1話 ゲームって楽しいですよね

 ――レポートの草案をつくるのは体力を使う。やっと終わった。

 

 視界の端にあった赤く点灯するマイクのアイコンが消える。緊張感のかわりに虚脱感が身を包む。

 机においてあったジュースを少し口に含みながら、椅子の背もたれに寄りかかってふぅ、とひとりごちる。

 白と赤が基調の家具でまとめられたなんてことないワンルーム。凜花の自室である。

 ほっ。ともう一息ついて。彼女はぽつりとこぼす。

「ほんとにいろんなことができる世の中になったけれど……できないこともあります!って言ったほうがいいよねぇ。わたしの体のこともスクリプトでちょちょいだったら……嬉しかったのになぁ」

 宙に両の手をのばす。手まで覆っていた長い袖をめくると、透き通るような白い肌。人は羨むかもしれない。

 立ち上がって鏡の前に立ち、自分を見る。ポニーテールになっていた髪の毛をほどき、さらりと背中に髪が流れていく。

 白くて長い髪。白無垢の反物みたいで私の好きな色。かすかに抱いている自慢だ。おばけみたいだといじめられたこともあったし、昔は嫌いで切っていたが今はがんばって背中まで伸ばしている。

 次いで濃いセピア色のサングラスを外す。赤くて大きな目がきらりと――

 刹那。

 窓からこぼれた光が。鏡をはねた光が。真っ白な針になって目に刺さる。まぶしい。いたい。襲ってきた痛みに慌ててサングラスを戻す。

 アルビノ。先天性の色素欠乏症で、凜花の大きな悩みである。

 生まれてこのかた、光を過剰に眩しく感じるうえに視力が悪いために色の濃い眼鏡はほぼ常用、外ではトップスおよびボトムスも日光を遮るものでなくてはいけない。

 日中の外出は文字通り大冒険だし、日光浴は自殺行為だ。

 家族のケアもあって深刻な状態になったことは少ないが、それでも人並みに太陽の下ではしゃぐ時間に憧れを抱いている。

 色々なことができない体に生まれたことを恨む日もある。

 

 それでも暗い日ばかりではない。昔から部屋で本を読むなど落ち着いた趣味も好きだった。家族は優しく支えてくれていたし、決してセピア色の色眼鏡ぼうごグラス越しでも、彼女の感じてきた世界に対する認識は色褪せたものでなかった。

 そのうえに凜花にはここ最近、新しい趣味もできた。ARやVRを運用した”外に出ない”お出かけなどが新しいマイブームになっている。

 首元の白いチョーカー型のデバイスS.T.A.R.S.はそれを助けてくれた凜花の宝物だ。

 S.T.A.R.S.にはサブ機能として現実の身体の機能を保持したまま感覚を遮断、いわゆる眠っている状態にして精神を仮想世界にシンクロさせる技術、 要するにVRモードである――「シンクイン没入システム」がある。

 VR空間の美術館で世界中の絵画を見たり、ホロボディでだだっ広い花畑に行って日向ぼっこもできる。

 座っているだけで色々な体験ができて凜花の行動範囲は最近けっこう鮮やかになった。

 「この機能がメインに据えられていないのは製品として底がしれないというか……すごい機械だよねぇ」ふと凜花の口から言葉がそうこぼれ落ちる。

 メインの機能は体の意識を維持して行われる「拡張現実」――ARであると謳っているこのデバイスに感嘆の意が絶えない限りだ。

 それほどに色々なことがこの技術でできる。

 そんな近代でジャンルが増え続ける娯楽の中で中でも最近彼女が入れ込んでいるのは――ゲームだ。

 シンクインシステムの起動を頭で考えて指示を出すと、自分にだけ聞こえる通知音が小さく響く。

 目を閉じて、数瞬。

 首に巻かれたデバイスが命令を受けて信号を発し、指定していたゲームが開かれ、視界が明るく切り替わる。

 真っ白な待合室に降り立つ。自分が中央に、あとは隅に3人がけの簡単なベンチや観葉植物が置いてある狭い部屋だ。体の左右、両側には表札と扉がある。凜花の体はそのままの見た目で、動きやすい服装――最近自分で設定した肩の出たトップスとジーンズに切り替わっている。

 『グリッチ・ハンターへようこそ。ゲームモードを選択して扉をあけてください』

 「観光モード」「競技モード」と表札にはそれぞれ示されている。

 間違い探しシューティングゲーム、「グリッチ・ハンター」。

 競技性やランキングもある類の花形ではないがそれなりに人気のあるゲームだ。

 プレイヤーはフィールドの変化し続けている特定のオブジェクトを見つけ出し、ハンドガンで撃ち抜く。

 難易度が絶妙で、変化の度合いやスピードなどはステージのレベルによって多種多様だ。いちばん簡単なチュートリアルでは眼の前の銅像が錆びたり新品になったりを高速でループしていて簡単すぎると凜花は思った。だが高難易度のステージではどこが変化しているか見つける難易度は格段に上がっているとされている。

 45ステージ目あたりからクリア率は数%に限られているのが難易度の高いゲームの証拠だろう。

 世界の名所を巡りながら簡単な間違い探しをする観光モードもあるが、凜花がプレイするのは――

「競技モードです!」

 迷いなく自分から右側の扉に進み、手をかけ、開ける。

『競技モードが選択されました。ステージ48までの進行度を確認しました、ステージ49をロードします』

 50ステージあるうちの49ステージ目まで来た今となっては、完全クリアした景色が見てみたいと切に彼女は考えている。

 『これまでの合計記録タイムは上位100人以内に入っています。健闘を祈ります。』

 扉の先は夕暮れのビルが立ち並ぶ市街地だった。

 少し周囲を見回した後。

「まずは……ダッシュ!」

 胸のホルスターに銃をしまい、駆け出した。

 このゲームには2つのフェーズがある。

 空間や風景を”元の絵”として記憶するメモリー・フェーズ。

 そして空間の何処かに変化が起こってそれを探し出すインシデント・フェーズ。

 メモリー・フェーズには制限時間があり、3分まで周囲の風景を記憶する時間がプレイヤーには与えられている。

 観光モードならゆっくり時間を使ってもいいのだが、これは競技モードだ。

 このフェーズの3分間は自分が空間を把握したと思ったら任意でスキップできるのだ。

 すなわち、このゲームのタイムアタックにおいて重要だと凜花が判断したのは。

「ダッシュ!全部見る!それでオッケーでしょ!」

 動体視力と空間認識力のなす力業でマップ全体の正しいあり方やふるまいを把握する。これは普通のプレイヤーのメモリータイムの2倍近い速度で行われる、彼女以外にも数えるほどの少ないものしか実行しているものがいない技術というのもおこがましいゴリ押しである。

 さらに言えば別にこんなことをしなくともメモリーフェーズをスキップしてしまってインシデントにとっとと進んだほうがいい、というのはこのゲームの上位プレイヤーの一般論である。

 彼女がこのような方法で上位に食い込んでいるのには理由があった。

 しばらくして。

「フェーズスキップ!」

 凜花の宣言に応じて空中からポーン、と時報のような音が響く。

 『インシデント・フェーズに突入しました。速やかに異変を見つけ出して排除してください』

 彼女のターンが始まった。

 通常、このゲームの異変は高難易度の場合30~60秒の周期でループする、周期型の変化となって現れる。

 通常の人に認知できるレベルの変化が現れるにはこのレベルでは20秒ほど経たなければならない。

 はずなのだが。

「そこ」

 正確に100mほど先の、今まさに変化を始めたばかりの電光掲示板が撃ち抜かれた。ポーン、とポイントの入った通知音が響く。

 変化の開始から0.7秒、凄まじい速度である。

 

 彼女の感覚には少し一般と異なった認識力が備わっている。

 感知したものを特有の色彩で修飾して捉え、物事の意味や状態を色の変化として受容する、いわゆる「色の共感覚」である。

 人の感情や表情が変わればその人の周りの空気の色が変わって見えるし、音楽を聞けば音の振動に触れたと同時に頭の中にイメージが色彩として広がる。

 彼女の目に、今起こっているほんの僅かな空間の情報の変化は、完成された写真に唐突に垂らされた小さなインクのシミのようにはっきりわかるように映る。

 この感覚を通した彼女がこのゲームに立ち向かうと、間違い探しに本来必要とされている注意力はその役割を失い、ただその目に捉えたゆらぎを撃ち抜く、反射神経の勝負になる。

 街灯が。路肩の自動車が。標識が。道の色が。その変化の予兆に入ろうかというタイミングで程なくして撃ち抜かれる。

 ポーン。10回目のポイント通知音がなった。パーフェクトゲームの合図だ。ほどなくして。

『クリア。おめでとうございます。タイムはメモリー34.8秒、インシデント17.3秒、トータル52.1秒で、現在のスコアは全国2位です。』

「よし!このステージもクリア!」

 凜花は達成感にひとときひたる。あと1ステージでフルクリアだとゴールに迫ったことを悟る。

 しばらくして。その静寂はナレーターの音声に打ち破られた。

 『設定されたタイムを上回る記録が観測されました。不正行為対策ツールを実行しています……完了。不正行為がないことを確認しました。』

 『おめでとうございます。プレイヤー、Rinkaはエクストラステージに参加する資格を獲得しました。メニューから希望するステージを選択できます。』

 ぽかーん、と。立て続けに耳元で起こった重大インシデントに、凜花の自慢の反応速度は最低記録を更新した。

 「びっくりしたぁ。え、こんなルート分岐みたいなのもあるんだ……」

 好奇心旺盛な彼女のことだ。少し考えて至った結論は自明である。

「エクストラステージに挑戦します!」

 視界が白一色に染まり、彼女は次の試練に送られる。


 ――同時刻、 薬品の匂いが広がり医療用計器のかすかな音が響く広い病室のような部屋。

 中央に置かれたベッドには横たわる男がいる。左腕と右足はなく、体のあちこちに太い管がささっているというひどいありさまであるが、上質な医療に当たって必要なことはなされた清潔な空間である。

 彼の頭に通知音が響く。

 『適正者候補が見つかりました、最終テストを実行するようです』

 目を開いて男は言う。

「やっとか。今度こそ、成功するといいが」

 男の名前は氷室一という。S.T.A.R.S.をつくった天才その人であり、大企業イグルーコーポレーションのCEOである。

 彼もまた、自由に行動できる生活に夢を見ている。

 

「最終テスト、エクストラステージが開始されます」

 

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