第3話 俺の妹はモテモテ
これは余談なのだが、寮から学校までの距離は近いので、遅刻とは無縁でそれは嬉しいんだけど、それとは別の問題、言わば悩みの種が俺にはあった。
「るびぃ、前から言っているけどもう少し離れて歩いてくれないか?」
俺たちの距離を具体的に言うと、横を歩いているるびぃの腕と俺の腕が当たったり離れたりを繰り返している、そんな距離だ。
「これ以上離れたらマンドリルに見つかってしまうので出来ません」
毎回離れるように言っているのだが、いつもこんな感じで躱されている。
「そっか、今日はマンドリルで押してくんだ……」
一緒に寝ている理由と同じなと、そう思うだけにした。
「……あれは、朝から会えるなんてラッキー」
後ろから男の声が聞こえてきた。チラッと見えたが、同じ制服を着ていたので、俺たちと同じ夢見高校の男子生徒だ。
「はぁん、今日もステキです……」
おっと、今度は女子の声が聞こえてきた。もちろん同じ制服、俺たちと同じ高校の女子生徒だ。
二人とも一定の距離を保ちつつ、俺たちの後ろを歩いている。たぶん、めっちゃ見ているんだろうが、俺は不思議と視線を感じていない。
「今日も可愛いな……」
また野郎が増えた……はあ、やれやれだ。
さっきの二人もそうだが、彼らが見ているのは俺じゃない。
彼らのお目当ては当然――隣のるびぃだ。
「どうしました、にーさん?」
「別に……」
チラッと見たが、絶賛注目の的であるるびぃは我関せずで気にしていない。
何度でも言うが、俺の妹は超絶可愛い。
少し無愛想かもしれないが、逆にそれが良いと言われている。
そんな超絶に可愛い妹が学校に通っているのだから、注目されないわけがなく、いつもこんな感じで、るびぃ『だけが』遠巻きに見られながら、俺たちは登校していた。
「おいおい、昨日より可愛くなってないか?」
「お前も? 俺もそう思ったんだよ」
見る目あるじゃないか、ウチの妹の可愛さは天井知らずさ。
胸はたぶん天井だけどな。
「ふふ……いてっ!」
上手いこと思いついたと心の中で自画自賛していたら、突然腕に激痛が走った。
「い、痛いじゃないか……」
痛みの原因はわかっている。隣のるびぃが俺の二の腕を抓ったのだ。
「ほくそ笑みながら鼻の下が伸びた不思議な顔をしていたのが気になったので」
「そ、そうか……」
気になったぐらいで抓らないで欲しいのだが、心の中とはいえ、るびぃの薄い胸を笑ったのがバレた? そ、そんなわけないよな、たまたまだ、たまたま……。
「るびぃちゃん可愛いな……」
「るびぃ様……」
学校が近くなってくると、男女問わずるびぃを賞賛する声が多くなってきた。だけど不思議と、るびぃに声をかけようとする生徒はいない。
超絶に可愛い妹の唯一の欠点、それは無愛想な表情が放つ近づくなオーラだろう。
「もう少し愛想良くしたら?」
「興味ないです」
妹が友達を作ろうとしないので、お兄ちゃんは心配です。
「それに、彼らが好きなのは正確には私ではないですから……」
「……どういうこと?」
「にーさんは知らなくていいことです」
前にも似たようなことを言って、今みたいにはぐらかされたような気がする。
……ま、いっか。
どうせしつこく訊いても教えてくれないだろうし……あ、校門が見えてきた。
「ほら、あれが昨日言っていた一年生、宝生るびぃちゃんだよ」
……待ち伏せか? 俺たち(正確にはるびぃ)を待っていた男子二人がいた。るびぃをチラチラと見ているだけで、特段話しかけるつもりはないのか近づいて来ない。
「た、確かに可愛い……」
るびぃの可愛さに当てられて立ち尽くしている二人の横を通り過ぎると、
「だけど隣の男誰だよ。ま、まさか彼氏とか?」
おそらく今日初めてるびぃを見た男子生徒は、隣の俺が気になったようだ。
「違う違う、るびぃちゃんの双子の兄だよ」
「双子? それにしては似てないな、身長も全然違うし……」
進んでいる俺たちとは対照的に立ち止まっている二人。それなりに離れたとはいえ、こそこそ話しはもっと聞こえないようにして欲しい。
「同性の双子なら似るだろうけど、男女の双子はあまり似ないみたいだぞ」
「へぇ、そうなんだ、妹は可愛いのに、兄は何か普通だな……」
るびぃと一緒に歩いていると、可愛い妹と普通の兄として比べられてしまう。
これが俺の通学時の悩みの種だった。
『え! るびぃちゃんに兄がいるの?!』
『どれどれどれ!?』
『うーん、中性的で普通……』
『パッとしない……』
何度も言われてきた俺の評価。もう慣れたとはいえ、あまりいい気はしない。
「にーさん」
気付いたらるびぃが俺を呼びながら服の裾を引っ張っていた。俺のやるせない気持ちを理解してくれたんだろう。ほんと出来た妹――、
「にーさんのことを馬鹿にした人の顔は覚えたので、いつでも言ってくださいね」
……るびぃさん? 何をするつもりだい?
「今の状況は私の所為ですから……」
私の所為……つまり、兄妹揃って登校していることを言っているのだろうか? 確かにるびぃと一緒に登校しなければ、比べられることないだろうけど……。
「何言ってんだ? 妹と一緒に登校して何が悪いんだってんだ。お前の所為なんかじゃねぇよ。誰に何言われようが俺はお前と一緒に登校するぞ」
――って、これじゃあ妹と一緒に登校したいだけのシスコンじゃねぇか!?
「お、お前が嫌じゃなければな?」
シスコンは否定しないけど、少しだけシスコン成分を薄めてみた。
「ふふっ、そうですか、私もにーさんと一緒に登校したいですよ。もちろん、にーさんが嫌じゃなければですが、ふふふ……」
るびぃは楽しそうに笑っていて、俺の心を見透かしているようで何か悔しい。
「それに、私はモテないにーさんの方が好きですよ」
事実とはいえ、妹に言われると心にグサッとくるな……な、慰めているんだよね? トドメを刺しにきたわけじゃないよね?
それにだ、これだけは言っておかないと。
「た、確かに今はモテないかもだけど、これでも小学生ぐらいの時は、少しだけチヤホヤされてたんだぞ」
モテていたのではなく子供特有の可愛さが受けていただけだけど。
「そうかもですね……」
……一瞬、るびぃの表情に影が差した気がしたけど、気のせいだろうか?
「朝からるびぃちゃんが見れた、やったぜ……」
「今日も可愛いな……」
校門をくぐると、俺たちへの視線と妹への賞賛の声も多くなった。
「くそぅ、挨拶にかこつけてるびぃちゃんに話しかけたいけど、俺まで興味なしの烙印を押されたくないしな、まだ可能性は感じていたい……」
「興味なしの烙印? なんだよそれ?」
「何だ知らないのか? るびぃちゃんはな、ほぼ全ての男子から話しかけられても無視するか、素っ気なく対応されるかで有名なんだぞ」
……るびぃ、お前の学校生活が本当に心配になってきたぞ。
「つまり話しかけて無視されたら、そこで興味なしの烙印を押されてしまう。だから、あえてるびぃちゃんに話しかけずに、可能性を感じている俺みたいな奴が多いんだ」
風の噂で聞いたことあるけど、それマジなんだ……。
「それじゃあるびぃちゃんと普通に話せるのは、あの兄ぐらいか、くそぅ、たいしてかっこ良くないのに、るびぃちゃんと会話出来るだけで羨ましい……」
「るびぃちゃんに比べたら普通だけど、るびぃちゃんの兄というだけで羨ましい……」
俺の印象は相変わらずだが、るびぃの兄というだけで羨望の眼差しを向けられるのは、
「ふふんっ」
ちょっとした優越感で心地良い。可愛い妹を持った兄の特権として、これぐらいの役得があったって別に良いだろう。
「………………」
隣からのジト目なんて気にしない!
ふはははっ、どうだ羨ましいだろう?
俺はるびぃの兄だから、毎朝一緒に登校出来るんだぞ。
しかもそれだけじゃなくて、毎日一緒に寝ているといっても過言では……この事実を奴らが知られたら、俺、殺されるんじゃないか?
バ、バレないようにしないと。
「ほら、あれが噂のるびぃちゃんだよ」
今度は女子二人か、リボンの色を見るに二年生だな。
「た、確かに可愛いわね、同じ女だけど嫉妬しちゃう可愛さだわ。そして隣がるびぃちゃんの兄の……え?」
「どうしたの?」
「……いや、るびぃちゃんに比べてパッとしない普通の兄って聞かされたけど、別にそんなことないんじゃない。上手く説明出来ないけど……よく見るとカッコいいわよ?」
なぬ!?
まさかの高評価が聞こえ、歩きながら俺の耳と意識が女子生徒へと向いた。
「そう? あんた変わって……あれ、確かにそうかも? 中性的でカッコいい?」
一人だけかと思ったら、もう一人の女子まで俺の評価を上げてきただと!?
「むぅ……」
まさか俺にも遂に本当のモテ期がやってきたというのか!?
妹の影に隠れつつも、自分なりに努力してきてよかったぜ。清潔感とか清潔感とか、あと清潔感とか……いや、まあ正直な話し、いきなりカッコいいと言われることに、これといって心当たりはないけど、これは嬉しい評価だ。
「むぅ……」
……は、話しかけてみようかな? 俺自身カッコいい評価を貰っているし、それにるびぃのことを紹介するみたいに話しかければ、無下にはされない気がする。
妹を女子と仲良くするだしにしているみたいで少し気が引けるが、引く手数多のるびぃと違って、俺は千載一遇のチャンスだ。たぶんわかってくれるだろう。
「なあるびぃ、ちょっと……」
「に、にーさん! 急に抱きついて欲しいってどうしたんですか!?」
「はいっ!?」
ちょっとばかし恥ずかしいお願いをしようとしたら、突然、るびぃがみんなに聞こえるぐらい大きな声を出しながら、俺の腕にしがみついてきた。
「ちょ、るびぃ、は、離れろって……」
いきなりのことでわけがわからず、とりあえずしがみついたるびぃの腕から離れようとするが、何かやたらと力が強くて引き抜けない。
あと胸が当たってるんだけど!
小ぶりな癖に!
自己主張が強い!
「こんなところで抱きついて欲しいなんて! に、にーさんは本当にシスコンですね!」
顔を真っ赤にしてしがみついてくるるびぃに、かなり無理しているのがわかる。
「ど、どうゆうつもりだお前……」
「シスコンのにーさんがここで抱きつけって言ったじゃないですか! にーさんいい加減にシスコンは卒業した方が良いと思いますよ! 本当にシスコンなんだから!」
「ちょっと! 何言ってんの!?!?」
シスコンは否定はしないけど、こんな公衆の面前でシスコンシスコンって言われると、俺がシスコンだと認識されてしまう! シスコンは否定はしないけど!
「え、シスコン? きも……」
あ……、
「シスコンなんだ、可愛い妹を持った気持ちはわかるけど、ちょっと……」
あああ……、
「しかもこんな所で抱きつけなんて、サイテー……」
ああああ……お、終わった、俺のモテモテ学園生活が終わった。
さようなら青春、こんにちはシスコンの烙印が押された、変態兄貴の学園生活。
……シスコンは否定しないけど。
「にーさんのフェロモンは少しでも油断になりませんね、毎日吸っている筈なのに、なるべくにーさんと接触する方がいいのかな……」
るびぃが何か言っているが、全然内容が入ってこない。
気付いたら俺は立ち止まり項垂れていた。
「もうお終いだ、俺はこれからどうやって生きていけば……」
「にーさん……」
登校する生徒達が俺を一瞬だけチラ見してから、やっぱり見なかったことにして過ぎていく中、るびぃが俺の項垂れている手を握った。
「私は、にーさんがモテなくても、シスコンでも、例え変態であっても、私だけはずっとにーさんの味方だから安心してください」
「るびぃ……あ、ありがとう、俺にはお前しか……って、お前の所為だろう! お前が急にしがみついてきたから俺は――」
――キンコンカーンコーン。
「予鈴のチャイムですね、急ぎませんと遅刻してしまいますよ。いつまで項垂れて立ち止まっているんですか、にーさん行きますよ」
普段の調子のるびぃに戻って逆にホッとする自分がいた。
「ああ、わかってる……」
ふと横を見ると、子犬みたいに『しゅん』としてしまったるびぃと目が合った。
たぶんるびぃも不本意でやったような気がする。
「……にーさん、怒ってます?」
どうしてしたのか気になるが、どうせ教えてはくれなさそうだし、それに、るびぃに妹を全面に押されて言われたら、シスコンの俺は怒ることが出来ない。
「怒ってはないけど、急にああゆうのはやめてくれ……」
「ごめんなさい……」
謝ってはいるけど、やっぱり理由は教えてくれないか。
「びっくりしたなほんと、でも、ちょっと嬉しかったけど……」
「……え?」
やべっ口が滑った。
「私に抱きつかれて、嬉しかったんですか?」
さっきまでの『しゅん』とした様子はどこにいったのか、何かを期待している様子のるびぃは、身を乗り出すように俺に迫りながら訊いてきた。
「ほ、ほら行くぞ! このままだと遅刻だ!」
すでに周りの生徒はいなくなってる。俺たちも急がないと本当にヤバい。
俺が先に小走りで走り出すと、るびぃもそれに続いた。
「……は、はい」
るびぃも状況を理解したようで、それ以上何も言ってこなかった。
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