【第三章:城門の向こうで】

雨が霧に変わる頃、白い城壁が姿を現した。

白銀百合騎士団の要塞――一歩でも怪しければ、矢が飛んでくる。

レオンは無意識に剣を握りしめていた。

馬車の中から、エリスの掠れた呟き。

「……無事で……よかった……本当に……」

“帰れた”ではない。“無事で”。

まるで、誰かが生きて帰ることを、奇跡のように祈っていた――。

城門前。

槍が一斉に突き出され、弓が引かれる音が響く。

「止まれ! 一歩でも動けば射殺す!」

殺意が空気を切り裂く。

レオンが前に出る。

「盗賊に襲われた馬車を護衛してきた。通行を――」

騎士の一人が馬車を覗き込み――顔を青ざめさせた。

「……っ!」

次の瞬間、槍が地面に落ち、全員が膝をついた。

「王女殿下……! ご無事で……!!」

叫びのような声。

周囲の騎士たちが、震える手で武器を捨て、土に額を擦りつける。

「「「エリシア王女殿下!!!」」」

レオンは息を止め、剣の柄を握りしめたまま凍りついた。

馬車の扉がゆっくり開く。

雨に濡れた少女が降り立つ。

髪を払い、静かに――しかし絶対の威厳で。

「顔を上げなさい。私は……生きて帰ってきた。」

その姿は、完全に王女だった。

「アストリア王国第一王女、エリシア・アストリア。」

宣言と同時に、城門が急に開き、武装した騎士たちが雪崩れ込む。

レオンは立ち尽くすしかなかった。

(俺は……王女を……何も知らずに……)

エリシアが振り返り、静かに、しかし重く言った。

「隠していて……申し訳ありません。」

「……護衛したまでだ。」

エリシアは首を振り、瞳に強い光を宿した。

「あなたが護衛でなければ……私は今、死んでいました。」

その言葉に、初めて現実の重みがのしかかった。

玉座の間

玉座の間は、息をすることすら憚られる静寂に包まれていた。

王レオニダス・アストリアは、玉座からゆっくり立ち上がる。眼光は、獲物を値踏みする獣のようだ。

「……我が娘の命を救った男か。」

声は低く、殿内に響き渡る。

「名を。」

「レオン・アルヴェルト。」

王の目が、鋭く細まった。

「……レグナスの黒鷲騎士団……唯一の生き残り。」

レオンは息を呑んだ。すべて知られていた。

「元、です。」

王は一歩近づき、問うた。

「何を失った?」

「……すべてを。」

「それだけか?」

「……国を。騎士団を。団長を……そして、守るべきものを。」

声が、折れそうになった。

王はさらに近づき、静かに続けた。

「では、何が残った?」

レオンは拳を握りしめ、歯を食いしばった。

「……剣と……終わらない後悔だけだ。」

王は長い沈黙の後、静かに告げた。

「その剣は、誰のために振るう?」

レオンは即答できなかった。

エリシアの視線が、背中に突き刺さる。

「……今は……死んだ人の、命令だから。」

玉座の間が、凍りついた。

だが、王は怒鳴らず、むしろ僅かに口角を上げた。

「正直だ。ならば、我が国が新たな命令を与えよう。」

王の声が、雷のように響く。

「レオン・アルヴェルト。そなたを白銀百合騎士団に迎える。」

レオンが抗おうと口を開いた瞬間、王が静かに、しかし決定的に遮った。

「失った者だからこそ、必要だ。これから来る嵐で、痛みを知らぬ剣は折れる。」

エリシアが一歩進み出て、深く頭を下げた。

「父上。この人は……ただ強いだけではありません。守るために生きる、覚悟を持っています。」

王は娘を見やり、長く考え――やがて、重く頷いた。

叙任の剣が、レオンの肩に置かれる。

冷たく、重い。

「レオン・アルヴェルト。そなたを、白銀百合騎士団の騎士とする。」

剣が離れた瞬間――

レオンは救われたとは思わなかった。

ただ、胸の奥にあった凍てついた塊が、音を立ててひび割れた。

また、剣を握る理由ができた。

それが、生きる理由になるかどうかは――まだ、わからない。


新たな始まり

霧が晴れ、冷たい陽光が城壁を照らす。

エリシアが隣に立ち、静かに、しかし決意を込めて言った。

「……これから、あなたはアストリアの剣です。」

レオンは空を見上げ、心の中で呟いた。

――団長。

俺は、まだ死ねない。

城門が重い音を立てて閉じられる。

その向こうで、嵐の前触れのような風が、静かに吹き始めた。

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