第34話 救済棄却
レンツが砦の中を切り開き、隣でクロティルデが敵の数を見る間に減らしていく。通路を迷うことなく選んで進んでいくレンツに、クロティルデが尋ねる。
「この道で合ってるんでしょうね?!」
「おぅ! 任せておけ! おそらくニーナは地下にいる! 捕虜収容スペースがそこにあるからな! っと!」
クロティルデがレンツの目の前にいた男の頭部を吹き飛ばすと、それをレンツは足で蹴り飛ばして道を空けていく。周囲の兵たちはクロティルデの姿を見ると、すぐに物陰に隠れるようにして様子を窺っていた。道を塞ぐ兵士たちは応戦してきたが、横道や背後から襲ってくる気配はない。クロティルデが舌打ちをしてつぶやく。
「嫌な気配ね。誘われてる感じがするわ」
「だが、それはこの道で合ってるということでもある! 迷ってる暇はないんだろう?!」
クロティルデとレンツが、無人の荒野を行くが如く前に突き進んでいく。レンツが扉の一つに飛び込むと、その先には地下に降りる階段が続いていた。レンツはそのまま階段を駆け下りていき、下の階にいた敵兵と切り結んでいく。クロティルデも階段から左右に撃ち分け、兵士の数を減らしていった。弾倉をグリップから投げ捨て、新しい弾倉を装填してクロティルデが尋ねる。
「あと何階なの?!」
「この下だ! 走るぞ!」
敵兵の首を飛ばし終わったレンツが、返り血を浴びながら駆け出した。クロティルデも返り血を気にすることなくレンツのあとを追い、次の大部屋へと走り込んでいく。二十メートル四方はあろうかという大部屋の中央にクロティルデたちが到達すると、前後の鉄扉が勢いよく締まっていった。クロティルデが部屋に視線を走らせると、左右の壁上部に穴が空き、そこから煙のようなものが吹き出されていった。レンツがそれを見て声を上げる。
「マズい! アレを吸い込むな! ――チッ、どうする?!」
クロティルデは懐から魔導弾の弾倉を取り出すと、それを滑らかな動きで
「お前……この局面で十八番の連射に、三十四番の爆裂魔法?! ワンホールショットは見事だが、外してたら俺たちが丸焼けになってたぞ?!」
魔導弾の弾倉をしまいながら、クロティルデが答える。
「私が外すわけがないでしょう。さぁ、早く案内して頂戴」
レンツは頷くと、火が残る兵士たちの死体をかわすように通路を駆け出した。クロティルデは兵士たちの死体を踏み砕くように、まっすぐとレンツを追いかけていく。炭になった兵士たちの死体が砕ける音を聞いて、レンツがぼやく。
「あーあー、お姫様は頭に血が上ってやがるな。大丈夫かね、ほんと」
レンツは生けるものが残っていない通路にある十字路を、迷うことなく右折していった。
****
大きな通路の途中にある扉の前で、レンツが足を止めた。
「この部屋が尋問室だ。ニーナがなにかされているとしたら、この部屋が怪しい」
クロティルデが弾倉を装填しながら尋ねる。
「他の候補は?」
「地下にはない。ここがスカなら、地上の司令室だろう」
「でも地下を守るように兵士たちが配備されていた――可能性大ね」
クロティルデが扉に背中を合わせるように立ち、銃を構えながらゆっくりと開けていく。隙間の奥からウーゼ子爵の声が響く。
「どうしたね? 早く入って来たまえ」
クロティルデが素早く扉を開け、部屋の中に銃口を向ける。その奥ではウーゼ子爵が、酷薄な笑みを浮かべて立っていた。ウーゼ子爵の目の前には拘束台があり、そこではニーナがドレス姿のまま、力なくうなだれている。
「――ニーナ! 無事なの?!」
クロティルデの言葉に、ウーゼ子爵が手を後ろ手で組んで応える。
「無事と言えば無事、手遅れと言えば手遅れ。既に色々と実験はさせてもらった。こちらとしても、それなりに収穫は得られたよ――さぁニーナ、お姫様のご到着だよ」
ウーゼ子爵が懐から手のひら大の筒を取り出し、それをニーナの首筋に当てる。ニーナの体が弾けるように反らされ、荒い呼吸で悲鳴のような声を上げる。
「――もう、許して! 私を家に帰して!」
クロティルデが堪らずニーナに向かって叫ぶ。
「ニーナ! 助けに来たわよ! わかる?!」
「やめて! 近寄らないで! もう私を村に帰して!」
錯乱した様子のニーナを見て、クロティルデが唇を噛んだ。瞬時にウーゼ子爵に向かって
「おやおや、高い品なのだから、これは弁償してもらわねばね」
クロティルデは構わず銃撃を繰り返すが、全ての銃弾がウーゼ子爵を迂回するように直撃を避けていった。眉をひそめるクロティルデに、ウーゼ子爵が告げる。
「我々『
ニーナを張り付けた拘束台を迂回するようにウーゼ子爵がクロティルデに近づいていく。クロティルデが魔導弾の弾倉を手にして装填したとき、レンツがその手を掴んで告げる。
「馬鹿! ニーナがそばに居るのに魔導弾なんか撃つな! 跳弾がニーナを巻き込むぞ!」
「なら、どうすればいいのよ?!」
レンツの右手が、クロティルデの右腕の腕輪を軽く叩いた。
「こいつがあるだろ? 『
クロティルデがレンツの瞳を見つめて告げる。
「あいつを『救済』しろというの? ――御免だわ。ウーゼ子爵は駆逐対象よ」
レンツが部屋の反対側に駆け出しながら声を上げる。
「他に方法はない! いいから大鎌を出せ!」
レンツを無視するように、クロティルデに近づいたウーゼ子爵が笑みを浮かべて告げる。
「私に
ウーゼ子爵を睨みつけるクロティルデが、呼吸を整えて右腕を掲げた。
「やってみなければ分からないでしょう?! ――≪
右手に光が集まり、大きな光の大鎌を形成していく。大鎌を振るって構えたクロティルデが、勢いよくウーゼ子爵に斬りかかった。だがウーゼ子爵から吹き出る魔力嵐の突風がクロティルデを吹き飛ばし、壁に向かって勢いよく叩き付ける。
「――?!」
背中を強打して呼吸が一瞬止まったクロティルデに、ウーゼ子爵の手から赤い光の矢が放たれた。クロティルデはそれを大鎌で受け止めつつ、体勢を立て直して姿勢を整えた。
「……やるわね、『
「『
対峙する二人が、再び距離を詰めて光を交差させた。
****
クロティルデたちを迂回したレンツが、錯乱するニーナの元に辿り着いた。鎖の拘束をロングソードで断ち切り、ニーナの頬に手を当てて声を上げる。
「しっかりしろ! 俺だ、レンツだ!」
もはや言葉にもならない声を上げ続けるニーナに、レンツが覆い被さった。頭を押さえ込み、耳元で言葉を告げる。
「ニーナ、お前にはやることがある。クロティルデを助けたければ、今こそ立ち上がれ」
錯乱していたニーナの目に、正気の光がわずかに戻る。
「……ティルデ? ティルデがどうしたの?」
「今、この部屋に来てるぞ。お前を助けに、命を懸けてな。このままだと彼女は死ぬ。ニーナ、お前の力が必要なんだ」
ニーナの目に力が戻っていく。その目がレンツの向こう側で戦っている、クロティルデを捉えた。クロティルデは光の大鎌でなんども斬りかかっていくが、ウーゼ子爵が放つ光の矢と魔力嵐に翻弄され、近づくことができないようだった。体のあちこちに傷を作るクロティルデを見て、ニーナがレンツを見上げる。
「……私は何をしたら良いの?」
「合図をしたら、ウーゼ子爵を撃て。これはお前にしかできないことだ。『
頷いたニーナを、レンツはゆっくりと拘束台から下ろしてやる。クロティルデとウーゼ子爵の死闘を見つめながら、レンツが叫ぶ。
「クロティルデ!
手を掲げるレンツをクロティルデが横目で確認すると、魔力嵐に弾き飛ばされる勢いを利用して
ウーゼ子爵はレンツなど見もせずに告げる。
「今さら
クロティルデが不敵な笑みで答える。
「さぁね? 当ててごらんなさい?」
ウーゼ子爵がレンツに視線を向けた――その瞬間を狙ったように、クロティルデが斬りかかる。だが魔力嵐はクロティルデを弾き飛ばすように荒れ狂い、再び彼女を壁に叩き付けた。クロティルデも今度は体を回転させて壁に着地し、反動でウーゼ子爵に切り込んでいく。
「あなたを殺すのは私よっ!」
クロティルデの声が、尋問室に響き渡った。
****
「レンツさん、なんでそんなに手慣れてるんですか……」
「まぁ、昔教わったのさ――それより、合図したらこの魔導弾をウーゼ子爵にぶちこんでやれ。今までの怨みも込めて、全力全開でな。色々と痛い思いや怖い思いをさせられたんだろう? その借りを今、返してやれ」
頷いたニーナが、レンツから
「いくぞ、五……四……」
ウーゼ子爵が気配を察知し、さらに激しい魔力嵐を起こした。彼が腕をレンツたちに振り下ろすと、竜巻のような突風が巻き起こり襲いかかる。クロティルデは大鎌で嵐を切り裂いて踏ん張っていたが、動く余裕はない。
「逃げて!」
悲壮なクロティルデの悲鳴のような声に、レンツがニヤリと口の端を上げた。
「あせるなよ! ――≪
レンツが抜き放ったロングソードから眩い光が放たれ、グレートソードのように巨大な刀身が現れた。レンツはその大剣を床に突き刺し、魔力嵐を切り裂く壁とした。背後で首をすくめていたニーナに、姿勢を低くしたレンツが吠える。
「俺の肩に手首を置け! キッチリ狙えよ! カウント続けるぞ!」
わけも分からず頷いたニーナが、言われたとおりにレンツの肩の上で
「三! 二! 一! ――撃て!」
ニーナの眼差しが鋭くウーゼ子爵を睨みつけ、その指が引き金を引いた。
「――ティルデ!」
銃口から膨大な光が放たれ、まっすぐにウーゼ子爵に大砲のような光が直撃する。ニーナは勢いで吹き飛ばされ、数歩後ろで尻餅をついていた。
魔力嵐を切り裂いてウーゼ子爵を直撃した光は、彼が身に
「――あなたに救いは必要ないわ」
次の瞬間、ウーゼ子爵の頭部がはじけ飛び、血を吹き出す体だけが光へ帰って行った。
全てが終わり、静寂に包まれた尋問室で、クロティルデは肩で息をしながらニーナに近寄っていった。途中でレンツを睨みつけ、ぼそりとつぶやく。
「あなた、何者?」
「旅の剣士さ。知ってるだろ?」
「……フン!」
足も止めずにレンツのそばを通り過ぎたクロティルデが、尻餅をついているニーナに手を差し出す。
「立てるかしら。酷いことはされなかった?」
血の涙の跡を残す顔で、ニーナが表情を崩して泣き出した。
「――いっぱいされたよ! 怖かった!」
ニーナはクロティルデが差し出した手を無視して、彼女の首に勢いよく抱きついた。クロティルデは勢いのあまり数歩下がり、なんとかニーナを受け止める。その腕が優しくニーナを抱きしめた。
「よかった、私の抱き枕が帰ってきたわ。これで私の安眠も安泰ね」
ニーナはクロティルデの肩で泣きながら何度も頷き、クロティルデを抱きしめ続けた。
その様子を見ていたレンツの目が、泣きじゃくるニーナの両目に注がれ、ぼそりとつぶやく。
「さすが、『
レンツが見守る中、クロティルデはニーナが落ち着くまでその場で彼女を見守った。
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