第12話 真珠の本当の正体


 サキュバスの存在。


 生気を吸収したことがないから人間界に追放されたきゅぴ。

 きゅぴに生気を吸収させようと暗躍(?)しているサキュバス管理局局長。

 そして、サキュバスにとってごちそうな生気を持つ俺。

 これだけ丁寧に説明されたら、かーさんが何を言うのかは簡単だった。


「蒼、あなたにはきゅぴちゃんが生気を吸収出来るように協力して欲しいの」

「……え? 協力?」


 てっきりきゅぴに俺の生気をあげて欲しいと言われると思って身構えていたから、思わず拍子抜けしてしまった。

 だって生気を吸収させるってことは、きゅぴとえっちなことをすることになるのかと……べ、別に期待していたわけじゃないからなっ!?


「聴いているの、蒼?」

「……えっ! あ、うん、きょ、協力って具体的にどうすればいいんだ?」

「まずはきゅぴちゃんの話しを聴いてあげてほしいの。たぶん、あなたと話しをしたいと思っている筈だから……」


『だいじょばにゃい、だいじょばにゃい、あたひなら、でき、きゅう……』


 ……あそこで気を失ったらそりゃ話しをしたいだろうな。


「ああ、わかったよ」

「きゅぴちゃんと話をして、どうすれば彼女が生気を吸収出来るようになるか、一緒に考えてあげて、どうするかはあなたに任せるから」


 任せる、か……一応、方法があるんだけど、母親にはさすがに言いづらい。


「あー、えっと……」

「どうしたの? 何か良い方法でも思いついた?」

「……あ、うん、きゅぴが生気を吸収するだけでいいのなら、俺がそのきゅぴと、その……チョ、××すれば一応解決なんじゃないか?」


 苦し紛れに××と言って誤魔化した。


「放課後にしようとして失敗したじゃない」

「あ、そっか……」


 普通に××して吸収出来るんなら、あの時に出来ているし、きゅぴが落ちこぼれのサキュバスの烙印を押されることもなく、人間界に追放されてないか。

 そもそも何できゅぴは生気を吸収したことがない……というか出来ないんだ? まあこの辺は、たぶんきゅぴから直接教えて貰えればいいか。

 俺が駄目なら他の男でも駄目だろ、たぶん……いや絶対。それは何か嫌だ。

 ――と、なってくると他の方法……あ、そういえば、


『だから夢魔界から来たサキュバスにとっては一般的だけど、別にえっちなことをしなくても生気を吸うことは出来るのよ』


 そうだ、別にえっちなことしなくてもいいんだ。


「さっき、別にその……え、えっちなこと、し、しなくても生気を吸収出来るみたいなこと言っていたけど、ど、どうやってするんだ?」

「だから秘密だって、るびぃに怒られちゃうわ」


 そういやさっきも言ってたな。


「だからだから何でるびぃが関係してくるんだよ」

「ひみ、ちゅ❤」


 息子に投げキッスとかやめろ。

 恥ずかしさよりも変に若くて綺麗だから、ちょっと照れるだろ。

 ……うん? 待てよ。


「もしかしてるびぃがその方法を知っているのか?」

「知っているわよ」


『なんで?』と言いそうになるが、グッと堪えた。

 ……どうせ教えてくれない、秘密と言われるだけだ。


「それにきゅぴちゃんも知っているから、本人に訊くと良いわよ」


 自分のことだしサキュバスなら知っていてもおかしくはないか。


「そうなの? それじゃあ――」

「でも今のきゅぴちゃんだと、たぶん教えてくれないと思うわよ。夢魔界のサキュバスにとっては、あまり一般的な方法じゃないのよね」


 ……俺、馬鹿にされてないか?


「あのさ、本当にきゅぴに生気を吸収出来るようにしたいって思っているよな?」

「もちろん思っているわよ。だけど焦っているわけでもないから、まずは二人で話し合って欲しいって言っているの、あなた一人で先走り過ぎよ」

「う、確かに……」


 痛いところを突かれた。やっぱりまずはきゅぴと話してみるのが一番か。


「それで一応最後に確認だけど、引き受けてくれるの?」


 偶然……ではないだろうが、席が隣同士になり、これから寮とはいえ一つ屋根の下で一緒に暮らすわけだし、これぐらい引き受けても別に良いだろう。


「まあ、別にいいよ、渡りに船みたいなもんだし……ただし!」


 だけど、これだけは訊いておきたい。


「どうしてかーさんがきゅぴを、サキュバスである彼女をそんなに気にかけているかだけ教えてくれ」


 きゅぴは言ってしまえば赤の他人だし、人間でもなければサキュバスだ。

 かーさんがどうしてそこまでこだわるのか知りたかった。


「それはひみ――」

「秘密はなしだぞ。場合によっては断らせてもらうぞ、俺は……」


 俺の本気が伝わったのか、かーさんは真剣な表情に変わった。


「……だけど、かーさん的に言いたくないこともあると思う。だから、少なくとも俺が納得出来るぐらいのことは教えてくれ」

「それがさっきの質問かしら?」

「ああ、それもそうだけど……あと気になるのは、どうしてかーさんがそんなにサキュバスに詳しいとか……かな?」


 ずっとスルーしていたけど、あまりにもサキュバスについて詳しすぎる。

 それに、かーさんの若すぎる見た目に、男を誘惑するには充分なスタイル、心なしか、きゅぴと似たような雰囲気を感じるのは、俺の気のせいだろうか?

 ……もしかしたらかーさんは、サキュバスなんじゃ?


「教えてくれ、かーさんの正体を……」

「もう隠せそうにないわね……」


 ずっと俺の気になることを秘密と言っていたかーさんが、ついに真実を語ろうとしている事実に、思わず生唾を飲み込んだ。

 今思えば、かーさんがちょこちょこ秘密と言っていたのは、もしかしたら自分の正体を隠すためだったのかもしれない。


「私は、サキュバス管理局サキュバス安全保護課に務める職員なの」


「……ん?」


 思っていた回答とは、少し角度が違う答えが飛んできた。


「普段はここの学生寮……ということに今はなっているけど、ここは人間界に来たサキュバスの住まいとして提供していてね。サキュバスのお世話が私の主な仕事なのよ」


「ん? ん?」


「それできゅぴちゃんが夢見高校の学生として来ることになったから、ここを学生寮として使うことになったんだけど、彼女の場合、生気を吸収出来るようにならないといけないから、生気が美味しい男を、この寮に住まわせた方が良いということになったのよ」


「ん? ん? ん?」


「でも、あくまでここは学生寮だから、きゅぴちゃんが吸収したくなるぐらい、生気が美味しい高純度の夢見高校の男の子、つまりは『適性』がある人を募集したら」

「適正? 今、適正って言った? 適正って言ったよね?」

「何と蒼しかいなかったの、びっくりよね」

「いやびっくりじゃなくて、今、適正って……」

「それで」

「聞けよ!」

「サキュバス管理局の職員である私としては、きゅぴちゃんが生気を吸収出来るようになって欲しいから、生気が高純度で美味しくて、この寮に住む唯一の男の子のあなたにお願いしているってわけ……どう、理解出来た?」


 違う角度の答えがやっと止まった。でも、これで色々と理解出来た気がする。


「えっと……かーさんってサキュバス管理局の職員なの?」

「そうよ」

「そうなんだ……」


 これは……いいや別に、たぶん聞き出したら知らない単語とか出てきそうだし、わからなくなったら教えて貰う感じで、そうなんだろうと思っておこう。


「ここって本来は、サキュバスが住んでるの?」


 今は俺たちしかいないけど。


「一応はそうなんだけど、あまり利用するサキュバスはいないわね。大体のサキュバスは生気を吸収したら、すぐに夢魔界に帰るからあまり必要としないのよ」


 ……何その、ヤったらすぐ帰るみたいな。


「そこで、きゅぴちゃんが人間界に来ることになったから、学生寮としてここを使うことになったのよ、ちょうど誰も住んでいなかったしね」

「それじゃあ、この寮が今年から使われるようになった理由って、きゅぴが人間界に来ることになったから?」

「そうそう。それできゅぴちゃん一人だと寂しいから、それなら美味しい生気を持った男の子の方が都合が良いよねって話になったのよ。それで生気が美味しい高純度の夢見高校の生徒っていう、適性がある男の子を募集したの」


 俺やるびぃが募集したやつだなそれ。


「で、俺しかいなかったと……」

「びっくりよね?」

「もういいよそれ。それよりも、俺が入寮出来たのは適正が……ようは生気が美味しくて高純度だからだってわかったが、るびぃはどうして入寮出来たんだ?」


 男子の適正はわかったが、女子の適正は何だ?


「女子に適性はいらないわよ。女子も入寮させるつもりだったんだけど、適正のある男子があなた一人だったから女子も一人ってなって、偶然るびぃが選ばれただけよ」

「偶然るびぃが選ばれた? ジロジロ……」


 どれぐらいの応募があったか知らないが、るびぃ一人ではおそらくないだろう。

 俺の追求の目をニコニコと素知らぬ顔で受け流していたかーさんだが、


「……ちょっとだけ、職権乱用しちゃった(てへっ)」


 根負けしたのかサッと目線をそらして言った。

 ここの寮の管理人でありサキュバス管理局の職員なら出来るんだろう、知らんけど。


「でもでも、あなたはここに住んで、私もここに住んだら、るびぃは一人になっちゃうのよ? 可哀想だとは思わない?」

「それは、まあ……」


 るびぃが入寮出来た理由が気になっただけだし、これ以上突っ込まなくていいや。


「どう? 気になったことは解消できたかしら? あなたの気になることは全部話しているつもりだけど、まだ何かある?」


 確かにかーさんは、俺の訊ねたことを包み隠さずに全部話してくれた。

 かーさんがきゅぴを気にかけているのは、サキュバス管理局の職員だから、それだけで納得は出来るのだが、それでもこの質問だけはしないといけなかった。  


「……最後に一つだけいいか? かーさんは、サキュバスなのか?」


 するとかーさんは目を伏せて唸りだした。


「うーん、どうしようかしら? たぶん、私が違うと言っても、完全には蒼の中では払拭されないと思うのよ……」

「あ、ああ、そうかもしれないな……」


 何せサキュバスについて今日知ったばかりだ。

 サキュバスと人間の見極め方もよくわかっていない。かーさんに違うと言われて、すぐに信じられるかと聞かれたら、確かにそうかもしれない。


「そうねぇ、答えになっているかわからないけど、サキュバスから生まれる子供は全員女の子なの。だからサキュバスから男の子は普通は生まれることはないの……」


 俺が男なのが、かーさんがサキュバスじゃない証明って感じか。


「なるほど……あれ? ふつ――」



「にーさん」


「おおっ!? びっくりした……」


 後ろから唐突に呼ばれて振り返ると、るびぃがいつの間にか後ろに立っていた。


「きゅぴさんが目を覚ましました。それで一通り状況を説明したら、にーさんをやっと呼んでくれましたので、気が変わらないうちに行ってあげてください」

「え、ああ、それはいいんだけど……やっと? 気が変わらないうち?」


 変な副詞がついていてそれが気になった。


「きゅぴさんがにーさんと話……というか謝りたいと思っているのですが、同時に恥ずかしいとも思っているみたいで、ハッキリ言ってかなり面倒くさいです」


 まああの状況で気を失ったら、そうなるよな。


「でも、これからどうするのかも踏まえると、やっぱりにーさんときゅぴさんは一度話すべきだと思います。私としては、あまり関わって欲しくはありませんが……」


 どうやらかーさんが話す内容を知っていたみたいだな。 


「るびぃ、お前……」


 そりゃあ自分の兄が、サキュバスとえっちなことするかも知れないと思うと、ちょっと嫌だよな。俺もるびぃが知らん男とそんなことになったら嫌だし。


「蒼、お願い出来る?」


 かーさんとるびぃの顔色を見てから頷き、


「まっ、とりあえずまずは話してくるよ」

 軽い気持ちでそう言って立ち上がると、きゅぴの待つ部屋へと向かった。


 ――――――。


「にーさんのお人好しめ……」


 蒼が食堂を出て行くと、それを見送ったるびぃは、兄が階段を上る音が聞こえてからそう呟いた。そしてそのまま彼がいた真珠の対面の席に座った。


「不機嫌そうね、るびぃ?」

「別に……」


 そうは言うが、るびぃが不機嫌なのは誰の目にも明らかだった。


「それよりも、きゅぴさんのことを任せるために、ある程度は話さないといけないとわかっていましたが、にーさんはお母さんの正体に気付いていませんよね?」

「たぶんね――」


 そう言うと真珠の頭からツノが現れ、お尻からは尻尾が伸びてきた。


「――私がサキュバスだとは思っていないはずよ」


 蒼とるびぃの母親である真珠はサキュバスだった。


「だといいんですが……」


 母のその姿を見てもるびぃは驚かなかった。


「お母さんが誤魔化すために言った、サキュバスから生まれる子供は、全員女の子しかいないという事実を教えたのは、良い目くらましだと思います――」

「そうそう! あの場でパッて思いついたんだけど、良い味だしていると思わない? 男の子の蒼からすれば、それだけで私がサキュバスだとは思わないでしょ?」


 サキュバスからは女の子しか産まれないのは本当だった。


「ですが、あの時お母さんは『普通は』産まれることはないって言ってました。咄嗟に私が話しかけて有耶無耶にしたつもりですが、にーさんが『普通』という言葉に引っかかってないといいんですが……」


 るびぃの言っていることに、真珠は遅れて気付いた。


「……あ、やっちゃった私?」

「にーさんが自分のことを普通じゃないと気付かなければ、お母さんがサキュバスだとは気付かないと思いますが、隠すことにも限界がある気がします……」


 るびぃがそう言うと、真珠は困ったように頬に手を当てて頷いている。


「普通じゃないと言えば、最近さらに蒼のフェロモンが強くなっているもんね。毎日あなたが一緒に寝て生気を薄めているけど、生気が濃い状態で外に出たら、どうなっちゃうかしらね?」


 真珠は楽しそうにしているが、るびぃは正反対にムスッとしている。


「もう、あんなにーさんは見たくありません……」

「ふふっ、やきもち焼いているるびぃ可愛いわね~」


 真珠は尻尾をうねらせて、空中でハートマークを作って遊んでいた。


「むぅ、別にやきもちとかでは、はあ、もういいです……」


 否定すれば母親を楽しませるだけだと気付いて、るびぃはそれ以上言うのをやめた。


「それよりも、にーさんの正体はまだわからないんですか?」

「今だ経過観察中ね。サキュバスからは女の子しか産まれない筈なのに、蒼は男の子として産まれた。いったいどういうことやら、それにしても今思い返しても……いやあ、お×ん×んついていてびっくりしたわ~」

「おちっ……お、大きな声でやめてください……」


 顔を赤くしたるびぃに、真珠は頬に手を当てて『ごめんね』と微笑んでいた。


「にーさんが仮に人間だったとしても、あの異性を異常に惹きつけるフェロモンは普通じゃありません。やっぱりサキュバスが男として産まれてしまったと考えるべき……」


 るびぃの指摘に対し、真珠は優しく笑いかける。


「別にそんな結論を急がなくてもいいじゃない。ゆっくり観察していけばいいわ。もしかしたらあの日を迎えたら、すごいことになるかもしれないわよ~」


 蒼の正体がわからない状況を、真珠はあくまで楽しんでいた。


「とりあえずは、それでいいです……」


 るびぃもこれ以上はと言葉を飲み込んだ。


「ところで、にーさんに関してはゆっくりでいいかもしれませんが、きゅぴさんに関しては、あのままでいいとは、私は思いませんよ……」


 そう言うと真珠の笑顔がなりを潜めた。


「きゅぴちゃんの場合、今回が本当に人間界に来たのが初めてだから、魔素が薄い環境というものが初めてなのよね。彼女の場合は深刻かも知れないわね……」


 るびぃの脳裏に浮かぶのは、起こしても目を覚まさなかったきゅぴの姿だった。


「にーさんには、魔素が薄い人間界に慣れていないきゅぴさんが、生気を吸わないとどうなるかは言ってないんですよね?」

「ええ、焦ってきゅぴちゃんとの関係を進めて欲しくないからね。ちょっと口が滑ったけど、誤魔化せたと思うわ、たぶん……」


『吸わないといけない環境って、吸わないと何かあるのか?』

『あっ……』

『ん?』

『ゆ、夢魔界だと女しかいないから、普段から男がいる人間界に身を置かせて、吸わないとずっと周りに男がいる環境から帰さないぞ。みたいな空気にさせるのよ……』


「……だといいですが、魔素が薄い環境に慣れていないきゅぴさんですから、今はまだ少し目を覚まさない程度ですが、早くにーさんの生気を吸収しないと……」

「わかっているわ。でも生気を吸収したことないサキュバスを魔素の薄い人間界に追放して、恋愛どころか誰かを好きになることもなく、無理矢理関係を持たせて生気を吸収させようなんて、私は嫌なのよ……」


 真珠は天井を見上げた、おそらく二階にいるきゅぴを思っているのだろう。


「サキュバスは、ちゃんと恋を知るべきなのよ……」

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