第21話 運の悪い夜

 夕食後に荷物をまとめ、宿屋を出たクロティルデが告げる。


「もうずいぶんと遅くなってしまったわ。次の町へ急ぎましょう」


 クロティルデの左手を握るニーナが小さく頷いた。


「でも、歩けるの? ティルデ」


「このくらいは問題ないわ」


 歩き出すクロティルデとニーナの後ろを、レンツが荷物片手について行った。


「無理するなよ、クロティルデ。今夜一晩は熱が出るはずだ。痛み止めは持ってるのか?」


 クロティルデは後ろを振り返らずに答える。


「余計なお世話ね。それより、なんでついてくるのかしら」


「そりゃお前、目的地が同じだからに決まってるだろ」


 クロティルデが足を止め、にこやかな笑顔で振り返った。


「ではお先にどうぞ?」


 レンツも足を止め、のんびりとした表情でクロティルデを見つめ返す。


「だから、無理をするな。この時間に出歩くのが、どれだけ危険かもわかってるだろう」


 ニーナがきょとんとした顔でレンツに尋ねる。


「危ないんですか?」


「ああ、野盗たちの活動時間だからな。あいつらは人目を避けるため、夜に移動するんだ。獲物を探して徘徊する野盗たちに出くわして、今のクロティルデが対応できるわけがない――それにしても、月が隠れてまともに外を歩けないな。ちょっと待っててくれ」


 レンツが荷物の中から、ランタンを取り出して手早く火打石で火をつけた。荷物を担いでランタンを掲げたレンツが、クロティルデたちに微笑む。


「お待たせ。さぁ行こうか」


 ふくれ面のクロティルデが、ニーナの手を引いて歩き出す。ニーナはおどおどとクロティルデとレンツを交互に見ながら歩いて行った。町の入り口までたどり着くと、夜番の衛兵たちがクロティルデに敬礼をした。クロティルデは衛兵たちを無視するように通り過ぎ、町から南に伸びる街道を歩いていく。レンツを連れたクロティルデとニーナは、ゆっくりとした足取りでエーヴェンヴァルトの町をあとにした。





****


 街道を歩くニーナは、クロティルデの汗ばむ手を見て、恐る恐る尋ねる。


「ねぇティルデ、本当に大丈夫? なんだかつらそうよ?」


「問題ないわ。あなたは何の心配もしないで」


 ニーナがレンツに振り返ると、彼は困ったように笑みを返した。


「言っただろ、熱が出るんだよ。体が傷を癒そうと熱を発する。骨を痛めると、よくあるんだ。歩く振動も肩に響いてるはずだし、痛み止めがあるなら飲んだ方がいい」


 ニーナが慌ててクロティルデに振り向いて尋ねる。


「ティルデ、お薬があるなら飲もうよ。意地を張ってる場合じゃないでしょ?」


「不要よ。この程度で使うような薬ではないわ。ニーナは気にしないで」


「でも、手が汗でびっしょりよ?」


 振り返ったクロティルデが、穏やかな笑顔を向けてニーナに答える。


「じゃあ手を放した方がいいかしら?」


「それは――その……ティルデの意地悪!」


 声を上げるニーナを、背後からレンツが笑った。


「仲がいいな、あんたら。しかし夜闇に『風の聖眼クラール・ヴィント』は光って目立つ。それが二人分だ。早く次の町に入って、朝まで休憩しよう」


 ニーナがレンツの琥珀色の瞳を見つめて尋ねる。


「そんなに光ってます?」


「闇が深いからな。遠くからでも見えるんじゃないかな」


 クロティルデが不機嫌そうにニーナの手を引き、歩き出した。


「ランタンを持っているなら変わりはしないわ。襲われるとしたら、明かりを持っているレンツが最初でしょうね」


 ニーナはクロティルデに手を引かれながら尋ねる。


「そういえばティルデ、前みたいに魔法で明かりを灯さないのね」


 クロティルデが沈黙で答えると、背後からレンツが告げる。


「≪照明リヒト≫すら使えないほど、今のクロティルデは魔力が消耗してるんだよ。おそらく、襲われたときでも魔導銃カラミテートはほとんど撃てないはずだ。ニーナの責任は重大だぞ?」


「そんな! 私一人でティルデを守るなんて、できないわ!」


 レンツが楽しげな笑い声をあげた。


「ちゃんと俺がいる。ニーナは敵を寄せ付けない程度に魔導銃カラミテートを撃っていればいい。そのために俺がついてるんだからな」


 クロティルデは不機嫌そうな顔で歩き続け、ニーナはレンツと言葉を交わしながら街道を歩いていった。





****


 夜遅くになり、次の宿場町が見えてくるとクロティルデが深いため息を漏らした。


「ようやく休めるわね」


 クロティルデは、頷くニーナの手を引いて、町の門に向かって歩いていく。門では夜番の衛兵たちが、かがり火をたいて立っていた。衛兵がクロティルデたちに槍を突き付けて告げる。


「何者だ!」


 クロティルデが右腕を低く掲げて金の腕輪を見せて答える。


退魔師バンヴィルカーよ。通してもらうわ」


 衛兵たちが槍をおさめ、敬礼をして三人を通す。ニーナはハンカチを取り出し、クロティルデの額から汗を拭き取った。


「やっぱりつらそうよ? 早く宿に行きましょう?」


 クロティルデが歩みを止めずに答える。


「いえ、町の広場に行くわ。そこで朝になるのを待ちましょう」


「なんで宿で寝ないの?!」


 驚くニーナの背後からレンツが答える。


「こんな夜更けにチェックインできる宿屋はないさ。宿の人間だって寝る時間だ。町の広場なら、かがり火台くらいはあるはずだ。それで暖を取りながら、朝まで持ちこたえよう」


「そんな……ティルデが風邪をひいちゃうわよ!」


 クスリと笑みを漏らしたクロティルデが、前を向いたまま告げる。


「大丈夫よ。そんなにやわじゃないわ」


「でも、ティルデ!」


 レンツが苦笑を浮かべながら告げる。


「意地になったクロティルデを止めても無駄だろう。俺の毛布を貸してやる。それで少しはマシになるはずだ」


 クロティルデが冷たい声で答える。


「いらないわ、男臭い毛布なんて」


「そういうなよ、熱が上がって寒いだろ? 無理して明日以降に響いたら元も子もない。俺が夜番で見張っててやるから、宿が開くまで毛布にくるまってろ」


 ニーナがクロティルデの左肩に縋りついて告げる。


「ねぇティルデ、レンツさんの言うとおりにしよう? とってもつらそうよ?」


「……ニーナの頼みなら、仕方ないわね」


 ホッとした顔のニーナが、レンツに振り返った。レンツも笑顔で頷き、三人は町の広場を目指して歩いていった。





****


 広場についたレンツが、かがり火台に積んであった薪に油を少量かけ、火打石で火をつけた。少し離れたところにあるベンチでは、クロティルデとニーナが手をつないで座っている。ニーナは空いた手でクロティルデの汗を拭きとりながら、不安げな顔で尋ねる。


「朝まで何時間くらいかしら」


「今はだいたい一時頃だから、あと五時間ね。そのくらいになれば、宿屋も朝食の支度で起き出すはずよ――ねぇニーナ、少し肩を借りてもいいかしら」


 レンツが火を起こすのを見守りながら告げるクロティルデに、ニーナが頷いた。


「いくらでも貸してあげる。なんなら膝を貸してあげてもいいわ!」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 クロティルデがつないだ手をくぐるようにニーナの膝に頭を置いた。ニーナはクスリと笑みをこぼし、クロティルデの汗をぬぐっていく。レンツは火を起こし終わると、荷物から毛布を取り出してクロティルデに近づいていった。毛布をクロティルデにかけ、ニーナとは反対側に腰を下ろす。不機嫌そうなクロティルデが告げる。


「邪魔よ、あっちにいって」


「そう言うなよ。ベンチはここにしかないんだぞ?」


「お尻のそばに男がいたんじゃ、安心して眠れないわ」


「毛布でちゃんと隠してやってるだろ?」


「気配だけでも嫌なのよ。あっちに行って」


 ニーナが心配そうに告げる。


「ティルデ、ぜいたくを言わないでそばにいてもらおう? 今夜はまだ冷えるし、三人で固まっていた方が暖かいわよ?」


「結構よ。私にはニーナの体温があれば、それで十分なの」


 苦笑を浮かべたレンツが、ゆっくりとベンチから立ち上がった。


「じゃあ、俺は火のそばにいる。何かあったら声を出してくれ」


 歩き出すレンツの後ろ姿を、ニーナが心細そうに見つめた。


「ティルデ、そんなにレンツさんが嫌いなの?」


「……信用できないってだけよ。いつ襲ってくるか分からない相手を、そばになんて置いておけないわ」


「レンツさんはそんな人じゃないよ」


 クロティルデが深いため息をついた。


「あなた、そのお人好しは直しなさいと言ったでしょう?」


「そう言われても……何がお人好しなのか、私にはわからないもの」


 ニーナも肌寒そうにケープを閉じ、クロティルデの頭を抱きしめた。


「あ、あったか~い。ねぇティルデ、こうしていていい?」


「……あなたがそうしたいなら、構わないわ」


 ニーナは膝にクロティルデの頭を乗せたまま、それを抱え込むような姿勢で眠りに入った。クロティルデは右肩を上にしたまま、ニーナの体に頭をこすりつけるように上を向き、目をつぶった。そんな二人の様子を、レンツは遠目に見守りながら、かがり火台のそばで荷物を枕に横になっていた。





****


 衛兵たちが夜番をしながら、あくびをして過ごしていた。


「退屈だな。今夜も冷えるし、夜番なんて貧乏くじだぜ」


「まったくだ。エーヴェンヴァルトやブルートフルスが近いこの宿場町を襲う奴らなんて、まずいないだろうにな」


 笑いあう衛兵たちが何度目かの欠伸をした――その口の中に、真っ黒な矢が飛び込み、衛兵の喉を貫いた。もう一人の衛兵の喉にも矢が突き刺さり、二人の衛兵が鈍い音を立てて地面に沈んだ。


 町の門を、煤で黒く偽装した軽鎧を着こんだ男たちが、足早に町の中に駆け込んでいく。男たちは周囲を見回し、広場のかがり火台を見て小さくつぶやく。


「おい、誰か起きてるぞ」


「構わねぇよ、先にやっちまおう」


 頷いた男たちは、ロングソードを抜き放って走り出した。





****


 レンツが突然起き上がり、ロングソードを手に取り鞘から抜き放った。クロティルデは素早く暗闇に目を走らせ、レンツに告げる。


「何人任せられるの?」


 ロングソードを構えたレンツが、涼しげな笑みで答える。


「金属音、となると鎧を着てるな。四人までなら引き受けよう」


「頼りにならないわね……ニーナ、起きなさい。敵襲よ!」


 クロティルデに頬を引っ張られ、ニーナが寝顔をしかめた。


「う……ん、なによティルデ。何があったの?」


「わからないわ。でも襲ってくる奴らがいる。早く起きて!」


 ハッとしたニーナが目を開き、慌ててクロティルデを解放した。クロティルデは左手で毛布を投げ捨て、右手でゆっくりと魔導銃カラミテートを懐から引き抜く。それを見たニーナもあわてて立ち上がって汎用魔導銃クライネ・カラミテートを太もものホルスターから抜いた。


 近づいてくる金属音を耳にしながらニーナが叫ぶ。


「何この音! 何が近づいて来てるの?!」


 クロティルデも闇に目を凝らして答える。


「軽鎧よ。おそらくは脱走兵崩れね。野盗に襲われるなんて、不幸な町だこと」


 夜闇を引き裂き、音を発しながら矢が飛んでくるのをレンツがロングソードで斬り落としていく。いくつかはクロティルデたちを狙い、驚くニーナをクロティルデが手を引いて位置をずらし、矢を交わしていく。


「弓を持ってるわ! 気を付けて! ニーナ、敵の位置は分かる?!」


「わかるわけないでしょ! 真っ暗で何も見えないわ!」


 舌打ちをしたクロティルデが、暗闇に向かって両手で魔導銃カラミテートを構え、引き金を引いた。乾いた破裂音が広場に鳴り響き、クロティルデの顔が苦痛で歪む。


 右肩を抑え込むクロティルデにニーナが駆け寄り、声をかける。


「ティルデ! 無茶しないで!」


「――なんでもいいから、暗闇に銃弾を撃ち込みなさい! 矢が飛んで来たらきちんと避けて!」


 頷いたニーナが銃を両手で構え、引き金を引いた。反動でのけぞるニーナを目掛け、新しい矢が飛来する。レンツは黒い鎧を着こんだ男たち四人と斬り合いながら声を上げる。


「そっちに行ったぞ!」


 呆然とするニーナの顔を目掛けて飛来する矢を、クロティルデがニーナに体当たりをしてかわした。矢はニーナの眼帯を引っかけ、引きちぎるようにその顔から眼帯を奪い去った。


「――ニーナ、無事?!」


 慌てて声をかけるクロティルデに、ニーナは頷いて答える。その顔には、金色の瞳と緋色の瞳が共存して夜闇に輝いていた。


「だ、大丈夫。ありがとうティルデ」


 斬り合いをしながらクロティルデたちの様子を窺っていたレンツが、ぽつりとつぶやく。


「……『黄昏の聖眼ツヴィーリヒト』」


 クロティルデの目が、素早くレンツを捉えた。

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