閑話 おみやげ
「お疲れ様でーすぅ!」
「はい、お疲れ様」
「いやー、めっちゃ楽しかったですぅ!お休みありがとうございました!」
「いえいえ。バイトくんが楽しめたならよかったです」
まほろば異境喫茶店、開店より15分前。
普段よりも早くやってきたバイトくんから、あいさつもそこそこにカウンターいっぱいにたくさんのおみやげが広げられた。
三日ほど休みを取って旅行に行っていたのだ。
「これは向こうで人気の豆!浅煎りで美味しかったので買ってきちゃいましたあ~。あとその豆に合うお菓子も。あ、あとこれ!」
「これは…」
「すっごくきれいじゃないですかあ?思わず2セット買ってきちゃいました!」
矢継ぎ早におみやげを紹介していくバイトくん。興奮気味に言い募る拍子に帽子がずり落ちそうになるのを片手で押さえて、また話し出す。
ライトローストとシールの張られたコーヒー豆の入った袋、美味しそうな焼き菓子が入った小袋。
いくつかの小物に紛れて置かれた少し大きめな箱を開くと、ころんとした丸みの可愛らしい焼き物が入っていた。
手に取って光に当てながら眺めると、真珠のようなとろりとした艶のある淡いグリーンがきらめいて美しい。
「ほう。…これは、とても良いですねえ」
「でしょお?やっぱりマスターには刺さると思ってたんですよねえ~。マスターって結構可愛いもの好きだしぃ!」
思いもよらない言葉にしぱしぱと目を瞬かせて呆気に取られたあと、なんだか面白くて笑みがこぼれてくる。
へえ。バイトくんから見てわたくしは可愛いもの好きなのですね。
なるほどたしかに思い返せば心当たりが多いような気はしますが…。自分自身のことは案外わからないものですね。
ついと視線を泳がせれば、色とりどりの飴玉の入った瓶や流線の描かれたマグ、シロップ瓶やコースターが目に入る。
「そう、ですねえ。ええ、そうかもしれませんね。ふふ」
「なんでそれ、あげます!ていうかマスターへのおみやげですし!もう一個色違いのものもあるので、そっちはお店用にどうかな~って!」
「こちらもいいですね。ラテに紅茶に緑茶…、いえこれなら花咲茶もとても映えそうです」
何にでも合わせやすそうな、決して主張しすぎない濃淡入り混じる銀灰色のさりげない輝きを愛でながら、お茶を注いだ時の光景を思い浮かべる。
たしか、先日仕入れた冬扇の花咲茶など特によく合いそうだ。このカップなら花咲茶の持つ華やかな香りと水色を邪魔せず引き立てられるでしょう。
「職業病ですねえ、マスターのそれ!」
あきれたような声を背に、がさごそと収納を漁る。思い立ったが吉日。ペアリングはたくさんあっても困らない。
空も地面も植物さえ一面白銀の世界に包まれた国・冬扇では、温かく色鮮やかな花咲茶が欠かせない日常の彩りで、それはそれはたくさんの種類が出回っているとか。
そのうち特に人気のものを一揃い購入しておいたはず。
「いやあ、気になるものはなんでも試したいじゃないですか。一応、バイトくんが帰ってくるまでに片づけようとしたんですけれど…。あったあった、ありました」
「や、全然片付いてないしぃ。むしろマスターは片づけないでほしい。わたしの為に」
耳に痛い言葉を流してさっそく取り出した包みを開け、いくつかの茶葉玉を取り出す。
藤、桜、向日葵。いえここは一等華やかにこちらを…。
「マスターぁ、お湯沸かしておきますねぇ~!」
「ありがとうございます」
お湯が沸くのを待ちつつ、バイトくんが残りの茶葉玉を片づけていく。
このくらいの整理は苦手でもないんですが…。
「ああ、そういえば、どうして今日は帽子を?」
「あ~。それ、聞いちゃいます?」
おや。
少し言いにくそうに帽子を目深に抑えて、うめくような小声が。
「……ちゃったんですよぅ…」
「?」
「っ、だからあ!向こうで対価に差し出しちゃったんですよぅ!手持ち足りなくて!」
「ああ…」
行く場所(ほし)によって物価も違えば需要も違う。
今回の行き先は紙幣といった通貨ではなく物々交換じみた価値のやり取りを主にしているので、良くも悪くも不足分の穴埋めが出来たということでしょう。
「結構ちゃんと持ってってたんですけどお~、最後にちょっと食事代が足りなくなっちゃって…。でももう食べちゃったからどうしようもなくてえ…」
「おやおや。すこし計算が甘かったですねえ」
「うう…。で、でもめっちゃ美味しかったし!楽しかったので良いんですっ!」
バッとやけくそ気味に取られた帽子。ぴょんぴょんとはねた髪先が肩上で踊る。
活発なバイトくんですし、むしろぴったりという気もしますが…。
「なんかおすすめのヘアオイルもくれたしっ!」
「ふふ」
「なんですかあ、その笑みはっ!」
ケンカなら買いますよ?買っちゃいますよう?!とシュッシュッとエアボクシングのような軽やかなステップと拳に苦笑しつつ、落ち着けるように答える。
「いえいえそんな。可愛らしいな、と思っただけですよ」
「んなっ…!」
元気な髪に触れようと手を伸ばして、しかしこれはさすがに良くないかと手を戻す。
…前見た記憶でも、勝手に頭に触るなんてありえないという話で盛り上がっていたし。
「べ、べつに…。いや、いいんですけど!ありがとうございますっ!」
「さて、お湯も沸きましたしお茶にしましょうか」
「…そおですね」
何やらぶつぶつもごもご言っているバイトくんをよそに、軽く包みなおされた残りの茶葉玉をカウンターの端に寄せ、カップの用意。
カップをさっと湯通ししてから新しくお湯を注ぎ、丁寧な手つきで茶葉玉を水面に沈める。
「わあ…!たしかに、すっごい綺麗!」
肩口に覗き込んでくるバイトくんが思わず感嘆の声を上げる。
どうやら機嫌は治ったようだ。
鮮やかに濃いピンクの玉はお湯に触れると、花びらが1枚1枚外から剥がれるようにほどけて底に折り重なる。
浮かぶ花は唇に触れるとじんわりと甘くとろけ、お茶の味を変えていく。
「…ふう。流石、国を挙げての研究開発の成果ですね。目にも楽しく味わいも良い…。噂にたがわぬ名品です」
ゆら、とカップを手で傾けながら水中の花を見る。
豊かな香りと変化する味わい。少々値段が張ってもこれはぜひとも継続的に購入したい。
「わたしもいいですかあ!飲みたい!」
「もちろん。好きな茶葉玉を…」
「やった、ありがとうございまーすぅ!」
新しく淹れようと置いたカップをさっと取られ、あまい薔薇の花びらがのどをすぎる。
ああ、飲みかけのカップだったのに…。いえ、バイトくんが気にしないならいいのでしょうか。
「おいし~!え、花びらを吞むまではすっきりした味だったのに!花びらあまっ!」
「それだけ楽しんでもらえるなら冬扇の方々も嬉しいでしょうね」
甘いのにくどくない!美味しい!と絶賛してこくこくカップを干したバイトくんが机の焼き菓子を広げようとするのを手で制す。
「おいしいお茶にはお茶菓子が付き物ではあります。が、そろそろお仕事の時間です。さ、準備準備」
「うわ、もうそんな時間でした?!ちょっと着替えてきまーすぅ!」
「はいはい」
ぱたぱたバックヤードに引っ込むバイトくんをよそに、カップをシンクに置いてカウンターの上のおみやげを片づける。
今度は仕入れ旅行、というのもいいですね。
手早く洗い終わったカップの丸みをつうと指でなぞってひとり微笑んだ。
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