閑話 眠り
今日は一風変わったお客様がお越しになられた。
いと尊きお方。輝く人。
明るいピンクのドレスに白いレースの長手袋、緩やかに波打つ金の髪には小ぶりな宝石の填まったティアラがのせられている。
彼女はプリンセス。文字通り、物語の中の人、だ。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、プリンセス」
いらっしゃいませ、という言葉も彼女にかかればこの通り。
しずしずと店の中へと歩みを進める様もハッとするほど麗しく、その優雅な足取りはふらりと後ろをついていきたくなるよう。
彼女が座るだけでただのソファも玉座に見紛うほど。
「もう決めていることなのだけれど、すこしお話もしたいわ」
「かしこまりました」
ソファに腰かけたプリンセスから言外にオーダーが入ったため、まずは飲み物を。
たしかあの物語では、お城の庭でお茶会をするシーンもあったはず。それに話をするならばアルコールは控えるべきだろう。
いくつか並べられた缶の中からダージリン、それも春摘みのもの(ファーストフラッシュ)を選んで取る。
温めたポットに茶葉を淹れてお湯を注ぎ、茶葉が躍る様を見つつティーセットの準備。
同じようにカップを温め、ちょうど蒸らしおわった紅茶を注ぐ。
冷めないうちに素早く、そして丁寧にサーブする。
「おまたせいたしました。本日のお飲み物は春摘みのダージリンでご用意いたしました」
「あら、ありがとう」
繊細な指先がカップをつまみ、そっと口づける。
「おいしいわ。とっても軽やかで素敵ね」
「ありがとうございます」
どうやらプリンセスのお眼鏡にかなったようでなにより。
お褒めの言葉と微笑みに、普段よりも深いお辞儀で返す。スッと頭を上げると、少しの憂いを含んだ吐息。
さてはて、プリンセスのお話は紅茶のように軽やかなお味なのでしょうか。
「ふう。…わたくしの物語は、ご存じかしら」
「はい。大きな国の小さなプリンセス、でございましょう」
「ええ。わたくしは大きな人々の暮らす国に生まれた小さな姫。といっても、こうしてみれば、わたくしが小さいというより人々が大きいのでしょうね」
「わたくしから見てもプリンセスは小柄ながら普通の大きさのように思えますから、あの物語の人々がいわゆる巨人、なのでしょう」
とある星で生まれた童話、「大きな国の小さなプリンセス」。
◇
ある国にお姫様が生まれました。とっても可愛らしいお姫様です。
けれど、お姫様には周りのみんなとは違ったところがありました。
それは大きさです。
お姫様は人々の手のひらほどにもない、とても小さなお姫様でした。
そんなお姫様はその小ささから、つま先の宝石と呼ばれ大切に育てられました。
でも、お姫様がどんなに大人に近づいても、お姫様は小さいまま。
お姫様がお友達を探しても、みんな、お姫様をお友達にしてはくれません。
お姫様が近づくとおんなじだけ下がって、怖い顔で遠くから見ているだけ。
「わあ、そんなお姫様!お友達なんてとてもとても!」
お姫様がどんなに頼んでも、誰も首をたてには振りません。
「みんないじわるだわ。どうしてわたくしをのけ者にするの」
お姫様は悲しくなってしまいました。
そうして心の中で呟きます。
「どうしてだめなのかしら。わたくしが小さいから?」
お姫様が泣くと、みんなはあわてて、たくさんの贈り物でお姫様を喜ばせようとします。お姫様の周りにたくさんの贈り物が置かれます。
けれどお姫様はちっとも嬉しくありません。
ある日、お姫様は眠る前にお祈りをしました。
「どうかわたくしのような小さなお友達をください」
体の大きさが一緒なら、きっとお友達になってくれると思ったからです。
つぎの朝、お姫様はがっかりしました。
なぜなら大きなベッドにはお姫様とおんなじ大きさのお友達はおらず、代わりにきれいなティアラが置いてあったからです。
「なあんだやっぱり。わたくしは着飾ってにこにこしているだけなのね。それ以外は求められていないのね」
お姫様がティアラを頭にのせると、ふわりと体が浮きました。
「まるでみんなみたいな高さだわ」
いつもよりずっと高い楽しくなって、そのまま街へ出てみることにしました。
ふわりふらり。
街をゆくと、すれ違う人々が驚いて、けれどにっこり笑って挨拶してくれます。
「あら、いつもみんな怖いお顔をしていると思っていたけれど、もしかしたら違ったのかもしれないわ」
今日見たみんなの顔は明るくって、にこやかで、やさしそう。
「わたくしは勘違いをしていたのかも」
お姫様は気づいてしまいました。
みんなが怖く見えるのは、とっても大きくて影がかかって見えたせいなのかも。ちょうどあの木陰のように!
「お姫様ってあんなに明るくて元気なんだなあ」
みんなも気づいてしまいました。
いつもは小さくって触れたら壊してしまいそうだと思っていたけれど、大きさが違うだけで自分たちと変わらないのかも。じゃあ高さを合わせよう!
それからはお互いの大きさを補うように、椅子に座ったり屈んだり、特別じゃない大きさをきづかいながら、お姫様たちは触れ合うようになりました。
もうティアラをのせても浮かないけれど、それでじゅうぶん。
同じ目線に立つことを知ったお姫様と人々は、それからずっと仲良く過ごしました。
◇
たとえ大きさが違っても、こころの豊かさは同じであると説く物語。
お互いを思いやればいい。それだけだったのだと。
「そうね。けれど誰かを大切に思う気持ちの大きさは、体の大きさに変わるものではないわ。もちろん、わたくしの物語をお知りのあなたには言うまでもないことでしょうけれど」
うふふ、と小さく笑う姿はとても気高く美しい。
けれど、そんな多くの人々に愛されたプリンセスがどうしてここにたどり着くことがあるのか、ふと不思議に思ってしまう。
「わたくしはとても愛されたわ。誰もが幼いころわたくしの物語に触れ、愛と共に育つ。わたくしはそんな人々が愛おしい。その気持ちに嘘はないわ」
「失礼いたしました」
「いいのよ」
「寛大なお心に感謝いたします」
そんな想いが表情に出てしまっていたのか、やんわりとプリンセスから言葉が紡がれる。
いらぬ邪推をしてしまったことに謝罪の意を示すも、朗らかに赦しの声をいただいた。
とはいえ、ここ、まほろば異境喫茶店にいらっしゃるということは、プリンセスにも手放したい記憶があるということ。
物語の中の人に金銭が必要だとは思えませんし、一体…。
「わたくしを愛してくれた人々が、いなくなってしまったの。みんな。天災、というらしいわ」
「それは…」
「仕方がないわ。生命の営みも、星の導きには叶わぬもの。お別れは寂しいけれど、受け入れなくては」
プリンセスの物語を愛した人々が、どうやら予期せぬ災いで滅んでしまったようだった。
星の導き。つまりおそらく、隕石の落下による消滅。
「わたくしは物語。語り継ぐものがいなくなれば消えゆく定め。それでも、愛していただいた分をなにか返したいと思ったの」
「…なるほど」
「ここは記憶をお金に換える場所だとは重々承知のうえですけれど、どうか永い眠りにつくわたくしの最後のお願いを聞いて欲しいの」
ことりとテーブルに置かれたティアラ。
代価としてささげられたその輝きを、そっと受け取った。
「かしこまりました。いつの日か、また彼らに出会うその時まで。プリンセスの物語はわたくしが責任をもって預からせていただきます」
安心したように息を吐くプリンセスに、けれど、と待ったをかける。
「大切な記憶と共にお休みになられるとのことですが…。わたくしが他の星々へとこの美しい物語をご紹介させていただくのは、構わないでしょう?」
悪戯っぽく微笑んで、一冊の本を持つ。
柔らかな絵筆で彩られた本。
タイトルはもちろん「大きな国の小さなプリンセス」。
「まあ…!」
「もしかすれば、眠っている暇もないかもしれませんが」
「うふふ。そうね。そうなったら…」
「とっても素敵ね!」
花もほころぶような、愛らしい笑顔でプリンセスは笑った。
◇
「どーも、お届け物でーす」
「ありがとうございます。ふむ、今回の品もなかなか…」
「あざーっス。ジジイも気合い入れてたんで、店主サンのお眼鏡にかなったならよかったっス」
ノックの後、からんからんと音を立てて入ってきた人影。目深にかぶったキャップにマスク、ダボついた作業着からは想像できない明るい声が響く。
贔屓にさせてもらっている仕入れ先からの配達だ。お礼を言ってさっそく中身を確認する。
いつもお願いしている定期品とは別に何か面白そうなものがあればとおまかせで依頼しているのだけれど、今回もなるほど面白い品がいくつか。
この赤い豆は先日の青いものと同じ農家さんでしょうか。ガーネットのくちどけ…、なるほど?
「あ、なんか今回は預かり物があるってジジイから聞いてたんスけど」
「ええ、こちらを」
配達員さんの声に荷物を見分していた手を止め、包みを差し出す。
淡いピンクの箱。長方形で厚みはさほどない。
「りょっス。じゃ、これで」
「はい。ありがとうございました」
言葉の軽さとは裏腹に丁寧に包みをカバンにいれ、配達人の彼は帰っていった。
あとは彼のお爺様、界隈に顔のきく凄腕の商人頭さんがうまく計らってくださるでしょう。
新たな地でも変わらず気高くあり続けるプリンセスの姿を思い浮かべて、小さく微笑んだ。
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