第11話 サキュバスの落ちこぼれ
朝食を食べた席で、俺とかーさんは向かい合わせに座っていた。
「むむむ……」
しかめっ面の俺に対して、
「ふふふ……」
かーさんは柔らかそうな笑みで微笑み返してくる。
「それじゃあかーさん、全部話してくれるよな?」
「あらあら、怒っているのかしら?」
かーさんは頬に手を当てて、どこか飄々としていた。
「別に怒っているわけじゃねぇけどさ、俺の知らないことが多いというか、何で俺に隠していたのか気になるし……」
別にるびぃだけが知っていたことにふて腐れているわけでは決してない。
「あなたに隠していたのはちゃんと理由があるのよ」
「どんな?」
「まだ秘密よ❤」
口元に人差し指を添えて、ニッコリと悪気のない笑顔でかーさんは言った。
「おいおいおい、きゅぴを連れ帰ってきた時に教えてくれるって言ったよな?」
――あの後、きゅぴをおんぶした俺とるびぃは、運がよかったのか、きゅぴをおんぶしているところを生徒に見られることなく寮に一緒に帰ると、
『おかえりなさい。それにきゅぴちゃんも』
きゅぴを連れ帰ったことに驚きもせずに、かーさんは玄関で待っていた。
『その感じだと、やっぱり失敗したようね……』
きゅぴが俺にえっちなことをしようとしたのも把握済みか。
『るびぃからきゅぴの正体について聴いたよ。それに、かーさんは……その、きゅぴが俺を襲うことを知っていたんだよな?』
さすがにえっちなことされそうになったとは言えなかった。
『可能性として知っていただけよ。ちゃんと説明してあげるから、まずはきゅぴちゃんをお部屋に運びましょ? 話しはそれからよ』
言われるがまま、寮の二階にあるるびぃの隣の部屋にきゅぴを運んだ。
今日の朝まで使われていなかったはずの洋室の部屋だったが、今となってはパステルピンクの家具や置物が置かれた、完全な女の子の部屋に変わっていた。
……きゅぴの趣味だろうか?
『にーさん、あとは任せてください』
『頼む』
きゅぴをベッドに寝かせて、あとはるびぃに任せて部屋を出た――後、こうしてかーさんと二人っきりで向かい合って座っているのだが、
「この後に及んで秘密とかなしだぜ? 俺はもうサキュバスについて知ってしまったんだから、変に隠されても困るというか、俺も知るべきだと思うぞ」
まだ何か隠そうとしているかーさんにやきもきしてしまう。
「落ち着きなさい。あなたに隠していたことは秘密だとは言ったけど、サキュバスや彼女について秘密だとは言ってないわ。ちゃんと説明するから安心なさい」
どうやらサキュバスについて教えてくれるらしいが、俺にどうしてサキュバスについて隠していたかは教えてくれないらしい。そっかそっか、なるほど……って!
「何でだよ!? もうサキュバスについて俺知っているのに?!」
「秘密よ❤」
駄目だ、埒があかない。だけど、サキュバスについて教えてもらえるらしいから、とりあえずはそれでよしとしよう。
それじゃあまずはきゅぴについて訊ねようか。
「きゅぴの正体がサキュバスってのは本当なのか?」
「そうよ。彼女は『夢魔界りりむりりす』から来た純粋なサキュバスよ」
「ゆめまかい? りりむりりす?」
「こことは別の世界で、男がいないサキュバスだけが住んでいる世界のことよ」
……そうなのか、一瞬えっちなお店かと思った。
「サキュバスは普段そこに住んでいて、ときどき人間界にやってくるのよ」
「サキュバスが人間界に何をしに……ん? 男がいない? あ……」
俺の中にあるサキュバスの知識と、サキュバスの世界には男がいないという事実を聞かされたことで、彼女達が何をしにやってきているのか遅れて気付いた。
「未遂とはいえ、きゅぴちゃんにされたのだからわかるわよね? そう、サキュバスは人間界にやってくる目的は、男のせい――」
「ちょちょちょっ! さすがにかーさんの口から聞きたくないんだが?! サキュバスが男のせ××きを求めているのはわかっているから、言わなくていいよ!」
こちとら多感だぞ? 思春期舐めんなよ。
「え? あ、そっか……」
かーさんは一瞬キョトンとしたが、すぐに何かに気付いた。
「本来のサキュバスを知らない人からすればそうなるのかな?」
「どういうことだよ……」
もしかしてサキュバスが求めているのは、男のせ××きじゃないのか?
「サキュバスが男の人から吸収するのはせいえ――えっと、あなたの思うそれではないわよ。まあ、あながち間違いでもないんだけど……」
「そうなの?」
今度は俺がキョトンとする方になった。
「サキュバスが男の人から吸収するのは、生きる気力と書いて『生気』よ。サキュバスにとって生気は栄養、つまり食事みたいなものね」
きゅぴが言っていた『せーき』って『生気』のことだったのか。
勘違いしてて何か恥ずかしい。てっきり、きゅぴからえっちなことをされて絞り取られるかと……あれ?
「サキュバスが求めるのが生気だってのはわかったけど、きゅぴからその、えっちなことをされそうになったけど……あれは?」
「夢魔界から来たサキュバスからすれば、えっちなことをして生気を吸うのが一般的だからね」
さっきは聞き流したけど、だから『あながち間違いじゃない』って言ったのか。
「……じゃあ一緒じゃね? 求めるものが生気だっただけで、やることは変わらないんじゃ?」
結局えっちなことをしている事実は変わらない。
「だから夢魔界から来たサキュバスにとっては一般的だけど、別にえっちなことをしなくても、別の方法で生気を吸うことは出来るのよ」
「別の方法って?」
「るびぃちゃんに怒られるかもしれないから言わないわ」
「……何でここでるびぃが出てくるんだよ?」
「秘密よ❤」
口元に人差し指を置いてかーさんは言った。
……まだ何か隠しているのか?
「とにかく、夢魔界に住んでいる純粋なサキュバスは、時々人間界にやって来ると、男の人にえっちなことをして、生気を吸収しにやってくるってのはわかった?」
「それはわかったけど、今までも人間界に来て、男の生気を吸収してきたのなら、何で今までサキュバスの存在が明るみに出ないんだ?」
どこからかサキュバスの存在がもれそうだけどな。
「夢魔界から来たサキュバスは、生気を吸収する時に催眠効果で記憶を曖昧にさせることが出来るのよ。だから、男の人は夢だと思うことが多いわね。例えば朝起きたらパンツが汚れていたとしても、男の人って夢せ――」
「わかった! もういい! わかったから!」
母親から聞きたくない単語が出そうだったので、必死に納得した。
「それでよ、サキュバスについて知ってもらったところで、本題はここからよ、サキュバスであるきゅぴちゃんについて何だけど、彼女はその……」
さっきまで流暢に話していたかーさんが、途端に言いにくそうにしている。
「今の話しをそのまま受け取れば、夢魔界から来たサキュバスのきゅぴが、生気を吸収するために……えっと、人間界にやってきたことになるけど、違うのか?」
きゅぴが知らない男とえっちなことをしに――の部分は言いたくなかった。
「普通のサキュバスなら好みの男の生気を吸収して、さっさと夢魔界に帰るんだけど、彼女は人間界に自らやって来たわけじゃないのよ……」
「どゆこと?」
「つまりは、彼女は人間界に強制的に送られてきたの、わかりやすく言えば追放されたのよ……」
「追放って……な、何で?」
急に重苦しい言葉が出てきたな、追放だと?
「彼女は……きゅぴちゃんは、サキュバスの、落ちこぼれだからよ……」
「……サキュバスの、落ちこぼれ?」
――サキュバスの落ちこぼれ。
詳しくはわからないが、落ちこぼれ。とつくことに良いことはないだろう。
「きゅぴがサキュバスとして落ちこぼれって、どういうことだよ?」
「夢魔界では、人間界に行って男の生気を吸うのが、サキュバスとして一人前の証というのがあるんだけど、十五歳までに一度でも生気を吸っていないと、サキュバスとして落ちこぼれの烙印を押されて、強制的に人間界に追放されてしまうのよ」
「追放って、吸収しないだけで何でそこまでのことをするんだ?」
さすがにやり過ぎな気がするぞ。
「言わば荒療治よ。落ちこぼれのサキュバスを人間界に強制的に送って、吸わないといけない環境に身を置かせて、生気を吸収出来るようにさせる、そういうことよ」
「吸わないといけない環境って、吸わないと何かあるのか?」
「あっ……」
「ん?」
「ゆ、夢魔界だと女しかいないから、普段から男がいる人間界に身を置かせて、吸わないとずっと周りに男がいる環境から帰さないぞ。みたいな空気にさせるのよ……」
……何か、口が滑ったみたいな空気を感じたけど、まあ理解は出来るか。
「なるほど?」
夢魔界には男がいないから、人間界に身を置くだけでも意識が変わってくるか。
……ん、ちょっと待てよ。
夢魔界のサキュバスであるきゅぴが、生気を吸ったことがないということは……つまりはその、えっちなことをしたことがない……ということなのだろうか?
「学校で、何か経験豊富みたいなことを言っていたけど?」
「ああ、やっぱりそうなんだ……」
心当たりでもあるのか、かーさんは理解が早く妙に納得している。
「きゅぴちゃんのその発言は、見栄、かしら……」
「……見栄?」
言い換えれば、嘘ということになるのだが……え、学校で女子達に経験豊富なことでチヤホヤされていたけど、嘘なの?!
『あ、あたしは××しないと駄目なの! だから、あたしの初めての相手になって!』
……あれって、まさか本当にそういうことだったのか。
「どうしてきゅぴちゃんが生気を吸ったことがない落ちこぼれなのか、私から詳しく説明してもいいけど、きゅぴちゃんのプライバシーに関わるし、本人から直接訊くといいわ。たぶん、蒼だったら教えてくれるはずだから……」
「……何で俺なら教えてくれるんだよ?」
俺ときゅぴは会ったばかり、信頼関係なんて皆無なのに。
「人間界に連れてこられたきゅぴちゃんは、誰でもいいから男の生気を吸収しないといけないんだけど、どうして蒼の生気を吸収しようとしたと思う?」
「た、たまたま隣の席だったからだろ……」
俺以外の奴が隣だったらきゅぴはどうしてたんだろなと思うと、チクリと胸が痛い。
「違うわ、あなたの生気が他の人よりも良いニオイだったからよ。あなたはサキュバスにとって生気を吸いたくなる人間……言い換えれば、ごちそうよ!」
実の息子に何言ってんだウチの母親は……だけど、そういえばきゅぴに、首筋のニオイを嗅がれた時に『良いニオイ』とか言われたな。
「ごちそうは言い過ぎかもだけど、あなたのニオイってサキュバスからすれば、かなり安心出来るニオイみたいなの、だから、きゅぴちゃんも気を許してくれると思うわ」
きゅぴが話しかけてきたのは、ギャル特有の慣れ慣れしさかと思ってた。
……だから安心して話してくれるねぇ、言われても正直ピンとこない。
「そんな良いニオイなのか? くんくん……」
自分で嗅いでみるが、よくわからない。臭くはないと思うけど、たぶん……。
「わかりやすくニオイって言ったけど、正確にはフェロモンって感じだから、サキュバスは無意識に安心して惹かれてしまうのよ。あと、僅かに人間も……」
最後にボソッと何か言ったが聞こえなかったけど、それよりもだ。
「どうしてそんな安心するニオイというかフェロモンがあるんだ?」
「……わからないの」
また秘密かと思ったら、わからないか……それに、さっきまで余裕そうに『秘密』と言っていたかーさんが、困った表情で言いづらそうにしている。
たぶん本当にわからないんだと思う。深く訊いて困らせるのは止めた方がいいな。
今はどうしてきゅぴが俺を選んだかだ。
「でも、結局はたまたまだろ? サキュバスのごちそうがたまたま隣の席に座っていたから、きゅぴは俺から生気を吸収しようとした、たまたまだよ、たまたま……」
偶然と思いたい俺に対して、かーさんは首を振って否定した。
「サキュバスを惹かれさせるあなたが、きゅぴちゃんの隣の席なのは偶然じゃない。全ては、サキュバス管理局の局長が決めたことなのよ」
「サキュバス管理局……局長? ……あっ!?」
不意にきゅぴが言っていたことを思いだした。
『う、うん、ちょっと局長に呼ばれてちゃって……』
『隣の男の子はあたしのために用意された人間だって局長に言われたの! あ、あたしの初めてのせーきを吸う相手として、あ、あなたが……』
そういえば局長に呼び出されたとか、言われたとか言っていたな。
「蒼は聞いたことがあるのかしら? サキュバス管理局は、主に人間界にいるサキュバスの管理や保護、それと追放されたサキュバスの指導が目的の組織よ―ー」
追放されたサキュバス、つまりはきゅぴの指導か。
「――その代表が局長なんだけど、きゅぴちゃんと蒼が一緒のクラスになるように、そして隣り合わせになるようにしたのも、局長である彼女よ」
人間界にサキュバスがいるのなら、そう言う組織があってもおかしくないが、ウチの高校を裏で仕切っているみたいなことを、サラッと言ってないか?
「ウチの高校って、もしかしてサキュバスが支配していたりするのか?」
「支配っていうよりも運営かしら? だってサキュバス管理局の局長が、夢見高校の理事長も務めているから……どうしたの?」
ウチの高校の理事長の名前も顔も知らんけど、さっき局長を彼女と呼んでいたから、同一人物の女性なんだよな、女性か……。
「その局長である理事長って、もしかしてサキュバス?」
「もちろんよ」
だよな、サキュバスのきゅぴを指導するんだから、当然理事長もサキュバスか、だとしたら、俺の生気がごちそうなのも当然わかるもんな。
「そのサキュバスの理事長に俺が目にとまり、きゅぴに襲わせたと……」
もちろん襲わせたと言っても、ちょっとえっちなことをして、生気を吸収させようとしただけだとわかっているんだけど、うーん、ちょっと複雑だな……。
「局長に対して悪いイメージがあるかもしれないけど、彼女もきゅぴちゃんのためを思ってのことなのよ。だってきゅぴちゃんが生気をこのまま吸わないと……」
「ああ、わかってるよ。夢魔界に帰れないんだろ?」
「え?」
「何その反応? さっき吸収しないと帰さないのが荒療治みたいなこと言ってただろ」
「あ、ああっ! そうねそうね、帰れないんだったわ」
「ん、まあいいか……」
何か忘れていたみたいな反応が気になるが、それよりも言いたいことがある。
「生気が吸収したことがなくて追放されたきゅぴのために、俺を用意したってのはわかったが、俺に一言あってもいいんじゃない?」
「今の局長は、昔ながらのサキュバスというか、考え方がちょっと古いのよ。男をエサとして見ているから、生気を吸収するためにサキュバスにえっちなことされるの、男として嬉しいでしょ? って思ってるタイプよ」
「あー……」
……否定は出来ないかも。
俺もきゅぴに迫られて戸惑いこそしたが、正直、ちょっと嬉しかったし。
……いやいや、言いくるめられるな俺!
「で、でもかーさんは俺にきゅぴのことを言えたんじゃないか?」
するとかーさんは、呆れたようにため息を吐いた。
「何て言うのよ? 『今日、サキュバスにえっちなことされるかもしれないから気を付けなさい』とでも言って、蒼は信じるの?」
…………………………。
「ごめん、俺が悪かった……」
言われて素直に『わかった』と言える自分が想像出来なかった。
「それに、きゅぴちゃんの事情もわかっていたから、たぶん失敗することはわかっていたし、何よりあなた達にはドラマチックな出会いをして欲しかったしね……」
「……ん? どゆこと?」
「ひみつ~」
この秘密はたぶん楽しんでいる気がする。
「ふふふ……」
訂正、絶対楽しんでる。
「さて、ここからが本題よ、蒼……」
「な、何だよ急に……」
楽しんでいた表情からうって変わり、かーさんは急に襟を正してきた。
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