第32話 悔恨の夜
襲撃現場を離れ、クロティルデとツェールト司祭を乗せた馬車が宿に向かっていた。クロティルデは険しい顔で窓の外を睨みつけている。
――総勢百名前後での襲撃、予想以上の規模ね。私はどこでミスをしたの? 相手の戦力を過小評価していた? 立ち回りで落ち度があったの? ああ、ニーナは無事かしら。ウーゼ子爵の狙いは何?
ため息をついたクロティルデが、ツェールト司祭を睨みつけた。
「知っていることは、すべて話してもらうわ。断れば
ツェールト司祭が青い顔で慌てて答える。
「な、何の話ですか! 私にはさっぱり――」
「とぼけても無駄よ。ウーゼ子爵がつけていた
「……何を根拠に?」
クロティルデが冷酷な笑みで答える。
「ウーゼ子爵が自分から言ってたのよ。『カルターシュネー伯爵経由で聖教会から手に入れた』と。あなた、彼らと随分仲が良さそうだったものね。まぁ、たとえ違っていたとしても、お父様には報告してあげる。あなたの元に異様に寄付金が集まるカラクリが、他にあれば困らないでしょうけれど……監査は入るでしょうね」
悔しそうに歯を噛みしめたツェールト司祭が、クロティルデを睨み返した。しばらく視線で火花を散らしていたが、司祭が諦めたように視線を落とす。
「……ウーゼ子爵は、カルターシュネー伯爵の懐刀です。戦場でも特殊部隊として活躍する、腕利きの兵士たちを抱えています。私はカルターシュネー伯爵から『彼らの装備を強化したい』と相談を受け、それに応じたまで。二年前の戦争でも、彼らは活躍したそうです」
「それだけ? ウーゼ子爵の本拠地はどこ?」
「それは本当に知らないのですよ。使い魔を経由して連絡を取ることはできますが、彼がどこにいるのかまでは……」
聖教会と
「それで、ウーゼ子爵の目的は何?」
「それも、私には分かりません。なぜ襲ってきたのか、さっぱりです」
クロティルデはツェールト司祭をしばらく睨みつけたあと、小さくため息をついた。
「まぁいいわ。今は信じてあげる。ウーゼ子爵の自宅の場所を知る人間は誰?」
「カルターシュネー伯爵ならご存じでしょうが、教えてくださるかどうか……」
「教える気にさせればいいだけよ。強硬手段を執ろうとも、必ず言わせてみせるわ――ツェールト司祭、明日も伯爵の館に行くわよ」
膝の上で固く拳を握りしめるクロティルデは、再び厳しい目で窓の外を睨みつけた。
****
宿に帰ったクロティルデは、ドレスを着替えるために別室に入った。それを見届けたツェールト司祭は、自分の部屋に入り鍵を閉める。
――あの馬鹿が、何を暴走しているのだ! もっと穏便にさらうことはできなかったのか!
ツェールト司祭は便せんを取り出し、ペンを素早く走らせていく。『早く聖眼の少女を引き渡せ』と書かれた手紙を、魔法で呼び出した鳥の書簡に詰め込んだ。窓を開けたツェールト司祭が、その手から使い魔の鳥を羽ばたかせていく。
「頼むぞ、私の地位がかかっているのだ」
飛び立っていく鳥を見送り、ツェールト司祭が窓を閉め、酒を取り出してコップに注いでいった。蒸留酒を
****
化粧を落とし、
――
だがドレスアップした状態で、
――じゃあ、ニーナの銃を私が使っていたら?
結局は弾倉が尽きて、ニーナはさらわれていただろう――そこまで考えて、クロティルデは深いため息をついた。
「……だめね、同じことばかり考えてる」
頭の中が悔恨で満たされ、眠ることができない。酒に逃げられる心境でもなく、クロティルデはまんじりともせず天井を見上げたまま、夜を明かした。
****
翌朝、朝食を一人で食べ終わったクロティルデは、馬車でカルターシュネー伯爵の館へ向かった。同乗しているツェールト司祭が眉をひそめて告げる。
「ひどいクマですぞ? 眠らなかったのですか」
「放っておいて頂戴。あなたには関係がないことよ」
黙り込んだ二人が、馬車に揺られていく。伯爵の館に馬車が辿り着くと、クロティルデは飛び出すように馬車から降りていった。入口の衛兵に
「
「――は?!
「いいから伯爵に会わせなさい!」
衛兵が気圧されながら答える。
「カルターシュネー伯爵は、朝早くからお出かけになりました。隣の領地へ行くとおっしゃっていたので、おそらくお帰りは一週間以上先かと……」
衛兵の言葉を聞き、クロティルデが歯をきつく噛みしめた。
「……そう、ならいいわ。邪魔をしたわね」
背中を向けて歩き出したクロティルデが、足を止めて衛兵に尋ねる。
「あなた、ウーゼ子爵の自宅がどこかご存じかしら」
「ウーゼ子爵ですか? 我々が知るわけがありません」
舌打ちをしたクロティルデが、まっすぐ馬車に戻っていった。馬車に乗り込んだクロティルデに、ツェールト司祭が尋ねる。
「それで、何か収穫はありましたか」
「何もないわ! ツェールト司祭、あなたの心当たりを教えなさい! 虱潰しに探すわよ!」
「む、無茶を言わないでいただきたい! 私にも聖教会の職務があります! 今日中にはブルートフルスに向かわねばなりません! 場所だけはお教えしますが、あとはご自分でお探しください!」
クロティルデが冷たい眼差しでツェールト司祭を睨みつけた。
「そう……それならそれで構わないわ。足手まといがいない方が、私も捗るというものよ」
殺伐とした空気の中、ツェールト司祭は首をすくめて顔を逸らした。クロティルデは明るい日差しに照らし出された城下町を睨みつけ、爪を噛んだ。
****
ツェールト司祭が印をつけた地図をクロティルデに手渡した。
「私が思い当たるのは、この程度です。ですが、動いて構わないのですか? レンツが追跡をしているのでは?」
地図を受け取ったクロティルデは、それに目を落としていった。どの印も現在位置から数日は離れている。それぞれを当たっていたら、レンツとは入れ違いになるだろう。
「……レンツはどういう男なの?」
「はぁ、私も傭兵組合経由で護衛を頼んだだけですので、詳しくは分かりませんな。私の護衛の任務をすっぽかした以上、組合には違約金を請求しなければ」
「そんなことはどうでもいいわ! レンツの素性を少しくらいは知らないの?!」
「旅の剣士、ということしか知りません。では、クロティルデ殿下のご武運をお祈りします」
それだけ言うと、ツェールト司祭は女性従者たちを集めて宿屋から出て行った。クロティルデは司祭を乗せた馬車を見送ると、舌打ちをして歩き出した。
――一番近い場所、ここなら二日で往復できる。宿はそのままにして、なんとか情報を集めるしかないわね。
クロティルデは青い空の下、危険な空気を身に
****
ニーナが目を覚ますと、ドレス姿のままで身動きが取れない状態にされていた。両手両足を鎖で拘束され、台の上に仰向けで寝かされている。そのそばに立つ男――ウーゼ子爵が、楽しげな笑みを浮かべながら告げる。
「目が覚めたかな? よく眠っていたね」
「――ウーゼ子爵?! ここはどこなの?!」
「さて、どこかな? 当ててごらん?」
「こんなことして、私に何をする気?!」
「さぁ、なにをするのだろうね? 当ててみるといい」
ウーゼ子爵の手が、ゆっくりとニーナの右目から眼帯を剥ぎ取っていく。緋色の瞳が露わになったニーナを見て、ウーゼ子爵が愉悦の笑みを浮かべた。
「おお、これが『
ウーゼ子爵がニーナの右目に手をかざす。赤い魔力光がニーナの目に突き刺さり、あまりの痛みでニーナが絶叫を上げた。必死で目をつぶるニーナに、ウーゼ子爵が告げる。
「目をつぶっても無駄だよ――ふむ、これでも『
暗い石造りの部屋の中で、ニーナの絶叫だけが響き続けた。
****
城下町から半日ほど離れた森の中で、レンツは茂みに身を潜めて遠くを見つめていた。その視線の先には一軒の炭焼き小屋があり、黒服の男たちが周囲をうろついている。それを確認したレンツは、音を立てずに後ろに下がっていく。
――さて、入口は見つけたが規模が分からん。あれだけの人数が入る建物でもないし、地下室か地下道か。となると、周囲に建物があるか?
レンツは音も立てずに森の中に消えていった。
****
二日が経過した夜、クロティルデが城下町の宿に戻った。エントランスに入ったクロティルデに、宿の主人が告げる。
「お客さん、ようやく帰ってきた! 宿代、払ってもらいますよ!」
「いくらかしら。連れの部屋だけを残してくれればいいのだけれど」
「一日銀貨十枚! 前払いでちゃんと払ってくださいよ?」
クロティルデは腰のポーチに手を突っ込み、革袋の中から金貨を掴み取った。五枚の金貨をカウンターに叩きつけ、宿の主人を威圧する目つきで告げる。
「十日分、前払いよ。これで文句はないでしょう?」
迫力に押された宿の主人が、驚いた顔で頷いた。
「そりゃ、うちは金さえ払ってもらえれば構いませんが……」
クロティルデは宿の主人を無視するように歩き出し、階段を上っていった。ニーナの部屋の扉に手をかけたクロティルデが、小さくため息をつく。
――ニーナ、今はどこにいるの。
目を伏せながら扉を開けたクロティルデは、ベッドに向かって歩き出した。
「お、やっと戻ってきたな?」
レンツの声に驚いてクロティルデが顔を上げると、ソファに笑顔で座るレンツが片手を挙げていた。
「――レンツ?! いつ戻ってきたの?!」
「んー、昨日の夜だよ。お前さんが出かけたと聞いて、中で待たせてもらってた」
クロティルデが
「ニーナの居場所は?」
「まぁそう焦りなさんな。お前も今日は疲れ切ってるだろ。今夜は疲れを取って、飯を食ってしっかり寝ておけ。明日になったら、俺が案内してやる」
「居場所を言いなさい!」
険しい顔で銃口を向けるクロティルデに、朗らかな笑顔でレンツが応える。
「今のお前には教えてやらん。向こうはかなりの数が残ってる。今のお前じゃ、体力が尽きて終わりだ。ニーナを確実に助けたいなら、今夜はきちんと食って寝ろ」
無言でレンツを睨みつけていたクロティルデが、ゆっくりと銃口を下ろしていった。
「……ニーナは無事?」
「命はあると思う。だがそれ以上は探れなかった。悔しいが、俺一人じゃ突破できる相手じゃない」
「そう……」
「焦る気持ちは分かる。だが今は飯だ。お前、ほとんど寝てないだろう? せめて飯ぐらいはきちんと食っておけ」
小さく頷いたクロティルデは、レンツに背中を押されるように一階の食堂へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます