第19話 赤い花

 町の大通りを歩きながら、ニーナが思いついたようにホルスターから魔導銃カラミテートを取り出した。


「忘れてた! これ、ティルデに返すわね」


 クロティルデはきょとんとしたあと、苦笑を浮かべながら魔導銃カラミテートを受け取り、代わりに懐から汎用魔導銃クライネ・カラミテートを抜いてニーナに手渡す。お互いにホルスターに銃をしまい、クロティルデが告げる。


「私の銃、使い心地はどうだったかしら」


「なんだかとても使いやすかったわ! 狙った場所に当てやすいというか、魔力が通りやすいように感じたかも?」


魔導銃カラミテートは使い込んでいくと、だんだんと使い手の癖が移っていくの。あなたの銃は、どんな癖がつくのかしらね」


 ニーナが表情を曇らせてうつむいた。


「またこれを使う時が来るのかな」


「今回のように協会から依頼されれば、私が仕事に出ることもあるわ。あなた一人を留守番させるわけにはいかないし、同行するなら危険に対処するために銃を使うこともあるはず。いつも私が守ってあげられるわけでもないし、自分の身は自分で守れるようになっておいて、損はないわよ?」


 ニーナが憂鬱そうにため息をついた。後ろを歩くレンツが、二人に告げる。


「ああ、銃を交換していたのか。それでクロティルデが余計に消耗しているんだな」


 ニーナが驚いた顔で振り返って尋ねる。


「それ、どういうこと?」


「新品の魔導銃カラミテートは癖がついてない分、魔力の消耗が大きいんだ。馴染んだ魔導銃カラミテートは使用者の負担を減らし助けてくれる。その条件であれだけの狙撃をしてみせたクロティルデは、やっぱりとんでもない腕前だな」


 クロティルデは前を向きながらレンツに尋ねる。


「ずいぶんとお詳しいのね。これは退魔師バンヴィルカーしか知らない知識のはずよ」


 レンツがウィンクをしながら答える。


「旅暮らしが長いんでね。旅先で聞いたのさ」


 ニーナが小首をかしげた。


「でもレンツさん、まだ二十二歳ですよね? いつから旅を始めたんですか?」


「んー、十六歳の時だったかなぁ。今から六年前だ。あちこち回りながら、人助けをしているよ」


「えっ! 十六歳で?! 私たちと同じ年頃で旅を始めたんですか! でも、何で旅を始めたんですか?」


「理由は特にないんだ。ただ世界を見て回りたくてね。おかげでいろんなことを見聞きしてこれた。つらいことも多いが、それ以上に得ることも多い旅だよ」


 クロティルデが不機嫌そうにニーナに告げる。


「ニーナ、その男とあまりしゃべらないで。余計な情報を与える必要はないわよ」


「はーい、わかったわよ」


 ニーナの手を、クロティルデが握った。手をつないで歩く二人を見て、レンツが苦笑を浮かべた。


「おやおや、お邪魔だったかな?」


 クロティルデがすまし顔で答える。


「女の友情に割って入られるのは気分が悪いわ」


 ニーナが曖昧な微笑みを浮かべ、視線を地面に落とした。


 ――友情、か。でもティルデはフォルカーの仇。私はティルデに友情を感じてるのかな。昨日の夜も、ティルデは私を支えてくれた。もうティルデのいない生活は、思い出すのも難しいかもしれない。そんなティルデを、私は殺せるのかな。ティルデを殺した私は、この世界で生きていけるの?


 考え事をしているニーナに、クロティルデが告げる。


「考え過ぎないで。今はまだ、あなたの心が昨日の出来事にとらわれてるわ。元の自分に戻れたら、その時に改めて考えてみなさい」


 ニーナが曖昧な笑みのまま、クロティルデの顔を見て頷いた。


「そうね、今は考えるべきじゃないのかもしれない。ありがとう、ティルデ」


 満足そうにうなずくクロティルデが、繁華街に並ぶ露店を目に留めた。


「ほらニーナ、リンゴ売りよ。一つくらい食べていったら?」


「えっ?! リンゴ?! 食べる食べる!」


 駆け出したニーナに引きずられるように、クロティルデも走り出した。二人が露店でリンゴを買うのを見守りながら、レンツがつぶやく。


「どうやら、あちらも訳ありか」


 レンツはニーナが右目を隠している眼帯を見つめながら、二人が店先でリンゴを食べるのを見届けていた。





****


 リンゴを食べ終わったクロティルデたちが、散策を続けていく。商店が並ぶ街並みの中で、視界の先に馬車が止まっていた。馬車から降りてきた幼い男の子を見て、レンツが告げる。


「おや、あれは町長の息子か。ということは、一緒にいる女性は母親かな」


 馬車から降りてきた女性は落ち着いた色のドレスを身に着け、ベール付きのつば広帽子を目深まぶかにかぶっていた。クロティルデの懐でカラカラと乾いた音がし始め、彼女の表情が急変する。懐に手を入れたクロティルデが取り出した魔力探知計の針は、片方の針が北を、もう片方は前方を指示している。ニーナはそんなクロティルデを見て尋ねる。


「どうしたの? 変な道具なんて取り出して」


「……確かめる必要があるわ。ちょっと行ってくるわね」


 クロティルデはニーナの手を放し、足早に女性に近づいていった。女性が息子を連れて店に入ろうと扉に手をかけたところで、クロティルデが声をかける。


「ちょっといいかしら。あなた、町長の奥様でよろしくて?」


 振り向いた女性が、戸惑うように頷いた。ベールは色が濃い黒色で、うっすらと表情が透けて見えるだけだ。


「そうだけど、あなたは? どこのお嬢さんかしら」


 クロティルデが魔力探知計を動かして、針の向きを確認する。二つ目の針は、どう動かしても目の前の女性を指し示した。ため息をついたクロティルデが、真面目な顔で女性に尋ねる。


「どうして顔を隠しているのか、伺っても構わないかしら」


 女性は言いよどみながら、視線を落として答える。


「それは……あなたには関係がないことよ? 私がどんな格好をしようと、私の勝手でしょう?」


「ベールを取って見せてもらえる? そうすればはっきりするわ」


「断らせてもらうわ。なんなのかしら、あなたの親は何をしているの?」


 足元の男の子が「お母さん?」と尋ね、女性の手を引いた。女性が微笑みながら腰を落とし、子供の頭を撫で――春の突風が、女性の帽子を跳ね上げた。女性は咄嗟に帽子を抑え込んだが、巻き上げられたベールから垣間見えたその瞳を見て、クロティルデが右手の腕輪を掲げて告げる。


「あなた、『嵐の魔眼ストルム』ね。退魔師バンヴィルカークロティルデの名をもって、あなたを『救済』してあげる――≪天空の大鎌アドラー・フリューゲル≫!」


 クロティルデの右手に光の大鎌が握られ、彼女はそれを振りかぶった。


 ――『救済』?! それはダメ!


 遠くで見守っていたニーナが、咄嗟とっさに銃を引き抜きクロティルデに銃口を向け、大声で叫ぶ。


「止まってティルデ! それ以上動かないで!」


 クロティルデは声に構うことなく、振りかぶった大鎌を振り下ろした。女性は硬直しているようで、一歩も動く気配がない。


 ――ダメ!


 ニーナの指が引き金を引き、乾いた破裂音が辺りに響き渡る。クロティルデの右肩に血の花が咲き、一瞬だけ彼女の動きが止まった。だがクロティルデは口を引き結び、残った左手を使い、大鎌の刃で女性を切り裂いた。切り裂かれた女性は苦悶の声を上げたが、すぐに安らぐような声に変わっていく。光に包まれた女性の体は、衣服を残して光に帰っていった。


 周囲の人間たちが呆然と見守る中、クロティルデは光の大鎌を消して右肩に手を当てた。肩から地面におびただしい血がこぼれていく。すぐにクロティルデが魔力を手に集め、「≪生命の息吹レーベンス・ハウハ≫」と告げて治癒魔法を自分にかけていった。流血が止まり、クロティルデが小さく息をつく。


 クロティルデを撃った姿勢で硬直していたニーナは、呆然とその様子を見守っていた。


 ――私、ティルデを撃ったの? ティルデはそれでもあの人を『救済』してしまったの? なぜ止まってくれなかったの?!


 硬直したままのニーナのもとに、クロティルデがゆっくりと戻ってくる。クロティルデは銃口を向けるニーナに、血色の悪い顔で微笑んだ。


「射撃が巧くなったわね。これだけ人が多い場所で、私の肩だけを撃ち抜けるなんて」


「な……んで? なんで『救済』してしまったの?」


「彼女が『悪竜ニド・ヘグ』だからよ? 私は『悪竜ニド・ヘグ』になってしまった人に『救済』を与える者ですもの。目の前に『悪竜ニド・ヘグ』がいれば、見逃すわけにはいかないわ」


「――でも! 子供の前で母親を殺すことはなかったじゃない!」


 残された男の子は、馬車のそばで大声を上げて泣いていた。御者が降りてきて男の子の相手をしているが、男の子はクロティルデを睨むように見つめていた。


 クロティルデは背後の様子を振り向いて確認したあと、ニーナの銃口の前で微笑んだ。


「大丈夫よ、きっとあの子は立ち直れる。『悪竜ニド・ヘグ』になってしまった母親が暴走する前に『救済』されたことで、あの子は母親を綺麗なイメージのまま覚えていられるわ。そして母親を消した私を、決して忘れはしないでしょう。その憎しみは、あの子に立ち直る力を与えてくれる」


「でも! せめて子供を引き離すとかできなかったの?!」


「部外者が『子供から離れて話をしましょう』と言って、応じる母親がいるかしら? そして物陰で母親を『救済』したあと、子供になんて説明をするの? 残った衣服を渡して『あなたのお母さんは遠いところに行った』とでもいうつもりかしら。それはとても卑怯な姿勢ね。自分の行いを恥じていないなら、隠す必要もないわ。私は『救済』する者、退魔師バンヴィルカーだもの。大丈夫、彼女の魂は聖神様のもとへ導かれたわ。家族を傷つける前に救われたの」


「でも! でも!」


 ニーナは涙ぐみながら銃口をクロティルデに向けていた。クロティルデも、ニーナの銃口に自ら身を晒して微笑んでいる。


 ――どうして、その場に立っているの?!


 レンツが横からニーナの銃身に触り、ゆっくりと降ろしていった。


「もういいだろう。仲間に銃口を向けるものじゃない」


 ニーナは涙を流しながらクロティルデに尋ねる。


「どうしてあの子が立ち直れると断言できるのよ! 目の前で母親が殺されて、あんな年齢で、立ち直れるかどうかは分からないわ!」


 クロティルデが、血色の悪い顔で微笑んで答える。


「だって、私が立ち直れたんだもの。自分で手を下した私と違って、あの子には憎める相手がいる。それはきっとあの子を前に進める力になるわ」


「――え? ティルデ、今なんて言ったの?」


 呆然とするニーナに、クロティルデが答える。


「私は三年前、お母様を『救済』したの。それが私の、退魔師バンヴィルカーとしての初仕事だった。お母様を『救済』してしまった私は、退魔師バンヴィルカーでなければならないの。あの『救済』が間違ってなかったことを、私は証明し続けなければならない。お母様の魂が救われたのだと、今も信じているの。だから私は王女の地位を捨てて、退魔師バンヴィルカーとして旅をしているのよ」


 泣きながら首を横に振るニーナが、涙ながら告げる。


「あ……ごめ……ごめんなさい……あなたが、そんなにつらい思いをしてたなんて、知らなくて……」


 クロティルデが左手でニーナの肩に触れて答える。


「言われなければ、わかるわけがないわ。このことは私たちだけの秘密よ。あなたは何も気にしなくていいの。今日のことも、忘れてしまいなさい」


 クロティルデがニーナの手から汎用魔導銃クライネ・カラミテートを奪い、彼女の太ももにあるホルスターに差し込んだ。戸惑うニーナの手を握り、彼女を引くように歩き出す。


「道を変えましょう。ここはもう、騒ぎになってしまったわ。町の反対側を歩いてみましょう?」


 ニーナは泣きながら、クロティルデに手を引かれるがままに歩いた。レンツは二人から距離を取り、その後ろをついて行きながらつぶやく。


「さっきの『私たちだけ』って、きっと俺は入ってないんだろうなぁ」


 レンツはのんきな顔でクロティルデたちの様子を見守りながら、町を歩いて行った。

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