第32話 悔恨の夜

 襲撃現場を離れ、クロティルデとツェールト司祭を乗せた馬車が宿に向かっていた。クロティルデは険しい顔で窓の外を睨みつけている。


 ――総勢百名前後での襲撃、予想以上の規模ね。私はどこでミスをしたの? 相手の戦力を過小評価していた? 立ち回りで落ち度があったの? ああ、ニーナは無事かしら。ウーゼ子爵の狙いは何?


 ため息をついたクロティルデが、ツェールト司祭を睨みつけた。


「知っていることは、すべて話してもらうわ。断れば退魔技師団ドヴェルグ製品の横流しをお父様に報告してあげる。でも協力すれば、黙っていてあげても構わない」


 ツェールト司祭が青い顔で慌てて答える。


「な、何の話ですか! 私にはさっぱり――」


「とぼけても無駄よ。ウーゼ子爵がつけていた夜天防殻ノット・ヴィズィオーンは、聖教会司祭でもなければ入手は困難。一介の貴族風情が持てる代物ではないわ。刺客たちの装備も同じね。あれだけの数を揃えるのは、退魔協会アドラーズ・ヴァハト支部でも難しい。あなたが横流しをしていたのでしょう?」


「……何を根拠に?」


 クロティルデが冷酷な笑みで答える。


「ウーゼ子爵が自分から言ってたのよ。『カルターシュネー伯爵経由で聖教会から手に入れた』と。あなた、彼らと随分仲が良さそうだったものね。まぁ、たとえ違っていたとしても、お父様には報告してあげる。あなたの元に異様に寄付金が集まるカラクリが、他にあれば困らないでしょうけれど……監査は入るでしょうね」


 悔しそうに歯を噛みしめたツェールト司祭が、クロティルデを睨み返した。しばらく視線で火花を散らしていたが、司祭が諦めたように視線を落とす。


「……ウーゼ子爵は、カルターシュネー伯爵の懐刀です。戦場でも特殊部隊として活躍する、腕利きの兵士たちを抱えています。私はカルターシュネー伯爵から『彼らの装備を強化したい』と相談を受け、それに応じたまで。二年前の戦争でも、彼らは活躍したそうです」


「それだけ? ウーゼ子爵の本拠地はどこ?」


「それは本当に知らないのですよ。使い魔を経由して連絡を取ることはできますが、彼がどこにいるのかまでは……」


 聖教会と退魔協会アドラーズ・ヴァハトが使う使い魔は、条件を設定した届け先に自動的に手紙を運ぶ魔法だ。その行く先を追いかけるのは、簡単ではない。クロティルデが厳しい口調でツェールト司祭に尋ねる。


「それで、ウーゼ子爵の目的は何?」


「それも、私には分かりません。なぜ襲ってきたのか、さっぱりです」


 クロティルデはツェールト司祭をしばらく睨みつけたあと、小さくため息をついた。


「まぁいいわ。今は信じてあげる。ウーゼ子爵の自宅の場所を知る人間は誰?」


「カルターシュネー伯爵ならご存じでしょうが、教えてくださるかどうか……」


「教える気にさせればいいだけよ。強硬手段を執ろうとも、必ず言わせてみせるわ――ツェールト司祭、明日も伯爵の館に行くわよ」


 膝の上で固く拳を握りしめるクロティルデは、再び厳しい目で窓の外を睨みつけた。





****


 宿に帰ったクロティルデは、ドレスを着替えるために別室に入った。それを見届けたツェールト司祭は、自分の部屋に入り鍵を閉める。


 ――あの馬鹿が、何を暴走しているのだ! もっと穏便にさらうことはできなかったのか!


 ツェールト司祭は便せんを取り出し、ペンを素早く走らせていく。『早く聖眼の少女を引き渡せ』と書かれた手紙を、魔法で呼び出した鳥の書簡に詰め込んだ。窓を開けたツェールト司祭が、その手から使い魔の鳥を羽ばたかせていく。


「頼むぞ、私の地位がかかっているのだ」


 飛び立っていく鳥を見送り、ツェールト司祭が窓を閉め、酒を取り出してコップに注いでいった。蒸留酒をあおったツェールト司祭は、法衣を脱ぐとベッドに潜り込んだ。





****


 化粧を落とし、退魔師バンヴィルカーの制服に戻ったクロティルデは、ニーナの部屋でベッドに横たわっていた。何度シミュレーションしても、あの状況でニーナをかばいきることができない。つまり、状況が完全に詰んでいたと自覚していた。


 ――魔導銃カラミテートを持ち込まなかったことが、最大の敗因ね。戦力を見誤ったわ。


 だがドレスアップした状態で、魔導銃カラミテートを持ち込むことは難しい。ポーチに入るサイズではないし、ニーナのようにレッグホルスターを持ち込んでいるわけでもない。弾倉の予備も考えれば、かなりかさばる装備だ。百人を相手に弾倉一本で戦うのは不可能、予備は五本以上ほしいところだが、そんなものをポーチで持ち込めるわけもなかった。


 ――じゃあ、ニーナの銃を私が使っていたら?


 結局は弾倉が尽きて、ニーナはさらわれていただろう――そこまで考えて、クロティルデは深いため息をついた。


「……だめね、同じことばかり考えてる」


 頭の中が悔恨で満たされ、眠ることができない。酒に逃げられる心境でもなく、クロティルデはまんじりともせず天井を見上げたまま、夜を明かした。





****


 翌朝、朝食を一人で食べ終わったクロティルデは、馬車でカルターシュネー伯爵の館へ向かった。同乗しているツェールト司祭が眉をひそめて告げる。


「ひどいクマですぞ? 眠らなかったのですか」


「放っておいて頂戴。あなたには関係がないことよ」


 黙り込んだ二人が、馬車に揺られていく。伯爵の館に馬車が辿り着くと、クロティルデは飛び出すように馬車から降りていった。入口の衛兵に豊穣の腕輪ドラウプニルを見せ、クロティルデが告げる。


退魔師バンヴィルカーよ。カルターシュネー伯爵はいらっしゃるかしら」


「――は?! 退魔師バンヴィルカーですか?! しかし、なんのご用でしょうか」


「いいから伯爵に会わせなさい!」


 衛兵が気圧されながら答える。


「カルターシュネー伯爵は、朝早くからお出かけになりました。隣の領地へ行くとおっしゃっていたので、おそらくお帰りは一週間以上先かと……」


 衛兵の言葉を聞き、クロティルデが歯をきつく噛みしめた。


「……そう、ならいいわ。邪魔をしたわね」


 背中を向けて歩き出したクロティルデが、足を止めて衛兵に尋ねる。


「あなた、ウーゼ子爵の自宅がどこかご存じかしら」


「ウーゼ子爵ですか? 我々が知るわけがありません」


 舌打ちをしたクロティルデが、まっすぐ馬車に戻っていった。馬車に乗り込んだクロティルデに、ツェールト司祭が尋ねる。


「それで、何か収穫はありましたか」


「何もないわ! ツェールト司祭、あなたの心当たりを教えなさい! 虱潰しに探すわよ!」


「む、無茶を言わないでいただきたい! 私にも聖教会の職務があります! 今日中にはブルートフルスに向かわねばなりません! 場所だけはお教えしますが、あとはご自分でお探しください!」


 クロティルデが冷たい眼差しでツェールト司祭を睨みつけた。


「そう……それならそれで構わないわ。足手まといがいない方が、私も捗るというものよ」


 殺伐とした空気の中、ツェールト司祭は首をすくめて顔を逸らした。クロティルデは明るい日差しに照らし出された城下町を睨みつけ、爪を噛んだ。





****


 ツェールト司祭が印をつけた地図をクロティルデに手渡した。


「私が思い当たるのは、この程度です。ですが、動いて構わないのですか? レンツが追跡をしているのでは?」


 地図を受け取ったクロティルデは、それに目を落としていった。どの印も現在位置から数日は離れている。それぞれを当たっていたら、レンツとは入れ違いになるだろう。


「……レンツはどういう男なの?」


「はぁ、私も傭兵組合経由で護衛を頼んだだけですので、詳しくは分かりませんな。私の護衛の任務をすっぽかした以上、組合には違約金を請求しなければ」


「そんなことはどうでもいいわ! レンツの素性を少しくらいは知らないの?!」


「旅の剣士、ということしか知りません。では、クロティルデ殿下のご武運をお祈りします」


 それだけ言うと、ツェールト司祭は女性従者たちを集めて宿屋から出て行った。クロティルデは司祭を乗せた馬車を見送ると、舌打ちをして歩き出した。


 ――一番近い場所、ここなら二日で往復できる。宿はそのままにして、なんとか情報を集めるしかないわね。


 クロティルデは青い空の下、危険な空気を身にまといながら城下町をあとにした。





****


 ニーナが目を覚ますと、ドレス姿のままで身動きが取れない状態にされていた。両手両足を鎖で拘束され、台の上に仰向けで寝かされている。そのそばに立つ男――ウーゼ子爵が、楽しげな笑みを浮かべながら告げる。


「目が覚めたかな? よく眠っていたね」


「――ウーゼ子爵?! ここはどこなの?!」


「さて、どこかな? 当ててごらん?」


「こんなことして、私に何をする気?!」


「さぁ、なにをするのだろうね? 当ててみるといい」


 ウーゼ子爵の手が、ゆっくりとニーナの右目から眼帯を剥ぎ取っていく。緋色の瞳が露わになったニーナを見て、ウーゼ子爵が愉悦の笑みを浮かべた。


「おお、これが『黄昏の聖眼ツヴィーリヒト』か。なるほど、興味深い……では、さっそく実験といこうか」


 ウーゼ子爵がニーナの右目に手をかざす。赤い魔力光がニーナの目に突き刺さり、あまりの痛みでニーナが絶叫を上げた。必死で目をつぶるニーナに、ウーゼ子爵が告げる。


「目をつぶっても無駄だよ――ふむ、これでも『悪竜ニド・ヘグ』にならないのか。では、もう少し出力をあげてみよう」


 暗い石造りの部屋の中で、ニーナの絶叫だけが響き続けた。





****


 城下町から半日ほど離れた森の中で、レンツは茂みに身を潜めて遠くを見つめていた。その視線の先には一軒の炭焼き小屋があり、黒服の男たちが周囲をうろついている。それを確認したレンツは、音を立てずに後ろに下がっていく。


 ――さて、入口は見つけたが規模が分からん。あれだけの人数が入る建物でもないし、地下室か地下道か。となると、周囲に建物があるか?


 レンツは音も立てずに森の中に消えていった。





****


 二日が経過した夜、クロティルデが城下町の宿に戻った。エントランスに入ったクロティルデに、宿の主人が告げる。


「お客さん、ようやく帰ってきた! 宿代、払ってもらいますよ!」


「いくらかしら。連れの部屋だけを残してくれればいいのだけれど」


「一日銀貨十枚! 前払いでちゃんと払ってくださいよ?」


 クロティルデは腰のポーチに手を突っ込み、革袋の中から金貨を掴み取った。五枚の金貨をカウンターに叩きつけ、宿の主人を威圧する目つきで告げる。


「十日分、前払いよ。これで文句はないでしょう?」


 迫力に押された宿の主人が、驚いた顔で頷いた。


「そりゃ、うちは金さえ払ってもらえれば構いませんが……」


 クロティルデは宿の主人を無視するように歩き出し、階段を上っていった。ニーナの部屋の扉に手をかけたクロティルデが、小さくため息をつく。


 ――ニーナ、今はどこにいるの。


 目を伏せながら扉を開けたクロティルデは、ベッドに向かって歩き出した。


「お、やっと戻ってきたな?」


 レンツの声に驚いてクロティルデが顔を上げると、ソファに笑顔で座るレンツが片手を挙げていた。


「――レンツ?! いつ戻ってきたの?!」


「んー、昨日の夜だよ。お前さんが出かけたと聞いて、中で待たせてもらってた」


 クロティルデが魔導銃カラミテートを懐から引き抜いて、銃口をレンツに向ける。


「ニーナの居場所は?」


「まぁそう焦りなさんな。お前も今日は疲れ切ってるだろ。今夜は疲れを取って、飯を食ってしっかり寝ておけ。明日になったら、俺が案内してやる」


「居場所を言いなさい!」


 険しい顔で銃口を向けるクロティルデに、朗らかな笑顔でレンツが応える。


「今のお前には教えてやらん。向こうはかなりの数が残ってる。今のお前じゃ、体力が尽きて終わりだ。ニーナを確実に助けたいなら、今夜はきちんと食って寝ろ」


 無言でレンツを睨みつけていたクロティルデが、ゆっくりと銃口を下ろしていった。


「……ニーナは無事?」


「命はあると思う。だがそれ以上は探れなかった。悔しいが、俺一人じゃ突破できる相手じゃない」


「そう……」


 魔導銃カラミテートを懐にしまったクロティルデの肩に、立ち上がったレンツが手を置いて笑顔で告げる。


「焦る気持ちは分かる。だが今は飯だ。お前、ほとんど寝てないだろう? せめて飯ぐらいはきちんと食っておけ」


 小さく頷いたクロティルデは、レンツに背中を押されるように一階の食堂へと向かった。

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