ep さなぎ


 からんからんと鐘が鳴って、扉が開く。


 まほろば異境喫茶店はお客様を歓迎します。

 さて、今日のお客様はどういったお味なのでしょう。


「いらっしゃいませ」

「え、あの」


 そっと声をかければ、体をはねさせて驚く。


 本日訪れたのは、長い髪をキレイに伸ばした女性。

 華のある美しさとは裏腹に、なにやら思い悩んでいらっしゃるようだ。


「どうぞ、お好きな席へおかけください」


 ぎゅっと胸元で握りしめられたバックは、すこし擦り切れくたびれているように見える。握られたせいか、しわもあってお世辞にも綺麗とはいいがたい。持ち手に付けられた小さなぬいぐるみも薄汚れて見える。

 美しく整えられた容姿にはいささか不釣り合いに映った。


 恐る恐るといった風に大きめなテーブル席の壁際の椅子にかけた女性は、そこでようやくすこし力を抜いたようだった。

 それでも体の前で抱きしめるようにバックを抱えている。


「どうやらお悩みのご様子。ドリンクメニューはゆっくりとお選びください」

「あ、ありがとうございます…」


 カウンター越しにそっと声をかける。消えるようなか細い声に微笑みを返し、お客様が焦ることのないようにことさらゆっくりとコーヒー豆をローストしていく。マシンではなく手で、焦らずじっくりと。

 お好きに、と言いつつもこれだろうなと動かす手はよどみなく。立ち上る豊かな香りにメニューを握る彼女の口元がほころんだのを見て、どうやら正解だったようだと胸をなでおろす。


「あの、注文、いいですか…?」

「承ります」

「この、おまかせラテアートを…」

「かしこまりました」


 ローストした豆をマシンへ入れ、細かい粉を器具に受けたらグッと固めて細かい粉を払い、セット。カップにエスプレッソが落ちている間に手早くフォームミルクを。

 エスプレッソの入ったカップを傾けながらゆっくりとフォームミルクを注ぎ、手首を動かして表面に波打つ筋をを描いていく。

 あとはこぼれないように、崩さないように気を付けながらお客様へ提供できれば完璧だ。


「おまたせいたしました。おまかせラテアートでございます」


 カップのふちギリギリまで注がれた温かいカフェラテ。

 やわらかなカフェブラウンとミルクの白さが複雑な模様を描いている。


「きれい…」

「恐れ入ります」


 そっとしみこむような温かさにバックを押さえる手が緩む。


「ふう。…おいしい」


 じんわりと暖かな熱がこぼれる。

 たっぷりと時間をかけて味わって、そして不意に話が始まった。


「話しちゃって、いいですか…?」

「もちろん。お聞かせください、あなたの物語を」

「…あれは、」


 訥々と語られたのは、痛みと恐怖に汚れた2年間の話だった。


「あれは高校生のころです。…私、それなりに仲のいい友達が2人いたんですけど、二年になってクラスが分かれることになっちゃって。…そこから、おかしくなったんです」


 悲しげな横顔に影が落ちる。


「同じクラスになった方の友達が、いつの間にかクラスの一番派手な子たちのグループにいるようになっていて。そうしたらそのグループの使いっぱしりみたいな、いじられるみたいな立ち位置になっちゃって」

「ええ」

「だからしばらくは離れちゃってて。でも、しばらくしたらその扱いを嫌がったその子が今度は私をそのグループに入れようとして。この子なら自分より下、みたいな」

「グループカースト、のようなことでしょうか」

「そう、ですね。そんな感じです。それで私が一番新しく入ったから一番下っていうか、その子のかわりにからかわれたりするようになって」


 顔を覆うように流れた長い髪を除けようともせず、そのままに話は続く。


「毎日前髪が変とか芋くさいとかたくさんからかわれて、授業の板書きも当番だって言ってみんなの分も私にやらせたり。嫌がっても変わらなくて、先生もそこまでの内容じゃないからって取り合ってもくれない…。あんなの、いじめです。面と向かって暴言を吐かれたりだとか物を捨てられるようなことはなかったけれど、私のいないところで陰口を言ってたことも知ってたし、問題になって騒がれたら困るから暴力がないだけだってわかってました」


 いじめ。という単語の定義はいまもはっきりとしておらず、かたやいじめ、かたや遊びで当事者間でも認識がずれることがあるために第三者からの介入も難しい問題とされている。

 とはいえ、被害者が不快に感じるのであればいじめ、と言えばそうなのだろう。

 加害被害の境はあいまいで、しかし根が深い。追及も難しく、問題の根底が当事者間の間の諍いではないケースも多い。


「進路のこともあって2年から3年に上がる時はクラス替えもないので、卒業までずっとそうでした」

「それはなんとも…」

「苦しくてなんども学校へ行くのをやめようと思ったこともあったけど、クラスが分かれてしまった友達のことはずっと大好きだったし、家族に心配もかけたくなくてなんとか我慢して我慢して我慢して。でも大学でも同じことになるなんて耐えられなかったから、たくさん勉強して県外の大学に進学しました」

「大変、だったでしょう」

「はい、とても。でも絶対にあんな人たちと一緒のところになんて居たくなかったので、大変でも頑張れました。…問題が起こったのは、つい最近のことです」


 そこでやっとはらりはらりと落ちる髪を後ろにかきあげて、くっと顎を上げた。

 太陽をにらみつけるような、鮮烈なまなざし。


「いじめられたままのダサい自分が嫌で美容に気を付けてメイクもすこしずつ上手になってきて、ある日モデルの仕事に応募しました。そんなにおっきい雑誌じゃないけど、数ページ載せてもらって、親や大学の友達も褒めてくれました」

「どうりで。洗練された佇まいの方だと思いました」

「ありがとうございます」


 ふっと嬉しそうに微笑む。

 逆境にも負けずに努力する姿はきっと過去を知らない新しい学校での交友や雑誌の関係者に強く映ったことだろう。


「急に友達伝いに連絡が来ました。私を地獄にみたいなグループに巻き込んだ、あの子からでした。内容はありきたりで久しぶりとかすごいじゃんとか、…めっちゃ可愛くなっちゃって、自慢の親友だよ!…とか……」


 ギッと噛みしめられゆがんだ口元から絞るような怒りの声。


「許せなかった…!ふざけるなと思いました。私の2年をめちゃくちゃにしておいて、まるで悪びれもなく連絡してきて、あまつさえ親友だなんて…!」

「…それは、当然のお怒りでしょう」

「ええ、そうでしょうとも!でもきっと彼女には私をいじめたつもりなんかなくて、生贄みたいに巻き込んだことも覚えてなくて、私とは偶然進路が違って離れただけの、いまもお友達なんでしょう!!」


 友達、という免罪符。

 都合のいい事実の書き換え。


「…もういやだ、私はもう、彼女のことなんて覚えていたくない。忘れてしまいたい、彼女みたいに都合よく、私だってあなたのことなんか、忘れちゃいたいのに…」


 震える声が涙と共にテーブルにしみこんでいく。


 どんなに苦しくても、同じように誰かを苦しめようとは言葉にも出さない。

 その姿があの時と重なって。


「おねがいします。どうかおねがいします。わたしがまえにすすめるように、わたしのなかからかのじょのきおくをかいとってください…。あのころの、おびえてとじこもるだけのわたしを、どうか…」


 高校生の頃泣けなかった少女が、今の彼女を作ったのだとしても。

 わたくしのすべきことはそれしかなかった。


「もちろん、お引き受けいたします。それがわたくしの仕事で、このまほろば異境喫茶店でございますので」


 限界を超えてあふれ出した涙を隠すように腕で覆った彼女へそっと声をかけて本を取り出す。

 黙って様子を伺っていたバイトくんがそっとホットタオルを差し出す。


「…、急に横から、ごめんなさい。無責任に思われるかもしれないですけど、でも、大丈夫ですよ…!」

「…え?」

「うちのマスターは飛び切りお人よしの、ハッピーエンド主義者なので!」


 ニコッと笑いかけるバイトくんの明るさに呆気にとられた彼女は、ぷっと耐えきれずに吹き出した。


「…。あ、あははっ。そっかあ、じゃあきっと、大丈夫ですね」

「はい、もちろん!任せてくださいっ!」

「はい、おまかせしちゃいます」


 赤い目元を拭いながら、彼女は笑った。



「より~?おーい、頼子ぉ~!」

「ん、いま行く~!」


 大学に向かう途中、同じゼミで友人のあかりに誘われてカフェへ。

 なんとなく気分がいいので今日はこのお店のおすすめメニューのカプチーノに。普段はコーヒーなんてあまり飲まないけれど、今日は特別。


「あれ、より今日は珍しいね」

「うん?私コーヒー好きなの、家でよく飲むし」

「ふうん?ていうかさ、さっきの、どうしたの?スマホじっと見つめてさあ」


 お互いに注文したドリンクを写真におさめ、ひと口。

 うん、美味しい。普段は家でしか飲まないけど、これからは外でも飲もうっと。…あれ?私、なんで外ではコーヒー飲まないようにしてたんだっけ。


「あ、ええっとそれがね、なんか高校の時のクラスメイト?から連絡来てて。特に親しくなかったと思うんだけど」

「あれじゃない?雑誌載ったから。有名人になると自称友人が増えるっていうし」

「まさかあ」


 たしかに雑誌には載せてもらったけれど、ほんのちょこっとだし。有名人どころか、全然まだモデルとも言えないようなぺーぺーだよ。

 なんて心で言い訳しつつカプチーノを飲む。


「で、どうしたわけ?無視?」

「ん~。それでもめても面倒だしね。適当に当たり障りなく返したよ」

「そっか」

「きっとすぐ興味無くなるよ。困ったらアカウント作り直すかもだけど」

「そーしなよ」


 思い返すのはさきほど届いたメッセージ。

 「久しぶり~、聞いたよ雑誌載ったんだって?すごいじゃんおめでとう~!」なんてありふれた内容、「ありがとう、でも小さい雑誌に少し載せてもらっただけなので」と返せば返信はスタンプがひとつ。

 どちらにしても相手の思っていたような内容ではなかっただろうし、しばらくはメッセージが来るかもしれないけれど、そのうち飽きておわるだろう。


「あ~、この後のゼミしんどいな~」

「あはは。一緒にがんばろ!」

「ん」


 飲み終えたカップをゴミ箱に捨てて、また大学へ向かって歩き始めた。



「めでたしめでたし、ですねえ!マスター」

「そうですねえ。今日はバイトくんのファインプレーでした」

「えへへ、やったあ!」


 いつも通りにコーヒーを淹れて、今日はとっておきのバターをひとかけ。オイルを少量加えてかき混ぜたら、仕上げに星屑をぱらり。


「おまたせいたしました。本日のスペシャルメニュー、星のバターコーヒーでございます」

「わあ…!いつもはなかなか味わえない美味しいやつ!ありがとうございま~すぅ!」


 あちあちと舌を出しながら大事そうにカップをもってコーヒーをすする。


「本日のお客様は、とても強い方でしたね」

「うーん、もちろんそれもあるんでしょうけどお…。わたし的にはそれよりもぉ」

「それよりも?」

「や、なんでもないでーすぅ!」

「ええー。知りたいなあ、バイトくんの観察眼にはどう映ったんでしょうか。気になるなあ」

「ん~、今度気が向いたら教えてあげますっ!」

「そんなあ」


 まだまだ勉強が足りないのでしょうか。


 普段からも存外鋭い指摘をしてくるバイトくんの観察眼は気になるところですが、これもわたくしの経験不足。もっと精進するといたしましょう。


 そんなこんなで本日も、まほろば異境喫茶店には穏やかな時間が流れるのでした。なんてね。


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