第24話 平穏な食事
クロティルデが目を覚ますと、部屋の中はすっかり暗くなっていた。自分の頭を抱きしめて眠るニーナは、起きる様子がない。
「やっぱり、少し無理をさせ過ぎたかしら」
ニーナの頬を優しく撫でたクロティルデが、起き上がってベッドから降りた。≪
「……果物か。レンツが来たのね。ニーナの目を探りに来たのかしら」
クロティルデの視線が、まだ眠るニーナの顔に向けられた。お人好しのニーナなら、不要なことも漏らしてしまったかもしれない。小さく息をついて、懐から懐中時計を取り出して時刻を見る。午後七時を回ったところだ。耳をすませば宿の一階から、にぎやかな声がうっすらと聞こえてくる。空腹を感じたクロティルデは悩んだ末、紙袋からリンゴを取り出すとナイフで皮をむいていった。切り刻んだリンゴを手近な小皿に置いていき、ナイフをしまってリンゴを口にする。
「ん……ちょっと状態がよくないわね。この季節じゃしょうがないか」
小皿を空にしたクロティルデは、右肩を軽く動かして痛みで顔をしかめた。
「――っ! まだ痛みが残ってるかしら。お肉を食べないとダメね、これは」
小さく息をついたクロティルデが、ベッドに近づいてニーナの肩をゆすった。
「そろそろ起きなさい。食事に行くわよ」
「ん……ティルデ、おはよう」
「おはようじゃないわよ、まだ夜よ?」
起き上がったニーナが
「あれ? 私も眠ってた?」
「よく眠ってたわよ? 酔っ払いが鬱陶しいけれど、一階の食堂に行きましょう」
頷いたニーナが立ち上がり、クロティルデの左手を握った。戸惑うクロティルデがニーナに尋ねる。
「どうしたの? あなたから手を握ってくるだなんて。もう身の危険はないわよ?」
「どうしてかな? なんとなく、握りたくなったの」
歩き出すニーナが、クロティルデを引っ張るように歩き出した。クロティルデは机の上から
「ティルデ? 危険はないんでしょう? どうして銃を持つの?」
「銃を放置しておく方が危ないからよ。あなたも身に着けておきなさい」
「はーい」
ホルスターを身に着け、
「今度から、私もちゃんと人を撃てるようになっておくわね」
目を
「本当にどうしたの? なんだかあなたらしくないわ」
「なんでもないの――あ、隣の部屋にレンツさんが泊まってるわよ? 食事に行くなら、連れていった方が酔っ払いを追い払ってくれるんじゃない?」
隣の部屋に目を向けたクロティルデが、小さく首を横に振った。
「あれはいらないわ。変な詮索をされても面倒よ」
「そう? じゃあ早く行こう!」
再びクロティルデの左手を握ったニーナが、扉の鍵を外して扉を開けた――その先に、レンツが廊下の壁に背を預けて立っていた。
「――よ! ようやく目が覚めたか。飯に行くんだろ?」
朗らかに片手を上げるレンツを見て、クロティルデが不機嫌そうに眉をひそめる。
「なぜあなたがそこにいるのかしら」
「そろそろ薬が切れる頃だと思ってな。俺の勘はよく当たるんだ」
「どうだか――ニーナ、二人だけで行きましょう」
レンツを振り切るように歩き出すクロティルデを、ニーナとレンツが追いかけるように歩いていく。戸惑うニーナがレンツに告げる。
「レンツさん、ついてこないでくれますか?」
「別に構わんだろ。この時間に若い女子だけだと、間違いなく酔っ払いに絡まれるぞ。今は揉め事を避けておいた方がいい。昨晩の襲撃は事情を話してあるが、下手に目を付けられると厄介だ」
クロティルデはレンツに構わず階段を下りていく。レンツも無視されても構わずついて行き、同じテーブルに着いた。ため息をついたクロティルデが、レンツを睨み付けながら告げる。
「女子のテーブルに割り込む以上は、分かってるわよね?」
「はいはい、ここの食事はおごりますよ――マスター、注文だ!」
レンツが宿屋の主人を呼びつけ、夕食を三人前注文していく。前金で代金を支払ったレンツを見て、ニーナがぽつりと告げる。
「レンツさん、結構お金持ちですよね」
「そうか? 仕事を絶やしてないし、ぜいたくはしてないからな。金に困ることはめったにない」
「じゃあ、今は仕事をしてるんですか?」
「朝、衛兵たちに事情を話して野盗退治の報奨金をもらってある。あんたらの分もあるから、あとで渡すよ」
それっきり、テーブルに肘をついて黙り込んだレンツが、まじまじとニーナを見つめていた。クロティルデが不機嫌そうに告げる。
「あまり女子をじろじろと眺めるものじゃなくてよ?」
「まぁそういうなよ。珍しい『目』に会ったんだ。少しくらい観察させてくれ」
「お断りね。観察がしたいなら別のテーブルに行って頂戴」
レンツが肩をすくめて店内に目を走らせた。宿の宿泊客が、酒を片手に料理を楽しんで賑やかに話し込んでいる。
「平和だな……世界のどこもこうやって平和だといいんだが」
ニーナがきょとんとした顔でレンツに尋ねる。
「違うんですか?」
「もう忘れたのか? 害獣退治をしたばかりだろう。平和じゃない場所も、今は当たり前にある。この町だって昨晩俺たちがいなければ、宿の宿泊客ごと皆殺しに遭っていただろう。結構な人数だったからな、あの野盗たち」
ニーナが目を瞬かせて尋ねる。
「そんなに多かったんですか?」
「剣を持った連中が三十人はいたかな。弓を持ってるのが二十人弱。かなり大所帯の野盗だよ。クロティルデが半分を潰して、あいつらは逃げていったがな」
「……え? そんなに多かったんですか? 私には十人ぐらいしか見えませんでしたけど」
クロティルデが小さく息をついた。
「ニーナは殺気を感じ取る訓練をした方がいいわね。暗闇でも気配を感じ取れれば、ある程度の数は把握できるわ。射撃するときも、明かりがなくても当てられるようになるわよ――ああでも、あなたはちゃんと当ててたわね。訓練なしで当てられたのだから、訓練すれば一流になれる才能があるはずよ」
ニーナが不満げに眉をひそめた。
「そんな才能、今はほしくないわ。いつか必要だとしても、まだ覚悟が決まらないもの」
「そんなもの、すぐに決まるわ――ほら、食事が来たわよ」
宿の主人が、運んできた鳥の丸焼きをテーブルの中央に置いた。続けてスープの皿と、パンが入ったバスケットを置いていく。レンツがナイフで肉を切り落とし、取り皿に分けていった。クロティルデは肉を口に運びながら、レンツの手を見つめて尋ねる。
「レンツはどこで技を身に着けたのかしら」
「旅をしている間に、自然とな。自分から面倒ごとに首を突っ込むから、経験には困らなかったよ」
「何歳から旅をしているの?」
「俺か? 十年前くらいかな。十三歳になる前だ。運よく
肉を食べ終わったクロティルデが、バスケットからパンを手に取ってちぎった。それをスープに漬けてから口に運ぶ。
「――じゃあ、その前髪はなぜ目を隠しているのかしら」
きょとんとした顔のレンツが、苦笑を浮かべながら前髪をたくし上げた。そこには左目を縦に切り裂くような切り跡が大きく残り、黒い眼帯で瞳を隠していた。
「昔、へまをこいて目をやられてね。みっともないから隠してる」
レンツの眼帯についている白い鳥の紋様を見て、クロティルデが目を細める。
「それ、聖教会の眼帯よね。なぜそれを?」
「たまたまだよ。『これで目が治るかもしれない』と、連れていた
クロティルデが食べる手を止めてレンツに告げる。
「眼帯を外して、目を見せてもらえるかしら」
レンツが苦笑をしながら前髪を下ろした。
「おいおい、さすがに傷跡を見せる趣味はないぞ。何を疑ってるのか知らんが、俺はニーナとは違うからな?」
ニーナが
「……レンツさん、本当は左目も見えるんじゃないですか?」
レンツが肩をすくめて微笑んだ。
「だとしても、前髪が邪魔をして見えやしないさ。だいたい、何を隠すっていうんだ?」
「例えば……『
レンツが朗らかな笑い声をあげた。
「疑い過ぎだよ。俺が『
ニーナがクロティルデに振り向いて尋ねる。
「違うの?」
「……違うわね。少なくとも、そばに『
レンツは小皿の鶏肉にナイフを突き刺して口に運んだ。パンも手に取り、スープに浸して食べていく。
「疑うなら『
クロティルデが食事を再開し、スープの具材を口に運んで咀嚼し飲み込んだ。黙り込んでいるクロティルデを見て、ニーナが尋ねる。
「確かめないの?」
「必要がないわ。あなたも早く食事を済ませてしまいなさい」
食べ終わりそうなクロティルデを見て、ニーナもあわててパンを頬張っていく。レンツに笑われながら、三人は夕食を手早く済ませていった。
****
部屋に戻ったクロティルデが、鍵を閉めて息をついた。
「何者なのかしらね。旅の剣士にしては、事情を知りすぎてるわ」
ニーナが小首をかしげてクロティルデに尋ねる。
「怪しい人なのかな?」
「怪しいのは間違いないわ。でも情報を出し過ぎる。敵か味方か、判別がつかない相手ね。すべてを教えてはいないでしょうけれど、嘘を言っている気配もない。掴みどころがない男よ。ニーナも注意しておきなさい」
ニーナは緊張した面持ちで小さく頷いた。
「私、ティルデが寝てる間にレンツさんの相手をしたの。頑張って、知ってることを教えずにいたのよ? えらいでしょ!」
クロティルデがきょとんとした顔で、微笑むニーナの顔を見つめた。すぐに表情が柔らかくなり、ニーナの頭を左手で撫でる。
「よくできたわね。その調子で、これからも頑張ってね」
「はーい。ティルデ、もう寝るの?」
「そうね、もう一回鎮痛剤を飲むわ。朝までには、痛みもだいぶ治まってると思うんだけど」
ニーナが眉をひそめてティルデに尋ねる。
「昨日の夜、無理して
クロティルデが苦笑をしながら上着を脱ぎ、ホルスターを外して机の上に置く。ポーチから鎮痛剤を取り出し、口に含んで答える。
「大丈夫なわけがないわ。肩の傷が悪化したのは間違いがないの。だから今夜も泊まるのよ」
しゅんとしたニーナが、クロティルデのブラウスの裾を掴んで告げる。
「ごめんなさい、ティルデ。私にもっと力があれば……」
「そう思うなら、帰ってからたくさん訓練をしないとね? そろそろ弾倉も仕入れがあるはずよ。今回は害獣退治で結構使ってしまったし、また支部で補充しないと」
「はーい――今夜も抱き枕、するの?」
「しないと思って?」
顔を見合わせた二人は、クスクスと笑みをこぼしながらベッドで抱き合って横になった。
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