第3章 救済

第10話 命を奪う覚悟

 朝日が薄く差し込む部屋の中で、ニーナの目が自然に覚める。眠たい目をこすりながら彼女は自分の体が軽いことを自覚した。ハッとした顔で慌てて自分の体を見下ろし、そこにクロティルデの姿がないことを認識した。


「――ティルデ?!」


 慌ててベッドから彼女の体温を探すが、残っているのは自分の体温だけだった。壁時計に目を向けると、時刻はまだ六時を過ぎたばかりだ。農村育ちのニーナが目覚めるには自然な時間だが、王女育ちのはずのクロティルデが体温を残さない時間とも思えない。ベッドから起き上がったニーナは、部屋を見回した。


 ――誰もいない。ティルデ、どこに行ったの? 待ってたら戻ってくる?


 もしかすると、一人でどこかに行ってしまったのかもしれない。昨晩のクロティルデはどこか様子がおかしかったように感じた。一人で支部の中を探し回るのも心細く、お守り代わりにホルスターを装着し、汎用魔導銃クライネ・カラミテートの手触りを確認する。ケープを羽織り、朝冷えから身を守りながら、恐る恐る部屋のドアを開けた。


 廊下には誰もいない。静まり返った空気で耳が痛くなりそうな静寂だ。だがどこかで規則正しい破裂音が聞こえた気がした。


 ――ティルデ、まさか射撃訓練場にいるの?!


 朝日が差す廊下の中で、迷った末にニーナは音の発生源にゆっくりと歩き始めた。





****


 音の発生源は、やはり射撃訓練場だった。ニーナがそっと中を覗き込むと、クロティルデはブラウス姿で魔導銃カラミテートを片手で構え、規則正しい精密な射撃を行っていった。的を見ると肩や胸、腹や頭部、さらには手首や太ももなどが撃ち抜かれている。すべての個所を撃ち終わると、隣の的に向かって同じように部位を破壊していく。それを弾が尽きるまで繰り返すと、弾倉を交換して再び射撃を繰り返していく。その姿は服装も相まって、子供が無理をして戦闘力を鍛えているようにしか見えなかった。


 ――胸のリボン、喪服の流用って言ってたっけ。もしかして亡くなったのって、お母さん?


 的を撃ち尽くしたクロティルデが銃をホルスターにしまい、的の交換に向かう――その途中でニーナと目が合った。


「あら、起きてたのね。まだ寝ていてもよかったのよ?」


「……その、ティルデこそ、どうしてこんな早朝から?」


「大したことじゃないわ。ただの日課。支部にいる間は、こうして訓練をしているのよ。腕がなまらないようにね」


 的を交換していくクロティルデを眺めながら、ニーナはその姿を見守っていた。十個並んだ木の的が新しいものに変わると、クロティルデがカウンターに戻ってきてニーナに告げる。


「せっかく早起きしたんだし、あなたも射撃訓練をしたらどう? 的は半分だけ分けてあげるわ」


 クロティルデが位置を移動し、奥にある五つの的に銃口を向け、精密な射撃を規則正しく繰り返していく。ニーナはそれを見ながら、恐る恐る尋ねる。


「ねぇティルデ、どうやったらあなたのように、迷いなくその引き金を引けるようになるの?」


 射撃をしながらクロティルデが答える。


「相手が自分と同じ命と考えてはだめよ。ただ排除することのみに専念しなさい。油断をすればこちらが食われる。そのくらいの危機感で冷徹に引き金を引くの。逆に言えば、そうでもなければ使う武器じゃないわ」


 ――同じ命じゃない、か。


「じゃあ、ティルデは『救済』するときも同じように考えているの? 『排除することのみが目的』って」


 クロティルデの銃弾が的の頭部を破壊した。


「『救済』は殺しとは違うわ。あれは魂を救う道よ。苦しむ魂を、聖神様のもとへ導いてあげるの。そうしなければ、相手が苦しみ、周囲が苦しむ結果になる。だから被害が少ないうちに、なるだけ速やかに救ってあげているだけ」


「……私にはやっぱり、救済と人殺しの違いが分からないわ。同じようにこの世から消えてしまうじゃない。残された人間が悲しむのも変わらないわ」


 クロティルデが射撃を中断し、カウンターに銃を置いた。小さくため息をついたあと、ニーナに優しい微笑みを向ける。


「あなたは修羅場の経験が少ないものね。採寸が終わったら、少し場数を踏んだ方がいいかもしれないわ。己の身が危うい状況なら、あなたも引き金を引きやすいのではなくて?」


「なにを……するつもり?」


「害獣退治よ。この季節は、あちこちで『野猪の民シュラート』が発生するわ。協会に聞けば、野猪の民シュラート退治の案件が入ってるかもしれない。亜人種だけれど、人間ではないわ。イノシシのような牙を持った、猿のような種族よ。人間の女性が襲われれば、奴らの慰み者にされて子供を産まされる。囚われたら尊厳が死ぬとなれば、あなただって引き金が軽くなるでしょう?」


 おぞけで背筋を震わせたニーナが、両腕で自分の体を抱きしめ、青ざめた。


「なによ、それ……そんなモンスターがいるの?」


「シュタインドルフ村付近では、幸運にも出現してなかったのね。森が近い場所では珍しくないわよ。繁殖力が旺盛だから、退治してもすぐに湧いてしまうの。あれが近くに巣を作ると、町や村では自警団を作るけど、大きな町では傭兵組合に討伐依頼が届くこともあるわ。数が多いから、人数をそろえないと退治できないの」


「……ティルデもそうやって慣れていったの?」


「私の場合は違うわね。でも何度か頼まれて討伐作戦には加わってるわ。野猪の民シュラートに慣れたら、野盗も同じよ。捕まれば慰み者にされて殺されるか、奴隷として売られるだけ。同じように汚らわしい存在だと思えば、野盗に対する引き金も軽くなるわよ?」


 黙り込んでうつむくニーナを見て、クロティルデが告げる。


「決まりね。まずは引き金を引くことに慣れましょう。人間を殺すかどうかは、次のステップよ。殺さずに威嚇したかったら、まずは威力を抑えることを覚えて。肩や足を撃ち抜いても、今の威力では殺してしまうわ。殺さずに無力化できる威力にする練習をしましょう」


 クロティルデがニーナに近づき、優しく肩を叩いた。ニーナが顔を上げ、小さく頷く。


「わかった、やってみる。ティルデも足を撃ち抜いていたけど、あれも無力化する練習だったの?」


「太もものこと? あそこを撃ち抜かれると、出血が酷いのよ。行動力を奪えるし、五分か十分で失血死するわ。相手を尋問するときに丁度いいの」


「なにそれ! 怖いわよ! もう少し平和に銃を使えないの?!」


 クロティルデが肩をすくめて微笑んだ。


「平和な交渉なら、魔導銃カラミテートなんて持ち出さないわ」


「……それもそうね」


 肩を落としたニーナが、自分の汎用魔導銃クライネ・カラミテートを取り出してカウンターに立った。その手にクロティルデが手を添えて告げる。


「魔力の制御は、感覚で覚えて。あなたは無自覚で魔力を使っているけど、手に魔力が集まってきている感じは分かるはず。それを体の奥に押し込めるように量を絞るの。的を狙って、引き金を引くつもりになってみて――そう、魔力が強いわ。もっと絞って」


 クロティルデに手を添えられながら、ニーナが的の胸を撃ち抜いた。的は中央に小さい穴が空いたが、全体の形は保っている。クロティルデがそれを見て笑顔で告げる。


「上出来よ、その調子。まだ絞れるわ。やってみて?」


 頷くニーナが、再び的に向かって射撃を繰り返していく。二人の朝の時間は、こうして過ぎていった。





****


 食堂で朝食を取りながら、クロティルデがニーナに告げる。


「食事を済ませたら聖教会に行くわよ」


「――え?! まだ七時よ? 食事を済ませても八時前にならない?」


「大丈夫よ、聖教会も朝は早いの。九時を過ぎるとあちらも忙しくなるし、その前に済ませてあげる方が親切よ?」


 ニーナが髪の匂いを嗅ぎながら告げる。


「私、臭くない? 朝から結構撃っちゃったけど」


「魔力を抑えていたから、今日は全く分からないわね。くっつけばわかるかもしれないけれど、そんな距離まで接近を許さないでしょう?」


 ニーナはおずおずと頷き、麦がゆにパンを浸して口にした。クロティルデはさっさとパンを食べ終わると、麦がゆをスプーンですくっていく。


「――あ、ちょっと! 先に食べ終わらないで!」


 慌ててパンを口に突っ込むニーナに、クロティルデが優しい笑みで告げる。


「大丈夫、置いていかないわよ。少しお腹が減っていただけ」


 先に食べ終わったクロティルデが横で見守る中、ニーナはそれでも急いで朝食を胃に流し込んでいった。





****


 聖教会の大聖堂では、ツェールト司祭が三人の女性従者たちに指示をだしていた。


「お前たちは眼帯の少女に『飲み物』をだしてやりなさい。意識がなくなったら、運び出して『例の場所』へ。あとは私が対応しましょう」


 頷く女性従者たちは、真面目な顔で頷いた。司祭の言葉は神の言葉。疑うことは許されていない。


 ――これであとは、口裏を合わせれば問題はない。


 あとから三人の女性従者が加わり、六人の従者が大聖堂に控えた。ツェールト司祭が祭壇前で扉を見つめながら、手を後ろで組んで告げる。


「さて、何時頃に来ますかねぇ」


 温和な表情で告げるツェールト司祭は、時計の針を見ながら楽しそうに笑みをこぼした。





****


 食事を済ませたクロティルデたちは、準備を整えて支部を出た。まっすぐ聖教会に向かう途中、ニーナが尋ねる。


「採寸ってどのくらいで終わるの?」


「三十分もあれば終わるわよ? あなただって、服を着てる以上は採寸ぐらいしたことがあるでしょう?」


 ニーナが唇を尖らせながら答える。


「それはそうだけど! 農民の服と貴族のドレスじゃ、測る場所が違うんじゃないの?!」


「大して変わらないわ。オーダーメイドにするわけじゃないし、丈が合っていれば十分だもの。あなたは少し肉付きが豊かだから、ワンサイズ大き目になるかもしれないわね」


「――人を太ってるみたいに言わないでよ?! ティルデこそ、子供服になるんじゃないの?!」


 クロティルデが憂鬱そうにため息をついた。


「それはもう織り込み済みよ。十六歳で子供服とか、恥ずかしいにもほどがあるわね」


 どちらともなくこぼれた笑いで、二人はクスクスとした笑顔で聖教会に向かい、大聖堂の扉を開けた。





****


 クロティルデたちが大聖堂に姿を現す。ツェールト司祭は女性従者たちを控えさせて待っていた。司祭に向かって歩きながら、クロティルデが告げる。


「なんだか待たせてしまったみたいね。もう少し早い方が良かったかしら」


 ツェールト司祭が穏やかな笑みで答える。


「いやいや、私たちも先ほど集まったところですよ。丁度いいタイミングです――では、ついて来てください」


 ツェールト司祭が身をひるがえし、祭壇横の扉に向かった。ドアを開けて大聖堂の奥にある、聖教会施設に入っていく。その後ろをクロティルデとニーナが、その背後を女性従者たちが続いた。歴史を感じさせる木製の廊下を歩いていくと、ある部屋の前でツェールト司祭が振り返った。


「クロティルデさんはこちらで採寸をしてください。部屋が狭いので、ニーナさんは隣の部屋で採寸します」


 クロティルデが部屋を覗くと、四人が入るので精一杯の小さな部屋だった。家具はほとんど撤去され、小さな机と椅子が一組あるだけだ。クロティルデが口の端を上げて告げる。


「……その手間はいらないわ。この部屋で二人とも採寸すればいいじゃないの。二手に分けて何かをしようとしていたみたいだけど、私はニーナと離れる気がないの」


 ツェールト司祭が笑みを消した表情で答える。


「決してそのようなことは……そうですか、お疑いなら仕方ありません。ではこちらでお二人の採寸を済ませてください。私は部屋の外におりますので」


「当たり前よ。まさか淑女の肌を見られるとでも思ったの? 聖職者といえど、見せるつもりはないわ。私のも、ニーナのもね――さぁ、中に入りましょうニーナ」


 ニーナの手を引いてクロティルデが部屋の中に入っていく。女性従者たちが視線で司祭に指示を仰ぐが、ツェールト司祭は小さく首を横に振った。


 ――勘の鋭い子供め! これでは手を出せんではないか!


 クロティルデにつける予定だった三人の女性従者を室内に入れると、ツェールト司祭は静かに扉を閉めた。そのまま小声で女性従者たちに告げる。


「隙があれば、眼帯の少女を誘い出しなさい。ですが無理をしないように」


 女性従者たちが小さく頷き、司祭と共に壁際に控えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る