第2章 迷い
第4話 ブルートフルスの町
暗闇が続く下り傾斜を、クロティルデたちは淡い光球で足元を照らしながら歩いていった。ニーナが光球に視線を向けながら尋ねる。
「ねぇティルデ、あなたは魔法が使えるのよね。あまり得意じゃないのかしら、こんな弱い明かりしか使えないなんて」
クロティルデがクスリと微笑んで答える。
「馬鹿ね、夜道で強すぎる光は闇が深くなるわ。周囲の危険が分からなくなるのよ。明かりは最低限あれば、それで十分なの」
「へぇ……どこでそんなことを習ったの?」
クロティルデは前に広がる闇に目を向けながら歩き続ける。
「どこでだったかしら……多分、
ニーナが目を見開いてクロティルデに振り向いた。
「――十四歳?! じゃああなた、今はいくつなの?!」
「十六歳よ? それがどうしたの?」
愕然とした様子のニーナが、クロティルデの顔を見つめた。
「嘘、同い年だなんて……てっきり――」
「てっきり、何かしら? もっと小さい子だと思ったの?」
二人の身長差は頭一個分に近い。百五十センチ程度のクロティルデに対して、ニーナは百六十を超える。体つきも決してふくよかとはいえないクロティルデに対し、ニーナは女性らしいボディラインをしているのがケープの上からでも見て取れた。ニーナに視線を向けたクロティルデが、切なげなため息をつく。
「あなたはいいわよね、女子らしい体つきで。年齢を勘違いされることも、ないのでしょうね」
「だ、大丈夫よティルデ! きっとあと数年であなたも女子らしい体つきになれるわ!」
クロティルデがさらに切ないため息を漏らした。
「気休めは結構よ。この年齢で伸びないものが、これから先で伸びるわけがないもの」
ニーナは気まずそうにクロティルデに声をかける。
「えっと、ティルデはそうなると、
「正式にはそういうことになるけど、初仕事は十三歳のときよ。あの日から私は
ニーナがきょとんとしてクロティルデの目を見つめた。
「……反対されたのに、
「そうするのが義務だと思ったからよ。私は
どこか悲しげなクロティルデの声に、ニーナが表情を陰らせて懐に手を入れた。潜ませたダガーナイフの柄を握りしめたニーナが、クロティルデに尋ねる。
「じゃあ、フォルカーを殺したのも慈悲だというの?」
「殺したんじゃないわ、『救済』よ。慈悲をもって救済している。その結果恨まれてしまうことも多いけれど、それは仕方がないことだと割り切ってるだけ。放置すれば周囲に破壊をもたらす存在になって、一番悲しむのは『
「……ほかに道は、本当にないのかしら」
「あったら私が知りたいくらいね。誰かが隠してるとしたら、私はその人の命を奪ってでも必ず後悔させて見せるわ」
考え込みながら歩いていたニーナが、懐のナイフから手を離した。
「――あーあ! どうしてこんな世の中なの! せめて素直に憎ませてよ!」
クロティルデが優しい微笑みでニーナに振り向いて答える。
「あら、憎んでいいのよ? あなたにはその権利がある。だけど私も殺されるわけにはいかないから、反撃はするけどね?」
ニーナが唇を尖らせた。
「そこは素直に仇を討たれなさいよ。私じゃあなたを殺すなんて、隙を窺ってもできる気がしないわ」
「こうして二人旅を続けていれば、いつかそのチャンスは巡ってくるかもしれないわよ?」
「いつまで旅をするつもりなの?!」
「シッ、声が大きいわ。もう少し声を押さえて――
微笑むクロティルデに、ニーナがジト目で睨み付けた。
「それ、私はこの故郷に戻ってこられないってこと?」
「その目の秘密がわかるまでは、そうかもしれないわね」
「いやよ! なんとかして!」
「なんともならないわ」
悲壮な声を上げる割に、ニーナの表情は和らいでいた。どこか打ち解けた空気の中、二人は会話を楽しみながら、山道を下って行った。
****
クロティルデたちは斜面を下りきり、林の中で朝日を浴びていた。懐から地図を取り出したクロティルデが、魔力探知計を取り出して針の向きを確認する。二重になった針の一本は北を指し、もう一本は固定されずにふらふらと揺れていた。地図で位置を確認したクロティルデが、西に延びる街道を遠くに見やって告げる。
「あの道をまっすぐ行けば、お昼前にはブルートフルスの町よ」
「まだ歩くのー?! もうへとへとよ!」
クロティルデがクスリと笑みをこぼした。
「その割には元気じゃない。支部に行けばベッドでゆっくり休めるわ。もうひと頑張りよ」
「うぅ……はーい」
先を歩くクロティルデの後ろを、ニーナが少し遅れてついていく。
「ねぇティルデ、あなたは結婚を考えたことはあるの?」
「私が? そういったことはお父様任せね。今は
ニーナが小首をかしげて尋ねる。
「本国って? ティルデはどこ出身なの?」
「クヴェルバウム王国よ。北方から二年かけてここまで旅をしてきたわ」
「クヴェ――って、北方の大国じゃない! よくも仕事をしながらここまで来たわね」
クロティルデは地図と探知計を懐にしまい込みながら答える。
「私でなければ処理できない仕事も、それなりにあるのよ」
「ふーん……
西に向かって歩き出したクロティルデが、ニーナに答える。
「そう、大変なのよ。人数も少ないしね。『
ニーナも西に向かって歩きながら、クロティルデの横についた。
「それって、なにか原因があるってことかしら」
「さぁ……私にはわからないわ。何が原因なのかがわかれば、『
「そう……」
黙り込んだニーナは、クロティルデと並びながら街道に出て、西にあるブルートフルスの町へと向かった。
****
ブルートフルスの町は城塞都市だ。町の周りを城壁が囲い、その入り口にある城門では衛兵たちが検問を敷いていた。旅人たちは列をなして検問にならび、身分証と通行料を払って中に入っていた。中には身分証がなく、追い返される旅人もいる。そんな様子を遠目に見ながら、ニーナは足を止めてため息をついた。
「なにあれ……追い返される人がいるの? 私、町に入れないのかしら」
歩みを止めないクロティルデが、ニーナに振り向いて答える。
「あなたは大丈夫よ、私がついてるもの。早くいらっしゃい」
前を向いて歩き出すクロティルデに、ニーナが駆け足で追いついて尋ねる。
「あなたは
クロティルデは金の腕輪をニーナの目の前に掲げた。
「そういうことよ。この『
検問に並ぶ行列の横を通り過ぎ、二人は城門に辿り着いた。衛兵たちが咎めるように手に持った槍を二人に向けて告げる。
「何をしている! 中に入りたければ並べ!」
クロティルデが金の腕輪を衛兵に見せつけて答える。
「
たちまち衛兵がかしこまり、槍を引っ込めて敬礼を向けた。
「し、失礼しました! 近頃、付近で『赤い目をした人間を見た』という目撃情報が噂として届いており、警戒を厳重にしております!」
クロティルデは衛兵の顔を見上げながら告げる。
「そう、あなたたちは協会から事情を聴いているのね。じゃあ支部まで誰か案内してもらえるかしら。場所を教えてくれるのでも構わないのだけれど」
「そういうことでしたら、私がご案内します!」
目の前の衛兵が仲間に言葉をかけた後、町の中に向かった。クロティルデは平然としたまま城門をくぐり、足を止めたままのニーナに振り返る。
「どうしたの? はぐれないように気を付けて」
「――あ、待ってよティルデ!」
慌てたニーナがクロティルデに駆け寄ると、彼女はニコリと微笑んで衛兵の背を追い始めた。衛兵とともに街の入り口を抜けるニーナは、周囲の賑わいを見回してため息をついた。
「大きな町ねぇ……私、こんな町に入るのは生まれて初めてよ」
「そう? それなりに大きな町ではあるわね。何かいい情報が手に入るといいのだけれど」
クロティルデたちは衛兵に案内され、町の大通りの奥に向かって歩いていく。途中にある白い漆喰の大きな建物にクロティルデは視線を走らせた。
「……大きいわね」
ニーナがきょとんとした顔でクロティルデに尋ねる。
「何が大きいの?」
「何でもないわ、気にしないで」
小首をかしげるニーナの背中を手で押しながら、クロティルデは先を急いだ。
****
衛兵が大通りにある一番大きな建物の前で振り返る。
「ここが
クロティルデは、敬礼をして去っていく衛兵を見送ると、支部の前に立っている衛兵に目を向けた。支部の衛兵たちはクロティルデの姿を見て、直立して告げる。
「お勤めご苦労様です!」
「楽にして構わないわ。それより、通信室を使わせてもらうけど、構わないかしら」
「はっ、問題ないはずです!」
クロティルデがニーナに視線を投げ渡して衛兵に告げる。
「それと、部屋と食事を用意して頂戴。この子を休ませたいわ」
「はっ、ただいま!」
衛兵の一人が支部の扉を開け、中に駆け込んでいった。クロティルデはニーナの背中を押して支部の中へ向かう。
「ほらほらニーナ、固まってないで。中に入るわよ」
「お、押さないでよ?! 私、何をされるの?!」
「何もされないわよ、心配しすぎね」
クロティルデはニーナの背中を支部に押し込むようにして中に入り、その扉を閉めた。
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