーツもご用意して、お客様のお越しをお待ちしております。
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