第6話 せーき、うすいよ?
「ど、どうしよ……」
隣のきゅぴは机に置かれた教科書に目をやることなく、自分の机に頭……というかおでこを押しつけてグリグリしていた。
……項垂れている?
「それじゃあ前回の続きから読むぞ、ええーっと、これ何て読むんだ?」
国語教師がそれで良いのかと思いつつ先生の様子を窺いながら、
「……どした?」
小さな声で初めて俺からきゅぴに話しかけてみた。
俺からきゅぴに話しかけるのはこれが初めてだ。休み時間はさっきの通りだし、授業中に話しかけられることはあったが、先生の目があったのでまともに話していない。
「え……」
ゆっくりと顔を上げたきゅぴは明らかに困った表情で俺を見ると、
「あ、そうだ! 蒼なら答えられるかも! ちょっと相談が――」
「おいきゅぴりか! それに宝生か? 教科書を見せるために席をくっつけても良いとは言ったが授業中にお喋りは禁止だ! しかも私の授業で……次はないぞ?」
「は、はい!」
こっちが悪いとはいえ、注意と言うよりも恫喝に近いな。
「……(ごめんっ)」
隣のきゅぴは手を合わせて口パクで謝っている。
「……(気にするな)」
俺は無言で頷いていおいた。
だけどこれじゃあ相談に乗れそうにないな。休み時間にでも相談……あ、そういえばさっきの女子達が『また』とか言っていたな、じゃあ相談に乗るなんて無理じゃん。
……いや、別の俺が相談受ける必要性はないか。
さっきの女子達に任せればいい。恋愛面できゅぴに相談に乗って貰うんだから、逆に彼女の相談にも乗ってくれる筈だ。
よし、あとは女子達に任せよう。
「ん?」
なんて思っていたら、きゅぴが教科書を上にどけて、その下にノートを広げると、
『そうだんがあるんだけど……』
丸みを帯びた字でそう書いた。
……書いて会話するのが流行っているのか?
「それじゃあ小花井、三十二ペーシ二段落目の続きから読め」
「はい――」
とりあえず俺もノートに、きゅぴの字の下に書いて応対してみる。
『何?』
『いまからはなすことはないしょにしてほしい』
『おーけー』
『じつはあたしょじ――』
まで書いてピタッと止まると、すぐにきゅぴは慌てて消した。
「……?」
よくわからず顔色を窺うと、すぐに目をそらされた……きゅぴの顔が赤いような?
『あたしけいけんな――』
まで書いたが、またきゅぴは消した。
「う……」
また顔が赤いきゅぴ。いったい何を書こうとしてやめたんだ?
「えっと……」
言葉に迷っているのか、きゅぴは何も書かずにペンを回している。だけどそれも数秒で止めると、やっとペンを走らせて今度こそ書き切った。
『えっちしたことあるよね?』
「ぶふっっ!? げほげほっ……」
思ってもみない文字の羅列が見えた拒否反応でむせた。
「ん? どした宝生? 喋るなとは言ったが咳まで我慢する必要はないぞ」
「げほげほっ、はい、すいません……」
息を整えてから落ち着いてから見ると、やっぱりそこに書かれてあったのは、
『えっちしたことあるよね?』
俺の見間違いではなかったようだ。
しかも消さないと言うことは、これであってるらしい。
『ごめんね、だいじょぶ?』
『だいじょばない』
『だいじょばない? だいじょぶってこと?』
大丈夫じゃない――を組み替えた否定の造語は伝わらなかったようだ。
『きにするな』
『わかた、えっちしたことがあるあおにそうだん、いい?』
何故だかわからないが、きゅぴは俺がえっちの経験があると思っているらしい。
だけど実際はしたことない。ただの童貞だ。
ど、どうしよ……。
「……?」
書かずにいると、不思議そうにしたきゅぴと目があった。
俺が経験あることを疑っているというよりも、どうして書かないか気になっているような、そんな純粋な目をしている。
――童貞と、正直に答えるべきか?
――非童貞と、見栄を張るべきか?
どうしようかと迷っていると、何となく机に突っ伏した助六の背中が目に入った。
こいつだったら何て答えるだろうか考えてみる。
……よし、決めた。
『したことない』
正直に書くことにした。
俺の頭の中の助六が、見栄を張って知ったかぶりをかました結果、自滅して余計恥ずかしいことになっていたから。
『?』
疑問符を書いて小首も傾げたきゅぴ……伝わっていない?
確かにちゃんと『えっちしたことがない』って書けば良かったけど、事実とはいえ、文字にして書いて残すのが嫌だったんだけど、こうなったらしょうがない。
『えっちしたことない、おれ』
ここまで言えば伝わるだろう。あとで消しとかないと。
「え?」
そんなわけないとでも言いたいのか、きゅぴは素で驚いている。
「……え?」
思わず遅れて俺も同じような表情で声が出た。
……というか、きゅぴは何で俺がえっちの経験があるなんて思ったんだ? そこから訊いた方が良いような気がした俺は、そのことをノート――えっ!?
「くんくん……」
きゅぴが顔を近づけて俺の首筋のニオイを嗅いできた!?
「あ、やっぱりいいニオイ、でも……」
……な、何か恥ずかしいだけど。
押しのけるわけにはいかず、されるがままにしていると、納得したのかニオイを嗅いだきゅぴは離れて、再びペンを手に取って書いた。
『せーき、うすいよ?』
……せーきが、薄い?
何だせーきって……もしかして『せーき』じゃなくて『せいき』か?
せいき、正規、世紀、性器…………え、性器?
い、いや……た、たぶん違う筈だ。だって『性器が薄い』とか意味わからんし、たぶん違う、いやいや絶対違う!
だとしたら『せいき』じゃないのか、もっと別の読み方は……せーき、せいーき、せえーき、せーえき、あ……と、そこでまさかの単語が思いついた。
しかも運悪く、続けての『――薄い』という言葉に繋がって意味が出来てしまう。
『そんなにうすいかな?』
否定する材料が見つからず、気付いたら震えた文字でそう書いていた。
『うん、きのうえっちしたしょうこ』
「っ!?」
吹き出さなかった自分を褒めたい。
だけどこれで、きゅぴがどうして俺に『えっちしたことがある』と思っているのか、何となくだけどわかった気がする。
どうやらきゅぴは、ニオイを嗅ぐことで俺のせーきが薄いことがわかるらしい。
……何で?
とは思うが、とりあえずギャルだからと一旦は納得しておこう。
ほら、ギャルってえっちなことに積極的なイメージだし、せーきのニオイもよく嗅いでいるから、えっちした人がいたらニオイでわかるんだろう……って、ギャルってそうなの!? ニオイ嗅いだだけでえっちしたかどうかわかるのか!?!?
……いや、だから俺したことねぇよ!
えっちはしてないし、自家発電も昨日はしていない。
だから、せーきが薄いことはないとは思うんだけど。
『ほんとうにえっちしたことない、ほんとうに』
本当に。をあえて強調してみた。
……何でこんなにえっちしたことないって書かないと駄目なんだ……いじめか? 本当は童貞だってわかっているけど、ギャルがからかっているとか?
『そうなんだ?』
からかっている素振りはきゅぴにも文字にも感じない、やっぱり気のせいか。
「あ、そっか、そういうことか……」
何かに気付いた様子のきゅぴ、またノートに何かを書いた。
『もしかして、えっちなゆめみた?』
何だそれ? もうここまで来たら答えるけど。
『みてない』
……と思う。
夢なんて覚えてないし、るびぃに抱きつかれて寝苦しかった記憶しかない。
『おぼえてないか……』
その言い方だと、えっちな夢を見たけど忘れたと思っているらしい。そもそも俺、相談受けていた筈だよね? 何でさっきからこんな質問ばっかりされているんだ?
『ところでそうだんは?』
『やっぱりいいや、だいじょばない』
……たぶん大丈夫だと言いたいんだと思う。機会があったら『だいじょばない』の正しい使い方を教えないといけないな。
「経験はあっても覚えてないなら意味ないしね……」
「え? それってどうゆう――」
「こらそこ!」
突然の声にビクッと前を向けば、柊先生が教科書を片手にこっちを見ていた。
「寝てんじゃねぇぞ! 有助!」
……よかった、俺たちじゃなかったようだ。
「はっ!?」
机に突っ伏していた助六が飛び起きた。
「……ち、違います! 意識がなかっただけです!」
「机に突っ伏しててそんな浅ましい言い訳が通じるかぼけぇ! ちょうどいい、眠気覚ましに続きから読め、四十ペーシの最初からだ」
「はい! えっと、こうして僕の目的は終わったのだった――」
助六は元気よく返事をして読み始めた。
「はあ、どうしよ……」
きゅぴは困ってそうに声を漏らしたが、たぶん自問自答っぽい。さっきまで会話をしていたノートはすでに教科書の下に移動していた。
……どうやら本当にもういいらしい。
相談に乗ろうとしたけど俺じゃあ役不足なら仕方がない。
だったら俺はと、たぶん順番的に次読まされると思うから、助六の読んでいる教科書の部分を目で追っていく。
てゆうか相談に乗ろうとしたのに、俺の童貞がバレただけなんじゃないか?
「これが僕の道程なのである。生涯に悔いはないだろう」
……うるせぇよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます