第7話 ニーナの銃
クロティルデたちが客間に戻る途中、通路ですれ違う協会職員たちがクロティルデに会釈をしていく。その様子を見てニーナが告げる。
「どうしてみんな、ティルデにだけ挨拶をするのかしら」
「この制服のせいよ。これを見れば、誰でも私が
「――それ、ティルデの趣味じゃなかったの?!」
クロティルデがジト目でニーナを睨み付けた。
「あなたね……私の趣味を何だと思ってるのかしら。こんな短いスカート、私が好んで履いていると思ったの?」
「え、でも動きやすそうだし……」
「それは確かだけれどね。私には足元が寂しすぎて、最初は心細かったわ。この制服をデザインした人には一度文句を言ってやろうかと思ったのだけれど、見つからないのよね」
ニーナがニコリと優しく微笑んだ。
「でも、とっても似合ってるわよ? その胸元の大きなリボンとか」
「これ? これは私物よ。喪服のリボンを流用してるだけなの」
平然と告げるクロティルデに、ニーナが戸惑った様子で尋ねる。
「喪服って……誰か亡くなったの?」
「どうでもいいじゃない、そんなこと――それより、
クロティルデの視線が、ニーナの腰裏に装着されているダガーナイフに向けられた。
「その程度の刃物で対抗できる相手は、ほとんどいないわ」
「べ、別にこれはそういう意味で持ってるんじゃないし!」
クロティルデがふんわりと微笑んでニーナを見つめた。
「私を狙うためなら、なおのこと
ニーナが眉根を寄せた後、憂鬱そうにため息をついた。
「……私に誰かを殺すことなんて、できるのかしら」
「あら、殺すつもりで持ち歩いてるんじゃなかったの?」
「それは――そう、なんだけど。やっぱり人を傷つけるなんて、怖くて。ティルデは怖くはないの?」
「忘れてしまったわ、そんな恐怖。慣れてしまえば簡単なものよ。刃物で人を傷つけるときはより強い覚悟が必要になる。銃はその負担を軽減してくれるわ。あなたでもきっとできるようになるわよ」
ニーナがうつむいて黙り込んだ。二人は言葉も交わさずに客間に辿り着き、中に入る。
「さぁニーナ、紅茶くらいは入れてあげる。少し気分を休めておきなさい」
クロティルデがお湯を沸かし始める姿を、ニーナは黙って見守っていた。
****
シュタインドルフにある聖教会の大聖堂で、ツェールト司祭は祈りをささげていた。そこに聖教会の従者がやってきて告げる。
「司祭様、
「……用件は何か、聞いてきなさい」
「はぁ、なんでも『魔眼のことで相談がある』とだけ」
ツェールト司祭が祈りを中断し、目を開けて従者に振り向く。
「わかりました。では応接間に通しなさい」
頷く従者が踵を返し、大聖堂を出ていく。ツェールト司祭は応接間に向かいながら思案を巡らせた。
――今さら協会が『
用件が読めない。だが無視すべきではない気がした。そのまま司祭は応接間に辿り着くと、すぐに人払いをしてからソファに腰を落ち着けた。
少し待っていると、応接間の入り口にエスケン支部長が笑顔で姿を見せた。案内した従者が扉を閉めると、エスケン支部長は無言でツェールト司祭に歩み寄り、向かいのソファに腰掛ける。
「実は、あんたに頼みたいことと聞きたいことがある。構わないか」
ツェールト司祭は感情を殺した表情で頷いた。
「まず、聞きたいことをお伺いしましょうか」
エスケン支部長はわずかに逡巡したあと、口を開く。
「実はな、うちの
「……さて、私も耳にしたことはありませんな。そのような人材が本当におられるので?」
「魔眼は見せてもらえなかったが、聖眼は俺も確認した。
ツェールト司祭がため息をついて答える。
「何分にも、ここはクヴェルバウム王国から遠いですからね。調べるにも限度があります。ですが何かわかったらお伝えしましょう。それで、頼みというのは?」
エスケン支部長がニヤリと笑って答える。
「うちの
ツェールト司祭の目が薄く細められ、エスケン支部長を見つめた。
「目的は?」
「近頃出回ってる、『赤い目をした貴族』の情報を得るつもりのようだ。平民出身の
「生憎と、私もそれほど暇ではないのでね。社交場に通うことも多くはない。あまり力になれるとは思えないですな」
エスケン支部長が苦笑を浮かべて膝に肘を突いた。
「まぁそう言うなよ。あんたが社交界に顔が利くのは話に聞いてる。貴族の
ツェールト司祭が小さく息をついた。
「まぁ、それは否定しませんが。ではドレスの調達と社交場の手配ですな? 平民が参加しても問題がない程度の場、ということであれば可能でしょう。彼女たちのドレスの手配には採寸が必要です。なるだけ早めにこちらに寄越してください」
エスケン支部長の右眉がわずかに持ち上がった。
「別にうちの支部でも採寸くらいはできるが」
「なに、その魔眼と聖眼を併せ持つ子を、この目で確認したいだけですよ。ついでに
「わかったわかった、それで行こう。実際に社交場にあいつらを連れていくのはあんただ。現物をじかに見たいというのも、理解はする」
立ち上がったエスケン支部長がツェールト司祭を見下ろしながら告げる。
「ご協力に感謝するよ」
「聖神様のご加護がありますように」
ツェールト司祭の言葉に笑みで答えながら、エスケン支部長は応接間から出ていった。一人残されたツェールト司祭が、ぼそりとつぶやく。
「……『
しばらく一人で思案していたツェールト司祭も、ゆっくりと立ち上がって応接間を後にした。
****
クロティルデは部屋に戻ると、ニーナに眼帯を手渡した。
「まずはそれを装着して。使い心地を確認しておいて頂戴」
ニーナはおずおずとハンカチを取り外すと、受け取った白い眼帯で右目を隠していく。
「――これ、向こう側がうっすら透けて見える!」
クロティルデがニコリと微笑んで告げる。
「
ニーナが頭の後ろで紐を結び、眼帯を固定した。それを見てクロティルデが満足げに頷く。
「悪くないわ。あなたは『
ドアがノックされ、倉庫の若い男性職員が顔を見せた。
「ご注文の弾倉、届けに来たよ」
部屋に運び込まれたカートには、木箱がぎっしりと乗せられていた。クロティルデがカートを受け取り、職員に微笑む。
「ありがとう、助かるわ」
職員が笑顔で部屋から立ち去って行った。
クロティルデは木箱のふたを開け、中身の弾倉を確認していく。一つの木箱に弾倉が十本。それを取り出し、ハーフ丈の上着に詰められるだけ詰めていった。
「ニーナ、あなたは十本くらい手で持って。射撃訓練場に行くわよ」
ニーナが不満そうに口をへの字に曲げた。
「えー、私も持つの?」
「当たり前でしょう? あなたの訓練なのよ?」
ニーナはクロティルデから渡された弾倉を抱えると、恐る恐るそれらを目で確認していく。
「これ、突然爆発したりしないよね?」
「
クロティルデ自身も両手に十本の弾倉を持ち、二人は部屋を出て射撃訓練場へ向かった。
****
射撃訓練場は開けた部屋だった。ところどころにカウンターが並び、部屋の反対側には人型の木の的がいくつも並んで立っている。クロティルデは弾倉をカウンターに並べ、隣にニーナを立たせた。
「じゃあ――これがあなたの銃よ。撃つ前に安全装置を外すのを忘れないで。撃ち終わったら必ず安全装置をかけること」
クロティルデがニーナの右手を掴み、その手に
「これが
「魔力があれば誰にでも撃てるわ。でも
ニーナはクロティルデに教わり、安全装置を解除して弾倉を装填し、見よう見まねで銃を構えた。的に向かい
クロティルデがころころと笑いながら告げる。
「私の真似を最初からしようとしても無理があるわ。最初のうちは両手で構えた方がいいわよ? 反動がかなりある銃だから、それで体を痛めないように注意して」
頷いたニーナが今度は両手で的に向かって銃を構える。引き金を引くと再び破裂音がして、反動で体がのけぞる。ニーナは体格で受け止めるようにして反動を抑え込んだ。何度かそれを繰り返すうちに、的に銃弾が当たり、その肩口が大きく破裂した。
「――当たった!」
クロティルデが呆気に取られながら答える。
「すごいわね……その射撃姿勢で当てるなんて。それに威力も高いわ。まだ難しいかもしれないけれど、魔力を小さく絞って威力を抑えるようにした方がいいわ。威力がほしい時以外、魔力は必要最低限にする癖をつけるの。じゃなければ魔力切れでばててしまうわよ?」
頷くニーナの射撃姿勢を、今度はクロティルデが手を添えて矯正していく。
「もっと足を前後に開いて。肩の力は抜いて、反動は無理に抑え込もうとしない方がいいわ。引き金は絞り込むように引くの」
次の射撃は的の胸部に当たり、木製の的が粉砕された。唖然とするニーナがぽつりとつぶやく。
「なにこれ……なんでこんなに威力があるの……」
クロティルデは苦笑を浮かべながら答える。
「なんでかしらね。農民だったニーナに、強い魔力があるはずがないのだけれど。やっぱりその目のせいかしら。次は隣の的を狙ってみなさい。的を全部撃ち終わったら、交換して続けるわよ」
頷くニーナが再び銃を構え、引き金を引く――次の的も腹部を粉砕され、真っ二つに裂けていた。鼻をひくつかせたニーナが、眉をひそめて告げる。
「なんだか焦げ臭いわ。これが魔力痕という奴なの?」
「そうよ? 銃を撃った人間には強い魔力痕がつくの。夕食を食べたら、きちんと入浴しましょうね」
「……お風呂なんて、部屋になかったじゃない。どこで入るのよ?」
「支部には共同浴場があるわ。夜になれば職員たちは家に帰るし、あなたの右目が見られることもないはずよ。私が使い方を教えてあげるから、一緒に入りましょうね」
ニーナがうなだれながら答える。
「まさか、入浴まで一緒とか言うつもりなの?」
「そうだけど……なにか問題があったかしら」
「問題しかないわ! 私のプライバシーは?!」
「ないわね――それより、訓練を続けるわよ」
ニーナは大きくため息をつくと、鬱憤を晴らすかのように銃を撃ち続けた。
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