ep 身勝手
店中のグラス類を磨き上げ、カウンターやテーブル、イスに至るまでピカピカになった店内でバイトくんと二人、コーヒーに舌を湿らせる。
本日のまほろば異境喫茶店は稀に見る静けさ。
来店どころか仕入れの配達もないので、そろそろ閉めようかと考えるほど。
「…ひ!ま!ですっ!」
ぴょこぴょこと毛先をはねさせながらリズミカルにテーブル拭きをしていたバイトくんが吠える。
「そうですねえ。なんとなく来客の気配は感じているのですが…。まあ、もうこんな時間ですしあがっちゃっていいですよ、バイトくん」
「え、いいんですか?あと1時間はありますけどお」
「ええ。こちらの都合ですのでお給料はいつも通りの額を」
「やった!」
小さく飛び上がって喜び、残りの拭き仕事をさっと済ませてあわただしく片づけるとそのままバックヤードへ飛び込んでいく。
「元気ですねえ」
ぱしぱし空気を弾く赤をなんとなく視界の端に捉えてごちる。
「じゃ、お疲れ様でーす!」
「はい、お疲れ様です」
明るい声でさっと身をひるがえして風のように退勤していったバイトくんを見送り、使い終わったカップを洗う。
あと少し待っても来店がなければ店も早めに閉めてしまおうかと手を動かしていると、からんからんと鐘の音。
本日、最初で最後のお客様がいらっしゃったようだ。
いらっしゃいませ。と声をかけるよりも早く、お客様から第一声。
「わたしの愛の為に協力してくれますよね!」
小柄な見た目に反した強い声。
自分の意思は必ず通る、と当然の顔をして言い切った。
はてさて。今回はいったいどのような味がするやら…。
◇
「わたし、いますっごいラブな相手がいて~」
さっさとソファにかけたお客様は、早速話を切り出した。
一応テーブルに置いた水のコップには目もくれない。
「あ。まずなんですけどぉ、わたしって結構惚れっぽくって~。でもすっごく一途だし恋人だけラブなタイプのいい女なんですよねぇ?すっごく尽くす系だし!」
「なるほど」
「恋人の為に家事とかぜーんぶやってあげるし、仕事とかスケジュールと人間関係の管理もしてあげるしぃ、ほんっと完璧なんですよぉ~!」
「ふむ」
「でもぉ、わたしがそうやって甘やかしちゃうっていうか、何でもしてあげちゃうから?これまでみーんなダメになっちゃってえ、いつもわたしからわかれよって言ってたんですねえ?」
「はあ」
「だって、すっごいがんばって見た目も中身も完璧な管理と教育で作り替えたはずなんですけどぉ、なーんかわたしいないとダメになっちゃうっていうか?何を思うのもするのもぜーんぶわたしになんでも頼りすぎになっちゃうっていうか?」
…。
「でもでも、見つけちゃったんです!最っ高に完璧な相手!」
「ほう」
「ちょーメロくて、ほんとに過去一ラブって感じでぇ!なのにわたしがアタックしても照れちゃってあんまはっきりしてくれなくて、でもとうとうオッケーもらってハッピー!って思ってたらぁ、なんかわたしの過去に嫉妬?しちゃって」
「へえ」
「過去の恋人との思い出ぜーんぶ無くして欲しいって言われちゃって。たしかにもう振った相手なんですけどぉ、結構時間も手間も欠けた傑作たちだし?たぁいせつなコレクションだし~。さすがにちょっとやだな~って感じなんですけどぉ…。でもそうしてくれなきゃ安心できないってすっごい押してくるから、しぶしぶ?仕方なく?そこまで言うなら?みたいな?」
…。
「コレクション捨てたくないけどぉ、彼の為に手放すことにしたんですよぉ。でもぉコレクションだけじゃなくて、これまでの思い出とか?そーいうのもわたしが覚えてたら不安だって言うんでぇ何とかできないかなーって。ほら、わたしって一途だし!尽くす女だし!」
……いろいろよくわからない順序でつらつらと、きわめて難解な話だったが要約するとこういうことらしい。
まず彼女はかなり惚れっぽく、しかし固定の相手がいるうちはその相手のみを見ている。
これはまあ、いいでしょう。好きになるきっかけなんて人それぞれでしょうし、好悪など些末な事です。一途、まあ、付き合っているうちには目移りしないそうですし。
つぎ。相手を自分好みに躾け管理することに長けていて、その結果相手は自分で考えたり決断したりといったことが出来なくなりすべてを彼女に委ねるようになってしまう。
…かなり自業自得というかなるようにしてなっていると思うのですが、違うのでしょうか。まあそうなった方、彼女曰くダメになった相手、には興味関心が抱けなくなるので別れを切り出す。そうしたらまた別の相手を好きになって教育、と。
そんなことを何度も繰り返しており、しかし別れて興味が無くなった相手でも己のつくった作品として評価しているために何らかのコレクションをしている。
これ、連絡先のような直接やり取りのできるものではなく写真や物といった形に残るものなのでしょうか。いや、興味のなくなった相手とはいえ傑作という言葉もあるし、オトモダチとして捕まえ続けてはいる?
うーん、ここは今の情報だけではよくわかりませんねえ。
「店の前に記憶買い取るって書いてあったし、ちょうどいいっていうか?やっぱりわたしって運もいい!」
…どうなんでしょうねえ。
いえ、彼女の運どうこうではなく。
そもそもこれらの話も彼女の主観でしかありませんし、教育や管理と言っていましたがそれが相手の意思や行動を尊重したうえで合意で行われていたとは到底思えません。
しかも自分好みに教育した後は興味関心が無くなって別れるという勝手さに加えて、コレクション…。
いや、これはそもそも論ですが、彼女、相手を恋人として人として好きになったわけではないのでは?玩具、いや遊戯の一環なのでは…。
そして最新のターゲットはおそらくそれを事前に把握しており、すべてのコレクションの破棄はもちろん被害者たちのことを完全に忘却、ないしは関われないようにしたいと言っている、と。
これ、たぶん彼女のコレクションになった方々の関係者による何らかの策なのではないでしょうか。このままいけば普通に関係者から復讐されるオチが待っていたり…。
考えすぎでしょうか。ですが以前いらしたご令嬢の話に似ているような…?
バイトくんも、絵にかいたようなテンプレですけどガチなんですね…。と引いていたし。
「出来ます?いや出来ないと困るんですけどぉ」
そんなことを長々と考えていると思って様な反応が得られないことにしびれをきらしたのか。彼女はくるくると髪を指先で弄りながら、つまらなそうに吐き捨てる。
彼女から唐突に語り出したというか好き勝手言い放っただけではありますが、これもお仕事。しっかりとあなたの話を聞いていますよ、と微笑みかける。
これまでたくさんの方の話を聞き記憶に触れてきたなかでも、かなり珍しいというか飛び切りの逸材というか…。
どういう環境や思考回路なのか気になるところです。これ以上建設的な話も出来なさそうですし、サクッと記憶をいただくとしましょう。
というか純粋に、そんな刺激的な記憶はぜひ欲しいです。
「なるほど、かしこまりました。もちろんその依頼お受けいたしましょう」
「よかったぁ。じゃ、おねがいしまーす」
たまにはこんな濃い刺激があっても良いでしょう。ああ、とても楽しみです。
「さあ、この本を持って。好きなところで開いてください」
『Anoixis』
手早く済ませるため、説明は抜きに本を握らせた。
過去のすべてのコレクションに関する記憶、という話ですし、このあたりもいただいておきましょうか。
あ~、ここもコレクションに関わりますよね?よし、もらっちゃいましょう。
おお、これもなかなか…。
強烈な光の奔流に目を細めながら、ざっくりとした依頼内容を少々拡大解釈しつつ望み通り記憶をいただくことにした。
◇
まっさらな部屋の中で、ひとりの女性がベッドのわきに座り込んでいる。
部屋の中には物という物がなく、ひどく殺風景だ。
「…」
物音もない静かな空間で、部屋の中と同じく空っぽの彼女は、ずっとそうして座り込んでいる。
◇
翌日のこと。
少しの間店をバイトくんに任せて裏の作業場に引っ込み、先日いただいた記憶を加工していく。もちろんそのままでもいいのだけれど、せっかくなので。
本を通じて取り出した記憶のかけらは、記憶の持ち主の潜在的な意識によってその姿が左右される。そうして記憶という本来であれば無形のものを物質化させて安定させたわけだけれど、その本質は変わらないので見た目によらず簡単に加工できる。
5枚ほどのいびつな形をしたコインたち、もとい記憶のかけらを秤にのせ紙に記録。
そうしたらコインを一つ、爪ほどの大きさに砕くと半分をさらに細かく粉状になるまでごりごりと念入りにつぶす。
つくった粉を試験管にいれ、机に置かれた小さなトランクを開けて中から青い液体の入った瓶を取り出す。
晴天の雫と呼ばれる希少な朝露、その数滴を試験管に垂らして緩く振る。ある程度混ざったら、今度は透明な粒の入った小瓶から10粒程投下。しずかに下へ下へと沈んでいく。
沈みきった粒がぱちぱちと底ではじける様子を観察しながら、型を取り出す。
音が無くなった試験管をようく観察して気泡がないことを確認したら、中身を型へ流し半日置く。
「ふう。これでよし」
型に覆いを被せて棚に置いたら、あとは待つだけ。
くっと伸びをひとつ、机の上を片づける。
そういえば材料となる記憶をいただいた彼女は、案の定過去のあれこれから行き過ぎた言動を訴えられ示談金として慰謝料を請求されたとか。彼女にはそれらの記憶がきれいさっぱりなく冤罪を申し出たそうだが数々の動かぬ証拠により却下、しかしどうにか手元にあったお金によって借金はせずに済んだそう。
あとは彼女の現状を知らされたご家族が首根っこ引っ捕まえて監視矯正をしているとかいないとか。人の行いという物は巡り巡るものですねえ。
「これもめぐり合わせ。悪因悪果、めでたしめでたし」
ぱんぱんと手を払って立ち上がる。
そろそろ店に戻りますか。
「マスター、今いけますかあ?」
「ええ。大丈夫です」
タイミングよく店の方からバイトくんに呼ばれ、作業部屋を後にする。
カウンターに出ると、どうやらお客様のご来店のよう。
「いらっしゃいませ」
「どうも…」
なんだか頭が痛いといったように手を頭に当て、しかめた表情の女性。
少し下がった頭が影を落としてより陰鬱気な雰囲気を醸し出す。
「どうぞ、こちらへ」
「はい…」
カウンターにご案内するも、浮かない顔で疲れ切ったため息がこぼれる。
ふむ、これは重症ですねえ。
さてこのお客様にはどんなお味がよいでしょう。
「マスター、わたしがドリンク用意してもいいですか?」
「おや。ええ、もちろん」
カップを取ろうとした手をそっと止められ、なんだか決意した表情のバイトくん。おもむろにミルクパンを取り出し、温め始める。
その間にいくつか缶を取り出し、大きめのマグにそれぞれ粉を入れていく。少しのお湯で練るように混ぜ、ホットミルクをすこしずつ注いでは混ぜを繰り返し、最後にパウダーを散らして完成。
迷いのない的確な手さばき。
成長しましたねえ。
「どうぞ。本日のドリンク、青のホットココアでございます…!」
憂鬱そうな緩慢な動きで視線をやったお客様が、はっと目を見開いてココアを見つめる。
恐る恐る両手でマグを抱えもち、ゆっくりと口へ。
「おいしい…」
「ありがとうございます」
「…あたし、ココア好きなんです。ありがとうございます」
にっこりとほほ笑むバイトくんにつられてほんのりと口角を上げたお客様を見て、問題なさそうだと胸をなでおろす。
今回はバイトくんにお任せしてみましょうか。
そっとカウンターを離れ、2人の邪魔をしないように席に着いた。
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