第8話 ブルートフルスの聖教会
射撃練習をするクロティルデたちのもとに、エスケン支部長が姿を見せた。
「おー、やってるな。調子はどうだ?」
クロティルデがエスケン支部長に顔を向けて答える。
「悪くないわね。それより、何の用かしら」
「さっきツェールト司祭のもとに行ってきた。話は通しておいたから、なるだけ早いうちに会いに行ってやってくれ。向こうで採寸をしたいそうだ」
「そう……わかったわ」
エスケン支部長はクロティルデに手を挙げ、ニヤリとしながら射撃訓練場をあとにした。その背中を見ながらクロティルデが告げる。
「ニーナ、訓練は中止よ。これから聖教会に行くわ」
「――これからって、今すぐってこと?! 『なるだけ早く』とは言われてたけど、そんなに慌てて動く必要があるの?!」
クロティルデが小さく息をついた。
「あなたね、『
「……わかった。それで、この銃はどうしたらいいの?」
「自分で持っていたらいいじゃない。少し目立つけど、どこかにしまえないの?」
ニーナが戸惑いながら、自分の服に
「わかったわ。出かける前に倉庫に行って、あなた用のホルスターを見繕いましょう。予備の弾倉も一つくらいは持っていないとね」
「えー、そこまでするの? 私、まだこれを人に向けられる気がしないんだけど」
「威嚇射撃くらいはできるでしょう? あなた、狙った的には当てられるようになってきたじゃない。足元の地面にでも撃ちこめば、充分効果はあるわよ――行くわよ」
余った弾倉を抱え、歩き出すクロティルデにニーナが続いていった。
****
倉庫に行ったクロティルデが、若い男性職員に告げる。
「足に固定するホルスターはあるかしら。
「ああ、そっちの子用にかい? ちょっと待ってて」
職員が棚の中から革製のホルスターを見繕い、それをカウンターに置いた。それを受け取ったクロティルデがさっそくニーナの太ももにホルスターを巻き付けて固定していく。
「ちょっとティルデ! いきなり着けないでよ!」
「時間がもったいないわ――これでよし、きつくない? 動きやすさは?」
両足にホルスターをつけられたニーナが、足元を見ながら軽く一回転して見せた。
「大丈夫、かな? たぶん」
「じゃあ、弾倉と
戸惑うニーナからクロティルデが
「……ティルデ、重たいわ」
「慣れれば平気よ――ありがとう、助かったわ」
若い男性職員に笑顔で手を挙げると、クロティルデはニーナの背中を押して倉庫を後にした。
****
部屋に戻り外出の用意をしたクロティルデたちは、支部を出て大通りに出た。町の入り口方向に向かって歩き出したクロティルデが、すぐ近くの白い漆喰の建物の前で止まる。看板を見上げると、白い鳥のレリーフが門を飾っていた。
「ねぇティルデ、この鳥ってなんなの?」
「聖教会のシンボルよ。聖神様の御使いと言われているわ――入るわよ」
ずかずかと聖教会の敷地に入り、正面にある大聖堂のドアをノックもなくクロティルデが開けた。背後に振り向いたクロティルデが、入り口で固まるニーナに告げる。
「何をしてるの? 早く来なさい」
「う、うん……それにしても、大きな建物ね」
「……大きすぎるのよね。金回りが良い証拠よ。寄付金が潤沢なのね」
追いついたニーナの手を、クロティルデが握った。驚くニーナに、クロティルデが告げる。
「この中では私の指示に従いなさい。あなたを守り切れなくなるかもしれない」
小首をかしげるニーナは、渋々と頷いた。歩き出す二人は、大聖堂の奥へと向かった。
大聖堂の中央には赤い絨毯が敷かれ、その左右には木製の長椅子が並べられていた。何列もある椅子の間を、クロティルデたちは奥にある祭壇に向かって歩いていく。祭壇の前では白い法衣を着た壮年の男性――ツェールト司祭がひざまずき、祈りをささげている。
「『呼んでいる』と聞いたから来たわよ。私は
祈りを中断したツェールト司祭が立ち上がり、クロティルデたちに振り返って温和な笑みを浮かべた。
「これはこれは、早速のお越しですか。私はエドヴィン・ツェールト。ここで司祭をしています。ドレスと社交場の手配をしてほしいと言われましたが、本気ですか?」
クロティルデは腰に手を当てて笑みを作った。
「応じてくれるから呼び出したのではないのかしら?」
「応じる前に、ご本人たちを確認したいと思いまして――そちらが『
ツェールト司祭がニーナの眼帯を見つめると、ニーナがおずおずと眼帯のひもを外し、緋色の右目をあらわにして見せた。それを見たツェールト司祭が息をのんだ。
「……確かに、『
「ニーナです。あの、この目はなんなのでしょうか」
ツェールト司祭が首を横に振って答える。
「生憎と私にもさっぱりわかりません。
クロティルデはツェールト司祭から目をそらさずに答える。
「そういうことよ。二度ほど斬りかかったけど、二回とも刃を体で受け止められたわ。聖神様の裁定が間違うはずがないし、彼女が『
「……となれば、ニーナさんの身柄は我々、聖教会で預かるべきでしょう。聖神様が授ける聖眼と竜の魔眼、両方を兼ね備えるなど、クヴェルバウム王国へ連れていき大司教
「それはお断りね。私は
ツェールト司祭の表情が冷たい微笑みに変わる。
「
ふぅ、とクロティルデがため息を漏らした。その手が首から下がるチェーンの首飾りに伸び、ブラウスの下に隠していたものを引っ張り出す。チェーンに留められていたのは、銀の指輪だった。クロティルデは指輪をツェールト司祭に見せつけるように突きつけ、改めて告げる。
「クヴェルバウム王家の名のもとに命じます。四の五の言わずに協力なさい」
ツェールト司祭が大きく目を見開いて指輪を凝視した。
「――それは、『聖王紋』?! なぜあなたがそれを?!」
指輪を服の下にしまいながらクロティルデが答える。
「司祭『ごとき』が知る必要はないわ。『赤い目の貴族』の情報を掴めるだけの社交場に連れていきなさい。ドレスや宝飾品は最低限で構わない。時間が残り少ないから、なるだけ急ぎなさい」
悔しそうに歯を噛みしめていたツェールト司祭が、ゆっくりと答える。
「……分かりました、二週間後に領主が夜会を開きます。その招待状をなんとか手に入れてみましょう。採寸は準備ができていないので、明日の朝で構いませんか」
「それで間に合うのかしら? 採寸に準備なんて必要なの?」
「今は女性の従者が出払ってますので。男性従者に採寸させて良いなら対応できますが」
ニーナが思わず声を上げる。
「男性に体のサイズを測られるの?! いやよ、そんなの!」
静かにツェールト司祭の目を見つめていたクロティルデが、小さく頷いた。
「わかったわ。では明日の朝ね。ドレスは必ず間に合わせて。あとの手筈は任せたわよ?」
「はい、かしこまりました」
身をひるがえしたクロティルデに手を引かれ、ニーナはツェールト司祭に会釈をしてからその場を去っていく。大聖堂を出ていく二人を、ツェールト司祭は睨み付けるように見つめていた。
****
大聖堂に一人残されたツェールト司祭は、ため息をついて思案を巡らせていた。
――『聖王紋』など、クヴェルバウム王家の血族しか身に着けることが許されない物。まさかあの娘が王族だとでもいうのか?! それでは迂闊に手を出せないではないか!
ニーナの両目は『
「≪
一分ほど待つと、ツェールト司祭の手にはまる銀の指輪から、しわがれた老人の声が返ってくる。
『何事か』
「『
数秒の沈黙が訪れ、再び指輪から声が返る。
『確保せよ。『
「かしこまりました――≪
静寂が支配した大聖堂に、ツェールト司祭のため息が響いた。
――好き勝手に言ってくれるものだ。だが明日は採寸でクロティルデも無防備になる時間を生み出せる。二人を別々の部屋に分けてしまえば、ニーナだけを拉致することは可能かもしれない。
立ち上がったツェールト司祭は、憂鬱そうな顔でゆっくりと大聖堂を後にした。
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