第31話 極北の宣告

 夜会が終わり、カルターシュネー伯爵に見送られながらクロティルデたちが馬車に乗り込んでいく。馬車が走り出すと、クロティルデは疲れたようにうつむいてため息をついた。


「今回は空振りね。誰も『赤い目の貴族』が誰なのか、知らないようだったし。折角用意して、聖王紋まで見せておいて、この結果はあんまりよ」


 ニーナがクロティルデの肩に手を置いて告げる。


「落ち込まないで? どうしたの? ティルデらしくないわよ?」


「そうかしら? ……そうかもしれないわね。できることなら、聖王紋は見せたくなかったのだけれど。これからこの国では動きを取りづらくなるわ。これから貴族たちが尋ねて来かねないことを考えると、憂鬱で気が滅入りそうよ」


 レンツが明るい笑顔でクロティルデに告げる。


「尋ねてきても、全員追い返せばいいじゃないか。あんた、お姫様なんだろ?」


 クロティルデがため息でそれに応える。


「全員を追い返すわけにもいかないのよ。そんなことをすれば外交問題になりかねないわ。ある程度は時間を取って、せめて顔を見せるぐらいはしなければならないの。早く国内の問題を片付けて、この国から出て行きたいところなのだけれど……」


「なあに、この司祭のおっさんがクロティルデのことを話さなければ、誰もお前には辿り着けないさ。お前が退魔師バンヴィルカーだってことは、誰にもいってないんだろう?」


「ツェールト司祭が退魔師バンヴィルカーと一緒に宿に泊まったことは、調べればすぐに分かるわ。そうなればブルートフルスの退魔協会アドラーズ・ヴァハト支部を訪ねる人間が出ても不思議ではないの。貴族たちの調査力を甘く見すぎよ」


 レンツが頷きながら腕を組んで答える。


「なるほどなぁ。伝家の宝刀を抜いちまったわけだ。しかし、となると早いところ目的の貴族を探し出さないとなぁ」


「そのためには別の社交場に行く必要があるわ。そこでも今回のように聖王紋を出さざるを得なければ、私の噂が大きくなるし。国元から離れて旅をしている私の噂が広がれば、クヴェルバウム王家にとっても都合が悪いの。今ならまだ、『この国をすぐに去った』と言って煙に巻けるのだけれど」


 クロティルデがポーチから魔力探知計を取り出してつぶやく。


「せめてこの探知計が、遠くの『悪竜ニド・ヘグ』を探知できたら……」


 急に動きを止め、目を見開いたクロティルデを見て、ニーナが小首を傾げて尋ねる。


「どうしたの? なにかあったの?」


「……針が壊れてるの」


「針?」


 ニーナが魔力探知計を覗き見ると、二本ある針のうち一本が真っ二つに折れていた。折れた針は魔力探知計の中で、カラカラと乾いた音を鳴らしている。


「ねぇティルデ、これはどういう意味なの?」


 クロティルデが唇を噛みながら、壊れた針を見つめて答える。


「……やられたわね。あの会場に『悪竜ニド・ヘグ』がいたのよ。相当強い魔力を持った『悪竜ニド・ヘグ』がすぐそばにいた。喧噪で壊れた音を聞き逃したのね」


「目が赤い人がいたの? でも、そんな人は見かけなかったわよ?」


 クロティルデがポーチに魔力探知計をしまって座席に背中を預けた。


「一人だけいるわ――ウーゼ子爵。彼の目だけは確認できてないの。なぜ半年以上も魔力暴走を起こさずにいられるのかは分からないけれど、彼が『悪竜ニド・ヘグ』でほぼ間違いないわね」


 レンツがきょとんとした顔でクロティルデに尋ねる。


「相手が分かったんだろ? なんで喜ばないんだ?」


「今は豊穣の腕輪ドラウプニルを持ってないもの。宿に帰って、支度をしてからウーゼ子爵を『救済』しに行かないと――でも、恐らく昨晩の襲撃者は、ウーゼ子爵の手勢ね。どの程度の規模なのか、それも分からない。相手の居場所も分からないし、まずは調査するところから始めないといけないわ」


 ニーナが眉をひそめて尋ねる。


「貴族でも『救済』してしまうの? 問題にはならない?」


「彼は宮廷貴族で、領地を持っていないから大きな問題にはならないわ。代わりにどこに本拠地があるのか、その情報が掴めないの。あんな手勢を自宅で飼ってるとも思えないしね――ねぇツェールト司祭、あなたは彼の家がどこにあるか、知ってるかしら」


 クロティルデに鋭い視線を投げかけられ、ツェールト司祭が慌てて答える。


「私は何も知りませんよ?! 彼とは社交場で時折話す程度です! 自宅はこの領地内だったはずですが、それ以上は……」


 馬車が城下町を駆け抜ける途中で急停車し、クロティルデは咄嗟とっさに転びそうなニーナをかばった。レンツが御者に向けて声を上げる。


「何事だ!」


「――ぞ、賊です!」


 クロティルデとレンツがとっさに目配せをし、レンツが外に飛び出した。クロティルデはニーナに告げる。


「ニーナ、ついてらっしゃい! 決して離れないで!」


 クロティルデはレンツと反対側の扉から馬車の外に飛び降りる。ニーナはたどたどしい足取りで、馬車を降りていった。慌てふためくツェールト司祭が大声を上げる。


「私はどうすれば良いのだ! レンツ! 貴様は私の護衛だろう!」


「あんたは馬車の中で大人しくしときな!」


 レンツがロングソードを抜き、クロティルデは素手のまま、外にいる連中と対峙した。昨晩と同じ、黒服に夜天防殻ノット・ヴィズィオーンをかけた兵士たちだ。手に持っているのは黒塗りのロングソードで、そこだけは昨晩と違っていた。辺りに明かりはなく、馬車に備え付けのランプだけが、わずかな範囲を照らし出している。


 クロティルデが楽しげな笑みで刺客たちに告げる。


「そちらから来てくれるなんて、とっても助かるわね。あなたたちの狙いは何かしら?」


 クロティルデの背後に辿り着いたニーナが、スカートの中から汎用魔導銃クライネ・カラミテートを抜いて構える。


「ティルデ、この銃使う?!」


「大丈夫よ、ニーナ。それはあなたが身を守るために使いなさい」


「でもティルデ、あなたは銃を持ってないのよ?!」


「大丈夫だと言ったでしょう? ――いくわよ! ≪極北の宣告ミストルティン≫!」


 クロティルデが両手を掲げると、彼女の周囲に大量の魔力の光球が生み出された。それぞれが瞬く間に光の矢となって刺客たちを刺し貫いていく。ニーナは唖然としていたが、すぐに我に返って残った刺客たちに銃口を向けた。


「私だって、負けないんだから!」


 横に寝かせた銃で、周囲の刺客たちを二連射して仕留めていく。刺客たちはクロティルデの魔法で驚き足を止めている間に、ニーナの銃撃で倒れていった。彼らも攻撃を回避しようとするが、散弾のように降り注ぐクロティルデの魔法は回避しきれず、動きを止めたところをニーナが仕留めていった。馬車の反対側で応戦していたレンツが、ぽつりとつぶやく。


「なんだか派手にやってるなぁ、あちらさんは。こっちも負けてられん!」


 楽しげに刺客たちと切り結ぶレンツは、少しずつだが相手を押し返していった。


 クロティルデ側に五十人以上はいた刺客たちは、ものの数分で半数以上が減り、残り二十人余りとなった。クロティルデは肩で息をしながら、刺客たちの隙を窺う。ニーナは援護射撃をするが、こちらは刺客たちが身軽に回避していった。


「ティルデ! 当たらないよ!」


「銃口を向けてから引き金を引くまでが遅いのよ! このレベルの相手をするときは、向けた瞬間に引き金を引いておきなさい!」


「それじゃあ、なおさら当たらないよ! 狙いを付けられないじゃない!」


「抜き打ちで仕留められるようになるのよ! 今のあなたじゃ、『相手の動きを先読みして撃て』という方が難しいでしょう?!」


「そうだけどさー!」


 クロティルデの疲労を見切った刺客たちが、頷き合って二手に分かれた。片方がクロティルデに、もう片方がニーナに向かって駆け寄っていく。ニーナは必死に銃を撃ち続けるが、刺客たちは蛇行しながら回避しつつ距離を詰めていった。クロティルデはふらつきながら、大きな声で叫ぶ。


「ニーナ! 援護するから、馬車の中へ戻りなさい! ――≪極北の宣告ミストルティン≫!」


 最初の時より半分程度の光球が生み出され、それが周囲の刺客たちへ降り注いでいく。クロティルデの前にいた刺客たちは八人が倒れ、残りがクロティルデに迫った。クロティルデも必死に相手のロングソードをかわしながら、囲まれないように動いていく。ニーナと分断されたクロティルデの前で、刺客の拳がニーナの腹にめり込んだ。


「――?!」


 悲鳴を上げることさえ出来ず膝をついたニーナの後頭部に、さらに刺客が剣の柄で殴りかかった。昏倒したニーナは刺客の一人に素早く担ぎ上げられ、暗闇に姿を消していった。クロティルデが悲壮な声を上げる。


「ニーナ! 待ちなさい! ニーナを返しなさい!」


 そんなクロティルデに斬りかかった刺客を、横から回り込んできたレンツが切り捨てる。クロティルデ側に残っていた刺客は全員がレンツに切り捨てられ、レンツがクロティルデに駆け寄った。


「大丈夫か!」


「大丈夫な、わけがないわ。ニーナが……あいつらを、追わないと」


「馬鹿! ふらふらだろう! 走れもしないくせに無茶をするな!」


 クロティルデが冷たい眼差しでレンツを睨み付ける。


「あなたの、方にいた、刺客たちは?」


 レンツは、刺客たちが逃げていった先を睨み付けながら答える。


「お前がニーナの名前を叫んだ途端、引き下がったよ。あいつら、目的はニーナだったんだな――俺は奴らを追う。クロティルデは宿に戻っていろ」


 クロティルデが苦しそうに息をしながらレンツの服を掴んだ。


「馬鹿、言わないで。あんた、なんかに、ニーナを、任せられる、わけが、ないでしょ」


 レンツがロングソードを鞘に収めながら、クロティルデに微笑んだ。


「そう言わず、任せておけ。俺の特技だが、実は追いかけっこも得意なんだ」


 するりとクロティルデの手から抜け出たレンツが、あっという間に暗闇に姿を消した。周囲から刺客がいなくなったことを確認し、クロティルデはその場に座り込んでいた。馬車の中で怯えていたツェールト司祭が、クロティルデに尋ねる。


「……もう、安全なのか?」


「――知ったことではないわ!」


 闇夜に吠えたクロティルデの声が、夜の城下町に響き渡った。

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