第26話 満ち足りた顔

 射撃訓練場に辿り着いたクロティルデが、カウンターの前に立って魔導銃カラミテートから弾倉を引き抜いた。弾倉の中の弾丸数を目で数え、再び銃に弾倉を装填する。それを見ていたニーナが、小首をかしげて尋ねる。


「ねぇティルデ、何をしていたの?」


「残弾数を数えていたのよ。覚えてはいるけれど、余裕があるときは射撃前に確認する癖をつけておきなさい。銃身に一発、残りが弾倉よ。いつも使ってる弾倉は二十発入ってるわ。空打ちしてから弾倉を交換していると、命がいくつあっても足りないわよ?」


「はーい。空打ちって、弾が出ない状態のことね?」


「あなた、何度もやってたものね。必要なら残弾があっても弾倉を交換しなさい。大勢に囲まれてる時は、弾倉交換の隙でも命取りになるわ。交換できるときに交換を済ませてしまうの」


 ニーナが自分の汎用魔導銃クライネ・カラミテートの弾倉を抜き差ししながら尋ねる。


「そんなに大勢に囲まれても、射撃が間に合わないわよ? そういう時はどうするの?」


 クロティルデがニコリと微笑んだ。


「それを今から見せてあげるわ。まずは基本形から――」


 銃を右手に構えたクロティルデが、的に向かって引き金を引いた。乾いた破裂音が鳴り響き、的の腹部と頭部が同時に破壊されていた。呆気に取られるニーナの前で、クロティルデはそれを繰り返していく。


「これが上級者向けの連射テクニックよ。魔導銃カラミテートの引き金は、作動点方式になってるの。だから浅く引き金を引いて素早くもう一度引き金を引けば、今みたいな芸当ができるわ」


 銃身が反動で跳ね上がった瞬間の二連射。銃身コントロールと繊細なトリガーコントロールを要求される技巧だ。的を交換したクロティルデが、カウンターの向こう側で告げる。


「今度は応用技よ? よく見ておきなさい」


「ティルデ? そんな端っこで何をするの?」


 訓練場の端に立ったクロティルデが、深呼吸をして的を見据えた。突如として反対側に走り出したクロティルデの銃が横に構えられ、再び破裂音が連続して鳴り響いていく。一回の射撃で三つの的の胴体を破壊していくクロティルデは、あっという間に訓練場にある全ての的を撃ち抜いていった。呆然とするニーナは、言葉もなくクロティルデを見つめていた。


「――どうかしら? これが大勢に囲まれたときの対処法よ? 反動の逃がし方にコツが必要だけれど、覚えておいて損はないわ。でもこれ、とっても疲れるのよね。あまり大勢に囲まれたときは、欲張らずに逃げることを考えなさ……ニーナ? 聞いてるのかしら?」


「――あっ! ごめんティルデ! なんだか速過ぎて、全然わからなかった」


 的を交換し終えたクロティルデが、苦笑をしながらカウンターの手前に戻っていく。戻りながら弾倉を交換し、空の弾倉をカウンターに置いた。


「最初は基本形の習得ね。縦に撃ち分けられるだけでも、生存率が上がるわ。あなたは基本スキルはもう問題ないから、この技を覚えなさい」


 頷いたニーナが、的を狙い引き金を引いた。破裂音が二回鳴り響き、的と射撃訓練場の天井が破壊されていた。穴が空いた天井を見上げながら、クロティルデが笑みをこぼす。


「あなた、やっぱり魔力が強いわね。もう少し威力を押さえないと、ここが崩れてしまうわよ?」


「そんなこといっても、両方同時には難しいよ!」


「泣き言を言っても駄目よ。魔力を絞りながら、銃身のコントロールと引き金のコントロール。全部できて一人前よ?」


 涙目だったニーナが、その言葉で意を決したように銃を構え直した。


「なる! 私は一人前になって、ティルデを守るんだから!」


 ニーナが射撃を繰り返すたびに、天井の穴が徐々に的に近づいていく。五回目の射撃で、とうとうニーナの弾が的の腹部と頭部の端に当たった。


「――当たった! 当たったわよ、ティルデ!」


 銃を両手で持って飛び跳ねて喜ぶニーナを、クロティルデが微笑みながら見つめていた。


「その調子ね。やっぱりあなた、才能があるわ」


「うん! 頑張る!」


 それから二人は、夕食の時間まで射撃訓練を続けた。





****


 食堂で夕食のシチューを食べながら、ニーナがつぶやく。


「あーあ、弾倉十本全部使っちゃったわね。もっと撃ちたかったなぁ」


 クロティルデはちぎった黒パンにバターを塗りながら答える。


「あの撃ち方は消費が激しいから、仕方ないわね。今日はこれ以上撃つと、実戦の予備がなくなるわ。あとは本番で練習しなさい」


「ねぇティルデ、あんな激しい反動をいつもどうやって抑え込んでるの? 私、両腕が痛くて泣きそうよ」


 クロティルデがクスリと笑みを漏らした。


「抑え込んではだめよ。勢いを逃がすの。最初に言ったでしょう?」


「でも、連射したら逃がしようがないわよ?」


「慣れればできるものよ。私の体でできるのだから、ニーナの体ならもっと楽に逃がせるはずなんだけど」


 ニーナがため息をついて黒パンに食いついた。


「そういうものかしら……やっぱり背が小さいと有利なの?」


「普通、逆だと思うわよ?」


「じゃあ小さい体であの技ができるティルデって、何者なの?」


 クロティルデが楽しげに微笑んで答える。


退魔師バンヴィルカークロティルデ、よ」


 がっくりと肩を落としたニーナがぽつりとつぶやく。


退魔師バンヴィルカーの道って、長くて険しいのね……」


 明るい笑い声をあげるクロティルデたちは、楽しそうに会話を続けながら夕食を平らげていった。





****


 夕食後、職員の姿が支部から消え去り、クロティルデたちは公衆浴場へ向かった。服を脱いだニーナが、自分の服の匂いを嗅ぐ。


「うわぁ、すっごい焦げ臭い。なんでかな?」


「一週間ぶりの入浴ですもの。その間にどれだけの銃弾を撃ったと思ってるの? 宿場町の宿屋にも、お風呂がついてるとよかったんだけどね」


 服を脱ぎ終わったクロティルデが服を畳み、魔導洗濯機の中へ置いた。


「ニーナも早く服を入れてしまいなさい」


 ぼんやりと考え事をしていたニーナが、慌てて答える。


「あ、うん! 私が魔導洗濯機の操作をしておくから、ティルデは先に中に入ってて!」


「どうしたの? 魔導洗濯機を触りたくなったの?」


「えーと、そう! そうなの! 今のうちに、操作を覚えておきたくて!」


 クロティルデが納得したように魔導洗濯機から離れ、ニーナの背後を通り過ぎた。


「マニュアルが書いてあるから、その通りに操作すれば大丈夫よ。じゃあお先に」


 浴室に入ったクロティルデが、扉を閉めた。脱衣所に一人残ったニーナが、浴室に視線を向けながら魔導洗濯機へと近づいていく。自分の服を魔導洗濯機の中に置き、中に入っていたクロティルデの畳まれた制服を取り出して顔を近づけていく。


「うわ、私のよりすごい魔力痕……撃ってる回数が違うってことかなぁ。一人前の退魔師バンヴィルカーの匂いかぁ」


 ふと出来心で、ニーナが制服に顔をうずめた。


 ――うわ、でも私の服の魔力痕と匂いが違う! これがティルデの魔力痕の匂いなんだなぁ。


 浴室の扉が開き、クロティルデが顔を出した。


「ニーナ? 何をしてるの? 風邪をひくわよ?」


「――なんでもない! すぐ行きます!」


 ニーナは慌ててクロティルデの制服を魔導洗濯機の中に入れ、扉を閉めてスイッチを操作していく。動き出した魔導洗濯機を見て、ニーナの眉尻が下がった。


 ――あーあ、もう少し嗅ぎ比べをしてみたかったな。


「ニーナ? 早く入りましょう?」


「……はーい」


 ニーナは肩を落とし気味に、ゆっくりとした足取りで浴室に向かった。





****


 浴室内で髪を洗うクロティルデを見て、ニーナは顔を青ざめさせた。その視線の先にはクロティルデの右肩、そこにある銃創があった。ほとんど癒されているが、右肩を撃ち抜いた跡はうっすらと赤く浮き上がっている。


 髪を洗っているクロティルデが、ニーナに振り向いて尋ねる。


「どうしたの? 体を洗わないの?」


 泣きそうな顔でニーナが答える。


「だって……ティルデの体に傷があるんだもん……」


 ニーナの指が、そっとクロティルデの右肩に触れ、銃創を優しく撫でた。クロティルデは洗髪していた手を止め、ニーナに振り向く。


「あなたが付けた傷じゃない。今さら何を気にしてるの?」


「だって……だって……」


 ニーナの震える指先を、クロティルデが両手で包み込んだ。そのままニーナの手を導くように自分の心臓の上に押さえつけて微笑む。


「次に狙うなら、ここにしなさいね? あなたの腕なら当てられるはずよ」


 さらに青ざめたニーナが、クロティルデの顔を見つめた。微笑むクロティルデの目に、冗談の色は見られない。ニーナの手には彼女の鼓動が確かに伝わってきていた。


「……ティルデ」


「何かしら?」


「……やっぱりあなた、胸が小さいのね」


 額に青筋を立てたクロティルデが声を張り上げる。


「ちょっとあなた! 自分が恵まれてるからって、それはあんまりじゃない?!」


「だって、思ってたよりずっと小さいんだもん……」


 クロティルデはニーナの手を払いのけ、ふくれ面で頭を洗い始めた。唇を尖らすクロティルデを見て、ニーナがクスリと笑みをこぼす。タオルに石鹸をつけ、楽しそうにクロティルデの背中を洗いだした。


「私がティルデの心臓を撃ち抜いたら、誰が私を守ってくれるの?」


「私を殺せるようになったら、立派に一人前よ。その時は退魔師バンヴィルカーとして生きていきなさい」


「いやよ! 私の隣には、ティルデがいてくれなきゃ」


 クロティルデは黙ったまま、頭を洗い続けた。タオルを石鹸で泡立て、だんまりと体を洗っていく。クロティルデの背中を洗い終わったニーナも、自分の髪を洗いだした。お湯を浴びたクロティルデが、今度はニーナの背中を洗っていく。


「……ほんと、肉付きのいい背中ね」


「人を太ってるみたいに言わないで!」


「あら、『柔らかそう』と言ってるだけよ? 違って聞こえたなら、それはきっと自覚があるからじゃないかしら」


「自覚なんて、あーりーまーせーんー!」


 楽しげな笑い声を上げながら、クロティルデは先に湯船に向かっていった。





****


 湯船に入ったニーナが、クロティルデの隣に並んだ。二人で寄り添うように体を寄せ合い、体を温めていく。


「……ねぇニーナ、ひとつだけお願いをしてもいいかしら」


 きょとんとした顔で小首をかしげたニーナが、クロティルデを見つめた。


「なーに? なんでも言って?」


 うつむき気味に頬を赤らめるクロティルデが、視線をそらして告げる。


「その……『抱き枕』、しても構わなくて?」


 一瞬、口を開けて驚いていたニーナが、両腕を広げて微笑んだ。クロティルデはいそいそと回り込み、ニーナの正面から抱き着いて胸に顔をうずめる。ニーナも彼女の頭を大事に抱え込み、優しく撫でていった。クロティルデの目に涙がたまっていき、嗚咽が漏れ始める。


「……お母様、ごめんなさい」


 クロティルデの嗚咽が響き渡る浴場の中で、ニーナは黙ってクロティルデを抱きしめ続けた。





****


 浴室から出たクロティルデが、髪を拭きながら告げる。


「……今日のことは忘れなさい」


 ニーナは微笑みながら答える。


「今日のって? なんのこと?」


 二人は髪を黙って拭きながら、お互いに視線を交換し合い、はにかみ合った。先に着替えに身を包んだニーナが、魔導洗濯機に向かい扉を開いた。中からクロティルデの制服を取り出し、思わず匂いを嗅ぐ。


「あ、すごい。あれだけの匂いが消えてる」


 後ろで着替えているクロティルデが、楽しそうに尋ねる。


「あら、なにをしてるのかしら。もしかして、私の下着の匂いでも嗅いでるの?」


「――何を言ってるの?! いくらなんでも、それは嗅ぐわけないじゃない!」


 振り返らずに大声を上げたニーナを見て、クロティルデがきょとんとした。


「ニーナ? 『それは』って、どういうことかしら?」


 慌てて魔導洗濯機の中からクロティルデの下着を取り出し、制服と合わせて振り向きざまに前に突き出した。


「――はい! ティルデの服よ! ちゃんと綺麗になってるわ!」


 真顔のクロティルデが、ニーナが持つ制服と下着を見つめて尋ねる。


「今あなた、淑女の服で何かしてなかった?」


「気のせいよ! はい!」


 ニーナは洗濯後の服をクロティルデに押し付けると、自分の服も魔導洗濯機から回収して扉を閉めた。


 ――ばれてないよね?!


 数秒の痛々しい沈黙が続く中、どちらともなく言葉が漏れる。


「……忘れましょう?」


「そうね、何もなかったわ!」


 二人は洗濯済みの服を手に、ぎこちない沈黙を保ったまま部屋に向かった。





****


 部屋に戻ったニーナが、いつものようにベッドに横たわった。クロティルデはそんなニーナを見て、背中を向けた。ニーナが小首をかしげてクロティルデに尋ねる。


「どうしたの? 抱き枕、しないの?」


「……今日はいいわ。私、ソファで寝ることにするから」


 ニーナがにんまりと微笑んで答える。


「あーあ、それじゃあ今夜は眠れそうにないなー。『いつもの重さ』がないと、寝付けなくなっちゃった。どこかに甘えん坊の淑女がいてくれたらなー」


 しばらくうつむいたクロティルデが、ニーナに背中を向けたまま答える。


「……少し、待ってもらえるかしら。部屋の明かりを消させて」


「ええ、いいわよ? この胸は、あなただけの場所だもの!」


 ニーナから顔を背けながらクロティルデが部屋の明かりを消していく。暗い部屋に、月明かりだけが残った。わずかな明かりの中でクロティルデがベッドに入り、ニーナの胸に顔をうずめ、抱き着いていく。


「……今夜のことも、忘れなさい」


 ニーナは会心の笑みを浮かべながら、クロティルデの頭を抱きしめた。


「いいえティルデ、一生忘れないわ。この胸があなたの居場所よ。それはずっと変わらないの」


 クロティルデの髪から漂う洗髪洗剤の匂いを、ニーナは胸いっぱいに吸い込んだ。クロティルデはすぐに穏やかな寝息を立て始め、ニーナは満ち足りた気分でその寝顔を見守っていた。

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