第2話 変わったご主人様(フィッツ視点)

私はもともと、キルボーラル領の郊外にある農地に住んでいた。裕福ではなかったけれど、十分幸せだった。


そんなある日、私は領主様の一家に買われることになった。


両親は泣いて、『どうか娘を連れて行かないでください!』とお願いしていた。

私も、領主様の息子様の悪評は聞いたことがあったから、ほんの少しイヤだった。


でも、領主様の前ではそんな態度は許されない。

幸い命は助けていただけたけど。




私のご主人様にあたるユグナ様は、それはそれはなんとも傲岸不遜、我儘、暴虐。

読んで字の如く暴君だった。


どんなに離れていても呼び出されたら1分以内に。

間に合わなければ顔を打たれた。

間に合っても、息が上がっていたら蹴られた。


ティータイムでお出しする茶菓子の味がお気に召さなければ熱々の紅茶を頭から流され。

お気に召したら『褒美だ』と言って、茶菓子を投げつけられた。




理不尽。




不愉快。




外道。




何度も何度も、この命を断とうと考えた。

もうあの暴君の顔を見なくて済むと思って、何度も何度も自分の首にナイフを突きつけた。


でもそんなことを考えるたび、パパとママの顔が浮かぶ。


私が死んだら、あの暴君は私の両親にどんな理不尽を、どんな暴挙を…

そう思うと死ねなかった。




そして今日も、かの極悪非道にいつものように殴られそうになった。

でも今日は、なんだかいつもと違った。殴られなかった。


いつもが毒を孕んだトリカブトなら、今日はまるで金木犀のような。

きっと、いや絶対、気のせいでしかないけれど。


なんだかそんな感じがした。



《フィッツ》



初めて名前を呼ばれた。

いつもは【おい】と【貴様】、よくて【下賤な従者】だった。


しかも


『申し訳ない。きっと今回だけじゃなく、これまでもひどいことをたくさんしてきたと思う。本当に、申し訳ない。』


そう言って、ご主人様は頭を下げていた。





それだけじゃない。ご主人様は、私が発した「私程度の」にさえ


『いいや、君程度なんかじゃない。みんなが大切な家族だ。それに、悪いことをしたら謝る。当然のことじゃないかな?』


と。




少なくとも、これまでもご主人様なら、信じられない発言の数々だった。



私も、簡単な女だ。

いつもは嫌な人、怖い人。なのに、こうも態度が180°変わっただけで。


まだこの人に仕えてもいいと、思っている。



でも、私の直感が言ってる。

今のご主人様はきっと、もう私を殴らない。酷いこともしない。


信じていい。って

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救世の悪役 〜主人公を救世の英雄にするために、悪役を貫き通す〜 @tamechi

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