第5話 ××

「ねぇねぇきゅぴさんって――」

 トイレに行って帰って来ると、俺の椅子がクラスの女子に座られていた。しかもその周りにクラスの女子が群がっているので、俺は自分の机にすら近づけない。

「はあ……」

 授業が一限、二限、三限と終わり、残すは四限でお昼ご飯なのだが、合間合間の休み時間にもきゅぴは大人気なようで、クラスの女子達の会話の中心だった。

「ぐぬぬ……」

「きゅぴちゃんと話したいのに……」

「女子がいては、くそう……」

 おかげで男子達は遠巻きに見ているだけで、まだきゅぴにお近づきになれていない。

『ねぇねぇきゅぴさんって――』

 隣でこの枕詞を何度聞いたことやら、もし椅子から立ち上がれば、絶対に女子に座られるとわかっていたが、不意に来る尿意には勝てなかった、やれやれだ……。

「助六は……寝てる?」

 助六は机に突っ伏して寝ていた。女子達の集まりに何とか耐えているようだ。

「起きろ助六」

 別に用はないが、授業が始まるまで暇なので揺さぶって起こそうとする……てゆうかこいつ、ペンを握ってノートを開いたまま突っ伏してやがる。

「……ん?」

 寝ている筈の助六の右腕が動き、そのままペンでノートに何か書き始めた。というかこいつ寝たふりしてやがったのか、寝ながらで字が汚ねぇし逆さで読みづらい……。

 たぶん『しずかにしろ、きこえないだろ』と、おそらく書いてある。

「何がだよ?」

 助六はペンを置くと、突っ伏したまま指ハートを俺に向けてきた。

「え、俺のこと好きとか普通に無理なんだけど……」

「ちげぇよ馬鹿! きゅぴちゃんのことだよ!」

 寝ていたフリをやめてまで助六はそう叫んだ。

「え?」

 すると当然、斜め後ろのきゅぴは不思議そうに助六と、ついでに俺も見てきた。

(ジロリ)

 それに追随するように、周りの女子達も俺たちを見てくる。

「また男子は……」みたいな視線に感じるのは考えすぎであって欲しい。

「あ、いや! その……」

 咄嗟に助六は何とか誤魔化そうとするのだが、きゅぴだけじゃない女子達の視線の圧に押されてしまったのか、あたふたしているだけで言葉が出てこないみたいだ。

「はあ、お前まだ寝ぼけているのか? 寝言は寝て言えよ……」

 誤魔化せるか知らないが、あえて呆れて感じで言ってみた。

「ああ、悪い……」

 助六は何となくで頷いた。寝言にしたい俺の意図を理解したかどうか怪しいな。とりあえず雰囲気で謝っているだけの気がする。

「寝言? 紛らわしいわね……」

 きゅぴを囲う女子達は、助六が寝言で叫んだだけと納得したらしい。すぐにこっちに興味をなくして、また『ねぇねぇきゅぴさん』って言っている。

「で、どういう意味だよ……」

 助六が書いた『しずかにしろ、きこえないだろ』を指でトントンしながら訊ねる。

「んっ、んっ……」

 すると助六は顔のジェスチャーで斜め後ろを見るように促してきた。

「ねぇねぇきゅぴさんって――」

 そこにいるのは当然、きゅぴと彼女を囲う女子達……ん? 

『しずかにしろ、きこえないだろ』

 ノートを指さして後ろの女子達を見るように言ってきたってことは……まさか、

「へぇ、きゅぴさんってそうなんだ~」

 こいつ、きゅぴと女子達の会話を盗み聞きしてやがる! 転校生のギャルが気になる気持ちはわかるが、そこまでして聞きたいかね?

「そうか、寝ているのに邪魔したな……」

 ――ガシッ。

「おい、離せよ……」

 ストーカー予備軍から離れたいのだが、俺の服を引っ張って引き留めてきた。

「今から寝るなんて不自然だろが、責任をとってここで俺と会話っぽいことをしろ。お前と会話している方が自然に見えるしな、くくく……」

 会話っぽいこと? 何か悪そうに笑ってるし……どうゆうつもりだ?

「はあ、今回だけだぞ……」

 よくわからんが会話しろってことだよな……どうせ、俺の椅子は女子に占拠されていて行き場がないし、暇つぶしと考えればいいや。

「お前さ、ほら『あれ』だよ『あれ』前に言っていた『あれ』のことなんだけどさ、俺はいけると思ってるんだけど、お前はどう思う?」

 執拗に『あれ』と言われても心当たりがないんだけど……ん? 助六がまたノートに何かを書き始めた。

『おれはうなずく、てきとーにはなせ』

 ……ああ、なるほど。寝たフリの次は会話しているフリね。とにかくこいつはきゅぴと女子達の会話を盗み聞きしたいらしい。

「ねぇねぇきゅぴさんってさ――」

 ちなみにさっきから俺もきゅぴと女子達の会話が聞こえているが、単純に好きな食べ物とか、使っているコスメとか、そんな他愛もない会話だ。

 そこまでして聞きたい内容じゃないと思うけど、まあいっか暇だし。

「りょーかい……」

 きゅぴもこんな奴が近くの席とか、ほんと同情す――おっと、きゅぴと目があった。偶然だろうが、俺まで盗み聞きしているとは思われないようにしないと。

「ああ、そうだな、いいんじゃないか?」

「だろ?」

 中身のない会話って、暇だな。

「そうだな、それならいけ……ん?」

 助六は俺を向いているが、こいつの耳と意識は斜め後ろに向いているってことは、俺が何言ってもよくわからずに、適当な相づちで頷くんじゃないだろうか?

 こんな虚無イことやってられんし……俺は俺で助六で遊ぶか、暇だし。

「それはそうとして、るびぃがお前のこと嫌いだって言ってたぞ」

「わかる」

 わかるんだ。

「前からお前の視線がイヤらしくて嫌だったらしくてな」

「だろうな」

 自覚あり、と……あ、そうだ、今だったら助六から言質が取れそう。

「だからるびぃがさ、お前と二人っきりでは会いたくないって言っていたぞ」

「任しとけ」

 違う違う、肯定はしているけど返答としては間違っている。シンプルに『わかった』って言うように誘導……あ、その前に録音しないと、スマホスマホ、どこだ?

「ねぇねぇきゅぴさんって、好きな人とかいるの?」

 スマホを服から取り出している時、不意に聞こえた女子の質問。今まで右から左へ流れていたけど、何故かその質問だけはよく聞こえた。

「ごくっ……」

 同時に助六が生唾を飲む音も聞こえた……って、こいつ微動だにしていない。人質を解放しようとするネゴシエーターみたいに、一言一句聞き逃さないつもりだ。

「えっと、その……」

「え、もしかして好きな人いるの!?」

 きゅぴに好きな人がいるかもしれない反応に、周りの女子が黄色い声を上げている。

「な、なんだと……」

 対照的に助六は顔面蒼白となり固まっていた……どした? 人質の解放に難航しているのかネゴシエーター(笑)大変そうだな。

「いやそういうんじゃないんだけど……」

「も、もしかして、好きな人どころじゃなくて、きゅぴさんって彼氏いるの?」

 ……あ、そういえば普通いるよな、

『可愛いギャルに彼氏がいないわけないじゃん』

 という当たり前のことが抜け落ちていた。

「ああ、そんな……」

 頭を抱えて項垂れている助六。どうやら人質の解放に失敗……じゃなくて、彼氏がいることを知って落ち込んでいるみたいだな。

「い、いないよ!」

「……よしっ」

 助六が小さくガッツポーズをしている。この短い間によくもまあ感情豊かに一喜一憂できるな、見てて楽しいわこいつ……よかったな、人質が解放されて。

「え~? きゅぴさんほんとに~?」

「ほ、本当に! 本当にいないのっ!」

「そうなんだ? でもきゅぴさんだったら今はいないだけで、前は――」

「そ、それよりも! さっきから『きゅぴさんきゅぴさん』って、あたしはみんなと同い年だよ? 全然あたしのことはきゅぴって呼び捨てで呼んでくれていいんだよ?」

 すると周りの女子達は、困ったように苦笑いしながら顔を見合わせている。

「だって、ねぇ?」

「うんうん、きゅぴさんすごい大人っぽいというか……」

「そうだよね、呼び捨てって違和感というか……」

「お、大人っぽい?」

 周りの女子の反応に、きゅぴはちょっと嬉しそうにしているように見えた。

「あっ! もちろんあれだよ? 老けているとかそんなネガティブな意味じゃなくて、私達と違って……その、す、すごい経験しているんじゃないかって!」

「ごくっ……」

 こいつ何回生唾飲み込むんだ? まあ気持ちはわかるが、えっちな雰囲気のギャル、そりゃあ乱れに乱れているんだろうなぁ……と考えてしまう。

「きゅぴさんを見てきゅぴーんって来たの! ギャ、ギャグのつもりじゃないよ……でもでも! 私達、きゅぴさんのその大人な雰囲気に憧れているの!」

 きゅぴを囲う女子達が『うんうん!』と揃って頷いている。

「す、すごい経験……お、大人な雰囲気……」

 その女子達の雰囲気に圧倒されたようで、きゅぴは苦笑いで戸惑っている。

「それで何だけど……じ、実際はどんなこと経験あるの?」

「実際の経験!?」

 さすがのきゅぴも驚いてる。

 ……下手な男子よりも女子の方が同性だからか遠慮しないな。

「ごくっ……」

 こいつですら聞き耳を立てて生唾飲み込むだけ……ん?

「「「………………」」」

 周りの男子が不自然過ぎるほど静かに静止している。

 ……どうやらこいつらも聞き耳を立てているみたいだ。

「ちょっとさすがに飛ばしすぎよっ! まずは経験人数でしょ?」

「経験人数!?」

「それもどうかと……まずは下は何歳、上は何歳の男性と付き合ったことがあるかから聞くのが良いんじゃないかと……」

「そんなの知ってどうすんのよ? 年齢なんて関係なくて、やっぱりいい男と悪い男の見極め方から入るのがいいんじゃない? 私達も参考になるし」

「だったら、私も――」

「それじゃあ私もあって――」

「は、はつたいけ……いつ……」

 本当はもっとこうゆう大人な質問がしたかったんだろうな、堰を切ってあふれ出すように、囲っている女子達の下世話な……いや、大人な質問が止まらなくなってきた。

「え、ええっと、えっと……」

 遠慮しない女子達の質問ラッシュに、きゅぴがらしくなく慌てているように見える。

「ん~?」

 俯瞰してみているからか……何というか、そんなわけないと思うが、初心な女の子が答えに困って焦っているように見えるのは、俺の気のせいだろうか?

「そ、そりゃあねっ! あっ、ああ、あたしぐらいになれば……あ、ああ、あれよ? みんなが驚くぐらいの経験してきたんだからっ!」

 きゅぴは腕を組んで体を反らして、ちょっぴり偉そうにして答えた。

 俺の勘違いか……でも、朝にきゅぴが挨拶していたような、小悪魔みたいな雰囲気が削げてしまったような、そんな気がした。

「おお~」

「さすがきゅぴさん……」

「大人、大人だわ……」

 周りの女子達はきゅぴに羨望の眼差しを向けながら、静かに感嘆の声を上げている。

「そんなきゅぴさんに私! お願いがあるの!」

 そんな中、一人の目を輝かせた女子が彼女へと身を乗り出した。

「……な、何かな?」

「私、恋とかしたことがなくて……か、彼氏も出来たことないし、だからそれで! 私に色々と恋愛を教えてくれる、恋の先生になって欲しいの!」

「あっ、私も!」

「ずるいですよ、私も!」

 質問と同じように、周りにいた女子達が『私も私も!』とまた騒ぎ始めた。

「おぉ……」

 さすがの助六もこの状況に困惑している。周りの女子達が、恋愛経験や彼氏がいないことを自ら暴露しているのだから当然だろう。

「こ、恋っ!? えっと、えっと……」

 色めきだつ女子達に押されているのか、文字通りにきゅぴはあたふたしている。

「どうしたのきゅぴさんそんなに慌てて? もしかして無理だったりする?」

「そ、そんなことはないけど、でも、あたしは……」

「……あたしは?」

 女子達からすれば思ってもみない反応だったのか、お互いに顔を見合っている。さっきまで盛り上がっていたのが嘘のようだ。

「まさかとは思うけど……も、もしかしてきゅぴさんって、実は経験なかったり?」

「……っ」

「何言ってんのよあんた、きゅぴさんがそんなわけないじゃん!」

「そうよそうよ!」

「こんな大人びた雰囲気で経験なしとか絶対にない! 絶対にありえない! そうですよね? きゅぴさん?」

「あ、えっと……も、もちろんよっ! 経験バリバリあるに決まってるんじゃない! だから何でもあたしに相談しなさい! 何でも教えて上げるから!」

「「「――っ!」」」

 きゅぴの経験ある宣言に、女子達は言葉にならない黄色い歓声をあげた。

「そ、そっかやっぱり経験あるか、ギャルなら当然か、いやプラスに考えよう、色んな経験しているからリードしてくれるだろうし、えっちなことにも寛容……」

 ブツブツと何か言っているこいつは……無視でいいな。

「さっすがきゅぴさん! それと彼氏を作るのも大切だけど……そ、その、彼氏が出来た後のことも……もちろん教えてくれるわよね?」

「か、彼氏が出来た後って……」

「そんなの決まっているじゃない……か、彼氏と初めてのえっ――もごっ?」

「直接的すぎるから!」

 さすがに直接的な言葉は恥ずかしいようで、顔を赤くした別の女子が物理的に口を塞いだ。

「……チョ、チョメチョメしたいとか誤魔化して言いなさい」

 両手の人差し指でバッテンを作って言った。

「え、えっちしたいをチョメチョメしたいって……その言い回し古くない?」

「うるさいわね! 他の言い方が思いつかなかったのよ! でも直接的に言うよりかはちょっとは誤魔化せているでしょうが!」

「もごもごっ!」

「あ、ごめんなさい……」

「きゅ、きゅぴさん、私にチョメチョメを――」

 口を塞がれていた女子が言い終わる前に、授業のチャイムが鳴り響いた。

「おーす、お前ら席付け~」

 それと同時にやってきたのは、あの柊先生。故に全員が粛々と席に座っていく。それはまだ話したりないきゅぴの周りの女子達も例外じゃなかった。

「それじゃあきゅぴさん、またお昼にね」

「あ、うん……」

 短いやり取りを終えると、きゅぴの周りの女子が離れて、やっと俺の席が空いた。

「新しい情報を今のうちに書いとかないと……」

 助六が何か熱心に書き始めたから、無視して自分の席に戻って座ると、すぐに国語の教科書を取り出して、きゅぴにも見えるように机に広げた。

「えっちなことしたい時は、チョメチョメしたいって言うんだ……」

 隣のきゅぴが人差し指二つを使って×を作って変なことを学んでいたが、俺は聞かなかったことにした。

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