第11話 司祭の思惑

 部屋の中に入ったクロティルデとニーナ、女性従者三人が狭い部屋で移動していく。クロティルデは壁際に、ニーナは部屋の中央で立ちすくみ、女性従者たちは布製のメジャーを取り出していた。ニーナが戸惑いながらクロティルデに尋ねる。


「ねぇ、本当にこんな狭い部屋で、二人の採寸をするの?」


「そうよ? 少し狭苦しいけど、採寸ができないわけじゃないわ。あなたは先に採寸を済ませてしまいなさい。私が服を脱いでいる間は、自分の身は自分で守るのよ?」


 頷きながら服を脱ぎ始めたニーナが、女性従者たちに視線を配りながら口を開く。


「ねぇティルデ、どうしてそんなにピリピリしてるの? ここは聖教会なのでしょう? あなたも、聖神様を信仰してるのよね?」


 クロティルデは女性従者たちの動きに目を配りながら微笑んだ。


「ええ、そうよ? 私は聖神様を信仰してる。だけどそれが聖職者を信用することと、イコールではないわ。あなたは自分の体に起こってることを、もう少し理解した方がいいわね。ここは『悪竜ニド・ヘグ』、つまり『嵐の魔眼ストルム』を敵対視する組織だということを忘れないで」


 シャツを脱ぎ終わったニーナの右手が、自然と眼帯に添えられた。その眼帯の奥にあるのは緋色の魔眼だ。


「……それでピリピリしてたの? でも、ツェールト司祭は悪い人じゃないように見えたけど」


 クロティルデが小さく息をついて答える。


「あなた、お人好しなのね。昨日のやり取りを見てもそう言えるなら、筋金入りよ? 悪い人間に騙されないように注意しなさい」


「例えば……ティルデとか?」


 ニーナの言葉に、クロティルデがにっこりと微笑んだ。


「その言葉、覚えておくわね?」


「――待って、今のは失言よ! ごめんなさい!」


「もう遅いわね。口から出た言葉は戻ってこないのよ? ――ほらほら、ぐずぐずしてないで下も脱いでしまって」


 女性従者たちが見守る中、おずおずとニーナが下着姿になっていく。


「なんか……ティルデに見られてるみたいで恥ずかしいわ」


「裸の付き合いをしたばかりじゃない。それに私は、女子の下着を見て喜ぶ趣味はなくてよ?」


「本当かなぁ……昨日の夜は抱き着いてきたくせに」


「とっても柔らかそうで、抱き心地が良さそうな枕があったんですもの。思わず抱き着いても、仕方がないと思うの」


「そうよね。ティルデの体は筋肉で固そうだものね」


「その言葉も覚えておくわね?」


「えー?!」


 クロティルデとニーナが雑談をしている間に、女性従者たちは手際よくニーナの体のサイズを測っていく。腕の長さや太さ、腰回りや胸回りなど、三人がかりで測った数字を腕にペンで記していった。メジャーの数字を遠目で読み取っていたクロティルデが、憂鬱なため息をついた。


「どうやったらそこまで育つのかしら……同じ十六歳でこれは、もはや凶器よ」


「ティルデが貧相なだけじゃないの?! 私は別に太ってないわよ!」


「あら、そう? その割にはお腹周りが少しふくよかそうよ?」


「変なところを見ないでったら!」


 のんきな会話とは裏腹に、クロティルデの目には殺気が込められていた。いつ不審な動きをされても構わないように、女性従者たちの一挙手一投足を漏らさず監視している。その気配が伝わっているのか、女性従者たちも緊張した面持ちで採寸を進めていった。ニーナが思わずクロティルデに告げる。


「ちょっとティルデ、そんなにピリピリしてたら、この人たちが作業をしづらそうよ?」


「気にすることはないわ。おかしなことをしなければ、何も起こらないもの」


 クロティルデは両腕を下げた姿勢で壁にもたれかかっていた。いつでも魔導銃カラミテートを抜ける――その気配がニーナにも伝わり、彼女の喉も緊張でつばを飲み込む。


 十五分ほどで採寸が終わると、紙に女性従者たちが数字を突き合わせて結果を書き込んでいく。女性従者の一人がニーナに告げる。


「もう服を着ていただいて結構ですよ――次はそちらのお嬢さんです」


 小さく頷いたクロティルデが、ニーナの肩を叩いた。


「何かあったら、迷いなく銃を抜きなさい。今のあなたなら、手足を撃ち抜くぐらいはできるわ。止血は私がしてあげられるから、命を奪うことにはならないわよ。だから――ためらわず引き金を引きなさい」


「う、うん……」


 ニーナが緊張した様子で小さく頷いた。クロティルデがマントを脱ぎ、ホルスターやショートソードを外して机に置いていく。リボンを取りブラウスを脱ぎ、下着姿になって女性従者たちの前に立った。急にそわそわしだしたニーナが、女性従者たちに尋ねる。


「あの~、トイレをお借りできますか?」


「ええ、構いませんよ。ご案内します」


 ほっとした様子のニーナが、女性従者について扉の前に向かう。クロティルデは冷たい視線でその様子を見つめていた。





****


 部屋の外に出た女性従者とニーナに、ツェールト司祭が告げる。


「おや? どうされましたかな?」


 ニーナが恥ずかしげにはにかんだ。


「えっとあの、トイレに……」


「ああ! それなら――君、案内してやりなさい」


 ツェールト司祭の視線を受け、外に控えていた女性従者が小さく頷き、ニーナに微笑んだ。


「私がご案内しますので、ついてきてください」


「あ、じゃあお願いします」


 外にいた女性従者に先導され、ニーナはその背中を追っていった。二人の背中を見送ったツェールト司祭が、視線で残った女性従者たちに合図を送る。部屋の外に連れ出した女性従者は部屋に戻り扉を閉ざし、外にいた女性従者たちはニーナたちを静かに追いかけた。


 ――さて、巧くいくといいのだがな。


 ツェールト司祭は壁際に背中を預け、クロティルデを見張るように扉を睨み付けた。





****


 廊下を歩くニーナが、背後の足音に気が付いて振り返る。


「あれ? どうして三人で来てるんですか?」


 追いついた女性従者が笑顔で答える。


「司祭様から、『緊張しているようだから、飲み物でも出して差し上げなさい』と言われました。果実の飲み物などはいかがですか? 甘くて美味しいですよ?」


 ニーナの顔がぱっとほころび、笑顔で頷いた。


「ほんとですか! トイレの後でいただきます!」


 クスクスと笑みをこぼす女性従者たちと共に、ニーナはトイレに案内され、一人で個室に入った。



 個室の中で用を足しながら、ニーナは太ももの汎用魔導銃クライネ・カラミテートを撫でる。


 ――迷わず撃て、か。あの人たちが、私に何かをするのかな。ティルデがあれほど警戒してるのなんて、野盗を相手にしてる時ですらなかった。じゃあ今は、野盗に囲まれてる時より危ないってこと?


 悩んでいるうちに用を足し終わり、ニーナが立ち上がって服を整える。小さな水場で手を洗いながら、備え付けのタオルで水気を拭きとった。深呼吸をして、もう一度汎用魔導銃クライネ・カラミテートを手で撫でる。意を決したニーナが、トイレのドアに手をかけ、外に出た。





****


 トイレから出たニーナの前を囲むように、女性従者たちが並んでいた。思わず気後れしたニーナが一歩あとずさり、彼女たちに尋ねる。


「あの……なんでそんなところに立ってるんですか?」


「飲み物の準備が終わりました。お部屋へご案内します」


「え? 持ってきてくれるんじゃないんですか?」


 女性従者が口元を手で隠して驚いた様子を見せた。


「まぁ、まさか廊下で飲み物を取るつもりだったんですか? あちらの部屋はお連れの方が採寸中で、飲み物を取れる状況ではないでしょう? 隣の部屋に飲み物を用意してありますので、そちらで採寸が終わるのを待たれてはいかがですか?」


「あ、それもそうですね……すみません」


 恥ずかしさで頬を染めたニーナが、鼻の頭をかきながら頷いた。目くばせする女性従者たちが歩き出し、その背中をニーナがついていく。違和感を感じたニーナが、周囲を見回して口を開く。


「あれ? こっちの道でしたっけ? さっきはあっちから来たような」


「似たような部屋が続いてますから、お間違えなのでは?」


「そっか、そうだよねぇ。毎日使ってるみなさんが間違えるわけ、ないですしね!」


 微笑みながら先導する女性従者たちに囲まれたニーナが歩きだし、案内された部屋の扉が開かれた――ニーナがその部屋に入ろうとしたところで、破裂音と共に足元の平板が弾け飛んだ。


 ――銃声?! 魔導銃カラミテート?!


 驚いたニーナが辺りを見回すと、廊下の奥でマントを身にまとった下着姿のクロティルデが、微笑みながら銃口を女性従者たちに向けていた。


「どこにニーナを連れていくつもりかしら? 死にたくなければニーナから離れなさい」


「ティルデ?! どうしたの、その恰好は!」


「気になさらないで? ちょっと私もトイレに行きたくなっただけよ。別方向に案内されかけたけれど、『お話合い』をしたらきちんとあなたのいる場所を教えてくれたわ」


 クロティルデが魔導銃カラミテートを撫でながらクスクスと笑みをこぼした。


「ちょっとティルデ……何をしたのよ……」


「大したことじゃないわ。司祭の背後にある壁を撃ち抜いただけよ」


「そんな乱暴な……なんでそんなことをしたのよ?」


 ニーナに歩み寄ってきたクロティルデが、ニーナの頬を撫でながら答える。


「言ったでしょう? 私はあなたと離れる気がないって。ニーナは危なっかしすぎるのよね――さぁ、戻るわよ」


 ニーナの手を引いて歩き出すクロティルデが、硬直していた女性従者たちに険しい視線を送って告げる。


「あなたたちには同情するけど、仕える相手を間違えないことね。人生を台無しにしてからでは遅いわよ?」


 女性従者たちが戸惑いながら視線を交わす中、クロティルデはニーナを連れて廊下を歩いて行った。





****


 ニーナを連れて部屋に戻ったクロティルデが、扉を閉めて姿を消した。あとから戻ってきた女性従者たちが、司祭に深々と頭を下げる。


「申し訳ありません、失敗しました」


 大きな穴が空いた壁際で、ツェールト司祭は青い顔でため息をついた。


「今回は仕方ありません。相手が悪すぎました。あれほど凶悪で勘が鋭い相手に、手を出すべきではないでしょう。あなたたちの責任ではありませんよ」


 小声で微笑むツェールト司祭が、内心で歯噛みをしながら扉を睨み付ける。


 ――こうなれば賭けになるが、あの男を使うしかないか。


 意を決したツェールト司祭が、女性従者たちに告げる。


「私は急用を思い出しました。彼女たちは採寸が終わったら、すぐに帰ってもらいなさい。それと壁の修理の手配もお願いしますよ」


 返事をする女性従者たちを残し、ツェールト司祭は足早にその場を立ち去った。





****


 採寸を再開したクロティルデを見ながら、壁際でニーナが尋ねる。


「ティルデ、下着姿で恥ずかしくなかったの?」


「ここは聖職者が集う場所よ? マントを羽織っていれば、気にするほどでもないわ――まぁ、俗物は一人いたみたいだけれど、あれで懲りたでしょうし」


「俗物って……誰のこと?」


 クロティルデがため息をつきながら答える。


「これだもの。あなたはもう少し危機感を持ちなさい。やっぱり場数を踏まないとダメかしら。卑しくておぞましい野猪の民シュラート退治、本気で考えようかな。奴らの巣の前に一人で放り出したら、少しは目が覚める?」


 ニーナが青ざめながら悲鳴のような声を上げる。


「やめてよね?! あんな怖い話をされて、一人にされたら怖くて死んじゃうわよ!」


「大丈夫よ、死ぬよりひどい目に合うか、死ぬほどひどい目に合わせるかの二択だもの。どちらをあなたが選ぶのか、私は遠くで見守っていてあげる」


「ひどくない?! そこはせめてちゃんと守ってよ!」


「だーめ。一人で身を守れるようになりなさい」


 クスクスと微笑むクロティルデの採寸を、ニーナはため息をついて見守った。

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