第25話 秘匿案件

 クロティルデたちは、遠くに見えるブルートフルスの門を見やっていた。城門には相変わらず旅人や商人たちの長蛇の列ができている。ニーナがため息をついて告げる。


「相変わらず、長い列だね」


「そうね、でも私たちには関係のないことよ」


 クロティルデがニーナの手を引いて歩き出す。検問待ちをする行列のわきを通りながら、背後にいるレンツが告げる。


「なんでまた、検問なんかしてるんだ?」


 クロティルデが振り返らずに答える。


「『悪竜ニド・ヘグ』対策よ。『赤い目をした人』の噂が、まだ収まらないのでしょう。エーヴェンヴァルトだけじゃなかったのかしら」


 ニーナが小首をかしげながらクロティルデに尋ねる。


「対策って、『嵐の魔眼ストルム』を持った人が見つかったらどうするの?」


「協会が身柄を確保して、近くにいる退魔師バンヴィルカーに使い魔を飛ばすわ。退魔師バンヴィルカーが到着次第、『救済』して終わりよ。迂闊うかつに町の中でうろつかれても、暴走が始まったら被害が大きくなる一方だもの」


 検問している城門まで辿り着いたクロティルデが、衛兵に右腕の金の腕輪を見せて告げる。


退魔師バンヴィルカークロティルデよ。通してもらうわ――それと、後ろの男は無関係だから」


 衛兵が敬礼をしてクロティルデたちを通し、その後ろをついて行こうとしたレンツに対しては、槍を突き付けて制止した。レンツが衛兵たちを見回して尋ねる。


「あー、俺もクロティルデの仲間なんだけど?」


「彼女はそうは言っていない。大人しく列に並べ」


 レンツが背後に並ぶ列を振り返ってつぶやく。


「……何時間かかるかな、これ」


「知らん! いいからさっさと並べ!」


 レンツが衛兵たちのしかめ面を見つめ、ため息をついた。懐に手を入れ、大きな金貨を取り出して衛兵たちに握らせる。


「ここはどうか、見逃してくれないかなぁ?」


「――これは?!」


 衛兵たちの顔色が変わった。





****


 町に入ったクロティルデたちは、入り口にある広場を見回して一息ついていた。ニーナが焦点の一つを指さして告げる。


「ねぇ見てティルデ! お花屋さんもあるみたい!」


「やっぱりこの町は豊かよね。ほら、あっちには服屋もあるわよ? あなたの新しい服でも探してみたら? その服もだいぶ傷んできたでしょう?」


 ニーナが自分の服を見下ろしながら答える。


「ん~まだ大丈夫だと思うんだけど、替えた方がいいかなぁ?」


 背後のレンツが朗らかに答える。


「必要なら補強すればいいさ。まだまだ現役で行けると思うぞ?」


 驚いたクロティルデとニーナが、慌てて振り返った。


「――レンツ?! どうして中にいるの?!」


 ニコリと微笑んだレンツが、親指と人差し指で丸を作った。


「ちょっと袖の下を渡したら、通してくれたぞ?」


 クロティルデは額を押さえ、ため息をついた。


「おかしいわね、この町の規模で賄賂が通るだなんて。そこまで統制が緩んでるのかしら」


「そんなことより、早く支部に戻ろう。まだ疲れが癒えてないんだろう? 少しリフレッシュした方がいいぞ?」


 ニーナがジト目でレンツを睨み付けた。


「その時間を『誰かさん』に奪われた直後ですけど?」


「そうなのか? それはけしからん奴だな。俺が懲らしめてやろうか?」


 クロティルデがニーナの手を左手で取り、さっさと歩きだした。


「そんな馬鹿に付き合ってると時間を無駄にするわ。支部に帰るわよ」


「う、うん……」


 不機嫌そうに歩くクロティルデとニーナの後ろを、ニコニコと微笑むレンツがついて行く。協会支部に辿り着いたクロティルデが、扉を守る衛兵たちに告げる。


「後ろの男を、絶対に中に入れないで頂戴」


「はっ、わかりました!」


 衛兵たちの返事を聞き、小さく頷いたクロティルデはニーナと共に扉をくぐった。残されたレンツがクロティルデたちの背中に声をかける。


「またあとでなー!」


 クロティルデは返事もせず、支部の扉を閉めた。





****


 支部のエントランスで、クロティルデがため息をついた。


「なんなのかしら、あの人は。もう用事は終わったはずよね?」


 ニーナが戸惑いながら頷いた。


「この町まで護衛するって話だったし、なんで支部までついてきたんだろう?」


 困惑する二人に、カウンターにいる協会職員が告げる。


「――あ、クロティルデさん。支部長が探してましたよ。帰ったらすぐに会いに来るようにと」


 クロティルデが眉をひそめて答える。


「エスケン支部長が? なにかしら」


「そこまでは伺っておりません」


「そう……わかったわ。ありがとう」


 歩き出したクロティルデのあとをニーナが追いかけていく。


「何の用事だろうね」


「多分、聖教会からの連絡があったんじゃないかしら。ドレス調達のめどが立ったんじゃない?」


 ニーナが不安げな表情で答える。


「ドレスって……領主様の夜会の話? 本当に私も参加するの?」


 クロティルデがニコリと微笑んで答える。


「もちろんよ? あなた一人を置いてはいけないもの」


「でも、私に貴族の世界は無理があるわよ?」


「なんとでもなるのよ、あんなもの。私から離れなければ、問題はないわ」


「そうかなぁ……」


 二人は支部の廊下を、足早に歩いていった。





****


 支部長室の扉をノックしてクロティルデが告げる。


「エスケン支部長、クロティルデよ。入るわね」


 返事も待たずにクロティルデが扉を開け、ニーナを連れて中に入る。執務机ではエスケン支部長が机に足を投げ出して座っていた。


「お、帰ってきたか。あんたに知らせがあるんだ」


 机から足を下ろすエスケンに、クロティルデが答える。


「奇遇ね? 私もあなたに報告があるわ。エーヴェンヴァルトの町で『悪竜ニド・ヘグ』を一体『救済』してきたの。町長の奥さんがそうだったわ。噂の出どころの一つじゃないかしら」


 エスケンが右眉を持ち上げてクロティルデを見つめた。


「町長夫人が? 退魔調査員フェアフォルガーはいたか?」


「いなかったわね。彼女、帽子とベールで顔を隠していたし、普段は外出しなかったんじゃないかしら。町長が隠すつもりなら、退魔調査員フェアフォルガーでも探し出すのは難しかったでしょうね」


 エスケンが深いため息をついた。


「そうか、そんな近場にいたのか。盲点だったな。あとは噂が途絶えれば、市井しせいの『悪竜ニド・ヘグ』はこれで片付いたことになるな。あとは貴族の『悪竜ニド・ヘグ』だが、こっちはあんたらが頼りだ。聖教会から明日、ドレスが完成すると言われている。すぐに試着に来てほしいそうだ。もう残り時間も少ないしな」


 クロティルデも深いため息をついた。


「そうね、あと一週間もすれば夜会だものね。移動時間も考えれば、猶予はほとんどないわ。忙しくていやね」


「まぁそう言うな。社交界に行こうなんて物好き、他にはいないしな。聖教会の司祭も、社交界の噂は流してくれん。『自力で頑張れ』とさ。まったく、本当に協力関係にあるのか疑わしいぜ」


 クロティルデがエスケンを見つめて尋ねる。


「用件はそれだけ?」


「――ああ、もう一つある。ザンダー会長が連絡してほしいそうだ。『調査が終わった』と言っていた」


 クロティルデが目を細めて尋ねる。


「それはいつ頃?」


「一昨日の話だ。何の調査を頼んだんだ?」


「……なんでも構わないじゃない。じゃ、私たちは通信室に行くわね」


 エスケンに背を向けて部屋を去るクロティルデとニーナを、エスケンは黙って見送った。そのまま再び机の上に足を放り出し、椅子にもたれかかって天井を見上げる。


「ザンダー会長に調べ物をさせる退魔師バンヴィルカー、ね。何者なんだ、あの嬢ちゃん」





****


 通信室に入ったクロティルデたちが、鉄の扉をゆっくりと締めていく。ニーナが不安そうに尋ねる。


「右肩は大丈夫なの? 無理して重たい物を押したりしなくていいのよ?」


「もうだいたい痛みは取れてるわ。少し引きつるけど、心配するほどでもないのよ? それより、通信中は黙っていてね――≪霊脈接続オプフェン・カナル≫! クヴェルバウム王国、退魔協会アドラーズ・ヴァハト本部! ザンダー会長はいるかしら!」


 右腕を掲げてクロティルデが叫ぶと、腕輪からすぐに声が返ってくる。


『――クロティルデ殿下! お待ちしておりました。今すぐお呼びいたします』


 ばたばたと音がして静まり返った後、数分してから腕輪から老人の声が返ってくる。


『殿下、依頼されていた調査が終わりました。ご報告してよろしいですかな?』


「ええ、お願い」


『“片目の魔眼”に関しては、協会に資料がありませんでした。陛下に直接事情を伺ったところ、“秘匿案件だから話せない”と申されまして。申し訳ありませんが、お力にはなれませんでした』


 クロティルデが目を細めて腕輪を見つめた。


 ――お父様が、『片目の魔眼』を隠したの?


「ねぇザンダー会長、『黄昏の聖眼ツヴィーリヒト』という言葉に心当たりはあるかしら」


『はて? それも聞き覚えがありませんな。資料でも、そのような文言は見当たった記憶がありません。それはどんなものなのですか?』


「……いえ、それなら結構よ。ありがとう――≪霊脈切断シュリーセン・カナル≫!」


 静まり返った通信室で、クロティルデがゆっくりと掲げていた右腕を下ろした。ニーナが戸惑いながらクロティルデに尋ねる。


「ねぇティルデ、あなたのお父さんは確か、『十年前に報告例があった』って言ってたよね?」


「おっしゃってたわね。でもそれは私だから言えたのでしょう。協会に教えられる情報ではないということよ。ニーナも、このことは秘密にしておきなさい」


「う……うん」


 おずおずと頷くニーナの手を取り、クロティルデが告げる。


「時間がないわ。すぐに倉庫に行って弾の補充をするわよ!」


「――待ってティルデ! 予備の弾倉なら部屋に残ってるんじゃないの?!」


「それはそれ、これはこれよ!」


「でたらめよ、ティルデ!」


 困惑するニーナを引きずりながら、クロティルデは通信室から駆け出していった。





****


 倉庫番の協会職員が、カウンターで備品を磨いていた。そこにクロティルデたちが駆け込み、勢いよく告げる。


魔導銃カラミテートの弾倉、補充は済んでるかしら?!」


 驚いた職員が、目を見開いてクロティルデを見つめた。


「クロティルデさん?! そりゃ、補充は済んでますけど! まだ予備がたくさんありますよね!」


「それとは別に、射撃訓練用の弾倉がほしいのよ。十本でいいわ。いけるかしら」


 渋い顔の職員が小さく頷いた。


「それくらいなら、まぁ。それより、魔導弾は全部使ったんですか? 余ったなら返却してくださいね」


「けち臭いわね! ――はい、一本余ったわ。代わりに四十番はあるかしら」


 クロティルデがカウンターに魔導弾の弾倉を置きながら告げると、職員がため息で答える。


「そんなレアな弾倉、うちの支部には入荷しませんよ。三十二番なら入りましたけど、使いますか?」


 クロティルデが頬に手を置いて考え始めた。


「雷撃魔法か……あれって命中率が低くて、使いどころが難しいのよね」


「不人気弾倉ですからね。たまたまうちに流れてきました。一本だけですが、使うならどうぞ」


「う~ん、今回はやめておくわ。じゃあ十八番はある?」


「あーりーまーせーん! そんな人気弾倉、簡単には流れてきませんよ!」


 クロティルデがため息をついて答える。


「そう、なら通常弾だけでいいわ。お願い」


「はいはい――っと。これでいいですか」


 職員がカウンターの下から木箱を取り出し、カウンターの上に置いた。ふたを開け、中の弾倉をカウンターに並べていく。クロティルデは頷きながら、それを懐のホルスターにしまっていった。


「補充できたわね! さぁニーナ、射撃訓練場へ行くわよ!」


「ちょ、ちょっと待ってティルデ! 何の話をしてたのか、さっぱりよ!」


「いいからいいから! 魔導弾のことは、使うことになったら教えてあげるわ!」


 楽しげに笑うクロティルデは、ニーナの手を引っ張りながら倉庫から駆け出していった。その背中を見送った職員がぽつりと告げる。


「……あの子、なんだか雰囲気が変わったかな?」


 小首をかしげた職員は、再び備品を磨き始めた。

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