第2話 Side.Sumika
ここ
そんな隅田書店でアルバイトとして働いて、早四年。私もアルバイトの中ではベテランの域に入ってきた。ここ最近は、私は仕事以外にも楽しみを持ってここに通っている。バックヤードで在庫の管理をしていると、ちょうど彼――
「あ、お疲れ様です……」
仕事が始まる前からいつも以上に疲れ切った様子の彼は、後ろ手にエプロンの紐を結びながら、タイムレコーダーの前に立ち尽くす。なかなか結べなくて、タイムカードが切れないらしい。
「お疲れ様。元気ないね。何かあった?」
結んであげるからタイムカード切りな、と私が彼の背の紐を引き受けると、すぐに無機質な電子音が聞こえる。できた、と結び終えると、彼はこちらを振り返って頭を下げた。
「ありがとうございます」
「今日は私と一緒に、これのチェック手伝ってくれる?」
私が指差したのは、パレットの上に大量に積まれた本の山。今日は新刊の入荷があり、納品されたものと数量が合っているか確認し、発売日に店頭に出せるように棚ごとに仕分けしておかなければならない。私が途中までやってはいたが、さすがに一人で全部はこなせない。
「わかりました」
少しの蒸し暑さと紙の匂いが充満する中、事務的なやり取りだけが交わされながら、作業が続く。
そのうち、彼の口からぽろりとこぼれるように、ようやく私の問いへの返事が来た。
「今週末、新歓があるんですよ」
そういえばもうそんな時期か。大学生活と縁がなくなってからまだ一年しか経っていないのに、随分と久しいものに感じる。そして彼の悩みも決して軽いものではないとしても、どこか初々しく感じられる。
「新刊なら今目の前にあるでしょ」
「新入生歓迎会です。……わざとですよね?」
「ごめんごめん。そっか、それでね。太玖也くん、お酒あんまり得意じゃないんだったよね、たしか」
たぶん、本当はそうじゃない。というより、彼がお酒があまり得意でないという話も、恐らくは酒の席を断るための方便だ。彼はそもそも、仲間内で盛り上がるという場そのものがあまり得意でないのだろうことは、私も薄々気付いていた。
だからきっとこう言えば、私の言うことを否定して本当の理由を話してくれるのだと思った。
「お酒が苦手ってよりは、新歓みたいな、みんなでワイワイって空気が苦手で。俺はバカ騒ぎとか、あんまり好きじゃないんで。まあ今回は、それだけじゃないんですけど……」
予想は半分は当たっていたようだ。その残りの要素は残念ながら見当がつかない。私もまだ、彼のことはあまり知らないのだと改めて思わされる。
「他にも何かあるの?」
「あー……まあ、先輩には話してもいいか」
ぼそりとそう呟いたのが聞こえて、少し顔が熱くなりそうだった。作業中だったから、彼の視線がこちらを向いていなくて助かったかもしれない。
「実は、同じ学科の一軍女子みたいな子に絶対参加してくれって言われてて。俺、あんまりその子と仲良いわけじゃないんですけど、その、断りにくいじゃないですか。そういう空気って」
「えっと、断ると、後々仲間外れにされるとか、そういう心配があるってことかな。まあみんなの人気者みたいな子からの頼みを断ると、本人よりも周りが黙ってないもんねぇ」
「そう、それです」
彼の考えをちゃんと言語化してあげられたようだ。
しかし、たしかにその話を聞けば、彼の憂鬱さも理解できる。というより、その一軍女子は何を考えているのだろう。
単純に考えるなら、彼を狙っているのだろうか。だけれど普段はそれほど仲が良いわけでもないらしい。そうなると、新歓というイベントに限定された話なのかもしれない。それはそれで、彼を何らかの思惑でもって利用しようと考えているような気もしてくる。
どちらにしろ、浅はかな思慮で彼を振り回そうとするのは、あまり感心したものではない。そんな暇があるなら、彼にはもっとシフトを入れてもらいたいものだ。
「あのさ、太玖也くん。みんなでワイワイじゃなければ、別にお酒の席も嫌いじゃないの?」
「え、まあ、そう……ですね」
一瞬、何を聞かれたのかと考えたようだが、すぐに私の言わんとしていることがわかったらしい。
たぶん彼には、この後に私が続ける言葉がもうわかっているだろう。それを踏まえて彼はそうだと言ってくれたのだろうことは、この一年同じ職場での付き合いの中でわかってきた。
「もし今夜空いていたら、一緒にどう? たまには少し、ゆっくり話せたらと思ったんだけど」
「いいですね。俺も、
じゃあ決まりね、とウインクを投げてよこすと、彼は照れたように視線を逸らした。その所作が初々しくて、でも下心が透けていなくて、だから私は彼と過ごすことを選んだのだ。
繭 <自書版> ミスミ @anonymous_000
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