クラゲは丘を照らす

カスタードプンダ

プロローグ Tシャツ

 うららかな春の日が差し込む公園のベンチで、照彦は視線をどこにも定めていなかった。

 バタンという音に、照彦はすぐに立ち上がる。

「大丈夫かい?膝を擦りむいてるね。そこの公園の水道で洗おうか」

 小学校の一年生か二年生くらいだと思われるその男の子は、泣きそうになるのを必死に我慢しているようだった。

「さあ、痛いけど水でばい菌や砂をよく流さないといけないからね」

 そう言って蛇口を捻る。

「痛い!」

「そうだな。ほら、これでおしまい」

 水を止めるとバッグから小さいポーチを出し、中からティッシュと絆創膏を取り出す。

「家に帰ったら、お家の人に見てもらってね」

「はい、ありがとうございます」

「お、丁寧にお礼が言えたね」

 そう言って頭を撫でる。

 笑顔で走っていく様子を見て、照彦もほっとして立ち上がる。にわかに静まり返る公園。蛇口に残った水がポタッと落ちる音と木々のざわめきだけが残る。


 まただ。


 照彦は、まだ動き出せずにいた。


 重い足取りで照彦は自宅のアパートに帰り、簡単に昼食を済ませると、スマートフォンに手を伸ばす。しばらくして親指が動く。

「虚無感 原因」と検索した。いくつかの項目が表示される。

 

 友達が少ない?仕事に不満?どちらも違う。

 

 家庭環境?強いて言えば、しばらく恋人がいないくらいか。母からは「結婚はまだか」と言われるけれど……。


 深呼吸をする。毎日、それなりに充実している。他所から見れば幸せに違いない。それなのに正体不明の感情が体を巡って離れない。

 小さく息を吐くと、天井を見上げる。

 カーテンレールにかかったTシャツが目に留まる。

 

 再びスマートフォンに目を向ける。

 検索画面に「Tシャツ」と打つ。

 持っているものがよれよれになってきた。どうせなら何か面白いTシャツはないものか。

 次から次に流れるスマートフォンの画像の中で、ふと、照彦の指が止まる。それをタップし、拡大する。

 面白いデザインだな。ゆるいクラゲのイラストのTシャツ。その上には「気楽に生きようぜ」の手書き風の文字。

 風が窓を小さく叩く音がする。

 これを着たところで何か変わるわけではないが、ただ、この気の抜けた感じが、今の僕にはちょうどいい気がする。

 照彦はそのまま、ウェブサイトに表示された「購入する」のボタンを見つめた。


 少し自虐的に微笑んで、そのボタンをタップした。

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2026年1月20日 20:00
2026年1月21日 20:00
2026年1月22日 20:00

クラゲは丘を照らす カスタードプンダ @c-punda

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