第29話 夜を見通す目

 魔導銃カラミテートの発砲音と衝撃で、ニーナが驚いて目を覚まし周囲を見回した。


「――え?! なに?! 何が起こったの?!」


 クロティルデはベッドの上で膝立ちになり、襲ってきた人影と対峙しながら答える。


「敵襲よ、刺客が襲ってきたわ。銃を構えておきなさい」


「そんなこと言われても、暗くて何も見えないわよ!」


 わずかな月明かりが窓際だけを照らし、部屋の中は暗闇が支配している。そんな中でもクロティルデは正確に前にいる刺客に向けて、二発の射撃を速射で叩き込んだ。撃ち抜かれた刺客は壁際に吹き飛び、壁に叩きつけられてダガーナイフを手から落としていく。だがすぐに立ち上がり、ダガーナイフを拾い直して慎重にベッドとの距離を詰め始めた。クロティルデが舌打ちをしながら告げる。


「この状態で戦闘態勢を整えるなんて、なぜ視界があるのかしら」


 ベッドから飛び降りたクロティルデが、刺客に向けて銃口を向ける。刺客たちはそれを避けるように横に動くが、クロティルデの銃口は刺客たちを追尾するように動いて次の発砲音が響いた。今度の射撃は刺客の肩を吹き飛ばし、わずかな男の悲鳴が上がった。廊下を駆けてくる音が聞こえ、ドアの向こうにランタンを手にしたレンツが姿を現す。


「――無事か!」


「なんとかね。いいところでふたをしてくれたわ――さぁ、もう逃げ場はないわよ? 何者なのか、教えてもらおうかしら」


 ランタンの明かりで照らし出された刺客たちは、全身を黒い服で覆い、目にはシールド型の遮光グラスをつけている。それを見たクロティルデが不快そうに眉をひそめた。残った刺客は二人。そのうち一人が懐に手を入れ、素早く何かを床に叩きつける。刹那、部屋が真昼のような閃光に包まれ、クロティルデたちは視界を奪われた。


 クロティルデが引き金を引き、銃声が鳴り響く――だが彼女は舌打ちをして窓に顔を向けた。窓ガラスを割る音と共に、気配が部屋から消えた。目がくらんだニーナとレンツが、混乱しながら声を上げる。


「なんなの、これ?!」


「チッ! 『聖光の礫リヒト・キーゼル』か! 奴ら、『夜天防殻ノット・ヴィズィオーン』を着けてやがるな?!」


 部屋の光が収まると、部屋の中には刺客の右腕だけが残されていた。血痕は窓に続き、窓ガラスは割れて寒風が中に吹き込んできている。クロティルデは構えていた銃を懐にしまい込み、小さく息をついた。


「プロの仕事ね。殺気を殺す技といい、装備といい、野盗の類ではないわ」


 レンツも手に下げていたロングソードを腰に納め、ランタンを掲げながら部屋に入ってくる。


「何が目的だったんだ?」


「わからないわ。でも殺気は私に向けられていた。ニーナのことは歯牙にもかけてなかったみたい」


 ニーナは慌てて立ち上がり、クロティルデの肩に手を置いた。


「ティルデ、怪我はないの?!」


「あの程度で怪我をするほど、落ちぶれた覚えはないわよ? ――それにしても、眠るにはふさわしくない場所になってしまったわね」


 ランタンで窓の外を見ていたレンツが、あきらめて振り返った。


「ダメだ。外の視界も見えない。夜天防殻ノット・ヴィズィオーンがなきゃ動けないな」


 ニーナが小首をかしげてレンツに尋ねる。


「なんですか? そのノットなんとかって」


「軍用の特殊眼鏡だよ。夜間活動を可能にする退魔技師団ドヴェルグ製品だ。なんで奴らがそんなものを……」


 クロティルデが伸びをしながら答える。


「一部の貴族たちには流通してるはずよ。夜会で見かけた覚えがあるわ。彼らにとって退魔技師団ドヴェルグ製品はステータス、夜会で力を誇示するには絶好のアイテムだもの」


 レンツが表情を曇らせて告げる。


「ってことは、犯人は貴族か。夜会を前に厄介だな」


「言っても仕方ないわ――ニーナ、あなたの部屋に移りましょう。こんな血の匂いがする部屋では眠りにくいわ」


 荷物を整理して手に持ったクロティルデに、ニーナが頷いてあとに続いた。





****


 クロティルデたちが泊まる宿屋の向かいの宿の一室、そこでウーゼ子爵が窓際で外を眺めていた。酷薄な笑みを張り付けた顔で、ぽつりとつぶやく。


「失敗したか。先に退魔師バンヴィルカーだけでもと思ったんだがな。あの夜襲をしのぐとは、なかなか腕の立つ退魔師バンヴィルカーと見てよさそうだ。となると……少し、手を考えねばならんな」


 手に持ったワイングラスを口に運びながら、ウーゼ子爵がワインをあおった。窓に背を向けたウーゼ子爵が、暗闇の中でワインボトルを手にしてワインをグラスに注いでいく。ソファに座ったウーゼ子爵が、ワインの香りを楽しみながらつぶやく。


「……それにしても、『黄昏の聖眼ツヴィーリヒト』か。早く我が手にしたいところだな」


 楽しげな笑みをこぼしながら、ウーゼ子爵はワインを少しずつ口に含んでいった。





****


 ツェールト司祭はレンツから報告を受けると、不機嫌そうに告げる。


「そうか、わかった。お前も早く寝ておけ」


「言われなくてもそうするよ」


 扉を閉めたツェールト司祭は、疲れたようにソファに歩いていき腰を下ろした。ランタンが照らし出す部屋の中で、両手で頭を抱えてため息をつく。


「あの男め、何を考えている! これだから偏執狂は扱いにくいのだ!」


 ツェールト司祭の目的はニーナだ。クロティルデではない。しかも夜会前に刺客を送り込むなど、『用心してください』と言わんばかりだ。


 頭を掻きむしったツェールト司祭は、ソファから立ち上がってベッドに向かった。ランタンの明かりを消し、手探りでベッドにもぐりこむ。憂鬱そうなため息をついたツェールト司祭は、そのまま目をつぶって眠りに落ちた。





****


 朝食の席で、冷製スープをスプーンで飲みながらニーナがクロティルデに尋ねる。


「なんとか無事に朝になったわね」


 クロティルデはパンにジャムを塗りながら答える。


「同じ夜に連続して襲撃しても、効果は薄いのよ。プロならまずやらないわね」


 スープにパンを浸して食べるクロティルデを見て、ニーナが尋ねる。


「ねぇティルデ、スープにジャムが混ざってしまわない?」


「これはこれで美味しいのよ? 冷製スープは味がマイルドだから、ジャムの甘みが引き立つの。私はイチゴのジャムが好みだけど、ベリーのジャムも悪くないわよ?」


「へぇ……試してみようっと!」


 ニーナがクロティルデの真似をして、パンにジャムを塗ってスープに浸した。パンを頬張った後、ジャムがわずかに溶けだしたスープをスプーンですくって口にする。


「……あ、ほんとだ。さっきより美味しい」


 食が進むニーナは、あっという間に朝食を完食していた。その横ではクロティルデが、ゆったりとした動作で朝食を口に運んでいく。正面に座るレンツが、パンを頬張りながら尋ねる。


「それで、今日はどうするんだ? 夜会は明日だろう?」


 クロティルデがベーコンをナイフで小さく切り分けて口に運んだ。


「足りないものを揃えたいところね。ニーナと一緒に服飾店を巡ってくるわ」


 ニーナがきょとんとした顔で小首をかしげた。


「まだ足りないものがあるの?」


「手袋とポーチくらいは揃えたいところよ。ツェールト司祭に期待はしてなかったけれど、用意がずさんにも程があるわ」


「お金、足りるの?」


「足りなければツェールト司祭に出させるわ。あなたは気にしなくていいのよ」


 レンツがスープを飲み干してから、クロティルデに告げる。


「おーおー、退魔師バンヴィルカーってのは便利だねぇ。聖教会に金を払わせられるのか」


「レンツはついてこなくて結構よ。私とニーナだけで出かけるから」


「そうも行くまい。狙われたのはお前だぞ? 街中で襲われたらどうするつもりだ?」


 クロティルデが獰猛な笑みで答える。


「昼間なら、最初から致命傷を与えるだけよ」


 レンツが肩をすくめて黙り込んだ。ニーナが何かを思い出したように両手を打ってクロティルデに尋ねる。


「そういえば、昨日の夜はティルデの銃声がおかしくなかった? 最初の数発は音が小さく聞こえたんだけど」


「ベッドの上にいたから、威力を落としたのよ。魔力を極限まで絞れば、反動をかなり殺すことができるの。代わりに貫通力がなくなってしまうけれどね。あなたも、この撃ち方は覚えておいた方がいいわよ?」


「えぇ~?! 覚えることが多すぎるよ!」


「頑張ってね? 退魔師バンヴィルカーの卵さん」


 不満げなニーナを見て、レンツとクロティルデが笑みをこぼした。凄惨な夜を過ぎた朝は、いつもと変わらぬ日常が始まっていた。





****


 夜会当日、ドレスを着込んだニーナが青い顔で部屋に立っていた。髪を女性従者に結わいてもらい、銀のサークレットとバレッタでまとめられている。首からはネックレスも下げ、両手を合わせて握りしめた手先は、緊張で細かく震えていた。


「ねぇティルデ……私、こんな高価なものを身に着けるの、怖いんだけど」


 クロティルデも同じようにおそろいのサークレットとバレッタで髪をまとめ、微笑んでいる。


「あら、何を言ってるの? 安物の宝飾品とも言えない飾り物よ。ツェールト司祭の手持ちじゃ、これが限界だから仕方ないわね」


「司祭様、ものすごい怒ってなかった? 無理を言い過ぎじゃないの?」


「構うことはないわ。協会と協力体制にあるのだから、これくらいは当然よ」


 クロティルデが右手を差し出してニーナに告げる。


「さぁニーナ、そろそろ出かけるわよ」


「うん……でもこの靴、とっても歩きづらいんだけど、転ばないかなぁ?」


「私が支えてあげるから大丈夫よ」


 ニーナの手を取ったクロティルデが、ゆっくりと歩いていく。二人は部屋を出ると、床を踏みしめるように階段を下りていった。





****


 クロティルデたちを乗せた馬車は、領主の館前で止まった。馬車から降りたクロティルデが、ニーナの手を取って降ろしてやる。前にいるツェールト司祭がクロティルデにぶっきらぼうに告げる。


「私が協力できるのはここまでです。あとはご自分の力で切り抜けてください」


 クロティルデはニコリと微笑んで答える。


「ええ、ご協力感謝しますわ。では行きましょう」


 馬車の中で待機するレンツが、クロティルデたちに声をかける。


「俺は中に入れないから、ここで応援だけしてるぞー」


「お気持ちだけは受け取っておきますわ」


 夜会はすでに開場時間もだいぶ過ぎ、辺りには人がまばらだ。大きな大理石の階段をゆっくりと上りながら、クロティルデたちは入り口に辿り着く。ツェールト司祭が招待状を衛兵に見せて告げる。


「聖教会のツェールトだ。後ろはカルターシュネー伯爵の許可を頂いて連れてきた子供たち。通らせてもらうよ」


 衛兵が招待状に目を走らせ、頷いて道を開けた。扉をくぐるツェールト司祭に続き、クロティルデとニーナが扉をくぐる。ニーナは緊張で青ざめた様子で、口を閉ざしていた。衛兵たちからは、あからさまに侮蔑の視線が二人に向けられている。不安げなニーナに、クロティルデが告げる。


「大丈夫よ。私がついてるわ」


 ニーナは黙って小さく頷いた。エントランスに入ると、男性従者がクロティルデたちに近づいてきて告げる。


「これはこれは、ツェールト司祭ではありませんか。ようこそおいでくださいました――ですが、後ろの子供たちにはお帰り願います。そのような服装では、我が伯爵家の夜会に参加させられません」


 ツェールト司祭が頷いて、先に会場の中に向かっていった。置いて行かれたニーナが、慌ててクロティルデに振り返る。クロティルデは穏やかな笑みで、男性従者を見つめていた。

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