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「マスターってミステリアス系の美人ですけど、結局性別どっちなんですかあ!あと!人間ですか!?」

「さあどうでしょうねえ~」

「む~!またそうやってはぐらかすし!」


 のらりくらりと追及をかわす。


 一見してすらっと細身で骨格も分かりづらく、肌の露出の少なさもあって判断がつけづらい。

 首元をきゅっと締めた白いシャツに黒のベスト、黒いスラックスの上から巻いたハーフエプロン。コーヒーの粉で汚れるので手袋はしていないが、その手も過度に筋張ったり、あるいは丸みを帯びていたりしない。しいて言うなら、爪が深い紫黒色に染まっている程度。

 右目を覆う長い前髪は反対に左をかきあげるようにピンでとめ、長い銀髪は後ろでゆったりと結ばれる。

 極めつけに声も中性的。


「さてさて、そろそろお客様がいらっしゃる頃です。仕事に戻って下さい」

「…はあ~い」


 鋭い猫の目を流し、爪が立てられる前に話を切り上げる。


 さて本日はどのようなお味でしょうか。



 からんからんと音が鳴る。

 入ってきたのはくたびれたスーツの男性。


「いらっしゃいませ」


 手持ち無沙汰なのか、キョロキョロと店の中を見渡す男性にお声がけを。

 うすく微笑みながらも用意をする手は止めず、カウンターの上の棚から背の高い細身のグラスをとる。


「どうぞ、お好きな席へお掛けください」

「あ、どうも」


 冷凍庫から砕いた永遠氷柱のかけらをたっぷりと敷き詰めたら、次はジュース。

 はて、爽やかなオレンジジュースか。それとも酸味の強いグレープフルーツか。

 なんて考えつつも、手は淀みなく冷蔵庫からボトルを取り出しグラスへ注いでいく。

 底に輝く鮮やかなピンクをかき消さないよう、ストロー伝いに上からそうっと濃く出した紅茶を注ぐと2層の美しいドリンクが出来上がる。


「どうぞ。ピンクグレープフルーツのアイスティーでございます」


 カウンターに腰掛けたお客様へそっとドリンクをお出しすると、活気のなかった顔がはっと驚き明るくなる。


「こ、これ、どうして…。いえ、いただきます」


 すこし震える手がグラスへ伸びる。

 からりと氷をひとまわし、ストローに口をつけたお客様の顔がほころんでいく。


「美味しい…」

「ありがとうございます」


 どうやらお口にあったようだ。

 賛辞の言葉に軽い会釈を返す。


「これ、妻が…。亡くなった妻の味にそっくりです。いえ、そのものです…!」

「奥様の。では思い出の味でございますね」

「もう、2度と飲めないと思ってた…」


 噛み締めるようにアイスティーを飲んで、ふっと息をつく。

 どうやら随分と抱えたものがおありのよう。


「あの」

「はい」

「ここ、記憶の買い取りをしているんですよね」

「左様でございます」

「お、お願いします!娘を大学に行かせてやれるだけのお金が欲しいんです!そのためならどんな記憶も差し出します!どうか…!」


 決死の様相で顔を上げ、身を乗り出して懇願してくる。

 なるほど。お嬢様の進学費用、ということですか。


「……わたしは昔から頼まれごとに弱く、よく人から無茶なお願いをされては断りきれずに受けてしまう…。そんなことばかりしていました」

「はい」

「そんなわたしに喝を入れて、無理なものは無理と断る。その強さを教えてくれたのが妻でした」

「素晴らしい奥様ですね」

「ええ、本当に。わたしには勿体無いくらい、強くてかっこいい女性で」

「おや、惚気られてしまいました」


 頬を緩める男性は、本当に幸せそうな、内側から溢れる笑みで周りも思わず笑顔になってしまいそうな、そんな表情で照れたように頭をさすった。

 物腰も穏やかで真面目、押しに弱くても誠実な方なのでしょう。


「妻と出会ったのは大学生の頃なのですが、いつも友人達にいいように使われていたわたしを見かねたのか、当時初対面だった知り合いでもないわたしを助けてくれたんです」

「度胸のあるお方だ」

「あんたたち、大学生にもなってそんなしょうもないことしてないで自分でなんとかしなさい!…今でもはっきり、思い出せます」

「良い、思い出ですね」

「とても。…まあ、その後すぐ、あんたも言いなりになってないで嫌なら嫌だってはっきり拒絶しなさい!お人形じゃないんだから!って、怒られちゃったんですけどね。はは…」

「ふふ」


 彼の奥様の姿も知らないけれど、気の強いしっかり者の女性と少し押され気味の男性、そんな2人の姿がどうしてか目に浮かぶようだった。

 奥様と出会えて、彼の人生は本当に良いものになったのでしょう。


「でも」


 ふっと影が落ちる。

 楽し気な追憶の幻想が掻き消える。


「娘が生まれて間もない頃、妻が亡くなりました。事故に巻き込まれて」

「…」

「わたしは随分落ち込みましたが…。何せ生まれたばかりの娘もおりましたので、馬鹿な真似はせずに済みました」


 はは、と渇いた暗い声が溢れる。

 幸せの頂点、といった状況からの落差は、確かに彼に暗い選択肢を浮かび上がらせてしまったのだろう。

 馬鹿な事、という言葉に隠されているのはきっと。


 それを選ばなかったのは、娘さんにとっても彼にとっても、そして奥様にとっても。良いこと、なのだろう。


「男1人。何もかも手探りで大変でしたが彼女のご両親も協力してくださってなんとか幸せに暮らしていました。…あの日までは」

「あの日、ですか」

「娘が中学校を卒業し、お祝いした日のことです。大学時代の友人から連絡がありました」

「…それは」

「まあ、わかりますよね。久々に楽しく飲んで、酔いが回った頃にふっと話があるなんて言われて。金の無心です」

「なるほど」

「もちろん断りました。その頃にはもう頼み事を断ることもできるようになっていたし、わたしには大切な家族がいましたから」


 一拍おいて、すうっと大きく息を吸う音が静かな店の中に溢れて。


「そのはずだったのに」


 じっとりと昏い、怨嗟の声。


「仕事を掛け持ちしてあくせく働いて、死に物狂いでなんとかしようとしましたけれど、そんな程度じゃあどうにもならないような途方もない借金がわたしに降りかかってきました」


 からり。

 グラスの中で氷のぶつかる音がする。


「どうにか娘に負担のないように。…いえ、父に莫大な借金があって返済に追われているなんて、あの子に知られたくなくて。情けない父親です」


 からり。

 氷のぶつかる音が鳴る。


「でも、どうにか、借金はこのままいけばなんとかなりそうなんです。ただ、そのためには他に大きな出費はできなくて。…今まで、暮らしはなんとか彼女のいた頃より大きく落とさずにいられていますが、それでは娘の進学費用を賄えない」


 からり。


「あの子には夢があるんです。行きたい大学もずっと前から決めていて、成績も問題なくて。問題なのは学費だけ」


 ただ、黙って聞いていた。

 よくあると言えばよくある話だ。この仕事をしている以上、初めて聞くようなエピソードでもない。


「だからどうか、お願いします。わたしの記憶を買い取ってください。娘が望む未来へ進めるように。どうか…!」


 これはお仕事で、契約で、等価交換。求められた通りに、差し出すだけ。


 空になったグラスをコースターごと端に追いやって、空いたスペースに収まるようにぶ厚い革張りの装丁本を差し出す。


「もちろん。それがわたくしの、まほろば異境喫茶店のお仕事でございます。さあ、この本をしっかりと両手に握って。願い、開くのです」

「…はい!」


 慌てて差し出された本を掴み、どくどくと胸の高鳴るままにゆっくりと開いていく。

 

『Anoixis』


 開かれたページから黄金の光が溢れ出して。


「…!」



 久々に、大学時代のグループトークに通知が入った。

 なんとなく消さずに残していただけだったので特に見る気もなく、仕事を終え疲れきって重たい身体をなんとか無理矢理に動かしてシャワーへ。

 汚れを落としてすっきりしたことで少し軽くなったような気がして、リビングへ。

 濡れた髪を適当にタオルで拭いつつ、ふと手に取ったスマホがやけに震えている。


「通知、99件?!」


 慌ててトーク画面を開くと、そこには混乱と怒りで怒涛のようにメッセージが飛び交っている。

 急いで目を通していくと、どうやら自分にも深く関係がありそうだ。


「まさか、こんなに被害者がいたなんて…」


 いつの間にか不当に負わされていた多額の借金。

 サインした覚えもないのに、しっかりと自分の名前と拇印が押されていたせいで拒否できなかったあの夜の絶望が呼び起こされる。


「同じ被害にあった人、一緒に弁護士と警察に届け出ましょう。これは悪質すぎる、絶対に泣き寝入りしない…」


 ぼんやりと、力強い怒りのメッセージを読み上げる。

 なんだか遠い別の国の言葉のように言葉の意味が頭に入ってこない。けれど、吸い寄せられるように、そのメッセージへ返答していた。


 仲間に入れて下さい、と。



 ガチャリと裏口の扉が開く音がして、ふと頭を上げる。


 もうそんな時間でしたか。

 ちらりと時計に目線を向ける。思っていた以上に時間が経っていたようだ。


「お疲れ様でーす!」

「バイトくん、お疲れ様です」

「今日はどんな感じでした?!」

「いつも通り、ですよ」


 いつも通り、グラスを磨いては棚へしまう。元気のいい赤が視界の隅ではねる。

 ふむ、そろそろ新しいグラスの購入もいいかもしれません。

 棚にあるグラスたちを眺めてごちる。


「ぜーったいに嘘!どうせまたサービスしちゃったんでしょ!わかってるんですからあ!」

「おや。ふふ、信頼されていませんねえ」

「信頼がないっていうか、むしろサービスしちゃってるんだろうなっていうマイナスな信頼があるっていうかあ…!」


 結構な評価だ。

 まあ、あまり強く言い返すことも出来ないのですが。


 それは置いておいて、くるりとカウンターの方へ向いていたのをバイトくんの方へ向き直す。

 ぴょこぴょこはねる赤い猫がびくっと震えて固まる。


「本日、2分の遅刻です。今日の分のコーヒーは残念ながらなしですねえ」

「えーっ!そんなあ!マスターのコーヒー大好きなのにぃ!」

「残念ですねえ」


 ぶうぶうと不満を漏らすバイトくんの姿にクスリと笑みをこぼしながら、再びカウンターへと向き直る。


「どうやら、お話はめでたしめでたし、のようですよ」

「うえ〜。ん?なんか言いました?マスター」

「いいえ」

「ふうん?まいっかあ!」


 とある星のいつかの話。

 違法な手段によって不当に借金を負わされていた男性がいたことがニュースに載った。

 どうやら過去、同じ学校に通っていた縁から、さして親しくもなかった相手に連れ出され無理やりに酒を飲まされ、借金の契約をさせられていたのだとか。

 同じような手口で被害にあいかけた人が同期に注意喚起をまわしたところ、そこから芋蔓式にすでに被害にあってしまっていた者たちの存在が明らかとなり、加害者らは裁きの座に引き釣り出されたらしい。

 もちろん厳格な捜査や裁判の末、不当に支払わされていた金銭は被害者のもとに返されたらしい。


 それはもしかすれば、夢のために努力する少女の人生を救ったかもしれない知らせだった。

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