第2話 カレカノさん?

 朝ご飯の匂いを辿りながら、改めて俺たちの住んでいる学生寮について説明しようと思う。


 ゆめま寮――俺たちの住んでいる寮の名前だ。


 二階建ての外観はそれなりの築年数を感じさせるが、中は意外と綺麗だったりする。あと部屋数も多く、部屋によっては和室もあれば洋室もある。

 ちなみに俺は和室で妹は洋室のベッドで寝ている。

 そして何より、俺たちの通っている夢見高校から徒歩五分という好立地。入学して一ヶ月経つが、おそらく遅刻とは無縁の学生生活を送れるだろう。

 しかも寮母さんがいるから食事は三食付きである。朝と晩ご飯はもちろん、お昼はお弁当も用意してくれて、至れり尽くせりなのだ。

 さらにさらには家賃や光熱費はゼロという好待遇。もはや特待生みたいな扱い。

 現在、そのゆめま寮に住んでいるのは俺たち兄妹と、かー……寮母さんの三人だ。

 何故か去年まで使われていなかったらしく、それなのに、今年からこのゆめま寮が使われるようになったようで、結果、この寮に住んでいるのは俺たちだけだ。


 ――そんなステキなこの寮に住む条件は二つ。


 一つは、俺たちが通っている夢見高校の学生であること……当然だな。

 そしてもう一つが、この寮に住む適正があるかどうからしい……うん?


 一つ目はまあわかる。むしろ学生寮なんだから当然と言えば当然だ。

 よくわからないのは二つ目の適正だ。

 どうゆう適性があれば入寮出来るのかわからず、入寮出来た今でも、どうして俺たちは入寮出来たのか、一応訊ねたのだけど教えて貰えなかった。


 ……正直、身内の贔屓で入れた気がしなくもないんだけど。


 そのまま朝ご飯の匂いに誘われるように、俺はこぢんまりとした食堂に入ると、二人分の食事を配膳し終えた、エプロン姿の寮母さんと目があった。


「おはよう蒼、るびぃはもう少しで来るの?」

「そうなんじゃない?」


 寮母さんの見た目はかなり若い。友達が言うには二十代前半のお姉さんに見えるらしいが、実際の年齢は確か三十代で、経産婦であり双子の子持ちだ。


「こら、ちゃんと挨拶しなさい。お母さんだからって挨拶を疎かにしちゃ、めっ」


 寮母さんが、俺の雑な返しに子供を叱るように優しく言ってきた。 


「おはよう、かーさん……」


 ……というかその通りで、この学生寮の寮母はうちの母親――宝生真珠である。元々ここの寮母を任されていたわけではなく、昔なじみにお願いされたからと言っていた。

 つまりは、この寮に住んでいるのは宝生一家(親父は別の家に住んでいる。離婚はしていない)なので、もはや身内しかこの寮に住んでいないことになる。


「どうしたの?」


 かーさんが心配そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。 


「なんでないよ」


 かーさんがここの寮母だから、俺たちが入寮出来たと思ったのだが――、


『私にそんな権限ないわよ。二人に適性があっただけよ。まあ、私の子供なら当然よね……え? 適正がなにかって? それは、そのうちわかるわ、ふふふ……』


 ――とのことである。

 だからおそらく違う……たぶん、自信はないけ――どっ!?


「なっ?!」


 なんて考えて気を抜いていたら、かーさんが急に顔を近づけてきた。

 るびぃの母親だけあって、かーさんもかなり綺麗だったりする。さらに若くも見えるから、俺とるびぃと一緒に歩いていると、三兄妹と間違えられるほどだ。


「ねぇ本当に大丈夫なの?」


 そんな偏差値の高い顔面が近づいてくると、母親とはいえ照れて目をそらしてしまう。


「だ、大丈夫だって……」


 それがいけなかったのだろう。 


「目をそらして顔が赤いわよ? あ、もしかして風邪なんじゃない?」


 そう言うとかーさんは、俺の体を抱き寄せるとそのまま背伸びをして、俺の額と自分の額を合わせて、古来からあるおでこを合わせた熱の計り方をしてきた。


「ちょ、やめろって……」


 母親に抱きつかれたところをるびぃに見られたら恥ずかしいし、それに……その、かーさんは……胸がデカい……巨乳、いや、もはや爆乳だ。


「何、ほらじっとして……」


 こっちの心情を無視して、かーさんは目を瞑っておでこを当てきた。そして俺は、おでこなんて気にならない爆乳に意識が持って行かれてしまう。


「ああ……」


 母親とはいえ爆乳。滅多にお目にかかれる代物じゃない。触りたいとか死んでも言うつもりはないが、こうして押しつけられる分には、まあ致し方ないだろう。


「(じっーっ)」


 そもそもかーさんは俺の体調を純粋に心配してくれているのだ。それを振り払うことなんて出来ないだろう。

 だから、これは致し方ないのだ。


「(じっーーーっ)」


 それにしてもなんだろうこの安心感。おそらく全ての男はこの抱擁を耐えることは出来ないだろう。


「そんなふて腐れた顔してどうしたの、るびぃ?」

「これが爆乳の魔力…………るびぃ?」


 いるはずのない名前が聞こえると、いつの間にかにかーさんのおでこは離れていた。

 すっごい嫌な予感がするがおそるおそる横を見てみると、


「げっ!?」


 制服に着替えたるびぃが、冷たくて白い目で俺をじっと見ていた。

 ……い、いつからだ? いつから見られていた?

 冷たい汗が背中を伝う。俺の体と心の熱が急激に下がっていく。


「……おはよう、お母さん」


 俺から視線を外すと、るびぃは俺に抱きついているかーさんに挨拶した。


「ええ、おはよう……あら? 体温が急激に下がったわね、じゃあ大丈夫そうね」


 かーさんは俺を離してキッチンに戻っていった。


「………………」

「………………」


 あとに残されたのは、男の欲望に負けた俺と、また冷たい視線を向けてくるるびぃ。

 ど、どうしよう。な、何か上手い言い訳を考えないと……。


「違うんだぞ、えっと……」


 ……いや待てよ。

 るびぃは、俺がかーさんに抱きしめられていたところを見ていただけで、不覚にも爆乳の欲望に負けていたことは、俺の心内であって気付いていないはずだ。

 だから俺は、爆乳の欲望に負けた兄として言い訳をするのではなく、母親に抱きしめられたところを見られて恥ずかしい兄として、その理由を話せば良い。

 ……よし、それでいこう。


「違うんだかーさんが俺が熱っぽいとかいってきた急に俺を抱きしめてきただけで別に俺から抱きしめられにいったとかではなくて……るびぃ?」


 身振り手振りも加えて、早く理解して欲しくて少々早口で説明する中、平然としたままのるびぃは、俺の言い訳を無視して、いつもの自分の椅子に座った。

 今日の朝食は、ごはん、味噌汁、焼き鮭、副菜、漬物――うん、今日も美味しそうだ……じゃない! るびぃは理解してくれたんだろうか?


「にーさん、座らないんですか?」

「す、座るよ……」


 るびぃに促されたのでとりあえず隣に座る。チラッと横目で妹の様子を確認するが、相変わらずの無表情で何を考えているのかわからない。

 もしかして気を使って見なかったことにしてくれたんだろうか? だから俺の言い訳も聞かなかったことにしてくれて、いつも通りの朝食の日常を……。


「………………」

「………………」


 だとしたら何なんだこのいたたまれない空気は!?


「ふふ~ん♪」


 あまりの静けさから、キッチンからかーさんの鼻歌がよく聞こえてくる。最後の自分の分の朝食を用意しているようだ。


「「………………」」


 基本、食事はみんなで『いただきます』して食べるのがうちの暗黙の了解だ。

 だから、早くこっちに来てくれ!

 あんなに鬱陶しかったかーさんとの会話が今はめちゃくちゃ恋しい。


「あ、醤油切らしちゃった、今日買わないと……」

 そんなのいいから! 早く! 早くこっちに来てこの空気を変えてくれ!

「…………」


 無意識に目の前に置かれたコップを手に取り、そのまま一口のお茶を口に含んだ。


「お母さんの胸は気持ちよかったですか?」

「ぶふーっ!?」


 全部吹き出した。

 咄嗟に横を向いたので、朝食にお茶が吹きかからなかったのは幸いだった。


「あらあら、いけないわ」


 俺がお茶を吹いたことに気付いたかーさんが、食堂を出て行くのが見えた。


「げほげほっ……る、るびぃ?」

「にーさんも男ですからね、その気持ちはわかりますよ。何せお母さんはIカップですからね」

「アイカップ? あっ……」


 一瞬何のことかわからなかったが、胸のカップ数であることに遅れて気付いた。

 かーさんのあの爆乳はIカップなのか、つまりはA、B、C、D……、


「胸の大きさを聴いて、頭の中で数字を数えながら指を折るのは止めた方がいいと思いますよ。特に、私みたいに着痩せする人の前では……」


 無表情でジト目のるびぃが、自身のなだらかな胸に手を当てて言った。


「わ、悪い……ん?」


 もっともな言い分に納得したのだが……ふと、気になってるびぃの胸をチラ

ッと見る。


 ……着痩せ?


 確かにるびぃの胸の部分は、制服で綺麗ななだらかな壁となっているのだが、服を着ていない時と比べて、そこまで着痩せするというほど変わっていない気がする。

 というか俺は、ゆったりしたパジャマ姿のるびぃを知っている。全く膨らみがないわけではないが、かーさんと比べると……まあ、ちょっと残念な大きさだ。


 ――だから断言しよう。るびぃの胸は着痩せではなく、そもそも小さいと。


「何か失礼なこと考えてません?」

「か、考えてないよ!」


 追求のジト目から慌てて顔を背けた。


「確かにお母さんに比べると小さいですし、少し着痩せしていますが――」

 あくまで着痩せしていると言いたいらしい。

「――私はまだ成長期ですから、いつかお母さんみたいに大きくなりますよ」


 成長期ねぇ……胸が大きい人って小学生の時ぐらいから大きいと思う。だから、すでにるびぃの胸の成長は止まってるんじゃ……と考えついたが、絶対に口にしない。


「そうだな、きっとデカくなるよ」


 だから俺は優しい笑顔で言ってあげた。


「ならないと思ってますね」


 もしかしたら俺誤魔化すの下手なのか? さっきから本音が全部バレている。


「それでももし、私の胸が大きくなったらどうしますか?」


 ……どうするって何だ? 俺にどうしろってんだ? 喜べばいいのか? 『妹の胸が大きくなった! やったぜ!』って、とんだ変態兄貴じゃねぇか……。


「もし大きくなったら、一つ、何でも言うこと聞いてくださいね」

「え?」


 と、気の抜けた返事と同時に、かーさんがタオルを持って戻ってきた。


「はい、これで拭きなさい。えっとあとは……」

「あ、ありがと……」


 渡されたタオルで自分の口と濡れた机や床を拭いていく――のだが、さっきるびぃに言われたことが頭に残っていて、ちゃんと拭けているのかわからない。


「お母さん、手伝うよ」


 こっちの気持ちを知ってか知らずか、るびぃはかーさんを手伝いに行った。

 ……るびぃの奴、どうゆうつもりだ? 


『もし大きくなったら、一つ、何でも言うこと聞いてくださいね』


 さっきも思ったことだが、るびぃの胸があれ以上大きくなるとは正直思えな

い。それなのになぜ? まさか豊胸? いや、そこまでばしないと思う。

 もしかして大きくなる算段というか、何かしらの方法があるとか?


「あっ、まさか……」


 胸が大きくなる方法の一つに、古来から『揉めば大きくなる』に気付いた。

 そして、揉まれるためには揉む人が必要だが、るびぃにそんな人がいるはずないと、朝起きるまで思っていたのだが、るびぃには自分からキスしたくなるほどの相手がいる。

 まさか、どこの馬の骨ともわからない男にるびぃの小さな胸が揉まれ――、


「にーさん?」

「どひゃっ!?」


 振り返ればキョトンとしたるびぃが、不思議そうに俺を見ている。というか、かーさんの手伝いに行っていたはずのに、何故かまたるびぃは席に座っている。


「蒼、どうしたの?」


 ……って、かーさんもいつの間にか対面の席に座っていた。

 そしてかーさんもキョトン顔。


「さっきから同じ場所をずっと拭いているけど、もういいと思うわよ」

「え? あ、うん……」


 気付いたら、二人が不思議そうに座って俺を見ていた。かーさんの分の朝食もすでに置かれてある。


「はい、タオル貸して」


 差し出されたかーさんの手に拭き終わったタオルを渡した。

……どうやら思っていた以上に深く考え込んでいたようだ。

 チラッと原因のるびぃを見るが、やはりというか素知らぬ顔をしている。

 ……はあ、これ以上考えるのやめよう。俺の精神が持たない。


「準備出来たわね。それじゃあ――」


 妹のキスの相手や胸の件も、全部思考の奥の棚に丸投げした。


「「「いただきます」」」


 とりあえず今は朝食を食べることにする。


「もぐもぐ……うん、美味い」


 ――――――。


 朝食を食べ終えた俺たちは、もろもろの学校の準備を終えて、あとは時間になるまでテレビでも見ながら、僅かばかりのまったり時間を過ごしていると、


「前にも言ったけど、今日からこの寮に新しい人が来るからよろしくね」

「へぇ、今日からこの寮に新しい人が……え?」


 かーさんがあっけらかんと言ってきた。


「ちょ、聞いてないけど!?」


『適正』がなければ住めないこのゆめま寮に、新しい人が住むだと!?


「……あれ? ああ、そういえば蒼には直接言ってなかったっけ? 一応るびぃに蒼にも言うように言っておいたんだけど……」


 俺とかーさんは合わせるように、るびぃの顔を見ると、


「ごめんなさい、にーさんに言うのを忘れてました」


 謝りながら、俺の視線からさっと逃げた。


「あらそうなの? それじゃあ仕方がないわね」


 忘れていたのなら仕方がない――と、普通なら思うだろうが、俺は気付いているぞ我が妹よ……わざと、俺に言わなかったな?

 どうしてるびぃが俺に言わなかったのか理由は気になるが、まあ別にいいだろう。前から知っていようが今知ろうが大した差はないだろうし、たぶん……。


「それじゃあ改めて言うけど、この寮に新しい人が来るから仲良くしなさいね。こっちのことは初めてのことが多くて困ることが多いと思うから、困っていたら助けてあげて」


 こっちのことは初めて? 外国からでも来るのか、いや、それよりも、


「男? 女?」


 こっちの方が大事だ。

 男なら同性として仲良くなれそうだけど、妹に変な男は近づいて欲しくない。出来れば女……いや、女の比率が上がると、男の俺は肩身が狭くなりそうだな。

 どっちも嫌だな。


「ナイショにしておくわ。そっちの方が楽しそうだし」


 かーさんは楽しそうだけど、俺は今のところどっちも困るんだが?


「寮母権限で断るとか出来ないの?」


 ダメ元でそんなことを言ってみた。


「私はただの任され寮母なんだから、そんな権限あるわけないでしょ? それにカレカノさんが住むことを断れるわけがないのよ。だって――」

「カレカノさん?」


 新しく来る人の名前だろうか?


「性別がわからないように、彼とも彼女とも言わずに合わせた今だけの仮の名前よ。本当の名前はカレカノさん(仮)に直接訊きなさい」


 さいですか。


「それで……えっと、どこまで話したかしら?」

「カレカノさんが住むことを断れるわけがないのよ。まで話してたよ」


 聴いていないようでるびぃは一応聴いていたようだ。


「そうそう、カレカノさんはこのゆめま寮に住むことを断ることが出来ないのよ。だってカレカノさんが住むために、この寮が二十年振りに使われるようになったんだから」

「え……それってどうゆうこと?」


 今年からゆめま寮が使われるようになったのは、カレカノさんが住むから? つまりはカレカノさんもおそらく適正とやらが、あるということだろうか?


「二十年か、早いわね……」


 って、かーさん話し聞かずに、懐かしさを感じてるのか遠くを見てる。


「ちょっ、かーさん何でカレカノさんが住むからってこの寮が――」


 話している途中で、服の裾が引っ張られたので横を見るとるびぃと目があった。


「にーさん、このまま話していると遅刻します」


 時計を見ると、いつも出る時間より少し過ぎていた。このまま話していると、せっかく学校に近い寮なのに、走って登校することになってしまう。


「ああっもうっ」


 半ばやけくそ気味に鞄を手に取ると、続けてるびぃも鞄を手に取った。


「いってきます!」「いってきます」


 聞こえているかわからないが、一応律儀に言ってみると、


「いってらっしゃーい」


 昔を思い出した懐かしさから戻ってきたかーさんも律儀に返してくれた。

 色々と気になるが、今は学校だ。

 どうせカレカノさんについて知るのは学校が終わってからだろうしな。

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