第20話 るびぃの嫉妬からの誤算
蒼達が人の賑わう繁華街へと向かった後、放課後にも関わらず、有助平六は帰ることなく、誰もいなくなった教室の椅子に座ったまま、ぼんやりと天井を見つめいた。
「どおすっかな……」
手に持った小さなメモを見つめると、そこには端的に一言だけ書いてある。
『教室で待っていてください』
宛名も何もない、ただそれだけ。必要最低限の情報だけだった。
「まるでラブレターだな……」
そう口にする平六だが、別に嬉しそうではない。
「こんな手紙、俺以外だと勘違いするぞ……ん?」
まだかまだかと待っていると、後ろの教室の扉が開かれると、
「お待たせしてすみません、有助くん」
教室に入ってきたのは、帰り支度の鞄を持った宝生るびぃだった。
「別に謝ることじゃないよ、るびぃちゃん」
現れた差出人不明の手紙の主が現れても、平六は驚かなかった。
「教室に誰もいなくなるの待っていたんだろ?」
「そうですね」
るびぃは端的にそう言って教室に入ると、そのまま蒼の席に流れるように座った。
そこで初めて平六は少し驚いた表情を見せる。
「……もしかして、長くなる?」
「そうですね、あなた次第でちょっと長くなります」
「そっか……」
平六はるびぃに向かい合うことなく、座ったまま横を向いて耳だけを彼女に向けた。
「……あまり驚いていませんが、私が来るとわかっていたんですか?」
るびぃが訊ねると、平六は持っていたメモを開いて見せる。
「筆跡でわかる」
「……気持ち悪いです」
「はっはっはっ」
るびぃの素直な感想に、平六は声だけ笑って返した。
「それに、蒼とちょっとあったしな……」
蒼はずっと怒らせたと思っているようだが、平六は落ち着いていた。とても怒っている人の雰囲気はない。むしろ後悔しているような……そんな雰囲気。
「……後悔している癖に、何をかっこつけているんですか?」
「はっはっはっ……バレた?」
平六は空笑いから、気まずそうに言った。
「お昼休みにすれ違った時、悲しそうな顔をしていましたからね。とても怒っている人の表情ではありませんでしたから」
「え、すれ違ったの? あー、そっか、顔に出てたか……」
頭をポリポリと掻いて、平六は誤魔化すような仕草を見せる。
「にーさんは有助くんは今も怒っていると思っているようですが、今のあなたを見ていると、後悔しているようにしか私には見えません」
「………………」
平六は気まずそうにるびぃの視線から逃げることしか出来なかった。
「後悔しているのなら、私に話してみせんか?」
「……るびぃちゃんだったら、大体わかっているだろ?」
るびぃの察しの良さは、蒼だけじゃなく平六もお墨付きだった。
「おおよそは……ですが、にーさんを悩ませているあなたに自ら言わせて、塩を塗りたくろうと、そう思っているだけです」
るびぃのことをよく知らない人が聞けば、性格が悪そうと思うだろうが平六は違った。
「ふっ、偽装怪獣ブラコーンめ……」
「ぎそうかい? ……何ですかそれ?」
平六が小声の早口で言ったので、るびぃは聞き取れなかったようだ。
「……ちょっとだけ言い返しただけだ、気にするな」
「はあ……?」
るびぃはよくわからないながらも聞き流した。
平六はため息を吐くと、覚悟を決めたように話し始めた。
「最初はちょっとムカついただけだったんだ。俺がその、きゅぴちゃんのことを好きになったと伝えて、それで協力して欲しいと蒼に言ったんだけど」
「無謀ですね」
「わかってるよ! でもあいつはそれを聞きながら、実はきゅぴちゃんとは昨日から付き合っていたんだ! それなのにあいつはそれを言わずに……」
それだけを聞けばそうなのだが、るびぃは全てを理解していた。
「にーさんの名誉の為に言わせて貰いますが、二人は昨日まで付き合っていませんでしたし、何ならあなたが協力して欲しいと言った時も付き合っていませんでした」
「へっ? それってどうゆう……」
「そのままの意味です。あなたが協力して欲しいと言った後に、咄嗟にきゅぴさんの見栄というか、付き合っているという嘘に、にーさんは協力しただけです」
「は、はい!?」
本当の意味で、初めて平六は戸惑いを見せた。
「そ、それじゃあ二人は付き合ってないのか?」
「今のところは、ですが……」
一応否定したようだが、るびぃが口ごもったことで、平六は余計に気になった。
「どうゆうことなんだよ? 教えてくれ! るびぃちゃん!」
必死にそう言う平六だが、るびぃはあくまでも冷静に対応する。
「ここから先は、別に有助くんは知らなくてもいいことです。私としては、にーさんが有助くんを裏切ったわけじゃないことを、知って欲しかっただけですので……」
「それが本当なら、俺はあいつに謝らないといけない。だけどまだ、どうしてきゅぴちゃんがそんな嘘を吐いたか、エゴかも知れないが、俺は知りたい……」
それなりの理由がきゅぴにあることを承知で、平六は言葉を重ねる。
「じゃないと俺は、ちゃんと蒼に謝れない気がする……」
難しそうな表情を見せるるびぃ、あまり言いたくないのが見て取れる。
「にーさんをだしにするのはずるいですよ……」
しかし兄の名前を出されたら、るびぃは言わないわけにはいかなかった。
「ごめんな、るびぃちゃん……」
「……はあ、やっぱり長くなりそうですね。一応、有助くんが納得出来る部分は話すつもりですが、それでも言えない部分はあることは承知でお願いします」
平六は頷いたのを確認して、るびぃは話し始める。
「実はきゅぴさんですが――」
こうしてるびぃは、必要なことを平六に教えたのだった。
――――――。
「はあぁあぁ~」
るびぃが話せる全てを聴き終えると、平六は深い深いため息を吐き出した。
「……ああ、やっちまった、やっちまったやちまった。知らなかったとはいえ、あいつが俺を裏切るわけがないってことを、信じ切れなかった俺が悪いじゃん、はあ……」
感情を吐露しながら、平六は頭を抱えだした。
「元々人を怒るのも得意じゃないし、無視することしか出来なかったけど、もうあいつと話せないかと後悔し始めていたらこれだよ、はあ……」
「有助くんはきゅぴさんのことを知らなかったんですから、しょうがない気がしないこともないですから、これからも責任を感じて気にしてください」
「ごめん、慰めているのか、えぐっているのかわかんない……」
「慰めてはないですね」
『……じゃあえぐってるの?』
と思ったが、平六は口には出さなかった。たぶん『はい』とは言わないけど『ご想像にお任せします』とか、そんなニュアンスのことを言われるだけだ。
「まあいいや、それよりもさ……」
そんなこと霞むぐらいのきゅぴの秘密を平六は教えて貰っていた。
「……まさかきゅぴちゃんがねぇ? あんな派手な見た目をしているのに、意外というか何というか、見た目がギャルなのにっていうのにさ」
それ以上言おうとする平六に、るびぃは自分の唇の前に人差し指を立てた。
「きゅぴさんは一応ナイショにしていますから、他言しては駄目ですよ。話して良いのは私とにーさんぐらいと思ってください」
きゅぴの秘密の扱いに、平六はるびぃのナイショに照れながらも黙って頷いた。
「……あと、絶対にーさんには謝ってくださいね絶対」
そう言われ、思わず頭を抱える平六。
「そうだよな……」
だけどすぐに覚悟を決めたように顔をあげた。
「グチグチウダウダしていても仕方がない、さっさと謝るべきだな」
「あっ、今日は無理ですからね。さっきも言いましたけど、にーさんはきゅぴさんを連れてデートをしていますから、明日、ウチに来てにーさんに謝ってください」
「わかってるよ、早く謝りたいけど、蒼はお楽しみ中だからしょうがないか……」
……………………。
「そうですね……」
不自然な沈黙の後、無表情でるびぃは同意した。
「うーん……」
普通の人なら別に引っかからないのだが、平六はるびぃを不思議そうに見ていた。
「何ですか?」
「何でまだ怒ってるの?」
……………………。
「怒っていませんが?」
また不自然な沈黙の後、無表情でるびぃは答えた。
「いやいやいやいやっ! めちゃくちゃ怒ってるじゃん!」
平六の指摘に、るびぃは顔を逸らすことしか出来なかった。
「最初はさ、蒼を悩ませている俺に対して怒っているのかなぁ~って思ってたけど、俺が謝るって言っているのにまだ……あ」
何かに気付いた様子の平六に、るびぃが眉をひそめる。
「今頃、蒼はきゅぴちゃんと楽しくデートしているんだろなぁ~」
「………………(ぴくっ)」
僅かな反応を、平六は見逃さなかった。
「今、目尻がピクッと動いたよ? やっぱりお兄ちゃんが他の女の子とデートをしているのは嫌?」
「……………………」
するとるびぃは何も反論せず、今度は不快感すらも表情に出さない、いつもの無表情だったが、それに対し平六は優しそうな笑みを見せる。
「普通の人だったらいつもの無表情で見逃すだろうけど、るびぃちゃんは俺の幼なじみであり、俺の初恋相手だからな、そんな俺の目は誤魔化せないぞ」
今までだって好きだと言われてきたるびぃだが、今回は様子が違う気がした。
「何ですか急に、私は有助くんのことは――」
「あああいいいっ! 本気の返事は聴きたくない! それに俺は、るびぃちゃんの好きな人はちゃんとわかってるしな、好きだったけど、俺は諦めたんだ……」
………………。
二人の間に不自然な沈黙が流れたが、口火を切ったのはるびぃだった。
「……私の好きな人を、知っているんですか?」
彼女は悪手だとわかっていた、それでも聞かずにはいられなかった。
「そりゃあ幼なじみですから、るびぃちゃんのお兄ちゃんが大好きな気持ち――ブラコーンは俺には隠せないよ」
「ブ、ブラコーン!? へ、変な呼び方はやめてください、そんな怪獣みたいな……」
今日一番の驚きを見せたるびぃに、平六は楽しそうに笑い、
「ははは、ごめんね、兄妹揃って怪獣だからさ、幼なじみとして長年見ていると、何だかヤキモキするというか、それに……」
「それに……なんですか?」
一瞬『あー……』と考える素振りを見せてから、平六は話し始める。
「蒼もるびぃちゃんが好きなシスコーンだけど、あくまでも妹としてるびぃちゃんが好きなだけなんだよね。でも、るびぃちゃんは蒼のことが――」
「それ以上は、言わなくていいです……」
今までとうって変わった悲しげな表情を見せたるびぃに、平六は申し訳なさを感じた。
「ごめんな……」
「聴いたのは私ですから、お気になさらずに……」
………………。
また二人の間に不自然な沈黙が流れたが、次に口火を切ったのは平六だった。
「るびぃちゃんは今のままでいいの? 自分の気持ちを殺しながら、蒼ときゅぴちゃんの仲を取り持ってデートをさせるなんて、もっと素直になった方がいいんじゃないか?」
「……きゅぴさんを救えるのはにーさんだけです。彼女を救えなかった時、にーさんは自分の責任だと感じるはずです。私は、にーさんのツラい表情を見たくありません」
るびぃの主張に、平六はむず痒い気持ちを隠せない。
「救える? ……よくわかんねぇけど、るびぃちゃんなりに理由があるとしても、俺がるびぃちゃんの立場なら、好きな人が別の誰かと二人っきりでデートをするなんて、俺は嫌だぞ……」
それに対し、るびぃは微かに笑みを見せる。
「有助くんは、好きな人が自分以外と関係を持つのは嫌ですか?」
「と、当然だろ……」
「私は違います。好きな人が自分以外を愛したとしても、最後に、どんな形であれ私のそばにいればそれでいい。その為なら私は……何でもしますよ?」
最後にクスッと笑い、微笑みながら、るびぃは締めた。
「こ、怖いよ……」
「ふふふ、冗談ですよ……」
なおも微笑む姿に戦慄しながら……ふと、平六は思った。
「る、るびぃちゃんはそれでいいかもだけど、蒼は違うんじゃない?」
「……どうゆうことですか?」
「だって今、るびぃちゃんは俺と二人っきりだろ? 蒼も充分シスコーンだからな、あいつからすれば、今の状況はあまり嬉しくないかもだぞ」
するとるびぃは、ちょっと不満顔を見せる。
「きゅぴさんとデートをするんですから、ちょっとぐらいヤキモチ焼かせた方がいいんです。ここに来る時も、わざと嫉妬させる言い回しをしましたし」
「……あー、それはマズいかもな。あいつ結構嫉妬深いからな、それに、意図的に男にヤキモチを焼かせようとする女の子は……えっと、嫌われるぞ?」
「――――――」
まるで雷に打たれたかのような反応を見せたるびぃ。そのまま固まって動かない。
「まあ男と会っていると言っても俺だし、蒼も別に気になるっちゃなるだろうけど、
そこまで気にしないと思うぞ、たぶん……」
平六の慰めが聞こえているのか聞こえているのか、るびぃはすっと立ち上がると、
「……か、帰ります」
放心したようにユラユラと揺れながら、そのまま教室を出て行った。
「大丈夫だろうか、途中まで見送るか……」
そう思い立った平六は立ち上がると、ユラユラと揺れるるびぃを追いかけていった。
次の更新予定
純情ギャルサキュバスちゃんは××したい! しゃりん @syarin06
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