ep 定期依頼
普段はその性質上、一期一会のお付き合いをしているまほろば異境喫茶店だが、何度も店を訪れる特異点もといお得意様もいる。
本日は久しぶりに、そんなお得意様が来店した。
「どうも~。こんちは~」
からんからんと扉の鐘を鳴らし、本日のお客様。
白いシャツにパンツスタイル、足元は白いローヒール。白衣を羽織った全身ホワイトな出で立ちに、べっとりと濃いクマが不健康そうな女性。
とある世界(ほし)のベテランカウンセラー、アザミさんがいらっしゃった。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ~!アザミさん、まぁたやってますね~?顔色酷いですよぅ!」
「いやあ~、あはは。それよりバイトちゃん髪切った?可愛いね~」
手慣れた様子でカウンターに腰かけたアザミさんはバイトくんの言葉にごまかすように笑って、そのままカウンターに突っ伏した。
流れるように褒められたバイトくんが頬を赤らめつつ、さっとおしぼりを提供する。
「ああ~、ここに来るとちょっと生き返った感じ~。たすかる~」
「もう!…いつもより重症ですねえ?」
「ええ。本当に」
ぺったりと頬をカウンターに押し付けながら、顔の横でにぎにぎとおしぼりで遊んでいる。
目を閉じながら間延びした声でむにゃむにゃと言い募る。
「ん~。カウンセラーの仕事は天職だって思ってるし~やりがいあって好きなんだけど~やっぱどうしてもため込んじゃうっていうか~、ねえ~?」
そんなアザミさんをいたわるように、せっせと世話を焼くバイトくん。
「アザミさんは熱心すぎるんです!もちろんいいことでもあるんでしょうけど、心配ですよう」
「えーん、バイトちゃん。ありがと~!」
バイトくんに絡みに行ってはよしよしと甘やかされている姿を見ると、とてもベテランカウンセラーとは思えない。
けれどこれでも全国から患者の訪れる凄腕カウンセラーなのだ。見えないけれど。白衣も趣味かつコスプレらしいし。
「あ~ますた~。いつもの、おねがいしま~す」
「かしこまりました」
まだ一滴もアルコールが入っていないはずがぐでんぐでんのアザミさんからオーダー。
いくつかのリキュールやジュース、氷にシェイカーを準備しつつ、まずは腹ごなしのプリンアラモードを。
ここ、まほろば異境喫茶店のプリンは卵の濃いしっかり硬め。グラスの真ん中にプリンを置いて生クリームをひと絞り添えたら、黄金林檎と仙桃、蜜いちごをカットして盛り付け。
星屑のアラザンをかけて完成。
「はい、バイトくん」
「はーい。アザミさん、アザミさんの大好物出来ましたよ~」
「わっ、やった~!マスターのプリン大好き~!」
バッと体を起こしてスプーンを握りこめば、早速幸せそうにプリンを頬張る。
ちょこちょことバイトくんが乱れた髪を直している。
「おいしい~!このために生きてる~!」
「言い過ぎ言い過ぎ!でも気持ちわかりますけどね~。わたしもマスターのコーヒーに命かけてるんでっ!」
「だ~よね~え」
「おやおや…」
目を閉じて夢中で味わう姿にほっこりとなごみつつ、シャカシャカとシェイカーを振ってカクテルを作る。
最初の1杯は必ずこれ。ブランデーに半量のレモンジュースとホワイトキュラソー、そして砕いた永久氷柱のかけらを入れよくシェイクしたカクテル。
「おまたせいたしました。サイドカーでございます」
カクテルグラスに注がれた濃い琥珀色、ふちに薄切りのレモンの皮をひと刺し。完成したそれをアザミさんの手元に滑らせる。
ついでに、もう半分ほど姿を消したプリンアラモードを見て小皿にチョコレートを入れて出す。
同じように少量のチョコレートの乗ったお皿をバイトくんにも差し出して、新しく出したグラスに同じく氷と少量のカシスシロップ、上からオレンジジュースを注ぎステアする。
「バイトちゃんもマスターも飲みなよぉ~、おねーさん一緒に楽しんでほしいな~?」
「ええ、いただきますね。さ、バイトくんはこれを」
「あ、ノンアルのカシオレだ。ありがとうございまーす」
いつも通りお言葉に甘えて用意したモクテルをバイトくんに渡し、自分用にはさきほどドリップしておいたコーヒーをカップへ注ぎ、ひと口。
「しかし、前回より少し期間が空きましたね」
「そおーなんですよ。なかなか立て込んじゃって~。とりあえず一旦落ち着いたんで、疲れたな~記憶整理したいな~って思って寝落ちたらここに!いつも通り!」
「それはどうもご贔屓に」
「っあ~!おさけおいしー!」
くっと一息にグラスを空けおかわりの催促をするように差し出されたグラスを取ってシンクへ。新しいグラスを出してお酒を注ぐ。
今度は赤みの強いジャックローズ。りんごの蒸留酒をベースにつくられる薔薇のようなカクテルだ。
「どうぞ、ジャックローズでございます」
「あ~りがとうございまぁ~す」
「…アザミさんってお酒好きですよねえ~。弱いのに!」
「えっへへへ~。だっておいしーからぁ!それにこーやってハメ外せるのはマスターのとこだけだし~?」
「アザミさんはご多忙ですし、職務上、普段は誰にも話せないことも多いでしょう。ここで息抜きが出来るというのはこちらにとっても嬉しいお話ではありますよ」
「まあ、そうですよねえ。カウンセラーさんって大変そうだし!」
「やりがいあるけどね~、んふふ」
こうしてリラックスしている姿を見ると、はじめて会った日のことを思い出す。
いまよりもっとたくさんの想いを抱えて、潰れそうになっていた彼女の姿を。
◇
「、ぁの…すみません……」
からんからんと音がして入口の方を見ると、ずぶ濡れの女性。
長い黒髪が乱れ張り付いて、その下にある顔の青白さを際立たせている。
「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ。すぐに温かい飲み物をお持ちします」
そっと近づいてソファへ案内しブランケットを掛ける。バックヤードから未使用のタオルを渡し、お湯を沸かす準備。
やかんを火にかけお湯を沸かしている間に、大きなマグを取り出し蜂蜜と少しの生姜パウダー、パフェ用に用意していた仙桃を切って入れる。お湯を注ぎティースプーンで軽く混ぜたら完成。
ああ、暖房も少し温度を上げておかないと。
そっとバイトくんへ合図して入り口横の空調結晶を操作してもらう。これで少しは良くなるでしょう。
「おまたせいたしました。ハニージンジャーピーチティーでございます。熱いのでお気をつけてお召し上がりください」
「…ぁ、…ありがとうございます…」
消え入りそうな声と折れそうな腕に少々驚きつつ、のみこんだ温かさで少し顔色が良くなるところを見てほっと安堵する。
それにしても、夢の中で雨が降るのはともかくずぶ濡れになってしまうのは珍しい。夢なら自分だけ濡れないか、あるいは濡れてもすぐに乾くようになっているケースがほとんど。
よほど抱えるものが多くて夢の中ですら自由が利かない方なのでしょうか。
「おいしい…」
「ありがとうございます」
少し熱が戻って元気になったのか、ぽつぽつと語り出す。
「…わたし、カウンセラーをしていて…。自分でもどうかと思うのですが…、かなり心を砕きすぎるというか…。寄り添いすぎてしまう方で…。…最近はかなり内容の濃い案件を抱えていて、つい自分のキャパを超えてしまって…」
「さようでございましたか」
「…、はあ…。ほんとうに、なさけない…」
すこし明るくなっていた表情が、またずーんと暗く落ちてしまった。
自分で自分に毒を吐くその口元を塞ぐように、横から伸びたフォークがカップに沈む桃を突き刺して押し込む。
「むぐ、…?」
目を白黒させる女性。
フォークを持った腕を辿ると、バイトくんがしてやったりの表情。
「おいしくないですか~?その桃、わたしが選んで仕入れたんですよう!」
「ん、ごくん。…あまくておいしい、です」
「でしょ!」
「こら、バイトくん」
「あいて」
「危ないですし、急に割り込むなんて失礼ですよ」
「すみません…。お客様、失礼いたしました」
「あ、いえ。…むしろ、ありがとうございます」
やれやれ。しゅんと落ち込むバイトくんをカウンターへ返す。
抱えるものの多そうなお客様のようですし、このまほろば異境喫茶店にいらっしゃるということは手放したい記憶があるか対価となる金銭を欲しているかのいずれか。
この様子を見るに前者でしょう。であればこちらからご提案できることはひとつ。
「ここはお客様の記憶を買い取る異境の喫茶、まほろば異境喫茶店でございます。…お客様はずいぶんとお疲れのご様子。手放したい記憶があれば、お力になれるかと存じます」
「手放したい、記憶…」
ふっと瞳の奥に理知的な光が灯る。
「さあ、お客様のお望みは?」
「わたし、わたしは…」
◇
「あれからもう何度目になりますか。2度訪れる方もなかなかいらっしゃらないですが、それが3度目4度目ともなればかなり珍しいですよ」
「あはは、いや~ため込む質で申し訳ないです」
「ええ~!わたしは嬉しいですけどっ!アザミさんすき~!」
「うれしいな~!わたしもバイトちゃんすき~!」
両想い~!ときゃっきゃする女性陣をよそに最後のカクテルをつくり、提供する。
ドライジンで作るすっきりとした口当たりのホワイトレディ。
「さあ、これで最後ですよ。アザミさんも、また帰らなくてはいけません。夢に長居はするものではありませんから」
「…そうですね」
バイトくんが空いたグラスを片づけるのを見つつ、本の用意を。
本日の営業はこれにておしまい。
現実に戻る準備が出来ました。
ゆっくりと最後の一滴まで味わい、空いたグラスが返される。
それをそっと受け取り、代わりに革の装丁本を差し出した。
「さあ、手に取って開くのです」
『Anoixis』
まばゆいばかりの黄金の光があふれた。
◇
「おはようございます」
いつも通りの朝。
起きて伸びをひとつ。支度をして家を出る。
独立して自分のオフィスを構えてもう3年か。長いような短いような。
そんなことを考えながら軽い足取りで事務所に入ると、事務の青井さんが驚いたようにこちらを見る。
「おはようございます、ってなんだか表情が明るいですね!何かいいことありました?」
「ええ?うーん、特別なことはしてないけど…」
たしかに、ここ最近の重い疲れというか頭痛のような症状が今朝はすっかり治っている。
頭の中が妙にすっきりしているというか…。どうしてだろう。
「まあ最近は大変でしたから。はたから見ていても、薊さん、無理してそうでしたからよかった」
「うん、ありがとう」
席についてパソコンを立ち上げ、いくつか届いているメールを確認。まずは一つずつ片づけていく。
その間に青井さんがいつものハーブティーを用意してくれる。ことりと置かれた湯気の立つマグに、一層気合が入る。
薊 祥子、今日も一日頑張ります!
「あちち」
みなぎる気合のままにすすったハーブティーに舌を痛めつつ、画面へと向き直った。
◇
「マスター、それなんですか?」
不思議そうなバイトくん。見つめる先にはいくつかの塊。
透き通った青い色に宝石のようなカット。おもちゃのような、飴のような。
「これはわたくしの、そうですねえ、燃料みたいなものです。もちろん、比喩ですけれどね」
「ふうん?」
さらりと赤い髪が揺れる。小首をかしげるバイトくんのつつきやすい額を指先ではじき、宣告。
「それよりも」
「あたっ!」
「また遅刻ですね。今日は働き者のバイトくんにプリンを作ってあげようかと思っていましたが…やめておきます。」
「んなっ!」
額を両手で押さえたままに猛抗議。
「働き者のバイトはスイーツを要求します!プリン!プリン!」
「はいはい。じゃあしっかり働いてくださいね」
「プ・リ・ン!プ・リ・ン!」
「やれやれ」
騒がしい赤色にモップを渡して追い払ったあと、青い宝石のようなそれをひとつつまんで口に入れる。
とたん、ほどけて口の中どころか頭の中一杯に弾ける刺激に目を細める。
「く。ふふふ…」
頭に直接叩きつけられるような濃く重くじっとりとした記憶の波に、さわやかな口の中の晴天が反発しあって弾ける。
ああやはりいい組み合わせでしたね。結構結構。
残りの記憶のかけらの加工品は手近な缶に詰め、エプロンにしまう。
さて、プリンを作らなくては。
材料を取り出して調理を始めた。
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