2話 悪趣味じゃないですか?
『エクストラステージです。メモリータイム上限は30秒、目標インシデントの数は3つです。グッドラック、健闘を祈ります』
白い空間から再び視界が転じて。
無機質なアナウンスが耳元で響く。
「ここは……えっ?」
好奇心で飛び込んだ先へあったものに凜花は思わず当惑する。
「これ、ゲームのエントランスだよね……ちょっと違うけど」
白い、狭くて無機質な部屋。隅に置かれたベンチや観葉植物も同じだ。ただ一点、いつもステージを選ぶために使われている鉄の扉と表札が両側にあるはずなのだが、ここには存在しない。
完全な閉所であることに少しだけ寒気をおぼえる。しかしそんなひとときもすぐに終わる。
「こんなに狭いんなら走らなくってもいいや!いこう。フェーズスキップ!」
空間を把握して記憶し、そこに生じたゆらぎを色覚で捉えて即座に反応する。彼女だけのこの戦術においては、監視する対象範囲が狭ければもちろん空間を把握しに走ったりする必要はない。
ポーン。『インシデント・フェーズに突入しました。速やかに異変を見つけ出して排除してください。なお、今回の制限時間は無制限です』
静寂が凜花の周りを包み込むようにやってきた。5秒、10秒。変化が訪れないことにほんの少し焦りをおぼえるが、見回しても彼女の視界は異常を訴えることはなかった。
15秒後。ふと視界の端――極めて手前、自分の体にちかっとろうそくの光のようにゆらぎが見え、違和感を覚えた。
「えっ、自分の体が変わるとかあるの!?」
おもわずくるくると自分の全身を見回すと、左腕にそのゆらぎはあった。
「自分を撃てってこと?なにこれ……」
バツ印がうっすらと浮かび上がりつつあるそのゆらぎに銃口を合わせ、バンッ。撃ち抜く。
痛みはないが不快感が肌を走る。
ポーン。通知音が響き、ポイントが入った。
「これでいいんだ……」
彼女は理解した。このステージは何かが違うと。そう身構えたのもつかの間、次の試練はやってきた。
「っ……!?
視界、そのすべてが紅く染まり、彼女に異常を訴えかけてくる。
変化のもとになっている物体を撃ち抜くことでポイントが入るシステムのこのゲームにおいて、この変化はおかしい。
反射的に正面を撃ってみる。反応はない。右、左、天井、床、そして後ろにも、6つの銃声が不正解を告げて静かに嘲笑っている。
「それって、悪趣味じゃないですか!?」
答えは多分、これだ。
こめかみに銃口を当て、真横に撃ち抜く。
予想した答えは正しかった。
この赤い両の目だ。彼女のいまいましい呪いの象徴であり、それでも大好きな宝物。そこにゆらぎはあった。
一瞬視界が真っ暗になったように感じたのもつかの間、仮想ボディの修復が終わり、傷1つない体に戻る。
真っ赤だった視界はもとに戻っていた。
ポーン。ポイントが入った。
「次が最後……」
凜花は背を丸め、銃を構えて警戒の姿勢を取る。
手汗は出ないがそれでも滲むような感覚がして緊張が己の身に走っていることを感じる。
次の変化は静かに現れた。
眼前に拳大の炎がひとつ、事前のゆらぎもなく唐突に現れたのだ。
煌々と輝く炎。思わず見とれてしまうほど美しい、人類の原始の道具にして力の象徴。
その炎はこの空間においてどこか異質だった。
きらめきは太陽のように力強く。
ゆらめきは踊るように複雑で。
仮想空間上にあってなお、ときめきを覚えるほどにその炎は炎たる存在を誇示していた。
――そう。まるで。
しばらく魅入ってしまう。
はっとして。銃口を炎に向ける。
引き金を引く一瞬、彼女の頭に考えが浮かぶ。
そうだ。この現象には見覚えがある。
不自然なほどに強調された、現実すら書き換える魔法のような技術。
「これって、スクリプト――?」
パンッ。乾いた音と共に焔に穴が空く。
次の瞬間スッと炎はかききえ、試練は終わった。
ポーン。『クリアを確認。エクストラステージ、最終試験が突破されました。おめでとうございます。プレイヤーにはイグルーコーポレーションの招待資格を受け取る権利があります。』
「イグルー……ってあのイグルー?」
イグルー。S.T.A.R.S.とスクリプト技術の開発を一手に担う超大企業だ。
ゲームをしていただけなのに世界的な大企業の名前が出てきたことに凜花は当惑をあらわにする。
「えっ、これって本気で言ってるの?こんなのネットで見たこと無いんですけど……」
『正式な電子証明と招待状はこちらです。同一のものを登録されているSNSにも送信しておきました。これはあなたが特別な資質を持っているため、イグルーで改めて検査を受けて欲しいという目的があります。』
「けけけ検査ぁ!?」
『ご心配には及びません。検査の結果は秘匿されます、さらに検査にかかる実費及び交通費などは弊社が接待費として負担します。』
「いや、注射とか恐いですし……」
『いたくしませんよ?』
「痛いものは痛いでしょう!?」
『お気持ちを理解しかねます。この案件は両者にとって重大です。あなたにも少なからずメリットがあるかと。』
「メリットぉ?メリットってなにさぁ」
『大企業とのパイプです。』
「思ったより現実的でヤバイのが来たぁ!?」
『あなたがこの先の将来でもしお困りのことがあったときに、弊社が最大限サポート致します。どうか招待に応じていただけますとありがたいです。』
「詐欺くさい……怪しい……」
『一度招待状をご確認ください。本物だとわかるはずです。』
そう言われて立ったまま受信された通知のリストを開く。確かに一件、イグルーコーポレーションの名前でメールが来ていた。記載されているアドレスや番号も正しいと、チェック機能が教えてくれていたし――なにより。
「ホントに嘘じゃないみたい……」
そう。彼女には嘘が色の変化でわかるのだ。そしてこの書面には嘘偽りはないように見えた。
そして彼女が下した判断は。
「検査とか諸々がちょっと恐いけど、ホントに悪意がなさそうなので行きます!いついったらいいですか?招待状に書いてないんですけど……」
『営業時間内であれば好きな時間にお越しください。いつでもあなたを歓迎します。受付に招待状を見せていただければ対応致します。』
「わかりました!今夜行きます!ゲーム終了で!」
『お待ちしています。』
『終了コマンドを検知。お疲れ様でした。』
――
ドラマチックな夢から覚めたみたいに、興奮した気持ちで目を開くといつもの色眼鏡越しのセピアカラーの自室が目に入る。
「これって誰かに言っていいのかな……?」
母には伝えておかねばと思ったが、家族にも言ってはいけない事情でもあるのだろうか?
少しだけ迷って、母を呼ぶ。
「おかあさーん!?みーちゃーん!」
パタパタとスリッパの音が遠くから近づいてくる。コンコン、と控えめなノックのあと、少し間を空けて扉が開き、凜花の母――
「どうしたのリンちゃん?」
「今日ね、ちょっといつも通り夜出かけるんだけど、時間かかるかもしれないの。何かあったら連絡するから心配しないで。」
「あら、何か用事があるの?」
「んー、インターン?みたいな?」
「はっきりしないわねぇ。彼氏でもできたのかしら。うふふ、詮索してごめんなさい、気を付けていってらっしゃい」
「うん、ありがと!」
時刻はすでに夕方、今日は夜間部の講義もお休みだ。ほどなくして夜がやってくる。
彼女の天敵である太陽の光が鳴りをひそめた夜の帳の中、凛花は動き出した。
家からイグルー本社までは同じ東京とはいえそれなりに距離がある。普通に歩いたらくたびれてしまうだろう。
だが、私たちにはスクリプトがある。
「S.T.A.R.S.、”シルバー・シューズ”。イグルー本社前まで!」
コンコンコン、と3回の靴音。スクリプトが読み込まれて起動音が聞こえた。一歩足を踏み出し、次の瞬間。
凛花は目的地に着いた。
シルバー・シューズ。
座標の圧縮を行うことで長距離の移動を行う比較的簡単な構造の汎用スクリプト、適正のないものにはS.T.A.R.S.の補助は必須だがその利便性ゆえ一般にも広く浸透している疑似瞬間移動の技術である。
転移後、回りに障害物がないか少し見回して、凛花はエントランスに向かって歩きだす。
大きなビルだ。みあげると首がいたい。
入るとふかふかの絨毯がしかれたエントランス、 高級ホテルを彷彿とさせるような落ち着いた雰囲気でいて美しい内装。そして天井がとても高い。
はじめてきた場所なのもあるが凜花の感想は。
「これは……すごいやぁ」
思わず感嘆してしまう。
キョロキョロと挙動不審な長袖長ズボンのサングラス少女。さすがに怪しすぎる。
惚けていると受付のにこやかな女性から声がかかる。
「ようこそお越しくださいました。何か御用がございますでしょうか?」
「あっ!すいません、キョロキョロしちゃって!えーっと、この招待のことでうかがったんですけど……」
凛花が指を指して招待状を周囲に見える状態として空中に投射する。それを受付が受け取って目を通す。ARを生かした疑似ペーパーレス社会のよくある光景だ。
受付は書類に目を通すと。
「正式なものであると確認がとれましたので、説明のためまずは応接室にお通ししますね、ついてきてください」
エレベーターホールに通されて、 そのまま17階まで上がってきた。エレベーターの浮遊感を久々に強く感じる。
「やっぱり転移とかは禁止なんですね。セキュリティがちゃんとしてるなって思います」
「転移などの次元改変行為は社内の機密などが漏洩されない程度に禁止となっております。水を出したり書類の交換をしたりといった簡単なスクリプトなら使えますが、やはり転移は不確定要素がありますので。特別に海外と共同で開発したスクリプトを使って妨害される仕組みになっております。」
「そんな新技術があるんですね……さすがというかなんというか……」
「お褒めに預かり私どもも光栄です。そろそろ到着いたします」
応接室の前について。受付さんが扉をノックする。
「氷室代表、七橋凛花さんがご到着なさいました」
「大丈夫だ、入れ」
よく通る低い声が部屋の横のインターホンを通して外まで聞こえてくる。
受付の方が扉をあけてくれて通された応接室には、簡素な長机、並んだ椅子、そして車イスがひとつ、そこには。
背の高い男性がひとり、座っていた。
黒い髪は丁寧に短く揃えられていて、綺麗な海のような深い青の瞳の片方は光を宿していないように見える。
左腕と右足がない。痩せ細った痛々しい見た目に簡素な空色のローブを纏ったその男はそれでいて堂々たる存在感を放っていた。
「ようこそ、七橋さん。会えて嬉しいよ。」
そう声をかけてきた男に凛花はこう告げる。
「え……
というのも。
凛花の目には男の存在が希薄に映っているのだ。
そして人間なら誰しもが持っているはずのいわば魂の気配、その輝きが。
目の前の男にはなかったのだ。
「ははっさすが、よくわかるな……当たらずとも遠からずだ。よく見抜いたな、その件については大丈夫だ。俺は生きているが諸事情によりこの姿で君の前に現れている。」
亡霊呼ばわりに怒る気配などおくびにも出さず、男は笑ってリンカを褒めて続ける。
「君を招待した理由について話そうか。今回は君のその特異な感覚についてと、もうひとつあるんだが――」
未知の言葉が男の口から紡がれる。
「オリジン――私や君の持っているこの世界の新しい可能性についての話だ」
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