第15話 害獣駆除(1)

 クロティルデはレンツと地図を睨みながら、明日の襲撃の相談を続けていた。


「巣穴は古い坑道で、内部は行き止まりだと聞いている。中に入り切らない害獣どもは、巣穴の周囲で寝ているようだ」


「そう、それで二割のマージンを取ってるのね。レンツあなた、野猪の民シュラート駆除の経験はどれくらいあるの?」


「それほど多くはない。あんたは?」


「私も片手で数えるほどよ。百体クラスの群れは、一度きりね」


 レンツが肩をすくめて微笑んだ。


「そいつぁ頼もしい。俺は数十体が限度だ。明日は――ここから森に入り、この道で迂回してから巣穴の正面に出よう。あとは現場の配置を見て、編成を決めた方がいいだろう」


 クロティルデがニーナに視線を送って告げる。


「あの子が魔導弾を使えるわ。私とニーナは別行動の方がいいでしょうね。近くにいると巻き添えを食らうわよ?」


 レンツがニーナを横目で見て答える。


「何番だ?」


「二十番よ。早朝の襲撃なら、朝もやで湿ってるから大きな火災にはなりにくいはずよ」


「納得だ。となると俺は傭兵たちを率いて数を減らす。あんたらが数を減らし、俺たちが打ち漏らしを残らず潰す――そんな感じでどうだ?」


 クロティルデがニコリと微笑んだ。


「悪くないわね。あとは現場を見て決めましょう。傭兵たちの『おもり』、頼んだわよ?」


「任された」


 クロティルデがニーナに振り返り、そばに歩み寄った。


「夕食を食べるわよ。あとは食べて眠るだけ。出発が早いから、早めに眠ってしまいましょう」


 ニーナが驚いてレンツに目を向けると、彼は地図を懐にしまってテーブルを空けていた。傭兵たちは唖然としながらレンツとクロティルデを交互に見ている。ニーナも呆気に取られながらクロティルデに尋ねる。


「ねぇティルデ、今のは何の話だったの? あっという間に終わってしまったけれど」


「明日の作戦会議よ? 決めるべきことは決めてしまったし、あとは食べて寝て、体力を回復させましょう」


 荷物の中からパンと水を取り出したクロティルデが、応接間の隅に腰を下ろした。ニーナもあわてて食料を荷物から取り出し、クロティルデの横に座り込む。


「あんなに短くてよかったの?」


「必要十分なことは話し合ったわ。あとは現地の様子次第で調整するだけ。場合によっては乱暴な襲撃になるかもしれない。そうならないように祈っておくことね」


 ニーナはおずおずと頷き、パンにかじりついた。ローガーや傭兵たちは、レンツに詰め寄って口を開く。


「何を勝手に決めてるんだ!」


「何って、あんたら害獣駆除の経験がないんだろう? だから勝手を知ってる俺とクロティルデで話を詰めたんだが……なにか、都合が悪かったか?」


「そりゃ、経験はないけどよ! 俺たちだって命を懸けてここにきてるんだぜ! 俺たちの意見だって聞いてくれよ!」


 レンツが困ったように頭をかいた。クロティルデがクスリと笑みをこぼし、傭兵に告げる。


「意見って、何を言いたかったのかしら? 自分が最前線に出たいというつもりだったの? それとも、最後尾に控えたいと聞きたかったの? 現地を偵察してきたレンツ以上の意見を、あなたたちは言えたのかしら。害獣駆除の経験がある私たち以上に、対処の仕方が分かるとでもいいたいの?」


 言葉に詰まった傭兵が、不機嫌そうに視線をそらした。別の傭兵が同じく唇を尖らせながら告げる。


「だからって、こんな男に俺たちのおもりをまかせるだぁ? 年下の野郎なんかに負けるほど経験が足りないつもりはねぇぞ?! ――おいレンツ、お前いくつだ?」


 きょとんとしたレンツが、傭兵に答える。


「俺か? 俺は二十二だけど。年齢が何か関係あるのか?」


「かーっ?! 十歳も年下じゃねぇか! なんで若造に指揮されなきゃならねぇんだ!」


「まぁそういうなよ。害獣駆除は足並みをそろえないと意味がない。打ち漏らすと、すぐにまた数を増やす。確実に駆除を完了させないとならないからな。俺はあんたらに余計な口出しはしないさ。ただまとまって、一体残らず駆除すればいいだけだ」


 ニーナがレンツと傭兵たちを眺めながら、小声でつぶやく。


「なんだか、レンツさんは余裕があるわね」


 隣のクロティルデはパンを食べ終わり、水筒から水を口にして答える。


「状況を理解していながら、あれだけの余裕を見せられる。かなりの修羅場を経験してるわね。おもりの引率かと思ったら、予定外の頼もしい助っ人だわ」


「ティルデ、レンツさんを信頼してるの?」


「頼りにはしてるわね。傭兵たちに無駄死にを出さずに済むかもしれない。あとは彼らがおとなしく言うことを聞けば、だけど」


 マントで体を包んだクロティルデが、荷物を枕にして横になった。マントを少しだけ開き、ニーナに告げる。


「今夜も一緒に寝るのでしょう? 早くいらっしゃい」


「――ちょっとティルデ、みんなが見てる前でできるわけないでしょう?!」


「じゃあ、一人で眠れるのかしら」


 しばらく考え込んだニーナが、勢いよく残ったパンを口に放り込んだ。悩みながら咀嚼をし、飲み込んだ後に、素直にクロティルデの横に寝転がる。


「お邪魔します……」


「素直でいい子ね」


 クロティルデのマントにつつまれたニーナが、彼女に抱き着いた。クロティルデはニーナの背中をさするように撫でながら、その胸に顔をうずめる。その二人の様子を見ていたローガーが、呆れたように小さくつぶやく。


「なんでソファで寝ないんだ、あいつら……」


 レンツが苦笑を浮かべながら、クロティルデたちを見やった。


「ああして寝たいんだろう。ソファだと狭いからな」


「そうかいそうかい、それじゃあソファは俺たちが使うとしよう――お前らも早く寝ちまえ! 明日は朝早いらしいぞ!」


 頷いた傭兵たちが、ソファに寝転んでいく。それを見届けたレンツは、壁際に座り込んで背中を壁に預けた。


 翌日に襲撃を控えた八人は、こうして夜を過ごしていった。





****


 ――朝五時、時計で計ったようにクロティルデの目が開いた。手で優しくニーナを揺さぶり、声をかける。


「ニーナ、起きなさい。支度をして」


 しばらく揺さぶられていたニーナの目が薄く開き、眠たそうに体を起こした。


「……まだ暗いわ。もう出かけるの?」


 立ち上がったクロティルデが部屋を見回す。レンツは壁際から立ち上がり、体を伸ばしてほぐしていた。


 まだ寝ている傭兵たちに、クロティルデが声を上げる。


「起きなさい! 出かけるわよ!」


 彼女の声に驚いた傭兵たちが、上体を起こして飛び起きた。周囲がまだ暗いのを見て、ローガーが欠伸あくびを噛み殺しながら告げる。


「いくらなんでも、早すぎないか?」


 レンツが荷物をまとめながら答える。


「ここから巣穴まで、半日かかる。今出れば午後には森周辺に辿り着ける。そこで俺が一度偵察に出て、様子を見て引き返してくる。一晩はそこで過ごし、翌朝に奇襲をかける」


 ローガーが慌てて声をかける。


「待ってくれ! 害獣の巣穴のそばで寝るってのかよ!」


 クロティルデがニコリと微笑んで答える。


「嫌ならお留守番でも構わなくてよ?」


 レンツがフッと笑みを漏らして告げる。


野猪の民シュラートは夜目が利かない。夜は比較的安全なんだ。心配することはないさ」


 傭兵の一人が眉をひそめて告げる。


「じゃあ、夜襲をかけた方が勝ち目が上がるんじゃねぇか?」


 クロティルデがため息をついて答える。


「それではこちらも害獣を打ち漏らすわ。あなた、夜闇にまぎれた野猪の民シュラートを追いかけられるの?」


 ぐうの音も出なくなった傭兵たちが、大人しく荷物を整理しだした。全員が出発の準備を整えると、レンツが先導して応接間を出る。クロティルデたちはその後を追って、町長の家から外へ向かった。





****


 町長の家の前に留めていた馬車に、傭兵たちとクロティルデ、ニーナが乗り込む。御者席に飛び乗ったローガーに、レンツが告げる。


「俺は別の馬車で行く。俺の馬車が先導するから、ついて来てくれ」


 ローガーが頷くと、レンツは町長の家の裏に置いてあった幌馬車に向かっていった。


 話を聞いていたニーナが、小首をかしげながら告げる。


「どうして一緒の馬車に乗らないのかな。まだ余裕はあるのに」


 クロティルデがニーナの頭を撫でながら答える。


「害獣駆除には、いろいろと必要なものがあるのよ。あなたはまだ、それを知らなくてもいいの」


「私だけ除け者かしら。ティルデとレンツさんだけの内緒話?」


「あなただけじゃないわ。傭兵たちも理解はしてないはず――いいから、いい子で座ってなさい」


 小さく頷いたニーナが、クロティルデの手を握った。まだ眠り足りないのか、うつらうつらし始めている。クロティルデはニーナの頭を肩に乗せ、黙って馬車に揺られていった。





****


 昼を過ぎ、太陽が傾いた頃、先導するレンツの馬車が森のそばで止まった。ローガーもその後ろに馬車を止め、レンツが馬車から降りて近づいてくるのを待った。


「じゃあ偵察に行ってくる。あんたらは派手なことはせず、大人しくしていてくれ。ここは巣穴の裏だから、まず見つかることはないはずだ。もし奴らに見つかったら、その時は退魔師バンヴィルカーに祈っておいてくれ」


 そう言い残すと、レンツは腰を低くして駆け出していった。あっという間に森の茂みに消えていったレンツの気配は、もうあたりには残っていない。寝ているニーナを肩に乗せたクロティルデが、小さく笑みをこぼした。


「『隠れるのが得意』と言うだけはあるわね。気配を殺すのが巧いわ」


 傭兵たちはそわそわしながら自分の武器に手をかけていた。


「生きた心地がしねぇぜ。日が落ちるまで、あと二時間はある。本当にみつからねぇんだろなぁ?」


「見つかった時はその時よ。なるだけ迅速に処理して、それで群れが集まってきたらパーティを始めましょう。大した問題でもないわよ?」


「大ありだぜ! クソ!」


 荷物の中から水筒を取り、傭兵は口を湿らせた。ほかの傭兵たちも所在なさげに周囲に視線を走らせている。クロティルデはニーナの寝顔に目をやりながらつぶやく。


「この子、この状況で眠れるのは大物なのかしらね」


 クスクスと笑みをこぼすクロティルデを、傭兵たちは不気味そうな顔で眺めていた。





****


 日が落ちた頃、レンツが馬車に音もなく戻ってきた。


「前回の偵察時と様子が変わってない。これなら予定通り行けそうだ。途中まで一緒に動いて、巣穴の前で別れよう。俺たちが手前、クロティルデたちは奥を頼む」


 クロティルデが頷いて答える。


「あとは朝になったら、害獣駆除の開始ね。風邪をひかないように気を付けなさい? 戦闘中にくしゃみをして不覚を取ったなんて、いい笑いものよ?」


 傭兵たちは不服そうに黙って保存食を口にしていた。レンツも同じ馬車に乗り込んできて、クロティルデの隣に腰を下ろす。


「数が思ったより多いかもしれん。百二十で済むといいんだが」


「大して変わらないわ。あと百も増えていたら、さすがに作戦を変えるところだけれど」


 レンツが苦笑をしながら水筒の水で口を潤した。


「さすがにそこまでの規模じゃない。いても百五十だろう。魔導弾はあんたが撃つんだろう?」


「いいえ、ニーナに撃たせるわ。ちょっと修羅場に慣れてもらおうと思って。二百を超えたら、私が担当していたでしょうね」


 レンツが真面目な顔でニーナを見つめた。見つめられたニーナは、上目がちにレンツを見つめ返す。


「あの……なんでしょう?」


「……『風の聖眼クラール・ヴィント』があるとはいえ、こんな子に魔導弾を任せるのか? 扱いきれるのか?」


 クロティルデが微笑みながらニーナの頭を抱き寄せた。


「問題ないわ。きちんと使い方は教えたもの。あとは引き金を引けるかどうかだけ。引けなければ、私たちは全滅ね」


 ニーナが慌てて声を上げる。


「――全滅って?! そんなに責任重大なの?!」


「声が大きいわよ? 大丈夫、あなたならできると言ってるでしょう? 心配する必要はないわよ」


 ニーナがおずおずと頷き、クロティルデの腕にしがみついた。その震える手に、クロティルデが手を重ねて握りしめる。そんな二人の様子を、レンツは静かな表情で見守っていた。

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