ep ネットアイドル
からんからんと来店を告げる鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは彩り鮮やかな髪色の女性。長い黒髪に細くいろんな色の髪が混じっている。エクステ、というものだろうか。髪だけでなく服装も色とりどり。派手ではあるが、ぎらぎらというよりはポップといった印象でとても似合っている。
大きな丸い瞳や雰囲気はどことなく少女のようなあどけなさも感じさせる。
とはいえ、扉を閉める手つきの丁寧さや軽い会釈からは社会的な経験をにじませているので、やはり大人の女性なのだろう。
「こんにちは~。あのう、表の看板を見させていただいたんですけど…」
そんな風に分析してみたけれど間違っていないようで、礼儀正しく伺いを立ててくれる女性にこちらも微笑んで回答を返す。
さて、この方はどのようなお味がお好みでしょうか。
「こんにちは。看板を見て下さったのですね、ご丁寧にありがとうございます。さあ、立ち話もなんですから、どうぞお好きな席へおかけください」
「ありがとうございます」
ふむ。
ソファ席へと腰かけた女性をサッと確認し、紅茶缶に伸ばした手を戻して棚から美しいカットのガラス瓶を取り出す。
冷蔵庫からお水のボトルを出してグラスに注ぎ、トレイにグラスとガラス瓶、そしてマドラーやストローの入ったスタンドをのせれば完璧。
「おまたせいたしました。本日のドリンク、シュガーソーダでございます」
「あ、ありがとうございます。…ソーダ?お水に見えますけど…」
その疑問もごもっとも。
この状態ではただ水の入ったグラスが運ばれてきただけで、ソーダの言葉から思い描く様な炭酸の気泡は見られない。
それがこのドリンクの楽しみ。見栄えも良く遊び心のある、評判の逸品だ。
「まだこちらは未完成の状態。この瓶の中にあるものを入れることで完成となる、一風変わったドリンクなのでございます」
「へえ~。面白いですね」
「ありがとうございます。さあ、どうぞお心のままに。いれる数もご自由に」
「わ、可愛い瓶…!」
テーブルにセットされた瓶を手に取って、光に透かすように動かす。
からころと中に詰まった色とりどりの飴玉が澄んだ音を立てる。
「中のは飴…?どれも宝石みたいですっごく綺麗!どれにしようかなあ」
蓋を開けるとそこには宝石のように美しくカットされた飴玉がいくつも入っており、その美しさには思わず目移りしてしまう。
軽く悩みながらも、深い青と淡いピンク、そしてキラキラとした銀色の粒の入った紫の飴をトングで取って、ぽちゃりぽちゃりとグラスに沈めていく。
しゅわしゅわほどける飴玉でグラスに星空が描かれる。
深い青の夜空に星がはじけてきらめいて、紫、そしてピンクへ。美しく変遷していく様は幻想的な夢の色。
「…!」
言葉もなく、けれど大きく見開かれた瞳からは感動、驚嘆の色がうかがえる。
そこまで感じ入っていただけるのは冥利に尽きるというもの。
そうっと席を離れてトレイを片づける。
「…すっごく美味しい!」
「恐縮でございます」
賛辞の言葉をありがたく頂戴し、好評いただいた組み合わせを軽くメモに留めておく。
センスのある方のレシピというのはとても参考になるので。特に若い方の感性に触れられるのはありがたいです。バイトくんはむしろこういった映え系ではなくハーブティーの組み合わせなどが得意なので。
ひとしきり目で舌でゆっくりと味わっていただき、余韻のほどけきれる少し前にお声がけを。
極上の一杯をご提供することももちろんですが、お客様の望みを伺い、それに見合った対価をいただく契約を結ぶことこそ、まほろば異境喫茶店のマスターのお仕事でございます。
朝焼けのシュガーソーダを堪能しきるころ、そっとカウンター越しに問いかける。
「それではお客様。本日はどのようなご希望でしょうか」
「あっ。それなんですけど」
「はい」
「こんな素敵なドリンクをいただいた後に言うのは恥ずかしいというかなさけないというか。すっごいしょうもないことなんですけど、いいですか…?」
なにやら一転して申し訳なさそうな表情を浮かべている。
はて、一体どんな内容なのでしょう。
「もちろん。内容によって対価としていただく記憶の程度に差はありますが、わたくし、抱く望みに貴賤はないと思っております」
「よ、よかったです!いえ、わたしにとってはとても重要なんですけど、世間一般的にはたぶんしょうもないと言われてもおかしくはないというか…」
ささっと姿勢を正した女性が語り始める。
「わたし、ネットで活動をしているんです。ネットアイドル、みたいな感じです。ありがたいことにファンもいて、今回とある企業の方からお仕事もいただけて」
「アイドルの方でしたか。どうりで洗練されていらっしゃると」
「あはは。ありがとうございます。それで、いただいたお仕事っていうのがとあるゲームの体験レビューなんです。結構シナリオがしっかりしていて世界観が深いって触れ込みの新作で」
「ふむ」
「その会社さんのゲームを私はやったことがなくって、今回初めて触れさせてもらうので失礼のない様に予習しておこうと思って色々調べたりして」
「素晴らしい心掛けですね」
「そしたら…」
「そうしたら?」
明るい笑顔から一転、ぎゅっと眉が寄せられて表情が険しくなる。
「すっっっごいネタバレ踏んじゃったんです…!!」
「おや、まあ」
「あ、ネタバレを踏むっていうのは、その物語の核になるような情報だったり先の展開を知ってしまうってことなんですけど」
「なるほど」
「もともとシナリオを作っているシナリオライターさんが以前からこんなものを作りたいってずっと構想を練っていたらしくって、その方のSNSで見てしまったんです…!もちろん該当の投稿はすぐに削除されたし、そもそもその方の昔からのファンの人は薄々わかってるっていう内容らしくて、それ自体は大きな問題にはならなかったみたいなんですけど…」
気まずげに目をうろつかせ、指先がくるくると遊ぶ。
大体どういった問題が起こったのかは理解できた。それはなんというか、運が悪かったというかタイミングが良すぎたというか。
そこで大きな問題になってそのゲームの発売が延期や中止にならずに済んだのは、そのシナリオライターの方にとってもゲーム会社の方にとってもファンの方にとっても良かったのでしょうか。
「普通なら、知らないふりでリアクション取ればいいじゃん、って話になるんでしょうけどわたしってそういうのが壊滅的にできなくって…!」
ああ。なるほど。
さきほどの表情は、ネタバレになるような投稿をSNSでしてしまったシナリオライターさんに向けたものではなく、知ったら隠せなくてレビューに支障をきたしてしまうであろう自分自身に向けたものだったわけですね。
…うーん、あるといえばある事象なのでしょうね。とくにいつでもどこにいてもいろんな情報を摂取出来てしまう環境下にある時代(いま)では。
「だから、ぜんぜんしょうもないことなんですけど!わたしの活動のためにどうかこのネタバレの記憶を買い取っていただきたいんです!」
ぎゅっと閉じられた目と握られた手が願うように掲げられる。
ふ、と笑みがこぼれた。
そこで自分のためと言える素直さやひたむきさは得難い輝きと言えるのでしょう。
ああ、こうして感情に触れ、記憶に触れ、願いに触れられると、自分の中にも感情というものが湧いてくるような気がする。これまでに得た経験値からの推測や振りではない、内発的な感情という爆発が。
「もちろん可能でございます。わたくしがお客様の記憶、買い取らせていただきます」
「よかったあ」
ほっと胸をなでおろす彼女に、早速エプロンのポケットから一冊のぶ厚い本を差し出す。
美しい装丁の革張りの本だ。照明を反射してまばゆく光っている。
「ではこの本を手に持って。しっかりと握っていてください」
「は、はい!」
「ここだというページを開くのです」
『Anoixis』
◇
「みんなー!今日はわたし、なんと企業さんからお仕事貰っちゃいました~!じゃじゃん!あの有名シナリオライターさんの新作!早速先行プレイしちゃいましょう!」
ぴょこっと画面に飛び出してきた女性が、ゲームカセットをカメラに向かって掲げている。
上から見下ろす画角で上目遣いにゲームの紹介をすると、華やかなカットインが入り場面が移り変わる。
今度はカメラいっぱいに映ったゲーム画面と、そこへクロマキー合成で映る女性。
どうやら彼女がプレイしている様子を、声だけでなく表情やリアクションも含めて楽しめるようだ。
「さっそくスタート!…わあ、本当にグラフィックがきれ~!あ、この子知ってる!PVに出てた子!なるほど、この子と一緒に行動していくんだね」
「ええっ!?さっそく別々になっちゃうの!?」
「ふむふむ、なるほど?この子を探していくのがプレイヤーの使命って訳!まっかせなさ~い!」
「きゃあ~!そんなのあり!?」
「うう、そ、そんなつらい過去があったなんて…」
「よっしゃ~!仲間ゲットぉ!」
それからおよそ2時間ほどかけて1章をクリアした彼女は、そのハチャメチャな楽しみっぷりを披露し配信を終えた。
彼女の元気さと楽しそうなプレイに視聴者は発売日に必ず購入することを決め、ゲーム会社はSNSでの好意的な反響に喜んだ。
「すっごく面白かったから、発売されたらまた配信しま~す!みんな、楽しみにしててねっ!」
◇
スピーカーから流れる、はじけるような明るい声。
なんだなんだ?と街頭の人々がビルに設置された大きなディスプレイを見上げる。
人気インフルエンサーがとある有名なゲーム会社の新作を先行で体験してみた!というその動画は、彼女のエネルギッシュな声や新鮮なリアクションも相まって多くの人々に人気となり、ゲームの売り上げはもちろん、彼女のファンをさらに増やすことになったらしい。
誠実な彼女はきっとこれからも多くの人々を楽しませ、ファンを増やしていくのでしょう。
どこかの星では今も元気に活動しているのであろう彼女に、こころからの応援を。
つん、とカラフルな髪留めを指で突く。
いただいた記憶が少なかったためにそこから受けた刺激は少なかったけれど、これも新鮮な感情。おいしくいただきます。
「本日も、めでたしめでたし」
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