第5話 退魔協会ブルートフルス支部
支部の内部に入ると、内部は暗褐色のクルミ材でできた内装が出迎えた。入口そばにあるカウンターで、黒い制服を着た女性職員がクロティルデに声をかける。
「お話は伺っております。通信室は正面通路突き当たりを右手です」
「ありがとう――ニーナ、行くわよ」
微笑むクロティルデに手を引かれながら、ニーナは挙動不審な様子で周囲を見回しながら歩く。
「
「そうよ? どこもだいたい同じつくりね」
通路の奥に消えていくクロティルデを見送ったカウンターの職員が、隣の男性職員に告げる。
「ちょっとあなた、エスケン支部長に伝えてきてもらえる?」
男性職員が顔をしかめた。
「え、俺が? お前が行けよ」
「私はここで仕事があるの。あなたは暇してるでしょ」
「チッ! しょうがねーな」
不承不承で立ち上がった男性が女性職員に振り向いた。
「エスケン支部長は今どこだ?」
「支部長室にいるんじゃない?」
頷いた男性職員は、通路の奥に向かって消えていった。
残された女性職員はカウンターに頬杖を突きながらつぶやく。
「……ずいぶんと小さい
ため息をついた女性職員は、手元の書類整理を再開した。
****
木製の通路を歩いていくクロティルデは、言われた通り突き当りを右手に進み、石造りの部屋の前で足を止めた。部屋の前にいる衛兵を見上げて彼女が告げる。
「通信室を使わせてもらえるかしら」
「はっ、どうぞお使いください」
衛兵が鉄の扉を引き、両開きの片側が開いていく。その隙間にニーナを押し込むようにクロティルデがその背中を押した。
「――ちょっと?! なんで私まで中に入れられるの?!」
「あなただけ放置はできないの。分かってるでしょう? いいからあなたも中に入って」
嫌がるニーナをぐいぐいと体で押し込むクロティルデに押され、二人は通信室に入っていった。中からクロティルデが鉄の扉を閉めると、内部は壁に取り付けられたランタンの明かりだけが残された。通信室は四メートル四方の石造りの部屋で、ランタン以外に目ぼしいものはない。周囲を見回すニーナが告げる。
「なんなの? この部屋。何もないじゃない」
「秘密の通信をするための部屋だもの。外から話が聞こえないなら、それでいいのよ」
クロティルデが右腕の腕輪を掲げ、声高に叫ぶ。
「≪
腕輪が淡く輝き、数秒してから腕輪から声が返ってくる。
『――クロティルデ殿下?! 今回は何用でしょうか?!』
「ザンダー会長を呼び出せるかしら。少し相談があるの」
『少々お待ちください! ただいまお呼びいたします!』
ガタガタと騒がしい音が聞こえる中、唖然とするニーナが尋ねる。
「……今、『殿下』って呼ばれてなかった?」
「そうね、呼ばれていたわね」
「それって、ものすごく偉い人のことじゃないの?!」
「そうかしら? そうでもないと思うけど」
ニーナが目を見開いてクロティルデを見つめた。
「あなた、王族なの? クヴェルバウム王国の?!」
「そんなこと、どうでもいいじゃない――少し黙っていて」
腕輪から
『これはこれはクロティルデ殿下。珍しいですな、殿下から連絡とは。今回は何用ですかな?』
「実は、『
『片目の魔眼保持者、ですか。それは私にも記憶がございませんな。それで殿下はいかがするおつもりですか』
「協会預かりにするか、私が預かって旅を続けるか、二択になるわね。ザンダー会長はどうしたらいいと思う?」
腕輪の向こうからうなり声が聞こえた。
『私には何とも決めかねますな。少し資料を当たらせてください。何かわかるかもしれません』
「そう、ならお父様と直接話すことにするけど、それで構わないかしら」
『それが一番でしょう。何かわかりましたらお知らせします』
「ええ、よろしくね――≪
腕輪の向こうから人々のざわめく声が聞こえた後、その声が遠くに消えていった。少しして腕輪から男性の声が返ってくる。
『クロティルデか。どうした、お前がホットラインを使うなんて、初めてだな』
「実は、片目の『
腕輪の向こうで男性がうなり声をあげた。
『片目か。私が知る限り、片目の魔眼保持者は十年前の戦争で一例の発見報告を受けた覚えがある。その時は取り逃したが、聖教会の司教から“害はない”と言質を取り、その魔眼保持者の捜索を打ち切った。だがその保持者が聖眼も持っていたかは、報告にはなかったと思う』
クロティルデが小さく息をついた。
「となると、彼女はどうしたらいいでしょうか」
『お前が相談してくるということは、“
クロティルデがしっかりと頷いて答える。
「はい、わかりました。ではザンダー会長にも、そうお伝えください」
『ああ、わかった――“彼女”と言っていたね。その魔眼保持者と話せるかな?』
クロティルデがニーナに振り向いて告げる。
「ニーナ、お父様よ。ご挨拶して」
「――ええっ?! 挨拶しろっていわれても! えっと、ニーナ・アーデルハイトです!」
腕輪の向こうで小さい笑い声が上がった。
『どうやら若い子のようだね。私はクヴェルバウム王国の国王、リヒャルトだ。クロティルデの父親、といった方がわかりやすいかな? 良ければ娘の良い友達になってやってほしい。その子は案外さみしがり屋でね。その年で満足に友達の一人もいない。君がその一人になってくれると、親としても心強い』
クロティルデが顔を真っ赤にして腕輪に叫ぶ。
「お父様?! そんなことはどうでもよいじゃありませんか!」
『ははは! 親心、という奴だよ――ニーナといったね。至らぬ娘だが、支えてくれるとありがたい』
ニーナが身を縮めながら答える。
「えっと……ティルデの友達になればいい……ということですか?」
『ああ、それで構わない。何かわかれば、私からも連絡を入れよう――そろそろいいかな。私も今は立て込んでいてね』
クロティルデが頷いて腕輪に答える。
「お忙しい中、ありがとうございました――≪
腕輪の輝きが途絶え、室内はランタンの明かりだけが二人を照らし出していた。呆然とするニーナが、油の切れたブリキ人形のようにぎこちない動きでクロティルデを見つめる。
「……今の人、国王って言ってなかった?」
「言ってたわね。第二十四代クヴェルバウム国王、その人よ」
「――王様じゃない?! じゃ、じゃあ! ティルデってもしかして――」
クロティルデがニコリと微笑み、ニーナに向かってミニスカートの裾を両手で持ってカーテシーを披露した。
「クヴェルバウム王国の第一王女、クロティルデ・マリア・フォン・クヴェルバウムよ。でも今まで通り『ティルデ』で構わないわ。今は
口を大きく開けたニーナはクロティルデを指さし、驚きを隠せないまま硬直した。
****
クロティルデが通信室の扉を開けると、扉の前に壮年の大男が立ちふさがっていた。黒い協会制服を着崩し、筋肉が内部から溢れるようだ。無精ひげを生やしたいかつい顔でニヤリと微笑んだ男が、クロティルデに告げる。
「話は終わったか? 俺はこの支部で支部長を務めるロルフ・エスケンだ。何の話をしていたか、聞いても構わんか?」
クロティルデは無表情にエスケン支部長を見上げた。
「大したことじゃないわ。ニーナの扱いをザンダー会長と決めていただけ。結局は『私が身柄を預かる』ということになったけれど。それよりエスケン支部長こそ、私に何の用かしら」
エスケンが後頭部を手でかきながら答える。
「あー、
クロティルデが返答しようと口を開けると同時に、背後にいるニーナの腹の虫が大きな音を立てた。クロティルデとエスケンの視線がニーナに集中し、彼女の頬が朱に染まる。
「な、なによ! しょうがないじゃない! だって昨日のお昼からまともな食事を取ってないのよ?!」
エスケンの顔を見上げたクロティルデが告げる。
「悪いけど、話の続きは食事をしながらで構わないかしら」
エスケンは楽しげな笑顔で頷いた。
「おお、いいぜ? そろそろ飯の
通路を歩きだしたエスケンの後ろを、クロティルデとニーナが続いた。歩きながらぽつりとクロティルデがつぶやく。
「……食いしん坊」
「お腹が空くのは仕方ないと思うんだけど!」
二人の会話を聞いたエスケンが、振り返らずに笑い声をあげた。
三人は支部の食堂に向かい、通路を歩いて行った。
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