第3話 村との別れ

 ニーナの後ろを歩くクロティルデに、三人の黒服の男性が追いついた。


「お勤めご苦労様です。報告は我々がいたしましょうか」


「そうね、お願いできるかしら」


 頷く黒服の男が、視線をニーナに向ける。


「それで、彼女の件はどうなさいますか」


 しばらく逡巡したクロティルデが、黒服の男に尋ねる。


「彼女の目は、元々『風の聖眼クラール・ヴィント』だったの?」


「いえ、鳶色とびいろだったはずです。こんなことは起こり得るのですか?」


 クロティルデがフッと笑みを浮かべて答える。


「私に聞かれても分からないわね。ひとまず彼女のことは伏せておきなさい。私が直接、協会長に話をしてみるわ」


「わかりました――では」


 黒服の男たちは視線を交わすと、クロティルデに頭を下げて村から出ていった。


 クロティルデは足に魔法をまとってぬかるんだ道の上を歩きながら、ニーナの背中を見つめていた。





****


 ニーナは自宅に戻ると、一人で家の中に入った。クロティルデは家の外で壁に背中を預けながら、周囲を取り囲む村人たちを視線で牽制する。人垣になっている村人たちをかき分けて、ニーナの両親が姿を現した。


「ニーナは?! 娘はどうなった!」


 クロティルデは腰からショートソードを抜き放ち、近づこうとするニーナの両親に切っ先を向けた。


「近づかないで。彼女は魔に魅入られた可能性があるわ。再び『悪竜ニド・ヘグ』が現れないとも限らない。私が彼女の身柄を預かります」


 ニーナの母親が悲壮な顔で声を上げる。


「娘をどうするつもりなの?!」


 クロティルデは金の腕輪をニーナの両親に見せながら告げる。


「私は退魔師バンヴィルカークロティルデ。文句があったら、近くの町の退魔協会アドラーズ・ヴァハトに言いに来なさい。これはクヴェルバウム王国が制定した国際条約よ。『悪竜ニド・ヘグ』の対処は私たち、退魔師バンヴィルカーに一任されてるわ。あなたたちも『彼』の姿を見たでしょう? ニーナが『悪竜ニド・ヘグ』になれば、また村が破壊されるわ」


 言葉を飲むニーナの両親は、周囲の村人に視線を走らせた。村人たちはニーナの両親を咎めるような視線を投げ返していた。


 ニーナの父親が力なくうなだれた。


「……わかりました。娘の命はどうなりますか」


「『悪竜ニド・ヘグ』にならないなら、私が守ってあげる。『悪竜ニド・ヘグ』になれば私が『救済』してあげる。どちらにせよ、悪いようにはしないわ」


 落ち着きがない母親が何かを言おうとしたとき、家の扉が開かれてニーナが姿を見せた。厚手のシャツにショートパンツ、タイツで足を隠し、足元はブーツを履いてる。栗鼠色の髪の毛は、ひとつに束ねられていた。大き目のバックパックを背負った彼女は、ケープで上半身をしっかりと隠している。


 彼女の両目を見た両親が、思わず息を飲んでいた。


「ニーナ……その目は……」


 母親の言葉に、ニーナがきょとんとした顔で小首をかしげる。


「お母さん、目がどうしたの?」


 クロティルデは懐から折り畳み式の小さい手鏡を取り出し、ニーナに差し出した。


「それで見てごらんなさい」


 おずおずと手鏡を受け取ったニーナが、おそるおそる自分の顔を確かめた。


「――なによ、この目!」


 クロティルデはニーナの両親にショートソードを突き付けながら答える。


「緋色の目は『嵐の魔眼ストルム』よ。『悪竜ニド・ヘグ』の印なのだけれど、あなたは『悪竜ニド・ヘグ』ではないみたい。金色の目は『風の聖眼クラール・ヴィント』、私と同じ退魔の印。両方を兼ね備える人間の話なんて、聞いたこともないわね」


 日が落ちかけた村は徐々に夕闇に包まれ始め、その中でニーナの両目が緋色と金色に輝いていた。その目を見て両親を含めた村人たちが小さい悲鳴を上げる。


 同じく輝く金色の瞳を持つクロティルデが周囲に告げる。


「ニーナには近寄らないで。あなたたちにも悪影響があるかもしれない。距離を取りなさい」


 人垣が割れるように道を開け、村人たちがニーナから距離を取った。ニーナから手鏡を受け取ったクロティルデは、ショートソードを腰に納めながら告げる。


「じゃあ行くわよニーナ。村にお別れを言っておきなさい」


 ニーナが視線を走らせると、周囲の村人は呪いを恐れるかのようにさらに距離を取る。そんな中、ニーナの両親だけが踏みとどまり、母親が声を上げる。


「あなたは私の娘よ! いつでも戻ってきていいからね!」


 ニーナは寂しげな笑みを浮かべた。


「お母さん、フォルカーのご両親に謝っておいて。『何もできなくてごめんなさい』って――じゃあ、行ってきます」


 歩き出したニーナと共に、クロティルデも歩を合わせる。村人たちは、遠巻きにニーナが村から出ていくのを見守っていた。





****


 村から出たニーナがクロティルデに尋ねる。


「これからどうするの? もう日が暮れるわよ」


 懐から地図を取り出したクロティルデが、地図を指さしながら答える。


「近くにブルートフルスの町があるわ。そこなら退魔協会アドラーズ・ヴァハトの大きい支部があるはずよ。そこに向かいましょう」


「どこよ、そこ? 聞いたこともないわ」


 投げやりなニーナに、クロティルデが微笑む。


「山の向こう側にある大きな町よ。街道沿いだと一週間はかかるのだけれど、迂回して宿場町を経由するわけにもいかない。人のいる場所は避けたいの。だから山越えをするわ――ちゃんとついてきなさい」


 日が沈みかける中、クロティルデは≪照明リヒト≫の魔法を使って足元を淡い光で照らし出した。魔法の光球が照らし出す道を、二人はゆっくりと歩いていく。


「山越えって……何日かける気よ」


「明日の昼には、向こう側に辿り着けるわ――あなたがへばらなければね?」


 ニーナは答えず、黙って歩き続けた。クロティルデはそんな彼女に微笑み、地図をしまって前を向き歩き続けた。





****


 街道を外れて山道を行く頃には、辺りはすっかり夜闇に包まれていた。けもの道を上りながら、二人は順調に山頂を目指していく。深夜が近づくころになると、ニーナが悲鳴のような声を上げた。


「いつまで歩く気よ!」


「夜通し歩くわよ? まさかあなた、こんな山の中でキャンプでもするつもり?」


 ニーナが力なく地面にへたり込んだ。


「もうお腹が空いて動けないわよ! こんなに長く歩くと思ってないから、食料も持ってきてないわ!」


 クロティルデが微笑みながら腰のポーチに手を入れ、革袋を取り出してニーナに投げ渡した。


「保存食よ。黙ってそれを食べていなさい」


 革袋を空け、中からドライフルーツと干し肉を取り出したニーナは、味わいながら声を上げる。


「美味しい! お肉なんて久しぶりね!」


「黙って。いい子だから、そのまま動かないでね」


 きょとんとするニーナを前に、クロティルデは懐に手を差し入れた。抜き放った魔導銃カラミテートの銃口を、暗闇に向けて引き金を引く。


 乾いた破裂音と共に、男の悲鳴が暗闇から返ってきた。クロティルデは矢継ぎ早に引き金を引き、そのたびに男たちの悲鳴が上がる。


 呆然とする中、クロティルデは暗闇に向かって魔導銃カラミテートを撃ち続けた。辺りに血と臓腑の匂いが立ち込め始める中、クロティルデの銃口がニーナの背後にも向けられる。


 クロティルデが引き金を引くと、ニーナの背後近くからも男たちの悲鳴が上がっていった。乾いた破裂音と男たちの悲鳴が交互に山にこだまする。


 クロティルデは弾倉を懐から取り出すと、グリップから解放した弾倉を投げ捨てて新しい弾倉を装填した。しかし再び魔導銃カラミテートを構えたクロティルデは、引き金を引かずに銃口を闇に向けたまま静止した。


「……逃げてくれたみたいね。しつこい野盗だったわ」


 魔導銃カラミテートを懐のホルスターに納めるクロティルデに、ニーナが尋ねる。


「……野盗? いつのまに囲まれてたの?」


「あなた、気が付いてなかったの? 途中から追跡されてたわよ? あの程度の殺気にすら気づかないなんて、平和に生きてきたのね」


「――当たり前でしょ?! 私は平和な農村の娘よ!」


 ニーナの鼻がひくひくと動いた。


「ねぇクロティルデ、なんか変な匂いがしない?」


「変な匂い? ――ああ、それはきっと魔力痕ね。魔導銃カラミテートを撃つと、どうしても魔力痕が辺りに残るの。煙のようになった魔力痕が、周囲に独特の匂いを残すのよ。それより、まだ休憩していくのかしら?」


 ニーナは保存食を革袋にしまい込み、首を横に振りながら立ち上がった。


「死体の中で食事をしたいとは思わないわ。行きましょう」


 頷くクロティルデは歩き始め、ニーナはその背中を追った。





****


 山頂に到着すると、クロティルデが暗闇に目を凝らしていた。


 ニーナが見ても幼い少女であるクロティルデは、綺麗な顔立ちをしていた。小さい顔と、陶器のような肌。ニーナが今まで見たこともないような美しい少女だ。それでいて、強い。


 ――私にこの子を殺せるのかな。


 ニーナはひそかに懐に隠したダガーナイフの柄に手を伸ばし、クロティルデの隙を窺う。


 クロティルデは遠くに目を凝らしながら真顔で答える。


「そのナイフで殺せると思ったら、大間違いよ?」


「……いつから気付いていたの?」


「最初から。あなた、殺気が漏れすぎるのよ」


 力量ではクロティルデの方が遥かに上。それを思い知らされ、ニーナは暗い気持ちになった。


 ――それでも! 私はフォルカーの仇を取るのよ!


 ニーナに振り返ったクロティルデが、ニコリと微笑んでその右目を見た。


「その緋色の目を隠さないといけないわ。人里に出る前にどうにかしてしまいましょう。あなた、ハンカチは持ってる?」


「え? ハンカチ? えーと……これでいいかしら」


 ダガーナイフから手を離したニーナが、ポーチからハンカチを取り出して差し出した。


 クロティルデはそれを受け取ると、ハンカチを広げてニーナの右目を隠していく。


「ちょっと両手でハンカチを押さえていて」


「えっと……こう?」


 ニーナがハンカチを押さえると、クロティルデは自分の髪からヘアピンを二つ取り外し、ニーナのハンカチを留めていった。


「――これでよし。赤い目を見られると、退魔調査員フェアフォルガーにも目を付けられるし、町の噂になるわ。赤い目の噂が流れると、動きづらくなるのよ」


「……そうなの? じゃあこっちの金の目は?」


「『風の聖眼クラール・ヴィント』は大丈夫よ。退魔師バンヴィルカーか、その素質を持った人間しか持たない目だもの。私が連れているから、あなたは退魔師バンヴィルカーの弟子のように見られるんじゃないかしら」


「……私、あなたの弟子じゃないわ。あっさり人を、フォルカーを殺せる人になんて、弟子入りするつもりもないし」


 クロティルデが再び夜闇に目を向けて、悲しげに微笑んだ。


「他の手段があればよいのだけれどね。あれしか『悪竜ニド・ヘグ』になった人を救う方法がないのよ。放置すればフォルカーのように、周囲に害悪を与える存在になってしまう。だから放置はできないの。せめて安らかに『救済』してあげるしかないのよ」


 ニーナはまじまじとクロティルデを見つめて尋ねる。


「あなたも、納得してフォルカーを殺したわけじゃないの?」


「……『殺して』はいないわ、『救済』よ。そう信じて私は活動しているの。でも他に救える手段があれば、きっとよかったのでしょうね」


 ――この子も、迷いながら活動してるのかな。


 ニーナがぼそりとつぶやく。


「私、どうなるのかな」


「わからないわ。初めてのことだし。ブルートフルスに行けば、何かわかるかもしれない。まだまだ歩くけど、頑張れるかしら?」


「……そうね、また襲われたくはないし。頑張るわ、『ティルデ』」


 ニーナの言葉に、クロティルデが嬉しそうに微笑んだ。


「視界が悪いから、足元に気を付けて。転ぶと谷底まで真っ逆さまよ?」


「わかってるわよ!」


 二人は幾分か和らいだ空気の中、慎重に山道を下っていった。

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