ep 自転車
「お金ください!!」
がらんがらんがらんと普段よりもずっと激しい音がする。打ち付けられたドアが軋む。
スッと息を吸って心を落ち着けて、いつものように。
「いらっしゃいませ。まずはどうか、おかけください」
にっこりと、微笑む。
「す、すみません」
「いえいえ」
やってきたお客様は大きく息をしながらも、バツが悪そうに肩を小さくしてカウンターへと腰かける。
扉を壊すような勢いでやってきたのは、一人の男性。走ってきたのか髪や衣服が乱れ、息も切らしている。
深呼吸をして息を整える。ついで服装が正され、髪が梳かれるとその下の顔は幼い。
「どうぞ!冷たいお水です!」
「あっ、すみません。ありがとうございます!」
はふはふと熱を吐く男性に見かねたバイトくんがグラスを差し出す。差し出された水のグラスを受け取って、かっと一息に飲み干す。
ふむ。
「…おかわり、いりますか?」
「すみません!おねがいします!」
水の入ったボトルからこぽこぽと水がグラスに注がれ、干される。また注がれては干されを数回繰り返し、ようやくグラスがカウンターへと戻された。
「…」
「ぷは。…ふう。ありがとうございました!おかげで生き返りました!」
「それはなにより」
空っぽのボトルを抱えたバイトくんが男性の勢いに圧倒され無言のままにそれを片づけているのを横目に見つつ、本日のお客様を見やる。
首筋をパタパタと手で扇いでいる。
まだ冷たいものを欲している雰囲気を感じ取り、本日のドリンクを準備。
ブレンダーにアイスとオレンジジュース、少しの氷を入れてスイッチをオン。
けたたましい音と共に氷が砕かれて混ざり合う。あとは大きめのグラスに中身を注いで太めのストローを差す。
「どうぞ、オレンジフロートでございます。溶けにくいものですから、ゆっくりお召し上がりください」
「あざす!、じゃなくてありがとうございます!」
キンと冷えたオレンジの酸味と甘みに目を細めながらおいしそうに一飲みして、カウンターへと戻す。
「それで、本日はどのようなご事情でしょう。どうやらかなりお急ぎのご様子ですが…」
「あっはい!そうです!できればすぐにお金が必要で!」
水を向けるも、かなり食い気味に畳みかけてくる。
落ち着けるようにことさら丁寧に繰り返す。
「なるほど。すぐにお金が必要である、と。先にお伺いしたいのですが、対価の方はご存じでいらっしゃるということでよろしいでしょうか」
「もちろんです!あの、記憶をお金にしてくれるんですよね?」
「さようでございます。ただし、対価としていただくものですから、今後お客様が差し出した記憶を思い出すことは出来ません」
「大丈夫です!」
「…かしこまりました。少し準備がございますので、その間お待ちいただけますか?」
「はいっ!」
元気すぎる返答に一礼し、そっとバックヤードへと下がる。バイトくんも連れて。
「…どうするんです?マスター」
「…どうしましょうねえ」
ふたりして頭を悩ませているのは、何も彼の態度が問題なわけではない。
彼の目に煌々と焼き付いた印のせいである。
「アレ、やばいですよねえ…!?」
「うーん、なかなか難しくはありますねえ」
彼の瞳に焼き付く印。
それは、彼が何か大きな存在に対価を捧げていることを示す証。
印から彼の出身はなんとなくわかりますが、あちらの方がこの店へ来られるのはかなり稀だ。
あの星は強大な力を持つ存在(カミ)と人類が混ざり合った世界ですし、何かあれば身近なカミに対価を捧げて願うなりするはずですし。
「いや~、なかなか珍しいんですけれどね。印つきの方がいらっしゃることもそうですが、あそこまで元気だというのは」
「前に見た人なんてかなりヘロヘロになってましたもんね…」
「彼自身に印がつけられている認識がないということもあるかもしれませんが、生まれ持った性格のような感じもします…。あの星の方はどうにも難しい」
ひとまずはいつも通り対応して、対価となる記憶を見させていただく際に印の主とのやり取りを見てそちらの契約触れないように上手く立ち回らなくては。
「やれやれ、今回は骨が折れそうです」
「ですねえ。あ!わたし、裏で作業しておくのでお願いします!」
「ええ。何かあれば巻き込まれる可能性もあります。バイトくんはこちらにいてください。ここならある程度の飛び火は防げます」
気合を入れるべく、袖口を捲る。
「何もないのが一番、ですが」
カウンターへ戻ると、ちょうど彼がオレンジフロートを飲み終える所だった。
「おまたせいたしました」
「いえ!おれもジュース飲んでたんで!」
「お金が必要と仰っていましたが、例えばどのくらいをご希望されていらっしゃいますか?」
とりあえずジャブとして軽く探りを入れてみると、それまでの勢いがふっと消えて言いにくそうに口ごもる。
「…、あ~、その」
「話しやすいようにで構いませんよ」
「あ、はい。えーっと、おれ、恋人がいるんですけど…」
「おや、そうでしたか。ではその方と何か?」
「そうなんです。や、そうでもないか?」
何やら込み入った展開になりそうでしょうか。
かなり複雑そうな…。
「彼女、めっちゃ宝石好きで」
あれ。
展開変わったなあ。と目を瞬かせた。
「めっちゃ美人だし絶対付き合いたくて必死で働いて宝石プレゼントして、んで、付き合えたんですけど、結構無理して用意してたから…」
「ああ…」
「おれが一番だって思ってもらえるようにレアな石とかカットのやつプレゼントしてて、彼女、おれのことたぶんめっちゃ金持ってると思ってて。おれも見え張って隠してて」
「ああ…」
「ちょいちょい借金してたんですけど、返せなくてまた別のとこで借りてを繰り返してたらすごいことになっちゃって…」
ああ~。一番ダメな奴ですね、これ。
いやしかし、彼女について話している最中に印が一番強く光っていたところを見るに、彼女が印の主でほぼ間違いないでしょうね。
とはいえそうなると、彼女は十中八九全て知っていて見守っていますね。むしろ、そんなに必死で求めてくれるんだ、ということに気をよくしていることでしょう。
あちらもかなりヒト寄りになったみたいですし。まあ何千年も無為に過ごしてきて、人間なんて刺激を知ってしまえば、ねえ。
…必死な姿が好き!もっと見せて!といったところですか。はあ。
内心、わかりやすい内容であったことへの安堵と取り越し苦労の疲れの両方からくるため息を吐きつつも、表情には出さないように笑いかける。
「かしこまりました。そういうことでございましたら、そのように」
「っじゃあ…!」
「ではこちらの本をしっかりと持って」
「はい!」
「開いて…」
『Anoixis』
光にあふれたその空間で、彼には聞こえないようにひそめられた声が聞こえた気がした。
◇
さわさわと、肌をくすぐる感覚がする。
なんだ…?
「あ、起きたあ?」
覗き込むような形で、彼女の吐息がかかる。
あまい声、におい、ひとみ。
「えへへ。ばあ」
かわいい。
語彙のとけた脳みそで、ただそれだけを思った。
「ほんとはもうちょっと必死な顔見てからにしようと思ってたけど、やめた」
彼女の好きな宝石のような、輝く瞳が妖しさを増す。
「これからはあ、ずうっと一緒だよ」
その言葉を聞きながら、あたたかなまどろみに身を任せた。
◇
「破れ鍋に綴じ蓋、といいますか。…めでたしめでたし」
どちらが漏れ鍋で綴じ蓋かはさておき。
最後に聞こえた声。そろそろいいかな、とは彼の間違った献身というか貢ぎ癖に当てた言葉で間違いないでしょう。
今頃は彼女の手でもろもろの借金問題も解決し、文字通り彼女以外いらない生活を送っているであろう彼を思い、かぶりを振ってかき消した。
「…お疲れ様でしたあ~!マスター、大丈夫でした?」
恐る恐る顔を出したバイトくんへ微笑みで返し、使ったグラス類を片づける。
なんだかどっと疲れが出たような…。気がするだけでしょうが。
「さっすがマスター!おみそれしました!はは~!」
「こら。からかわない」
とはいえ、今回はかなり特殊というか重そうに見えて軽い案件でよかった。その分、ほとんど対価もないですが。
触れることを許されたのはほんの一部の記憶のみで、もちろん対価も微々たるもの。彼の希望には添わないでしょうが、今回ばかりはイレギュラー。彼の記憶ではあるけれど、さらに彼に所有者がいるなら、本来契約の権利は彼にないわけですし。
ここでの記憶を現実に持ち帰れないことが良くも悪くも作用するので問題はないでしょう。
「今日はもうお客様も来ないでしょうし、早いですが閉めてしまいましょうか」
「賛成ですぅ!ゆっくりリラックスティータイムしましょう!」
「やれやれ、調子がいいんですから」
といいつつも、よどみなくコーヒーを淹れ始める。
2人分のコーヒーが落ちきる間、バイトくんの作った美味しいお茶菓子に舌鼓をうちながら談笑することにした。
こんな日もたまには…。いえ、もうしばらくは遠慮したいところです。
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