【第八章:死者との再会】
地下通路の空気は冷たく、重く、レオンの息を凍らせるようだった。松明の炎が不安定に揺れ、壁に不気味な影を投げかける。背後から、かすかな声が響いた。
「……やはり……ここにいたか」
低く、抑えられた声。記憶よりも鋭く、冷たく、まるで刃のように肌を刺す。
レオンは凍りついた。体が動かない。背筋を冷たい汗が一気に伝い落ちる。
(……幻か……)
(……違う……)
この気配、この殺気めいた重圧は、幻覚などではない。空気が張り詰め、息をするのも苦しい。
「……どうした、レオン」
一歩。石畳に響く足音が、ゆっくりと近づく。確実に、逃げ場を塞ぐように。
「……振り返らないのか」
名前を呼ばれた瞬間、レオンの心臓が激しく跳ねた。否定の余地など、最初からなかった。
レオンは、息を詰め、ゆっくりと体を翻した。
そこに立っていたのは、グラン=ヴァルディスその人だった。
白髪混じりの短髪、鋭すぎる眼光、鋼のように鍛えられた体躯。すべてが記憶通り。
だが、鎧は違う。レグナス騎士団の誇り高い青と銀ではなく、無骨な黒と灰。胸に紋章はない。まるで、過去を捨てた者のように。
レオンの喉が、鋭く締め付けられた。
「……団長……」
声が掠れ、震えが止まらない。
グランの目が、わずかに細められる。口元に冷たい笑みが浮かぶ。
「……“元”を付けなくていいのか?」
その一言が、レオンの胸を抉った。嘲笑か、自嘲か。どちらにせよ、痛い。
「……あなたは……」
言葉が詰まる。喉が焼けるように熱い。
「……死んだはずだ」
グランの視線が、氷のように冷たくレオンを射抜く。
「……そういうことに……なっている」
淡々とした、感情を殺した声。それが、逆に恐怖を煽った。
レオンの拳が、固く握られる。爪が掌を切り、血がにじむ。
「……なぜ……!」
声が、抑えきれず爆発した。怒りが喉を裂く。
「……なぜ俺たちを……置いて……!」
グランは、無言だった。壁に背を預け、腕を組む。沈黙が、通路を支配する。松明の炎がパチッと弾け、影が蠢く。
その沈黙の中で、レオンの感情が暴れ狂う。
怒り。安堵。疑念。裏切り。
すべてが混じり、胸を焼き尽くす。息が荒くなる。視界が揺れる。
グランの視線が、ゆっくりとレオンの背中へ移った。
「……剣は……」
低く、鋭く。
「……持っているな」
レオンは答えなかった。背中の長双剣の重みが、痛いほど感じられる。
グランは、わずかに頷く。目が、危険な光を帯びる。
「……なら……俺の“死”は……無駄ではなかった」
レオンの声が、震えながら低く出た。
「……死を……選んだのか……?」
グランの返事は、冷酷だった。
「……結果として……な」
壁から体を離し、一歩近づく。距離が縮まる。圧力が強まる。
「……俺はあの時……気づいた」
「……王国が……すでに詰んでいたことに」
レオンの息が止まる。
「……どういう意味だ……」
グランの目が、レオンを真正面から射抜く。
「……敵は……外にいなかった」
短い沈黙。空気がさらに重くなる。
「……内部だ」
レオンは、一歩前に出た。拳を握りしめ、グランを睨みつける。
「……なら……なぜ……俺に……一言も……!」
グランの声が、鋭く切り返す。
「……言えば……お前は止めに来た」
「……当然だ!」
「……そして死んだ」
言い切る。容赦ない。
レオンの言葉が、喉で潰れる。
「……お前は……あの戦場で死ぬ男じゃない」
「……それを決めるのは……お前じゃない!」
グランの目が、わずかに揺れる。だが、すぐに冷たく戻る。
「……まだ……そんな目をしているか」
「……何だ……その言い方は」
グランの口元が、歪む。
「……騎士団長の……目だ」
その言葉が、レオンの胸を突き刺す。
「……レオン」
グランが、低く、危険な声で呼んだ。
「……俺は……裏切った」
レオンの心臓が、止まりそうになる。
「……だが……王国を売ったわけじゃない」
「……なら……何を……」
グランの声が、静かだが重く落ちる。
「……時間を……買った」
「……何年も保たなかっただろうが……誰かが生き残る時間は……作れた」
レオンは歯を食いしばった。奥歯が軋む。
「……そのために……仲間が……死んだ……!」
グランは、静かに認めた。
「……ああ」
その肯定が、レオンの怒りを頂点に押し上げる。
グランは、自嘲のように笑った。
「……だから俺は……英雄にはなれなかった」
「……なる資格も……ない」
レオンは、剣の柄に手をかけた。指が震え、抜きかける。抜けない。
「……俺は……お前を……今ここで……斬るべきか……」
グランの目が、試すように、挑むように光る。
「……できるか?」
「……その剣で……俺を」
沈黙。重い、息苦しい沈黙。
レオンの手が、激しく震える。抜けない。師を、斬れない。
「……できない……」
絞り出す。悔しさと憎しみが混じる。
「……今は……」
グランは、目を閉じ、わずかに頷いた。
「……それで……十分だ」
レオンは、顔を上げ、声を振り絞った。
「……だが……次に剣を交える時……」
グランは、目を開き、静かに、しかし確実に答えた。
「……ああ」
「……俺はお前の敵だ」
互いの視線が、火花を散らす。殺意と覚悟が、交錯する。
遠くから、複数の足音が近づいてくる。時間切れだ。
「……時間だ」
グランは、体を翻す。闇へ向かって歩き出す。
振り返らず、最後に投げかけた。
「……レオン」
「……長双剣を……捨てるな」
レオンの声が、追うように出た。
「……なぜだ……!」
グランの声が、闇に溶けながら響く。
「……あれは……お前の剣だ」
そして、完全に姿を消した。
レオンは、一人、通路に立ち尽くした。
胸の奥で、何かが砕け散る音がした。
同時に、新たな炎が、静かに、しかし激しく燃え始めた。
(……団長……)
(……俺はお前を……超える……)
それは、憎悪ではない。
ただ、避けられない宿命だった。
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