第14話 風変わりな男
朝になり、クロティルデたちが泊まる宿屋の廊下に、乱暴な男の足音が響き渡る。男の足音はクロティルデたちの部屋の前で止まり、拳で叩くようなノックが四回鳴り響いた。
「嬢ちゃんたち! そろそろ出発だ、起きろ!」
驚いたニーナが目を開き、怯えながら扉に目を向ける。クロティルデはゆっくりと目を開き、「わかったわ」と答えた。その声が聞こえたのか、男の足音が遠ざかっていく。
「……なに? 誰だったの?」
「昨日会ったでしょう? 傭兵の一人よ。それにしても、淑女の起こし方を知らない人ね。がさつにもほどがあるわ」
起き上がって伸びをするクロティルデの横で、ニーナは眠たそうにあくびをかみ殺していた。
「……ニーナあなた、まさか寝てないの?」
小さく頷いたニーナの頬に、クロティルデの手が添えられた。ニーナは心細そうにその手に手を添えて、頭を預ける。
「私、やっぱり怖い」
「私がついてるわ。悪いことにはならないわよ」
「うん……」
ベッドから降りて支度を始めるクロティルデに釣られ、ニーナも荷物を身にまとっていく。足にホルスターを巻き、しっかりと固定してからケープを羽織る。ケープの内側にあるダガーナイフに手を這わせ、震える手で握りしめた。そんなニーナを見ながらクロティルデはマントを羽織り、右手を差し出して告げる。
「そんなおもちゃに頼るのはやめておきなさい。害獣たちには通用しないわ。さぁ、行くわよ?」
頷いたニーナがダガーナイフから手を放し、その手でクロティルデの手を掴む。二人は手をつなぎながら宿屋の部屋を後にした。
****
クロティルデたちが宿屋を出ると、すでに幌馬車が待機していた。傭兵たちは乗り込み済みで、御者席からローガーが声をかける。
「早く乗ってくれ! 昼過ぎに次の宿場町に着くはずだ! 一休みしたら、そのままエーヴェンバルトまで直行するぞ!」
歩き出したクロティルデに引っ張られるようにニーナが続き、幌馬車に乗り込んでいく。朝の凍える空気の中、幌馬車はゆっくりと走り出した。
馬車の中ではニーナが膝を抱えて座り込み、クロティルデの手を握っていた。クロティルデは昨日と同じようにマントで足を隠し、ニーナの手を握り返している。その様子を、傭兵たちは冷ややかな目で眺めていた。
「なぁ嬢ちゃんら、帰るなら今が最後のチャンスだ。そんなに怯えてたんじゃ、足手まといになる」
クロティルデが穏やかに微笑みながら答える。
「余計なお世話よ? この子はこれでもすごいんだから。あなたたちこそ、この子の巻き添えを食わないように遠くに離れていなさい。この子の護衛は私がやるわ」
傭兵が鼻で笑った。
「そうかいそうかい、そんなに死にたいならそうしてくれ。じゃあ二手に分かれよう。嬢ちゃんらと俺たちで、左右から挟み込む。これならお互い干渉なしで心置きなく死ねるだろう」
「現場も見ないで作戦を立てるとか、あなたの頭はどうなってるのかしら? 巣の様子を見ずに立てた作戦に、どれほどの価値があるというの? これだから素人は困るわね」
額に青筋を立てた傭兵の肩を、別の傭兵が抑え込み、首を横に振った。
「……ケッ! 勝手にしやがれ!」
傭兵はポケットから酒瓶を取り出すと、一口飲んでから幌馬車の中で横になった。クロティルデは、ウトウトとし始めたニーナの頭を引き寄せ、自分の肩に乗せる。そのままニーナが眠りにつくのを、黙って見守っていた。
****
クヴェルバウム王国の王城にある応接間で、国王リヒャルトがウーヴェ・リーシェ大司教と顔を合わせていた。黒髪と精悍な顔つきのリヒャルトに対し、白髪頭で枯れ切った老人のリーシェ大司教。二人は笑みを浮かべながらソファに腰を下ろしていた。
「朝から来てもらってすまないな、大司教。十年前のことを覚えてるだろうか。私の記憶では確か、『片目の魔眼』の報告例があった。その時に『害がないから放置して構わない』といったのは、あなただ。その言葉はどれくらい信用できる?」
「はて? 片目の魔眼、片目の魔眼……ああ、あのことですか。ええ、ええ覚えてますとも。あれは『
リヒャルトが笑みを浮かべたまま、冷たいまなざしで尋ねる。
「その『
「ありませんな。現在まで、そのような神託はありません。各地の報告でも、気配すらないようです」
リヒャルトが小さく息をつき、笑みを消して尋ねる。
「『片目の魔眼』の正体に、心当たりは?」
リーシェ大司教は穏やかな笑みで答える。
「ありませんな。聖神様はあれを『無害』とおっしゃった。それ以上の説明は、必要ないでしょう」
しばらく大司教と視線を交わし合っていたリヒャルトが、ニコリと微笑んだ。
「……わかった。それで納得しよう」
「そうですか、では私はこれで」
立ち上がって会釈をしたリーシェ大司教が、そのまま応接間を出ていった。
一人で応接間に残されたリヒャルト国王が、深いため息をついた。
「化け狸めが。何を隠している?」
ソファに体を預けたリヒャルトは、遠く南方にいる娘に思いをはせた。その傍らにいる少女、ニーナ。彼女の魔眼の秘密を、リヒャルトはまだ知らない。その存在がクロティルデに害をなすのか、救いとなるのか――それは、彼女たちが決めることなのかもしれない。
ゆっくりと立ち上がったリヒャルトも、静かな足取りで応接間を後にした。
****
途中の宿場町で食料を補給したクロティルデたちの馬車は、町を通り過ぎてエーヴェンバルトへ向かっていた。日が高くなって目を覚ましたニーナは、仕入れたパンを黙って頬張っている。その片手は、クロティルデの手を握ったままだ。
クロティルデは先に食事を済ませ、黙ってニーナの食事を見守っていた。水筒を差し出してニーナに告げる。
「ほらほら、そんなにがっついたら喉に詰まるわ」
「だって、昨日の夜からまともに食べてないのよ? お腹が空いてしょうがないわ!」
水筒の水を一口飲んだニーナが、最後のパンにかじりついた。二人の様子を見ていた周りの傭兵たちも、少し気の抜けた様子でニーナを見つめている。
「平和だな、そこだけが」
クロティルデは振り返りもせずに答える。
「気を張り詰めていればいいというものでもないわ。無駄に緊張するよりよっぽどいいことよ?」
「そりゃそうなんだが……俺たちはこれから死地に向かうんだぞ? この世にやり残したこととかないのか?」
「ないわね、そんなもの。あるとしても、この子が独り立ちするのを見守ることくらいよ」
すっかりパンで腹が膨れたニーナが、満足げに告げる。
「あー美味しかった! 町のパンって、なんであんなに柔らかくて美味しいのかしら!」
傭兵が苦笑をしながらその笑顔を見つめた。
「たかがパンひとつでそこまで幸せそうな顔をする奴、初めて見たぜ」
幌馬車の中の空気がわずかに緩み、傭兵たちが笑みをこぼした。それぞれが手持ちの食料を楽しむように味わいながら、酒で流し込んでいく。
傭兵たちの様子を横目で確認したクロティルデが、馬車の縁に背中を預けて告げる。
「その調子よ、あなたたち。それぐらい心に余裕がなければ、失敗する確率が上がるわ。いつもの戦場、いつもの戦い。そのぐらい気楽な気分で戦う方がマシよ?」
近くの傭兵が笑いながら答える。
「ケッ! 俺たちゃそこまでお気楽に戦争してねぇよ!」
「あら、意外ね。お金で命を売る商売なのに。命が大切なら、傭兵を引退したらどうなの?」
「仕事がありゃあ、そうするがな。野盗に身を落とすくらいなら、傭兵になる方がマシだ。家業を継ぐ夢も絶たれたし、死ぬまで傭兵のままだろう」
ニーナがクロティルデの手のひらを指先で叩いて尋ねる。
「あの人たち、好きで傭兵をやってるんじゃないの?」
「人にはいろいろと事情があるものなのよ? ニーナだって、好きで村娘をしていたわけではないでしょう?」
「あー、そうかも?」
春の陽気が通り抜ける馬車の中は、雪解けのようにのんびりと温かい空気が流れていった。
****
日が落ちて間もなく、馬車がエーヴェンバルトの町に到着した。柵で囲まれた町の入り口には、衛兵が四人立って夜番をしている。燃え盛るかがり火で照らし出されながら、クロティルデたちを乗せた馬車が町の入り口を通り過ぎた。御者席からローガーが馬車の中に告げる。
「話じゃ、出迎えがあると聞いたんだがなぁ。誰かそれっぽい奴、見つからないか?」
傭兵たちと一緒に、クロティルデも隙間から馬車の前方に目を向けた。道の先、広場になっている場所で、一人立っている人影が見える。
「あれじゃない? この先に誰かいるわ」
ローガーが馬車の前に目を凝らし、ゆっくりと広場へ馬車を入れていく。広場にいたのは金髪の青年で、左目を隠すほど前髪を伸ばしていた。青年が笑顔でローガーに告げる。
「あんたらがブルートフルスからの応援か? 俺はレンツだ。この町で自警団に雇われてる、対策班ってとこだな」
馬車を止めたローガーが御者席から飛び降り、レンツの前に向かった。クロティルデたちも馬車から降り、レンツの前に集合する。それを確認したローガーが、レンツに告げる。
「俺たち七人が応援、その全てだ。そっちは何人繰り出せる?」
レンツが苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「俺一人、だな。自警団は町から出たくないそうだ。もっとも、町の男たちの寄せ集めに過ぎない。ついてこられても、足手まといにしかならんがね」
「足手まといならこっちにもいるぜ?」
ローガーがクロティルデとニーナに振り向いた。レンツの顔を見つめるクロティルデが、ニコリと微笑む。
「初めまして、
レンツが小さく頷いた。
「俺が偵察した範囲では、だいたいそれぐらいだ。巣の中に子供がいるかもしれんが、そこまでは確認できてない。多くても二割増える程度だろう」
「巣の場所は?」
「ここから半日ほど離れた森の中だ。今はまだ、こっちには被害が出てない。おそらく、移り住んできたばかりだろう。だが森の近くでは襲われた痕跡があった。被害はもう出てるし、時間の猶予はないぞ。これ以上戦力を集めてる暇はないが、どうする?」
クロティルデが小首をかしげて尋ねる。
「どうするって、何を聞きたいのかしら? あなたたち大人の男性が六人、私とニーナが二人。立派な戦力で、百体くらいならなんとかできるんじゃない? レンツだったわね? あなた、かなり腕が立つんでしょう?」
「さてね? 自慢するほどの腕前はないさ――今日は町長の家に泊まってくれ。そこで作戦会議をして、明日の朝になったら駆除に向かう」
歩き出したレンツを追いかけるように、傭兵たちが歩き出した。ローガーは馬車の御者席に乗り、レンツの後をついていく。男たちの後を、クロティルデとニーナが続いた。ニーナが心細そうに告げる。
「ねぇティルデ、たったこれだけなの?」
「そうね、先ほど聞いた通りよ?」
「百体から百二十体とか言ってなかった? 駆除できるの?」
「できる、できないじゃないわ。やるか、やられるかよ。やられるのが嫌なら、死ぬ気で駆除しなさい」
ニーナはクロティルデの小さな肩にしがみつき、その手を強く握った。クロティルデはレンツを見つめながら、まっすぐに町長の家を目指した。
****
町長の家に着くと、レンツがすぐに中に案内した。廊下を歩き、入口そばの応接間に入っていく。クロティルデたちも中に入ってみると、応接間の机の上には地図が広げてあった。町の北に広がる森の一部に赤丸がついていて、森の近くにはバツ印が複数刻まれていた。
地図を眺めながらクロティルデが告げる。
「結構やられてるわね。森の反対側の情報は?」
レンツが肩をすくめて苦笑した。
「そんな情報源はないさ。だが大規模な群れだから、反対側もやられてる可能性は高い。覚悟はしておくことだな」
ローガーがきょとんとした顔でレンツを見つめた。
「あんた、こんな子供と真面目に話してどうするんだ。作戦会議なら俺たちとやってくれよ」
レンツが笑いながらローガーに答える。
「
クロティルデが楽しげな笑みで告げる。
「あら、ずいぶんと詳しそうね?」
「これでも旅の剣士でね。あちこちでいろんな話を聞いてるのさ」
「なぜこの作戦に加わったの?」
レンツが肩をすくめて答える。
「行きがかりで、町長に頼まれて仕方なく、だ。放置はできんし、自警団だけじゃどうにもならんだろうからな」
「ふーん、それで巣の偵察まで?」
「俺は隠れるのが巧いんでね。偵察みたいなことは、案外得意なんだよ」
ニーナがきょとんとした顔でクロティルデに尋ねる。
「どうしたの? ティルデ。今日はずいぶんおしゃべりね」
「なんでもないわ――あら、子供?」
開いている応接間の入り口に、六歳ぐらいの男の子が立っていた。クロティルデたちを見上げる子供は、興味津々で大人たちを見つめている。
レンツが男の子に歩み寄って抱き上げた。
「町長の息子だよ――さぁ坊主、こんな時間まで起きてちゃだめだぞー。お兄さんと一緒に部屋に戻ろう」
子供を抱えたレンツが、応接間から去っていった。ローガーがため息をつきながらぼやく。
「気の抜けた野郎だな。このメンバーで死にに行くってのか? ひでぇ冗談だ」
クロティルデが楽しげに答える。
「ほんと、ひどい冗談よ? あなたが死ぬのは勝手だけれど、巻き込まないでね?」
ローガーに睨まれても、クロティルデは微笑み返していた。微妙な緊張感が張り詰めた応接間に、レンツが戻ってきて告げる。
「あんたらはここで寝てくれ。聞きたいことがあれば、答えられるだけ答える」
クロティルデがレンツに振り向いて尋ねる。
「それじゃあ明日のことだけど――」
その晩は傭兵たちを除け者にし、クロティルデとレンツが翌朝の打ち合わせを続けていった。
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