ep 勇者


「おれ、めちゃくちゃ好きな子がいて」


 ぽつり、カウンターに愛が落ちた。


「おれの故郷って王都からちょっと外れた山のふもとなんですけど」

「はい」


 グラスを磨きながら相槌を返す。

 勢いよくこの店に飛び込んできた時とは似ても似つかぬ雰囲気だ。


 やれやれ、これではどんな味かなんて言ってはいられませんねえ。



 というわけで、本日のまほろば異境喫茶店はカウンターからお送りいたします。


 ご来店中のお客様は、なんと魔物はびこる世界(ほし)から、現役の勇者さま。

 流石に重い防具は外しており、黒いバトルスーツに少々華美な白い外套(マント)。目を惹く白が風にたなびく姿は民衆の憧れをいただくには十分な装いだろう。

 とはいえ、顔を伏せてぽつぽつ言葉をこぼす今の姿には哀愁すら感じさせるけれど。


「いっこ上なんですけど、田舎だし、子供も少ないから同じように育って」

「はい」

「最初はたぶん普通に家族みたいな感じで、でもある日町の畑が魔物に荒らされて」

「恐ろしいですね」

「んで、討伐にハンターが派遣されたんですけど、思ったより魔物の巣が大きくなってたらしくて、騎士団の派遣を待ってたんですけど間に合わなくて」

「なんと」

「その魔物たちに追いやられた魔物が町にやって来て、でも、助かったんですよ」

「危機一髪、という展開ですね」


 ほんとうに。

 そのまま町一つ壊滅してしまう、なんて出来事も往々にしてある世界(ほし)です。

 身近にわかりやすい脅威がある以上、人類の諍いは比較的少なめではありますが。それも良いか悪いか、判断着きかねる所でしょう。


「それが偶然王都に帰還する途中だった勇者さまで、あっという間に魔物を倒してくれたんです。町のみんなもすげー喜んでて、おれも助かったって思いました」


 もし勇者様が通りがかっていなければ。

 なんてたらればでしかありませんが…。その場合、町の人々がすこしでも助かっていればあるいは復興もあり得るけれど。そのまま別の町へ移住、というのが現実的というものでしょう。

 勇者さまさま、ということですね。


「でも」


 そこへ断ち切るような声が入る。


「彼女が、勇者さまカッコイイってキャーキャー言ってて」


 助かったことへの安堵を、互いの安否を。確かめるよりも早く勇者さまの元へ行ってしまった。勇者さまに熱を上げて、幼馴染は少女になっていた。

 それをまざまざと見せつけられた。


「そんな、誰かのこと好きとかいうような感じになってたんだって、もうおれも彼女もやんちゃな子ザルじゃなくなってたって、そん時なんか急に気づいちゃって」

「ふむ」

「そしたら急に彼女のことがきらきらして眩しくて見れなくなって」

「ほう」

「好きになっちゃってたんす!!」


 魂の叫びだった。

 わんわんと静かな店内に響き渡る。


 拭いていたグラスを棚に戻して、代わりに小さな深皿を用意しナッツを盛る。

 さりげなくナッツ皿を彼の前に滑らせて、彼の意識が途切れたタイミングを見計らって空いたグラスにおかわりを注ぐ。


「だからおれェ!同じように勇者になったら彼女に告白しようと思ってて!めっちゃ鍛えて魔物も倒しまくって!やっと勇者の称号もらったんすよ!でも!」


 思い出してヒートアップしてくる彼。もとい勇者くん。

 言葉の感じからしてもかなり若そうな印象を受ける。それでその立場にいるのは本当に並大抵の努力ではないのだろう。その彼の姿に、憧れや恋情を抱く者もいるはず。


 それでもそこにいるのは、勇者ではなく一人の男だった。


 話しているうちにどんどん熱も入ってきて、同じくらいに手に力も入ってしまった彼はガッとグラスをつかんで一気に飲み干し、空いたグラスをカウンターに勢いよく振り下ろす。


「うっきうきで地元帰ったらもうとっくに別の男と結婚してて子供いたんすよお~!!!」


 あげた目元が真っ赤だし、もはや大号泣だ。

 おそらくは国一番のお針子が手ずから作ったであろう豪奢な勇者さま専用の装束をぐしゃぐしゃにして、彼は嘆いた。


 これ、ただのお水なんだけれどなあ、と思いつつ打ち付けられる前にやんわりとグラスを救出する。


「あ、すいません」

「いえいえ」


 叩きつけられずに済んだグラスをシンクに置いて、新しいコップに冷たいお水を入れて差し出す。先ほどより少し頑丈な、木製のコップ。


 話をまとめると、どうやら好きな子の気を惹きたくて努力し、努力の結果国で一番の実力者になり勇者の称号をもらった。これで彼女に告白しハッピーエンド、と思い意気揚々と故郷に凱旋するもすでに想い人は家庭をもって幸せに暮らしていた、と。


「失恋は苦しいでしょう」

「うう…」


 定型文じみた慰めの言葉が、思いのほか中身のない軽さで放たれる。

 流石に、とすこし気にするように勇者くんを見るもそれどころではないらしい。とうとう突っ伏してしまった。


「わかってんすよお…。おれ、彼女に告ってなかったし。っていうか、たぶん町でるまでたいしてアピってもなくてぇ…」

「はい」

「結局顔見たら軽い挨拶とかしかできなくてから笑いで逃げるように実家に帰って…。…おれなんて、おれなんて所詮彼女の気持ちも知らずに勝手に盛り上がって空回った大馬鹿野郎なんすよぉ…」


 うおおぉぉ…、と嘆きのような唸りが漏れる。


 ふむ。

 思いのほかしっかりと自己分析は出来ている。


 先ほども高ぶった気分のままにグラスを打ち付けそうにはなっていたけれど、止めに入れば冷静になって非を改めることもできる。

 もちろん勇者という称号を得るためには実力だけでなく人柄も見られていただろうし、こうしてみても悪い子には見えない。

 ルックスの良し悪しは好みもあるだろうけれど、実直そうだし体はもちろん鍛え上げられ引き締まっている。

 悪くないどころかかなり好条件にも思えるけれど。とはいえ…。


「なあ~んにもできないですよお、それ!」

「アッ!バイトくん…!」


 たしかにどうしようもないことだけれども…!

 もうちょっとやんわりと穏やかに…というところを、ちょうど出勤してきたバイトくんが容赦なくバッサリ切ってしまった。


 目の覚めるような赤い髪は、短い眉毛がはっきりと見えるように切りそろえられた前髪に後ろでシニヨンにまとめられている。

 跳ね上がった猫のようなアイラインにキラキラ光るイミテーションの超小型ダイヤを目の下に散りばめた特徴的な目元。

 とある事情から接客中はマスクをつけて口元を隠しているけれど、その気性の大胆さは隠せない。

 ここ、まほろば異境喫茶店で唯一の雇われ。名は秘して、ここではバイトくんと呼んでいる。


「濁したってしょうがないんですからあ!」

「…」


 あーあ。

 これもある意味、勇者的言動、だろうか?切り込んだのは勇者くんじゃなくてバイトくんだけれど。

 若い子にはこのくらいサクッとスパッといく方がいいのだろうか。


「うう…、ぐすっ」

「というか本来勝手にダメージ受けてるのもおかしな話ですしぃ!それ!」

「う…」

「せぇーっかく幼馴染ポジだったっぽいのに、それドブに捨ててるし!もっといい感じに好意を示したり色々してたら勇者になるとかいう段階ふまなくてもよかった説!めっちゃありますよお!」

「ぅ…」

「ていうかあ、彼女云々じゃあなくあなたが勇者に憧れたんじゃないんです?強くてかっこいい勇者にぃ、あなたがなりたかったんですよ!」

「、…」

「でもそれってすごいじゃないですかあ?だって憧れるだけじゃなく追い続けて、しかも本当に勇者になったんですよ!めっちゃすごいです!」

「…」

「ちょっと聞いてましたけどお、彼女さんにもお祝いの言葉かけてきたんでしょ?自分勝手になんでってキレ散らかさずに彼女の選択を祝福できたんでしょ~?最後の力振り絞って!じゃあもう後できることって、そういう苦い思い出をかみしめて、んで新しい恋する!これでしょ!」

「…」

「あの~バイトくん?も、もう、そのへんで…」

「強くてかっこいい勇者さま!しかもこの失敗を糧にして、さらにイイ男にもなれるんです!もうこれから引く手あまたですよお!」

「」

「しんじゃった…」


 怒涛の正論、かつ、ポジティブで真っすぐなバイトくんの言葉にとうとう勇者くんが撃沈してしまった。

 これが勇者くんを責めるような内容だったら止めに入るなりなんなり出来たけれど、何の含みもなく善意で褒めているのでどうにもできない。

 だからこそ勇者くんも撃沈しているのだけれども。


 うーん、この様子を見るに今回はお仕事にならなさそうだ。もう意思も意識も消沈状態。


 もし失恋の傷が深くてどうしようもなさそうだったら、そのあたりの記憶をうすーくもらって何とかおさめようと思っていたのだけれど、その必要はなさそうだ。

 はじめは彼もそれを望んで来店したのだと思うけれど。


 レアケースではあるものの、望みを抱いて来店したがやっぱり考え直すことにする、というのもままあること。


「バイトくん」

「はいっ!なんですかあ、マスター?」

「今日のお給料、ちょっとだけ色付けておくね」

「えっなんで?やったー!」


 安らかに眠れ、勇者くん。



「……、ハッ!」


 なんだか唐突に目が覚めた。

 普段とは違う寝具の感触に思わず飛び起きるも、よく見れば懐かしの自室だった。


 変な体勢で寝ていたのか、ずきずき痛む腕をさすりながら仰向けにベッドへ倒れこむ。


「…あーあ、失恋した…」


 ぼそっと声に出せば、虚しさやら切なさやらがあふれて、少しだけ涙が出た。

 でもなぜだろうか、なんだかちょっとスッキリしたような感じがするのは。


「あっち戻って、鍛えなおすかぁ」



 その後の顛末はお察しの通り。

 ショックからか深い眠りについた勇者くんは翌朝自宅のベットで目覚め、目元の腫れが引いていることに少しの疑問を感じながらも日常に戻っていったという。

 まあ、この店での出来事は基本夢の中。現実に持ち帰ることはないようになっているのでしかたがない。もし、また来店するようなことがあればその時は以前の店での記憶も思い出せるけれど、ここを頼らなければならない状況なんて本当はない方が良いとバイトくんも言っていたし。


 蛇足の話。

 故郷に帰った勇者さまがなんだか一皮むけて王都に戻ったことに疑問を覚えた人もいたそうだが、良い変化だったことと勇者さまの活躍ぶりに特に話題に上らなかったそう。

 そして勇者さまは自己の研鑽だけでなく、後進の育成にも積極的に取り組んだという。残された文献によると、そこでは必ず仲間との意識の共通化や齟齬を生まない意思疎通など、思いに関する教えが強く残されていたとかいないとか。


「これも一応、めでたしめでたし、ということで…」


 減った分のお水を仕入れ、冷蔵庫に1本ずつ丁寧にしまっていく。

 閉じた扉の向こうで澄んだ水がちゃぽんと揺れる音がした。

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