第12話 魔導弾

「はい、もう服を着ていただいて結構ですよ」


 女性従者のことばに、クロティルデが小さく頷いた。ブラウスにそでを通しタイツを履いていく。ミニスカートを身に着けているクロティルデに、ニーナが告げる。


「無事に終わったわね~。飲み損ねた果実の飲み物、ちょっと惜しかったわ」


 リボンを結ぶクロティルデが苦笑を漏らした。


「やっぱり食いしん坊ね。そんな誘いに乗ってしまったの?」


「だって! 果実だって私たち農民はめったに口にできないわよ?! せいぜいキイチゴをつまむくらいだもの。飲み物になるような果実なんて、見たことがないわ」


「さすがに果実は支部でも簡単ではないわね。リンゴくらいならあるかもしれないけれど、季節が悪いわ。でも聞くだけ聞いてあげましょうか?」


 ニーナがほころんだ笑顔で頷いた。


「ほんと?! お願いしていい?」


 上着を羽織ったクロティルデが、武装を身にまといながら頷いた。マントを羽織り、身なりを整え終わるとニーナを手を取って告げる。


「さっさと帰るわよ。いつまでもここにいたら、また何をされるか分かったものではないわ」


「そんな大げさな……」


 ニーナはクロティルデに手を引かれ、部屋から退出した。





****


 部屋を出て廊下を見回したクロティルデが、外で待っていた女性従者に尋ねる。


「ツェールト司祭はどうしたのかしら」


「司祭様は急用ができたとのことで、お出かけになられました。皆様には『早くお帰り願うように』と仰せつかってます」


「そう……領主の館は、ここからどれくらいなの?」


「川沿いに西に三日ほど街道を行けば領主様の館ですが、それがなにか?」


「じゃあ移動時間を含めると、残り一週間半ね。それまでにドレスは間に合うのかしら」


「私どもでは何とも……司祭様が戻られたら、お伝えしておきましょうか?」


 クロティルデが小さく頷いた。


「そうして頂戴。必ず間に合わせるように、とね」


 クロティルデがニーナの手を引き、通路を歩きだす。ニーナは女性従者たちに会釈をして、二人はその場を去っていった。





****


 退魔協会アドラーズ・ヴァハト支部に、朝早くから一人の傭兵が訪れていた。赤茶けた髪の精悍な剣士だ。入口に来ているエスケン支部長に、傭兵が必死に頼み込んでいた。


「頼むよ、なんとか人手を貸してはもらえないか」


 エスケン支部長は頭をかきながら眉をひそめて答える。


「そうは言うが、うちで戦える人間は出払ってるしなぁ。何とかしてやりたいが、いないものはどうしようもないだろう」


「じゃあ武装を貸してくれるだけでもいいんだ。あんたら、すごい武器をたくさんもってるんだろう?」


「あれは部外者に貸し出せるもんじゃねぇよ。傭兵組合はどうしたんだ。お前ら傭兵は頭数をそろえるのが仕事だろうが。隣国との戦争が終わって二年、まだ国内に傭兵は多いだろうに」


 傭兵がつまらなそうにため息をついた。


野猪の民シュラート退治なんて慈善事業だからな。危険度の割に報酬が低い。応じてくれる奴らは五人も集まらなかったよ」


「そいつぁ難儀だったな。だがお前を入れれば五人だろう? 野猪の民シュラートくらいならなんとかなるんじゃないか? 現地の自警団は――おや? 遅かったなクロティルデ」


 聖教会から帰ったばかりのクロティルデとニーナが、支部の入り口に姿を見せた。振り返った傭兵がクロティルデたちを見て、きょとんとした顔でエスケン支部長に尋ねる。


「なんだ? この子供たちは。退魔協会アドラーズ・ヴァハトじゃ人手不足で、ついに子供まで駆り出したのか?」


 クロティルデが穏やかな笑顔で傭兵に告げる。


「どなたか知らないけれど、初めまして。退魔師バンヴィルカークロティルデよ。朝からにぎやかだけど、何の騒ぎかしら」


 エスケン支部長が腰に手を当てて鼻で笑った。


野猪の民シュラート退治に人手がほしいんだとよ。だが今の協会は退魔調査員フェアフォルガーが出払ってる。貸してやりたくても人手がない。クロティルデはどうする? 手を貸してやるか?」


 ニーナが小さく悲鳴を上げて、クロティルデの背中に隠れた。クロティルデは不遜な笑みで傭兵を見つめる。


「あなた、名前は? 報酬次第では応じてあげてもいいわよ?」


「俺はローガー・ジンドルフ、旅の傭兵だ……だが、こんな子供が戦力になるのか? いくら退魔協会アドラーズ・ヴァハト退魔師バンヴィルカーだからって、限度があるだろう。奴らに捕まったらどうなるか、知らんわけじゃあるまい」


 ローガーの言葉に、クロティルデは微笑みをたたえながら答える。


「あなたこそ、退魔師バンヴィルカーと敵対した勢力がどうなるか、知らないのかしら。詳しく話を聞かせてくれたら、協力してあげてもいいのだけれど」


 戸惑うローガーがエスケン支部長に振り返った。エスケン支部長がニヤリと笑みを浮かべる。


「クロティルデ、野猪の民シュラートは二桁じゃ収まらんくらいいるらしい。報酬は雀の涙、戦力はこの町の傭兵が五人、現地には自警団が二十人規模。ほぼこの町の人間だけで駆逐しなきゃならん。行けると思うか」


「あら、ここには魔導銃カラミテートを使える人間が二人もいるのよ? その程度の数なら、さばけなくはないわね。でもさすがに数が多いから、魔導弾を持ち出しても構わないかしら。通常弾だけじゃ弾が足りないわ」


 エスケン支部長が方眉を上げてクロティルデを見つめた。


「お前、うちの支部をおけらにするつもりか? 弾倉もたんまり持っていったそうじゃねぇか。魔導弾まで持ち出されたら大赤字だぞ」


「でも、野猪の民シュラートは放置できないでしょう? これ以上繁殖する前に、駆逐しておかないと厄介よ――ローガーさんといったかしら。私とニーナ、二人が参加してあげる。出発はいつになるの?」


 ローガーが戸惑いながらクロティルデに答える。


「出発は人数がそろい次第、午後からになるが……お嬢ちゃん、本気か? この戦力でなんとかなるって、本当に思えるのか?」


「あなたは思えないの? それならおうちに帰って震えて待っていればいいわ。目的地は?」


「北東に二日進んだエーヴェンバルトの町だ。現地でも戦力は募ってるはずだが、あまり期待しない方がいい」


「そう、情報は充分ね。それでローガーさん、あなたは参加するの? 傭兵たちの集合場所は?」


「俺は参加するが……なぁエスケンさん、あんたも止めてやれよ。女子供が参加していい作戦じゃないだろう?」


 エスケン支部長が大笑いしながら答える。


「あんたは細かいことを気にすんな。さては現場経験が浅い人間か? クロティルデを見てオーラが分からんようじゃ、まだまだだな」


 眉をひそめて悩んだローガーが、意を決したように頷いた。


「……わかった。何かあったらあんたの責任だ。俺たちは自分の身を守るので精一杯で、他人の世話までしてられない。死地に女子供を送り出すのはあんただと、よく覚えておいてくれ」


 ローガーがクロティルデに振り向いて告げる。


「馬車を用意してある。集合場所はこの支部の前で構わないか」


「ええ、結構よ。では午後から出発しましょう。あなたこそ、私たちの足を引っ張らないように気を付けることね?」


 しばらくクロティルデの微笑みを見つめていたローガーが、ため息をついて支部から出ていった。おびえた様子のニーナが、クロティルデに尋ねる。


「……ねぇ、今とっても怖い話が決まってなかった?」


「決まってしまったわね。相手は百体程度の野猪の民シュラートたち。あなたの初陣にしては、ちょっと大変かもしれないわ。油断をしたらどうなるかは、覚えてるわね? 相手は駆除しなければならない害獣、ためらったらあなたの尊厳が殺されるだけよ。倉庫に行って装備を整えましょう」


 歩き出したクロティルデに、縋りつくようにニーナが声を上げる。


「ちょっと! 私を連れていくって、本気なの?!」


「ええ、本気よ? あなたは場数を踏む必要があるわ。まずは生物にその銃口を向けられるようになりなさい」


 泣き言を言い続けるニーナを引き連れ、クロティルデが支部の奥に消えた。エントランスに残されたエスケン支部長に、受付の職員がおずおずと尋ねる。


「支部長、よろしかったんですか? いくら退魔師バンヴィルカーでも、さすがに数が多すぎるんじゃ……」


「なぁに、相手の戦力がわからんひよっこじゃあなさそうだ。それでニーナのおもりも引き受けるつもりなら、充分に勝ち目があるだろう。お前も退魔師バンヴィルカーって存在がどういうもんか、今回の案件でよく知っておくといい」


 エントランスから去っていくエスケン支部長を、受付の職員は不安げな眼差しで見つめていた。





****


 倉庫に向かったクロティルデが、若い男性職員に告げる。


「魔導弾、二十番を三つほどもらえるかしら」


 若い男性職員が素っ頓狂な声を上げる。


「二十番を三つ?! どこを襲撃するつもりなのさ!」


「ちょっと野猪の民シュラート退治に参加するだけよ。数が多いみたいだから、予備を含めて持っていきたいだけ。余ったら返却に来るわ」


 眉をひそめた男性職員が、うなり声をあげながら鍵付きの柵を開け、中の棚を漁りだした。三つの弾倉を手にし、カウンターに戻ってきてそれを置く。


「――はい、ご注文の二十番、三つだ。でもなるだけ使わずに戻してくれよ? 次の入荷まで、これでうちのストックはほとんど空っぽだ」


 クロティルデがカウンターの上の弾倉を手に取り、上着の裾へしまっていった。


「善処するわ。次の入荷はいつなの?」


「早ければ一週間後かな」


「じゃあそれまで、大きな案件が起きないように祈っておくことね――行くわよ、ニーナ」


 クロティルデが身をひるがえして倉庫を後にする。その背中を、ニーナが慌てて追いかけた。





****


 射撃訓練場に向かったクロティルデがニーナに告げる。


「ニーナ、汎用魔導銃クライネ・カラミテートを出しなさい」


 きょとんとしたニーナが、太もものホルスターから銃を抜き、クロティルデに手渡した。クロティルデはそれを訓練場のカウンターに置き、自分の魔導銃カラミテートを手に取る。


「今回は魔導弾の使い方を教えてあげる。この弾倉は汎用魔導銃クライネ・カラミテートでは扱えないから、私の銃を使いなさい。まずはよく見て、扱い方を覚えて」


 おずおずと頷くニーナの前で、クロティルデが上着から魔導銃カラミテートと魔導弾の弾倉を取り出した。魔導銃カラミテートの横側に魔導弾の弾倉を差し込むようにはめ込むと、その銃口を遠くの的に向ける。ニーナが銃身を見ながらつぶやく。


「なんだか、変な形をしてるのね。普通の弾倉じゃないの?」


「そうよ? 魔導弾は魔法を撃ちこむ弾丸なの。弾丸自体が特殊だから、弾倉も通常とは別の形をしてるし、装填の方法も違うわ――的をよく見ておきなさい」


 ニーナが的に目を向けるのを確認してから、クロティルデが引き金を引いた。通常よりも大きな破裂音と共に、木の的が火花を上げて爆散していた。火が付き、燃えながら木っ端みじんになった的を、ニーナが呆然と見つめる。


「なに……今の……」


「二十番は火炎魔法を込めた弾丸よ。使い勝手がいいから、補充されるのはだいたいこの弾丸ね。威力を間違えると背後の壁を傷めるから、加減には注意しなさい」


 魔導弾の弾倉を取り外したクロティルデが、魔導銃カラミテートと共にニーナに手渡す。


「はい、今回のあなたを守ってくれるお守りよ。まずは自分で魔導弾を装填するところから。練習に使えるのは、その弾倉だけ。一発撃つたびに弾倉を取り外して、装着する訓練をしましょう。私は汎用魔導銃クライネ・カラミテートを使うから、今回の主戦力はニーナになるわ。責任重大よ?」


「――できるわけないでしょう?! なんで私なのよ!」


 クスリと笑みをこぼしたクロティルデが、ニーナの手に魔導銃カラミテートを握らせた。


「魔導弾の扱いは、覚えておいて損がないわ。いつかあなたに必要な技術になるかもしれない。今回はいい機会よ。容赦せずに撃ち込めるようになりなさい」


 魔導銃カラミテートと魔導弾の弾倉を受け取ったニーナが、手を震わせながら頷いた。見よう見まねで弾倉を装填し、的に向かって銃を構える。喉を鳴らしたニーナが、ゆっくりと引き金を引き――射撃訓練場に、おおきな爆発音が響き渡った。爆散した的を貫通し、壁についた焦げ跡を見てクロティルデが告げる。


「まだ魔力を込めすぎね。魔導弾は扱いが難しいの。森の中で使うときは、倒木に注意しなさい。倒れてきた樹木に押し倒されたら、あなたが危ないわ」


「――じゃあティルデが魔導弾を使ってよ! いきなりの害獣退治で、そんなにたくさんのことを覚えられないわ!」


 クロティルデがニコリと微笑んで答える。


「人間、必死になればなんとかなるものよ? 大丈夫、ニーナの近くには人を寄せ付けないようにしておくから。周りで巻き込まれる人間は、気にしなくて済むわ」


「私一人で戦えっていうの?!」


「言ったでしょう? 『遠くから見守ってあげる』って。ちゃんと目が届く範囲で見ててあげるわよ」


「厳しすぎるわよ!」


 涙目で泣き言を叫ぶニーナに、クロティルデは優しい笑顔で魔導弾の扱いを教えていった。

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