第4話 きゅぴりか・ぴりらら・きゅぴぴ

「セ、セーフ……」


 何とか本鈴のチャイムが鳴ると同時に、俺の教室である1ーBに滑り込んだ。


「はあはあ……あれ、せ、先生はまだ来てない?」


 いつもなら本鈴前には先生がいるのだが、まだ来てないみたいだ。 


「お前は運がいいぞ、柊先生遅れているみたいだ」


 教室に入ってすぐに話しかけてきた有助平六(あだ名は助六)が、まるで俺を待っていたかのように話しかけてきたが、こいつが待っていたのは絶対に俺じゃない。


「はあはあ、そうか……」


 柊先生はまだ来てないか、ひとまず安心だ。まずは呼吸を整えないと。


「あれ、るびぃちゃんは?」

「きょ、今日は遅刻しそうだったから、見送りはなしにさせたんだ……」


 しなくていいとは言っているんだが、るびぃはいつも俺のクラスまで俺を見送ってから、自分の教室である1―Aに向かっていた。

 だけど今日は遅刻しそうだったから、見送りなしを強引に受け入れさせたけど、俺がチャイムと同時なら、やっぱりるびぃに見送りをさせなくて正解だったな。

 ……ふう、やっと息が落ち着いた。


「ちくしょう! お前が来るの遅かったから、るびぃちゃんと会話出来る貴重な回数が減っちまったじゃねぇか!」


 知らねぇよ。


「お前は兄貴だからわからないだろうがな、るびぃちゃんと喋られることがどれだけ価値があることかわかってんのか!?」


 だから知ら……周りの男子数名が頷いているのが見えた。


「俺は毎朝るびぃちゃんとの挨拶に人生をかけてんだよ! るびぃちゃんも俺に挨拶してくれることを喜んでいるんだぞ! 昨日も俺との会話楽しそうだったし!」

「……?」


 昨日のるびぃと助六の会話をちゃんと思い返してみる。


 ――――――。


『る、るびぃちゃん、おお、おはよう、今日も可愛いね』

『……おはようございます、有助くん』


 るびぃは相変わらずの無表情で、助六に最低限の挨拶をしていた。


『るびぃちゃん、昨日――』

『それじゃあにーさん、またお昼に迎えに来ますから』


 そのまま背中を向けて去って行くるびぃ。


『俺も待ってるから! 今日も一緒にお昼食べようね!』


 必死に手を振ってアピールしている助六。


『ふふっ』


 るびぃは最後に一瞬だけ振り返ると、俺に笑いかけてから自分のクラスに戻っていった。


『い、今俺に笑いかけてくれた! やったぜ!』


 ――――――。


「そうか?」

「そうなんだよ!」


 助六からすれば、昨日のあれはるびぃと楽しく会話した内に入るらしい。


「ほとんどの男どもは話しかけても無視される中、俺はるびぃちゃんと話して貰える。前から疑問だったんだが、この答えがようやく俺にもわかった」


 そういえば、ほとんどの男子が無視されているのに、どうしてこいつは無視されないんだ? るびぃの言葉は少ないけど、助六は全くの無視はされていない。好きとかは絶対に確実に天地がひっくり返ってもあり得ないが、そうなってくると……、


「どうしてだかわかるか!?」

「可哀想だから?」

「ちげーよ! 俺がるびぃちゃんと幼なじみだからだよ! 当たり前のように接してきたから気づかなかったけど、俺とるびぃちゃんは幼なじみになんだよ!」


 身近なこと過ぎて気付かなかったけど、そういえばそうなるのか……。


「マジかよ、助六……」

「くそう、るびぃちゃんに幼なじみが……」


 何で周りの男子はすでに負けたような反応をしているんだ? 


「お・さ・な・な・じ・み! 俺とるびぃちゃんは幼なじみ!」


 間違ってはないが、間違っていると言いたい気分だ。

 ……というか、るびぃと助六が幼なじみだとするなら、そこには当然俺もいる。こいつは俺も幼なじみだという事実に、都合良く蓋をしていないか?


「幼なじみは幼なじみに無条件で優しくするのが鉄板なんだ。だからるびぃちゃんは俺に優しく話しかけてくれると言うのに……」

「ラブコメの読み過ぎだアホ……」

「幼なじみのるびぃちゃんとの朝の会話がなかった俺は、いったい何を生きがいにすればいいんだあああああああああっ!」


 うるせぇ……。

 地団駄を踏んで駄々をこねるアホなんか無視してもいいんだけど、今日一日ネチネチ言われるとしんどいし、気休めになるか知らんが、とりあえず言ってみる。


「お昼ご飯はるびぃと一緒に食べられるんだから、それで我慢しろよ」


 ――ピタッと、助六は静止した。

 さっきまで叫んでいた奴が急に黙って静止するとか、ちょっとしたホラーだぞ。


「そうだ! 俺にはるびぃちゃんと二人っきりのランチがあるんだった。そこで朝出来なかった会話をすればいい!」


 当然、るびぃと助六の二人っきりなわけがなく、ちゃんと俺もいるんだけど、


「今日もるびぃちゃんと楽しい会話するんだ、えへへ……」


 どこか遠い夢を見ている様子の助六。まあ静かになったからいいや……ん?


「くそう、助六の奴……」

「幼なじみだから話せるとか、反則だろ……」

「蒼は兄貴だから許してるけど、あいつは許さない……」

「助六を呪え、助六を呪え……」

「ギルティ、ギルティ……」


 何か怖いことを呪詛のように唱えて、何とか助六を呪うとしている野郎ども。

 うん、異常なし。

 俺の方には呪いが来なさそうで良かった。


「るびぃちゃんと喋るには、幼なじみであることが必要だったのか……」


 ……たぶん、るびぃが助六と会話しているのは、俺と助六が友達だからだと思う。だってるびぃは、助六のことを幼なじみという認識では見ていないと思うし。


「くそぅ、遠くから見ていることしか俺には出来ないのか……」


 るびぃに変な虫が寄りつかなさそうだから、これは黙っておこう。


「悪い遅れた! おうお前ら席に着け!」


 勢いよく開かれた教室のドアから、慌てて現れたのはスーツ姿の若い女性。俺らとさほど歳は変わらない見た目だが、クラスの担任であり国語教師の柊先生だ。

 先生の登場でぞろぞろと席に着いていく中、今だ助六は夢見心地だ。


「えへへるびぃちゃん、今度は俺に食べさせて、あ、あーん……」


 誓ってもいいがるびぃはこいつに絶対にしたことないし、今後も俺がさせない。


「ほら行くぞ、助六」

「るびぃちゃーん、俺はるびぃちゃん一筋だよお……」


 トリップしている助六を無理矢理引っ張って、こいつを自分の席に座らせた。


「やれやれ……」


 そして俺も、助六を座らせた後ろの自分の席に座る。ちなみに俺の席は窓際の一番後ろという好立地。席替えで全ての運を使っていないことを祈りたい。


「悪いなお前ら、ちょっと転校生の身支度に手間取っちまってよ。はあ、最近の若い子の発育がすごいわ、ま、何とか収められてよかった……」


 ……転校生?


「なぬっ!? 先生っ! 転校生ってどうゆうことですか?」


 転校というワードに急に正気を取り戻した助六が手を上げて訊ねた。


「言葉の通りだよ。今日からこのクラスに転校生が来るぞ。喜べお前ら、転校生は……いや、説明するよりも先に入って貰った方がいいか、それじゃあ入ってくれ」


 ドアが再び開かれると、そこから現れたのは、色白の肌、くせっ毛のない長い金髪、短いスカート、胸元がはち切れそうな大きな胸――転校生は女の子だった。


「ふふっ」


 転校生の女の子は教卓の前で立ち止まると、クラス全体に向けて軽く笑いかけた。彼女からすれば誰かを狙ってではないだろうが、


「ぐふっ……」

「あ、あ……」


 何人かの男子は心を射貫かれたらしい――まさに『童貞を殺す笑顔』だ。


「か、可愛い……し、しかもおっぱいが大きい……」


 助六も虜になったようで、クラスの大半の男子が思っていたことを口にしている。

 確かに胸が大きい。だって胸元のリボンが胸に乗っているように見えるもん。


「じゃあ自己紹介を頼む」

「りょ!」


 柊先生に促され、転校生の女の子は後ろを向いてチョークを手に取ると、


『❤きゅぴりか❤ぴりらら❤きゅぴぴ❤』


 女の子特有の丸みを帯びた字で、さらにはハートマークを多めに書いた。

 あれは……名前なのか?


「今日からこのクラスに転校してきました。あたしの名前は『きゅぴりか・ぴりらら・きゅぴぴ』って言います。気軽にきゅぴって呼んでね」


 転校生は最後に両手でハートを作ってアピールした瞬間――彼女のブラウスの第二ボタンだけが吹き飛び、大きな胸の谷間がひし形にパックリと露わになった。


「「「おお……」」」


 ほぼ男子全員が感嘆の声をもらしている……わかるぞ、その気持ち。朝にIカップの抱擁を味わっていなかったら、俺も当然仲間入りだったろう。


「ボタン取れちゃった、どうしよ柊センセ……」


 落ちたボタンを拾い、谷間を露わにした女の子は困ったように笑っている。


「やっぱりお前の胸をしまうのは無理だな、第二ボタンだけみたいだけど、このままだと第一ボタンも外れそうだし、無理矢理着るのは不可能か、それじゃあしょうがないな。きゅぴりかは胸元に関しては自由にしていいぞ」


 ……おいおい、その発言は先生の立場上大丈夫なのか?


「私も昔、結構やんちゃな格好していたし……もし別の先生に何か言われたら、私に言ってくれ、何とかするからよ」


 さすが元ヤンと噂のある柊先生、生徒への理解が早い姉御肌だ。


「やった! まだ苦しかったんだよね……」


 そう言われると、転校生の女の子はまだギリギリ止められていた第一ボタンもさらに外して、谷間を見えづらくしていた制服のリボンを下にずらした。


「これで良い感じ」


 するとあら不思議、胸の谷間を綺麗に見せたオシャレでえっちな女の子が登場した。


「ふふっ、興味あるからって、あんまりジロジロ見ちゃ駄目だよ❤」


 転校生が大きな胸を寄せて上げると、男子のほぼ全員が立ち上がり喝采を上げた。


「きゅぴちゃーん!」

「可愛い! 可愛い! 可愛いよおおおっ!」

「るびぃちゃんも可愛いけど、きゅぴちゃんも可愛いいいいっ!」


 さっきまでるびぃを可愛いと言っていた助六も、転校生の女のに喝采を上げていた。こいつにるびぃと会話以上の関係には、絶対にさせないと改めて誓った。

 ……だけど、男子が転校生の女の子に対して喝采を上げる気持ちもわかる。


「うおおおっ! ギャルだ! 可愛いギャルだ!」

「し、しかもえっちなギャル……」


 だってギャルだもん――可愛くて、胸も大きくて、さらにはえっちなことにも抵抗しなさそうな、積極的なギャル特有の雰囲気、そりゃテンションあがるよね。

 ……正直俺も、顔面偏差値の高い妹と、転校生ギャルよりも胸が大きい母親がいなかったら、ああなっていたと思う。

 それほどまでに転校生のギャルは不思議な魅力を纏っていた。


「男子さいてー」

「ほんと男子ってギャル好きよね……」

「でも、同性の私達まで見惚れてしまうかも……」


 さすがに女子は男子ほど盛り上がっていないみたいだけど、それでも転校生ギャルの魅力は認めているみたいだ。


「お前ら! さわぐのもいい加減にして静かにしろよ!」


 柊先生は盛り上がりまくっている男子を鎮めようとするが、


「きゅぴちゃん好きな食べ物は?」

「名前が可愛いけど、どこ出身なの?」


 男子全員勝手に質問タイムに入っているようで、あまり効果がないみたいだ。


「抑えろ、抑えろ、私……」


 青筋を浮かばせた柊先生が何かぶつぶつ言っている……たぶんやばい気がする。噂の元ヤンの片鱗がここで発揮され――、


「みんな、静かにしようね?」

「「「はい!」」」


 まるで軍隊のように男子は着席した。さっきまで騒いでいたのが嘘のようだ。


「たくっ……」


 偶然か狙ってかわからないが、ギャルの機転で柊先生の怒髪天は収まった。元ヤンの柊先生を見たかったような、見なくて済んでよかったような……。


「きゅぴりかに訊きたいことは大いに、それはそれは大いにあるだろうが、お前ら授業中は静かにしろよ。訊きたいことがあるのなら休み時間にだ、わかったな?」

「「「はい!」」」


 ほぼ全員の男子が元気よく返事をした。


「良い返事だ。それじゃあ……あー、きゅぴりかの席なんだけど、窓際の一番後ろに座っている、宝生の隣の空いている席に座ってくれるか?」


 え? 俺の隣? た、確かにずっと空席だから不思議に思っていたけど……。


「はーい」


 ギャルは可愛く返事をすると、みんなの視線を集めながらクラスの中を進み、俺の隣の誰もいない席までやってきた。


「よろしくね」

「え? ああ、よろしく……」


 初対面なのに動じずに視線を合わせてくる積極的なギャルに、俺は目線をそらした気のない返事をしてしまった。

 ……こ、これがギャルの魅力であり圧か、あまり関わらない方がいいな。


「宝生、悪いんだが、きゅぴりかの教科書なんかはまだ届いていないから、机をくっつけてお前のを見せてやれ」

「はい?!」


 関わらないと決めてすぐに何を言っているんだあの元ヤン先生は!?


「それじゃあ遠慮なく」


 こっちの気も知らずにギャルは自分の机を俺の机にくっつけると、そのまま座った。


(じーーー)

(チ、チラ……)


 何となく視線を感じたのでギャルを見れば、頬杖をついて横を向き、ガッツリと俺と目を合わせる気満々な彼女と目があった。


「あっ……」

「にこっ」


 俺の反応を楽しんでいるようなギャルの視線から逃げるように下に向けると、


「……んっ!?」


 そこに大きな胸の深い谷間があった。目線を釘付けにさせる魅力。しかも距離が近いから気付けたのだが、彼女の右胸の上には小さなほくろがあった……え、えろい。


「どうしたの? 何か見ちゃイケナイものでも見つけちゃった?」


 ……た、谷間のことだろうか、それとも右胸のほくろだろうか、どちらにしても、ウブな男の反応を楽しんでいるように見える。


「あたしの名前はさっき言った通りきゅぴだよ。あなたの名前は?」

「あ、えっと――」

「俺の名前はあ、あり、す、すけべです! あ、噛んだ……」


 ここぞとばかりに助六が名乗りをあげたが、焦りと緊張しているのか絶望的な自己紹介をしてしまった。


「……あり、すけべ?」


 さすがにおかしいと思ったのか、ギャルがキョトンとした表情で聞き返した。


「あ、違う! おおおお、俺の名前は――」

「よろしくね、すけべ! あたし、スケベな男の子好きだよ」

「お、俺今日からすけべになる!」

「元からスケベだろ」


 俺の心からの本音にクラスに笑いが起こった。

 ……ちょっと嬉しくてちょっと恥ずかしい。


「うるせぇよ! 可愛い妹と爆乳の人妻のママを持っているお前――」


 ――ドゴンッ!


 大きな音に驚き前を見れば、柊先生が後ろの黒板にこぶしを叩きつけていた。


「自発的に静かにするか、私に静かにされるか、選べ……」

「し、静かにしまーす……」


 助六の一言でクラス全体が静かになり、柊先生は今日の連絡を伝え始める。


「柊先生、怖いね……」


 そんな中、ギャルは俺に身を寄せてからヒソヒソと話しかけてきた。怖いと言っているが、彼女の表情はどこか楽しそうだ。


「元ヤンって噂だからな……」


 あれが元ヤンの柊先生か、改めて怒らせないようにしないとな……。


「元ヤン? そうなんだ? ……それで、教えてくれる?」

「え? な、何を……」


 もしかして柊先生について? だとしたら元ヤンぐらいしか知らないんだけど……。


「名前」


 あ、そっか、スケベ馬鹿のせいで言ってなかったか、


「蒼、俺の名前は蒼……」


 朝の連絡を伝えている柊先生に目をつけられないように、必要最低限に名乗った。覚えているかわからないけど、柊先生が名字の『宝生』って呼んでいたしな。


「良い名前だね、よろしく、蒼」


 予想通りの慣れ慣れしい呼び捨てに、ちょっと嬉しいと思ってしまう自分がいた。


「それにしても蒼、あなたみたいな人でも経験してるんだね……」

「ん?」


 ……どういう意味だろう? 

 これが転校生のギャル――きゅぴとの最初の会話だった。

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