第9話 裏目に出てしまいました……

『少し遅れます、帰らずに待っていてください』


 迎えに来ると言っていたるびぃを待っていると、スマホのロインにそんなメッセージが来た。


「帰っちゃだめなのか……」


 放課後になり時刻は夕方、赤みがかった光りが教室を照らしている。

 教室には俺一人自分の席に座り、他には誰もいない。


「こんな時に限って、助六はいないし……」


 用事があるとかないとか言って、助六は先に帰ってしまった。どうせくだらない理

由で早く帰りたかっただけだと思う……知らんけど。


 ……暇つぶしの相手がいないと、暇だな。


 普段ならもう少し生徒が教室に残っているような気がするが、今日に限っては誰もいなくなっていた。

 チラッと横を見れば、きゅぴの席があるが本人はすでにいない。


「もういないから帰っていいと思うんだけどな……」


 たぶんるびぃが一緒に帰ろうと念を押してきたのは、隣のきゅぴを警戒しているからだと思う……理由は知らんけど。

 だけどその本人がすでにいないんだから、もういい気がするんだけどな。


「まあ待つけどさ……」


 つくづく俺は妹に甘いなと思いながら、手を後ろにして、椅子を不安定ながらも後ろに倒してバランスを取りながら、ぼんやりと天井を見上げると、


「ん?」


 扉が開かれた。やっと来たかと思ったのだが、


「はあ、初日から言わなくたってわかってるってのに……」


 きゅぴだった。疲れているのか俯きながら教室に入ってきた。

 どうやらまだ帰っていなかったようだ。

 るびぃ的には俺ときゅぴが会わせたくないと思ってそうだが、あくまでもそれは俺の予想だし、こうして会ってしまったものはしょうがない。


「よお、お疲れ、まだ帰ってなかったんだな……」

「えっ!?」


 どうやら俺に気付いていなかったようだ。でも、どうせすぐに気付かれるだろうし、変に話しかけないのも感じが悪いだろうしな。


「う、うん、ちょっと局長に呼ばれてちゃって……」

「局長?」


 この学校にそんな役職の人いたっけか?


「あっ……な、何でもない!」


 明らかに口が滑った感じだけど、深くは訊かないで欲しそうな目をしているので、


「そうか、よくわからんが大変そうだな……」


 さらっと流して、何となくで寄り添うことにした。


「うん、ありがとう……」

「……どした?」


 そのままきゅぴは立ち止まり、何故かそれ以上入ってこようとはしない。教室に戻ってきたということは、何か忘れ物でもあったのかと思ったんだが……。


「も、もしかしてだけど、誰かに残るように言われた?」


 何で知ってる……いや、確信を持っているわけじゃなさそうだから、何となくか?


「ああ、るびぃが……あ、妹が一緒に帰るから、教室に残っていて欲しいって言われたからだけど、それがどうかしたか?」

「蒼、妹がいるんだ? そう、なんだ……」


 納得したようなしてないような、そんな雰囲気をきゅぴは、そのまま自然な感じで、俺の隣の自分の椅子に座った。


「帰らないのか?」

「うん、ちょっと……」


 歯切れの悪く誤魔化したっぽいきゅぴをチラッと見れば、


「あっ……」


 目があったが、すぐにそらされてしまった。

 何となくだけど、俺の様子を窺っているように見える。


『きゅぴさんには気をつけてください』


 お昼にるびぃに言われたけど、この二人っきりの状況ってまずいんじゃないか? 


「あれ? あたし今、男の人と二人きりになれてる? どうして? ずっと駄目だったのに、も、もしかしたら、今なら……」


 きゅぴはブツブツ何かを言いながらこちらを見て、俺と目があえばそらしてくる。何かのタイミングを見計らっているような……そんな気がしてきた。


「あ、妹から連絡が来た……ん、待ち合わせ、中庭に変更か……」


 咄嗟にスマホを見て、それっぽい嘘を吐きながら立ち上がった。


「それじゃあ俺は帰るよ、またな……」


 鞄を手に取ると、きゅぴの返事を待たずに背を向けてそそくさと教室を――。


「ま、待って!」


 呼び止められ、反射的に俺は立ち止まって振り返ると、


「あ、あたしと××しない?」


 放課後の夕焼けが色づく二人っきりの教室で、頬を紅く染めたきゅぴにそう言われたのだった。


 ――ど、どうしてこうなったんだ!? 


 短いようで長い朝からの出来事が走馬灯のように駆け巡ったが、どうして転校生のギャルと、こんなことになっているのかわからない。

 確かにちょっと会話はしたが、あくまでその程度、××したいなんて言われるほど親しくなった覚えはないぞ!

 いつでも童貞を捨てる気だし、捨てられるものなら即座に捨てたいと思っていたが、


「ちょっ、ほ、ほんと待って!」


 いざそうゆう感じになると、どうしても戸惑ってしまう。


「こ、こら暴れないの」


 出来ることなら手を使いたいが、変なところを触ってしまいそうで使えない。だから俺は、きゅぴの足から何とか這いずりだそうとするのだが、何故か動かない。


「尻尾で腰を掴んでいるから逃げられないよ」


 転けそうな俺を掴んだぐらいだから、それなりの力はあるのか。

 ……というか、この状況で後回しになってしまっているが、きゅぴから生えている尻尾やツノが気になる……もしかして、きゅぴは人間じゃないのか?


「あ、あたしは××しないと駄目なの! だから、あたしの初めての相手になっ

て!」


 初めて? いや、今はそれどころじゃない!


「だ、だから何で俺なんだ!? さっき用意されたって言うが、俺は別にそんなんじゃないぞ!」


 俺の必死な訴えに対し、きゅぴは顔を赤くして反論してきた。


「隣の男の子はあたしのために用意された人間だって局長に言われたの! あ、あたしの初めてのせーきを吸う相手として、あ、あなたが……」


 局長? さっき言っていたな、いったいどこの誰か訊こうとしたら、


「だ、だだだから、だ、だから、ああ、あ、あたひは、あたひ、は……」


 何だかきゅぴの様子がおかしい。赤かった顔はさらに真っ赤になり、呂律も回らないのか同じ言葉を繰り返し、俺を見下ろしている目の焦点があっていない。


「お、おい、大丈夫か?」

「だいじょばにゃい、だいじょばにゃい、あたひなら、でき、きゅう……」


 目を回したように見えるきゅぴは、頭と体を左へ横へとプラプラさせながら、変な鳴き声を最後に、そのまま俺の胸に倒れてしまった。


「……え?」


 倒れたまま自分の胸元を見れば、ピクリとも動かないきゅぴがいる。


「え……」


 さらにきゅぴから生えていたツノがいつの間にかに消えて、俺の腰の圧迫感も消えた。おそらく俺を捕まえていた、彼女のお尻から生えた尻尾も消えたのだと思う。

 状況が理解出来ない……何だ、何だこの状況は?


「……死んだ?」


 最悪の予想が頭によぎったが、


「すぅ、ぴー……」


 可愛らしい寝息が聞こえてきた。きゅぴの息が胸に当たっている。というか大きな胸も俺に当たっている。いやそもそも可愛いギャルが俺の胸で寝ている。

 しかし、状況が状況だけにあまり喜べない。


「とりあえず起き上がらないと……」


 きゅぴを起こさないようにゆっくりと、そのまま二人一緒に体を起き上げて、


「よし、何とか……」


 何とか二人一緒に床に座るような形になった。


「あ、おとと……」


 起き上がったことで、きゅぴがそのまま後ろ向きに倒れてそうになったので、彼女の背中に手を回して受け止めた。


「お、おお……」


 きゅぴの抱き心地満載の体に魅了されそうだが、決して下心で背中に手を回しているわけではなく、彼女が倒れないために受け止めている。


「ん~、くんくん、いいニオイ……」


 きゅぴは寝ぼけているのか、彼女まで俺の背中に手を回してきて、そのまま俺の胸元に顔を埋めてニオイを嗅いできた。

 ……は、恥ずかしいけど、恥ずかしがっている場合じゃない。


「こんなところ誰かに見られたら勘違いされるし、早く俺の理性が残っている内に……」


 背中に回したきゅぴの手を払って、俺だけ一人で立ち上がるわけにはいかないので、彼女の背中に回した手に力を込めて、


「あん……」


 頼むから変な声を出すな。俺の理性は残りわずかだぞ。

 気を取り直して、俺はきゅぴを抱きしめて立ち上がろうと――、


「にーさんいますか? 申し訳ありません、遅くなり……」


 ――したら、るびぃが現れた。


「る、るびぃ……」


 待ち合わせをしていたのだから当然と言えば当然だった。きゅぴとのことがあったせいで、るびぃと待ち合わせしていることを、頭からスッポリと抜け落ちていた。


「………………」


 るびぃは何も言わず、固まっている俺たちを見下ろして同じく固まっていた。

 そりゃあそうだろう、大人しく教室で待っていると思っていた兄が、転校してきた人気者のギャルを抱きしめていたのだから、誤解とはいえ当然の反応だ。


「ち、違うんだぞ、るびぃ……」


 現れたのが妹でよかったようなよくないような……と、とにかく! この状況を見られたからには、るびぃの口を封じ……じゃなくて説明しないと!


「これはきゅぴが突然押し倒して来て、それで何かよくわからないけど、きゅぴが急に意識を失ったというか、それで俺の体に倒れてきて、それで……」


 無意識に早口で説明したけど、納得どころか理解すら出来ただろうか? だけどこれが真実なのだから、信じてくれるまで何度も説明して理解してもらわないと。


「いやわかるぞるびぃ、信じてくれないかもしれないけど」

「はあ、委細承知しました……」

「いや本当に……え、信じたの?」


 思っていた以上に理解の早い妹に、逆に呆気に取られてしまう。


「はい、きゅぴさんのことは聴いていましたので、おそらくにーさんと二人っきりにすると、にーさんが襲われるかも知れないと思っていたのですが……」

「襲われる……」


 確かに状況的に、俺はきゅぴに襲われたよう気がする。


『きゅぴさんには気をつけてください』と言っていた、るびぃの言葉は正しかったようだけど、それと同時にるびぃに対して疑問も出てきた。


「きゅぴがどうして俺を襲うかも知れないと知っていたんだ?」

「それは……」


 るびぃはあからさまに言いにくそうにして目をそらしてきた。

 ……何を隠しているんだ?


「うーん、二人っきり、今がチャンス……」


 るびぃに不信感を持っていると、きゅぴが寝ぼけてそう言った。


『あ、あなたは、あたしのために用意された人だから、あなたがあたしとこうして二人っきりなのは、たぶん仕組まれたこと、だからあたしは……』


 そういえば、俺がここにいるのはるびぃに言われたからだが、まさかるびぃが俺が襲われるように仕組ん……いや、俺の妹はそんなことしない。だけど、


「………………」


 るびぃは相変わらず俺と目を合わせようとしない。

 ありえないと思いつつも、状況的に確認するべきだ。


「るびぃ、きゅぴに襲わせるために俺をここに呼んだのか?」


 するとるびぃは、必死に首を振った。


「ち、違う! むしろ私はにーさんを守ろうとしたの! それに襲わせるのが目的なら、わざわざにーさんに、きゅぴさんを警戒させるようなこと、言わないよ……」

「そ、それもそうか、悪いな疑って……」


 確認のためとはいえ、妹を疑うなんて兄として最低だな俺……。


「ううん、謝らないで、にーさんにちゃんと説明しなかった私も悪いし、実はその、にーさんを教室に残らせたのは、きゅぴさんに会わせないためだったの……」

「会わせないって……」


 俺の胸の中でスヤスヤと寝ているきゅぴがいる。

 ……状況的に真逆だ。


「言いたいことはわかってる。こうなったのは、私の考えが裏目に出てしまったからで、まさかきゅぴさんまで寮に帰らずに学校に残っているとは思ってなかったの……」

「……寮?」


 家ではなく寮。

 いつもなら聞き逃しそうだけど、不思議と俺の耳に残った。


「うん、朝にお母さんが新しい人が寮に来るって言っていたの、覚えてる?」

「……確か、カレカノさん?」


 いやこれは男か女か秘密にするための仮の名前だったはずだ。本当の名前は本人から訊いたらと、かーさんに言われていたけど、


「え、まさか……」


 自然と、俺の視線は下に向いてきゅぴを見た。


「カレカノさんの正体が、そのきゅぴさんなんです」


 ゆめま寮に住む条件は、夢見高校の生徒であること、今日転校してきたきゅぴと、今日から寮に住むことになるカレカノさん、よく考えれば気づけそうなものだった。


「むにゃむにゃ、チョメチョメしたい……」


 俺の心情も知らずに、カレカノさんこときゅぴは可愛い寝顔を見せていた。

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